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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第3章:孤高の猫編
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第46話.大丈夫

 


「ひっ……」



 少女は短い悲鳴を上げた。


 少女の眼前には獰猛な〈一ツ眼狼(サイクロウルフ)〉が3匹、牙を見せて唸り声をあげていた。


 相対する少女は両手に貧相な篭手を付けてはいるが、足は震えているし明らかな怯えを見せている。


 今少女と〈一ツ眼狼(サイクロウルフ)〉がいるのは荒野のような開けた平野。ごつごつした岩と赤茶けた砂ばかりの大地。


 怯える少女の数十メートル後ろでは数人の男女が下卑た笑みを浮かべて少女を眺めていた。


 〈一ツ眼狼(サイクロウルフ)〉が吠える。たまらず少女は背を向け、背後にいる者たちに助けを乞う。



「嫌だ! 死んじゃう、死んじゃうよぉ! 助けて! 助けてよぉ!」



 少女懇願するが、後ろに控える者たちはただ笑ってそれを眺めるのみ。



「バカね、弱いやつを助けるやつなんかいないわよぅ」



 眺めていた者たちの一人、佇まいからリーダーらしき女が少女に言う。


 女の言葉に少女の顔が青ざめていく。



「弱いやつは死ぬ。そして、そんなやつを見て強いやつは笑うのよ」



 そう言った後にわざとらしく下品に笑ってみせる女。



「さぁさ、背中見せっぱなしは危ないよぉ? 倒せばいいだけじゃんかァ。ちゃちゃーっとやってみなよ。できなきゃ死ぬだけだよぉ」


 その言葉に少女は意を決して〈一ツ眼狼(サイクロウルフ)〉に向き直り、歯をがちがちと鳴らしながら構える。


 そしてその構えを皮切りに、〈一ツ眼狼(サイクロウルフ)〉達は一斉に少女に襲い掛かった。





 数刻の後、亡骸となった〈一ツ眼狼(サイクロウルフ)〉の前にへたり込んだ少女は、傷だらけの体を抱いて嗚咽していた。


 そんな背中からリーダーの女が少女の首根っこを掴み、無理やり立たせる。



「上出来ィ~。よくできましたぁ。もーぅすこし強くなってくれるとあたし的にはグッドなんだけどぉ」



 そのまま脱力したように瞳から涙をこぼしたまま女に運ばれる少女は、その様子を見て笑う集団の中を抜けて後ろに用意してあった馬車の荷台に雑に放り込まれる。


 そのまま檻めいた戸が閉められた。


 彼女は奴隷であったのだ。


 産まれはユーライア領の辺境貧民。貧富の差が激しい土地柄であったから、辺境の小さな村出身の彼女は貧しくひもじい生活を余儀なくされていた。だからだろう。今少女の主たるバンディットの集団は、少女の両親にはした金を掴ませただけで、少女を両親の合意の上買い取った。


 少女は酷く狼狽した。両親のために必死に村の仕事はしていたし愛情もあったのだから、穀潰しと思われていたことや、あるいはバンディットが両親に支払ったわずかばかりの金と自分が等価値に思われていたことに涙した。


 それかはら酷いものだった。


 裏ルートでエトセトラに渡ったバンディットに連れられ、汚い仕事ばかりをやらされた。


 奴隷仲間も数多くおり、そのほとんどが女性だった。後から知ったがリーダーの趣味だそうだ。


 顔のいい奴隷ばかりだったが、戦えるものとそうでないものでだいぶ扱いは変わった。


 少女のような戦える素質があるものは見世物も兼ねた戦闘用奴隷に。そうでないひ弱なものは夜伽の訓練と称した凌辱を受けて、どちらであれ頃合いと見られたらどこかへ売り飛ばされていった。


 来る日も来る日もこのように戦闘用奴隷としての訓練と称したショーめいた戦いに身を投じさせられていた少女は、もはや強くなることでしか自分は幸せになれないと考えていた。その表情から笑顔が失われてもう暫くたつ。笑い方など忘れてしまった。


