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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第1章:養成学校編
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第6話.出会い

 







「――――――待っていたよ」



 不意にした声にレーンはひどくみっともなく驚いた。


 それもそのはずだろう。誰かがいるなどとは夢にも……いや、そのはずだ。


 誰もいるはずがない場所なのだ。先ほどまでは外から固く鍵で閉ざされ隔絶された部屋。


 最後に人が訪れてからゆうに5年以上の月日は流れている。


 部屋主を失い今日までただの隔絶された密室の地下室であったのだから、生物が、ましてやこのように気さくに声をかけてくるような相手がいるはずがなかったのだ。



 ――――レーンは森から自宅へと帰った後、戸棚の奥に隠されていた鍵を持ち出し、地下室を利用した父の書斎の鍵を開け、中に入っていた。


 オイルランプを片手に大きな木製の扉を押し開け、中に入り周囲を軽く見渡し、なぜか部屋のオイルランプに火が灯っている事に驚いた。そして天井に届かんばかりのオブジェや積み上げられた箱を避けながら奥に足を踏み入れようとして、足元に散らばる本に気づいたのだったか。


 こんなに散らかっていたっけと首をかしげながら、長年管理がされていなかった部屋の埃とカビの匂いに顔をしかめた瞬間、不意に声をかけられたのだった。



 レーンはあわや手にしたランプを取り落としそうになる程の驚きで攣りかけた足に気をやりつつ声の方へと恐る恐る振り向く。


 そこには、うずたかく積み上げられた本の奥、書斎机に悠々と鎮座する、少女の姿があった。


 白い肌。黒き衣。銀の髪。そして美しい髪からすっと伸びる長い耳。


 分厚い書物を片手に、笑みを浮かべて。右目は眼帯のようなもので覆い隠され、赤い隻眼が暗い部屋に光る。


 そう、その少女はとても……美しかった。



「そんなに大げさに驚かなくてもいいじゃあないか」



 少女はクスクスと笑う。


 呆気にとられていたレーンであったがすぐに我に帰ると、居るはずではなかった先客に警戒したまま問いを投げかける



「君は……誰だ? どうやってここに……いや、どうして父の書斎にいるんだ……!?」



 本音の問いであった。



 どうやって、もさることながら密室であったはずの空間になぜ居たのかがレーンにとっては引っかかりであった。しかしそんなレーンの問いに対した少女の回答はどこか要領を得ない。



「だから待っていたんだよ」



「答えになっていない! ……いや、待っていたってまさか出られなかった……とか……?」



 だとしたら話は変わってくる。


 この空間に閉じ込められていたのであったならば、それは大事である。


 しかし、仮にそうだったとしてもこの部屋は先の通り何年も使っていない。


 生物が閉じ込められたとして生存できるわけがないのだ。



「まあ、出られなかったといえばそういう言い方もできるね。厳密にいえば、ここにいるしかなかったという言い方もできる。いやなに、同じように聞こえるだろうがね」



「ますますわからない……第一どうやって今まで……いや、何より先に君は僕に害を与えるか?」



「ふむ。面白いことを聞くなあキミは。うん、いいだろう」



 面白いことだろうか。


 この疑問を抱くのは何ら不自然ではないはずだとレーンは自分に言い聞かせる。


 少女はふふ、と笑ったのちに持っていた書物を雑多に放り投げ、木箱からひらりと身を翻し着地すると、レーンの前に歩み寄りながら語る。



「一つ。吾輩(わがはい)がどうやって今までここにいたか。ただただ本を読んだり雑多に置かれた遺物を眺めて過ごしていたよ。ああ、オイルランプの油は部屋に貯蔵されていたものを利用させてもらった。普通の油ではないようで大分長持ちしたが……いよいよ貯蓄が切れそうでひやひやしていたよ」



 少女は笑いながら答える。



「ああ、生存に関する疑問であれば、今の吾輩には物理的な食事が必要ないからね。なにせ半分霊体だ」



「どういう……」



「二つ。吾輩がキミに害を与えるかだが……まず無い、とだけ言おう。理由もないし、なにより吾輩はキミを待っていたと言っただろう。それは悪意からではないよ」



 レーンの言葉を遮り、少女は言葉を紡ぐ。その声色は優しく、どこか冷たく、まるで声そのものが魔力を帯びているかのような魅惑を持っていた。


 一瞬聞き惚れるかのような錯覚に陥っていたレーンの顔を少女の赤い隻眼が覗き込んだ。


 驚いてレーンは後ずさり、顔を背けると、その反応が面白かったか彼女はけらけらと笑うのだ。



「キミは初心だなあ。かわいいよ」



「か、かわっ……」



「うん、照れるところもかわいいな。よく言われるだろう」



「い、言われるもんか!」



 レーンはその顔つきや体格からよく町のおばさま方に「かわいいー!」等と実際からかわれていたといえばいたが、得体が知れないとはいえ自分より背が小さい少女に可愛いなどと言われては男の面子が立たないではないか。


