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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第3章:孤高の猫編
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第47話.その手の温度

 




 幾許かの時間が経っただろうか。


 レーンとラドは、荒い呼吸をしながら両者ともに膝をついていた。


 ミンシャが驚きの表情でそれを見る。



 レーン、そしてラドは、お互いを見やると親指を立てあった。



「……ら、楽勝!」


「だな! ……はぁ」



 二人の眼前には、女王がその亡骸を曝していたのだ。巨躯は地に伏し、緑色の体液が地面に染み込んでいく。


 二人は裂帛の気合を以てして奮戦し、女王を打倒した。代償はいくらかのかすり傷と、盛大な息切れ。


 レーンとラドは呆けているミンシャのところまで戻ってくると、にこりと笑った。



「ミンシャさん、大丈夫だったでしょ?」


「あ、ああ、うん……」



 未だにミンシャは信じられないと言った顔だった。


 兵隊たる〈魔棘蟻(アトリオン)〉が追加で出現しなかったことも幸いしただろうが、金章クラスの魔物を銀章の二人は目の前で倒して見せた。


 苦戦はあったが、目を見張る連携はミンシャの目にも分かる。


 レーンは笑いながらミンシャに手を差し伸べてくる。


 ああ、そうか。また、助けられたんだ。


 そんなにもまだアタシは、弱いんだ。



 ミンシャは差し伸べられた手を取れず、俯いた。



「ミンシャさん? 痛みがひどいですか?」



 レーンが心配したような口調で語りかけてくる。



「痛い」



 ミンシャはぼそりと呟いた。



「痛いわよ、胸がさっきからジンジンしてさあ……アタシは強くならなくちゃダメなのに、アンタたちなんかに助けられて……胸が痛くてたまらないわよ」



 ミンシャは顔を上げる。そしてレーンとラドはその表情に驚いた。


 涙こそ流していないがその表情は悲痛であった。



「奴隷だったアタシには強さだけが自分を守る手段で友達だった。人なんか信用できない……! 仲間なんかいるわけがない! そう思っていた時にあの人に助けられて、その強さに惹かれた……」



 ミンシャは吐き捨てるように胸中を明かしていく。


 それはとめどなく溢れる独白であり、毅然としたストイックな彼女の性格を形成した要因であった。


 レーン、そしてラドは黙ってミンシャの話を聞く。奴隷なんぞとラドは心の内で憤慨していただろうか。ヴァンドールには無い文化だ。もとい、目に見えていないだけだったのかもしれないが。



「アタシを助けたあの人の笑顔は眩しかった。アタシもあんな風に笑ってみたいって。だからアタシは努力をしてあの人と同じシーカーになった。あの人くらい強くなれば、あんな風に笑えるんだろうかって思ったから……なのに」



 ミンシャはそこでキッとレーンを睨みつけ、その胸ぐらをつかんだ。


 座っていたミンシャに引き倒されるように姿勢を崩したレーンは、ひざをついてしまい、ミンシャの顔と自分の顔の距離が急に縮まったことで驚いた。しかし構わずミンシャは、レーンに叫んだ。



「なのになんでよ! アタシより弱いアンタが! なんでそんな風に笑えるのよ! あの人と……フェイズと同じ笑顔をアタシに見せられるの!」


「え……?」



 ミンシャの訴えに、レーンは酷く驚いた。様子もそうだが、その口から父の名前が出たことに驚いたのだ。


 という事は、ミンシャが憧れてその背中を追っているというシーカーとはつまり。


 ラドも同じく驚いたようで、レーンとミンシャを交互に見ながら言葉を零した。



「フェイズって……レーンの……」



 ラドの言葉にレーンは頷くと、不安定な姿勢をなんとか正し、ミンシャとは相変わらず距離が近いままで、語る。



「……フェイズは……父は、強さとは友と共に育まれると常日頃から言っていました」



 レーンの言葉にミンシャは目を丸くした。



「えっ……アンタ……」



 驚くミンシャの瞳をじっと見て、きっと今こそ父の言葉を伝える時と悟る。


 きっと彼女は酷い勘違いをしている。その過去は先ほどの悲痛な独白で何となく事情は察した。


 だからこそ、あそこまで実力主義に考えてしまったのだろう。


 父フェイズはよく笑う人だった。眩しい程に。その笑顔が力に拠るものではないことは、レーンはよく知っている。



「一人では弱くって出来ない事も、友達と……仲間と一緒なら出来ます。僕が銀章になれたのもラドや、カルナのおかげ。だから僕も、助けてもらった分だけ助けたいから、頑張ろうって強く思える」


「……」



 黙って話を聞くミンシャを見て、レーンはラドに目くばせをする。ラドも、鼻をこすって笑っていた。


 大事な仲間だ。だからこそ、この言葉は言わなくちゃならない。



「そういった積み重ねが、父の言う強さだったんだって、今なら思えるから……」



 そう言ってレーンは改めて、ミンシャに手を差し伸べた。


 ミンシャはその手を見ながら、胸の内が熱くなっていくのを覚えた。



(そうか、あの人の強さは、笑顔は……相手を倒す力じゃなく、仲間を守り共に在ろうとする意志……)



 ミンシャに差し伸ばされた手の意味は、即ちレーン達にとって自分はもう仲間なのだと。そういうメッセージが込められた掌だ。


 ミンシャはレーンとラドを見やり、苦笑した。



(こいつらを見てれば、嫌でも理解させられる。だってこいつら強いもの! 一人で強がってたアタシなんかよりずっと、ずっと強い)



 単純な力量の問題ではない。彼らの互いへの信頼や、仲間のためにという思いを原動力とした心の強さが、その実力を何倍にも乗算している。何より、見ていて敵わないなと、思ってしまうのだ。研ぎ澄まされた冷ややかなナイフの如きストイックな強さを求めて来たミンシャには、彼らの強さは暖かすぎるほどに映った。



(アタシが進んできた道は、間違いだったんだ。ひたすら研鑽を重ねたつもりでいた、ただあの人を追った日々も、見えていたのはその力だけ。ああ、アタシの勘違いで全部がダメになるところだったんだ)



 ミンシャは自分の中の過ちを、長年信じて来た強さへの誤解を、驚くほどすんなりと受け入れられていた。もう少し自分でもショックを受けるとか、認めたくなくて激昂するかと思ったけれど、と。


 それも、きっとレーンとラドの二人の有様をありありと見せつけられたせいだろう。文句のつけようがない程にああも信頼の力を叩きつけられれば、きっとフェイズの力もそれに起因するのだろう。その証拠にその息子たるレーンは、フェイズと同じ笑顔で自分に笑いかけたのだから。


 ミンシャは落ち着きを取り戻したようにゆっくりと姿勢を戻す。岩壁にもたれかかるようにして深く溜息をついた。



「そう……そうか……」



 そして確かめるように、なんどかレーンへの相槌を独り言めいて呟いた。


 レーンはラドと目を合わせ、もう大丈夫そうだと理解し合う。と、次の瞬間にはミンシャが目を丸くして叫んでいた。



「アンタたち後ろッ! もう一匹ッ……!」



 その声にレーンとラドが振り返れば、3体目の〈魔棘女王蟻(アトリオン・クイーネ)〉がこちらへ疾駆して来ていた。


 まさか3体目などとは。レーンとラドは慌てて構えるが……。



 刹那、女王の体は黒く燃える炎に包まれる。


 そしてギィギィと耳障りな金切り声を上げて、炭めいて崩れ去った。


 その光景にレーン達は三人とも目を丸くして驚く。直後、一行の耳に透き通った声が聞こえて来た。



「やれやれ、ここにもまだいたか。……それで、勝負とやらは終わったかい?」



 カルナがのんびりとした足取りでこちらに戻ってくるのが見える。


 そういえば、途中からずっと姿が見えなかったが、一体何をしていたのだろう。



「キミは……吾輩はショックだぞ。キミたちが勝負をしている間、女王と戦っている間に誰が延々と巣穴から湧き出てくる虫を抑えていたと思ってるんだよ」



 カルナは珍しくちょっと不機嫌な様子で、何をしてたの? と問うたレーンの胸を指でつついた。


 曰く、近場に巣穴が多くあったので、あまりにも多勢に無勢では勝負どころではないだろうとして、巣穴を一つ一つ潰して回っていたそうだ。


 これは申し訳ないことを言った。彼女のおかげでレーンやラドも女王との戦いに集中できていたわけだ。とちゅうからめっきり兵隊が現れないのは不思議だったが、倒し切ったのではなくカルナが押さえてくれていたと。