 レーンは顔を真っ赤にして否定するが、経験上なんだか逆効果な気がしたのですぐに話を戻した。



「それよりも、君はなんなんだ! ちゃんと答えてくれないと、僕は君を追い払わなくっちゃいけない! 害はないって言うけどまだ君は正体不明なんだぞ!」



 レーンはすぐに魔術を詠唱できるよう構えてみせる。本当に何かをする気はないが、恥ずかしさと相手の正体不明さでとりあえずの威嚇はしておこうと考えた。



「せっかちだなあ。言ったまんまさ」


「……質問を変えるよ。僕を待っていたってどういう意味だ?」


「理由かい? キミが吾輩を解放してくれるのだろう?」



 なんだそれは。まるで意味が分からない。



「先も言った通り吾輩はここから出られなかったんだよ」


「な、なら今出ていけばいいじゃないか! 鍵は開けた!」


「そういうものでもないんだな……ああ、そうだ」



 少女は思い立ったように笑う。



「キミ、召喚士だろ? 使い魔と契約できないだろう」


「っ!? どうしてそれを……」


「そりゃ分かるってものさ。まあ理由としては説明するのもいいが、どうせすぐキミにも分かるからいいだろう」



 だからどうして、という言葉を言う前に、少女の発した言葉にレーンは息を呑んだ。



「大体、キミは契約済みじゃないか」


「何を言ってるんだ……? 僕は今まで一度だって契約をしたことなんかない! さっきだって……」



 森で荒れていたのだ、とは口恥ずかしく言えなかったが。それでも幾度となく試した契約術式のすべてを失敗して来ているのだ。


 レーンにはいったい何をもってしてそのような言葉を少女が発したのかまるで分らなかった。理解が及ばな過ぎて混乱すらする。


 この数年の苦労をすべて否定するような言葉であったのだから、脳が処理しきれない。それでも少女は言葉を綴る。



「いいや違う。契約もしてるし使い魔だっているよ」


「……僕には時間がないんだ。出て行ってくれ。調べ物をしないと……」



 彼女の言葉の理解を諦めたレーンはもとより時間がない事を我に返ると同時に思い出し、倦怠感を感じつつも少女との会話を切り上げ調べものをする事を選んだ。だが少女はレーンのそんな様子を意に介さず。むしろ楽しんでいるような口ぶりで言い放った。



「吾輩がキミの使い魔だよ」


「……え?」



 聞き間違いではないのか。

 少女は自らを何と言ったか。



「吾輩がキミの使い魔だよ」


「いや二回言わなくても聞こえてる……じゃなくて! 言っている意味が殊更に理解できないよ! ……僕には使い魔はいないし契約だって出来たためしがないんだ……そもそも君なんか知らないんだよ」


「おや、そうか」


「揶揄ってるのか!?」



 我慢が出来ずに声を荒げてしまう。


 少女はわかったわかった説明しようと、テーブルに腰掛けると言った。



「ふぅむどこから……いや、これはもう一度感じてもらった方が早いな。それがいい」


「……」


 少女は自分を無言で睨むレーンを他所に、テーブルの上に乗せられていた丸い宝珠のようなものを指差す。


 宝珠は淡い輝きを放っており、中に複雑な魔方陣を描き、明滅させていた。



「これがなんだかわかるかい?」


「いや……わからない。父さんが持ち帰ったアーティファクトの類だろう?」


「そうだね。だが今はその役割を変えているよ。これは吾輩と契約パスを結んでいるんだ」


「なんだって? それじゃあ……その魔術式は契約紋だっていうのか?」


「ご名答」



 使い魔と召喚士を結ぶ契約パス。レーンが何度パスを繋ごうとしても自分の中に繋ぎ留められなかったのはまさしく契約紋を形成できなかったからに他ならない。だが、それがこのような形で物理的に存在するなど初めて見るものだ。大抵は体のどこかに入れ墨のように刻まれ、術者とは切っても切れないものだからだ。



「じゃあ君はその宝珠と契約しているってことじゃないか。僕の使い魔だなんていう説明にはなってない」


「近いが違う。いいかい、この宝珠は魔力や霊的なもの……例えば魔術式を保存する事ができるんだよ。機能させたままで。だからここにある契約紋は術者が構築したものが、そのまま抜き出されたものなんだ」


「だから……いや、待って。それじゃあ、まさか……」


「そう。()()()()()()()()()()()()



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