 レーンは頭を掻きながらカルナに謝罪する。



「まったく、使い魔の献身をもっとその身に染みるべきだ。男子の矜持を肯定した吾輩が馬鹿だったか」


「ごめん、ごめんって! オルフェオンに帰ったらこの前見つけたおいしそうな甘味処に連れて行くから、ね?」


「……よろしい。約束だぞ? 絶対だぞ?」



 むすくれたカルナをどうにかなだめる。機嫌を悪くした魔王はどうにも普段と違って子供っぽくなるな、とレーンは苦笑した。


 しかし、同じ場所に3体の女王。もしかしたらもっといるかもしれない。



 と、カルナが向こうで見つけたと言って何かを見せてくる。


 キチキチと動くそれは、大の大人の腕一本くらいのサイズの魔棘蟻。雄蟻だった。


 それを見てミンシャは合点がいったように肩を落とした。


 どうやら繁殖期ではなく婚姻のシーズンだったらしい。それで雄を取り合う習性のある女王がこのように複数いたわけだ。


 完全に周期を読み違えていたとミンシャは深く反省し短く謝った。


 レーンはまさかミンシャがこんなにしおらしく耳まで寝かせて謝るなどとhs思っていなかったから面食らった。


 ラドなんかはすかさず弱みでも見つけたような顔でにやにや笑う。そして。



「それで、勝負だったよな?」



 ラドはそう切り出した。



「数えてたんだが、俺たちはちょうど兵隊30匹だ。ミンシャは?」


「アタシは……30」


「なんだよ引き分けかよ!」



 ラドはわざとらしく残念ぶって額に手を当てる。


 それをミンシャは何言ってんのこいつといった顔で見ている。



「いや、アンタそれ……使い魔が……」


「知らん。勝負したのは俺とレーンだ。カルナは関係ない」



 そう言い放つラドに、カルナがレーンに耳打ちをする。



「ラドのやつ、随分格好つけるじゃないか。最も、吾輩が倒した数を勘定に入れたら100は超えてしまうからね」


「あ、あはは……」



 流石は巣穴をいくつも潰しただけはある。というか知らないところでそんな大量に狩っていたのか。


 と、その時である。カルナが足を掴んでいた雄蟻が、急に激しく動いたかと思うとレーンにとびかかって来たのだ。


 そんなことをお構いなしに、ラドとミンシャはよくわからない意地の張り合いを続けていた。



「でも引き分けじゃ勝負にならないわ。ちゃんとその、カルナの分も勘定に入れなさいよ!」


「嫌だ! これでも男としてのプライドがある! そうだろレーン!」



 そしてラドの声で二人がレーンに目を向ければ、ちょうど飛び掛かって来た雄蟻を反射的に剣で両断してしまった所だった。


 ぼとりと落下した雄蟻の亡骸を見た後、レーンはミンシャとラドを向き直り、困ったような顔で言う。



「え、あー……これ、カウントする?」



 妙にのんきなその言葉に、ついラドとミンシャはそろって吹き出してしまった。


 ミンシャはお腹を抱えて笑いながら、自分が一体いつぶりにこんなに笑ったのだろうかと、そんなことを考えていた。笑うのは、気持ちが良かったんだな、と。





 うっかり倒してしまった雄蟻によって討伐数が31となったレーンとラドは、ミンシャとの勝負に勝った。


 ミンシャもそれについて何も言わずに納得し、敗北を受け入れた。


 ミンシャはひとしきり笑った後、痛めた足の手当てを終えると立ち上がり、頬を人差し指で掻きながらちょっと照れくさそうに言った。



「勝負は勝負、だものね。わかったわよ。……アンタ達のパーティに入ったげる」



 その言葉にレーンは目を輝かせた。



「本当ですか!」


「入ってあげるってなんか偉そーだなー」



 ラドが目を細めてぼやく。それに対しミンシャは顔を赤くしてラドを人差し指でびしりと指しながら喚く。



「うっさいわねラド! アタシが入ったげるって言ってんだから黙って入れる!」


「俺は入ってくれなんて言ってねーぞ!」


「なによ文句あるわけ!?」


「文句しかねーよ!」



 言い争いを始めた二人をレーンは仲裁する。



「まあまあラド、ミンシャさんが入ってくれたら心強いし、ラドが一番助かるだろ?」


「そりゃあ、そうだが」


「ハイ決まり!」


「おい!?」


「今助かるって言ったわよね? そうって言ったわ! レーンも聞いたでしょ? じゃあいいじゃない!」



 言質を取ったと言わんばかりにミンシャが胸を張る。まったく抜け目のない事だ。というか、あの一匹狼ならぬ一匹猫な雰囲気はどこへやら。


 カルナはそんなミンシャを眺めながら、彼女がすでにレーンとラドをしっかりと名前で呼ぶ変化に気づいていた。


 人間同士の絆とは、おもしろい結ばれ方をする。カルナはにこりと笑いながら一行を眺める。



「レーン! アンタも敬語禁止! むず痒いったらありゃしない!」


「え、あ、はい! じゃなかった……よろしくミンシャさん、じゃない……ミンシャ!」



 ぎこちない挨拶と共に差し出された手をミンシャは今度こそ、同じくらいぎこちなく握り返す。


 そして、握手を交わしたミンシャは、つい頬を緩ませてしまう。そう。この感覚など久しく忘れていたのだから。


 ミンシャが何年振りかにその手で感じた他人の温度は、とても暖かかった。




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