 いつ死ぬかもわからない。檻を兼ねた馬車の中では奴隷仲間のすすり泣く声が連日響く。


 どうしてこうなってしまったのか。自分は何か悪いことをしたのだろうか。


 そんな風に思い半ばあきらめていた頃。



 馬車の外が騒がしくなった。


 少女はその喧騒にすら特に反応を見せずにいた。どうせなにも自分には関係ないと。


 そう思っていたのだが、檻が開いて彼が顔を見せたことで初めて、少女は驚いた。



「もう大丈夫だ」



 彼はそう言って満面の笑顔で笑ったのだ。


 彼に連れられ、奴隷仲間と共に馬車を降りれば、周囲にはバンディットたちが倒れ伏していた。


 まさかこれをこの人がたった一人でやったのだろうか。


 時折エトセトラで冒険するシーカーを襲うこともあったバンディットたちは中々の手練れだったはず。


 それが殆ど倒されている。


 リーダーのあの女は……いない。逃げ遂せたのだろう。



 彼は少女の手を引きながら、優しく朗らかな声色で言った。



「突然で驚かせてしまったな。最近エトセトラで好き勝手してるバンディットがいるって話を聞いてな。まさか奴隷を使うとは思ってなかったが、もう大丈夫。お前たちは自由だ」



 自由。少女がその言葉の理解をするのに実に数十秒を要した。



「言い忘れてたな。俺はフェイズ。これから行くオルフェオンでシーカーをやってる」



 そう言って笑ったフェイズの胸の白金の記章に、少女は目を奪われていた。



「白金……あなたは1人でこれを?」


「いや、仲間がいる。まあ、あいつらが街に戻ってる間に目についたから逸って俺だけ来てしまったが、そのおかげで君たちを助けられたってわけさ」



 シーカーについてはバンディットから教わっていた。最上級に位置する実力者たる白金章を胸に頂くシーカー。


 バンディットたちを一人であっという間に倒し自分たちを救った強さ。


 そして眩しいばかりの彼の笑顔。


 少女は……幼いミンシャは思った。彼のように笑ってみたい。


 彼くらい強くなれば。


 私もあんなふうに笑えるのだろうか――――。





 ♢





 ――――目を開けたミンシャは、自分が昔のことを思い出していたことに気づく。


 そしてすぐに、自分が女王の一撃を無理くりガードし、そのまま吹っ飛ばされて壁面に叩きつけられて意識を失っていたことに気づくと、急いで立ち上がろうとした。


 しかし。



「痛ッ……」



 ミンシャは強烈な痛みに顔をしかめる。


 右足の脛か。先ほど女王の攻撃を防いだ部位。


 折れてはいないようだが、腫れている。ミンシャは冷静に判断。


 まいった。片足を失う事は〈格闘士(ファイター)〉にとっては中々手痛いダメージだ。


 焦って足で受けたのが間違いだった。しかし、あの体勢で腕だけで受けていたら、受けきれずにダメージは内臓に達したかもしれないと思えば正しい選択ではあった。


 だが。まともに動けなくなった自分など、エトセトラにおいては弱者以外の何物でもない。


 そんなもの認められるものか。



「ぅぐッ……」



 無理やり体を起こし、右足の痛みが想像以上でつい声が出る。


 ダメだ。これはダメだ。



「アタシが勝負を吹っ掛けておいていの一番に怪我とか格好がつかないじゃない……こんなんじゃ……置いて行かれる……」



 急に胸が締め付けられる思いに駆られたミンシャは自分の胸を鷲掴み動悸を抑えようと務める。


 荒い息を吐きながら無理やり立ち上がり、周囲を見る。



 と、ミンシャが立ち上がったのに気付いたレーンと目が合う。レーンはすぐにミンシャのところまで飛び下がるとその前に庇うように立つ。



「ミンシャさんは下がって!」



 その一言でミンシャは一気に心臓を握られたかのような不安に駆られる。


 怒りではない。ただただ純粋な焦り。そして焦りからくる恐れ。



「ま、待って! アタシまだやれるから」



 絞り出されたようなそのミンシャの声に、前方で〈魔棘女王蟻(アトリオン・クイーネ)〉の攻撃を防いでいるラドが戦いながら叫ぶ。



「いやその足じゃ無理だろ! いいから下がってろよ!」



 ズキリとミンシャの胸が痛む。


 戦えない。使えないのはダメだ。弱いのはダメだ。


 そして、この場で金章の自分がこのざまでは、銀章のレーン達はすぐさま逃げ出すだろう。


 人間はそういう物だ。だからミンシャはソロでやってきたのだ。信じないし、信じられていない筈。


 だが、そのはずなのだが。ミンシャは頭でわかっていながら、自分が彼らにおいて行かれることに不安を覚えていた。


 彼らに実力をわからせるために勝負を仕掛けたからか。だから失望されるのが悔しくて、恥ずかしくて、嫌なのか。


 どれとも少し違う。ただ、ただ嫌だった。



「ミンシャさん……」


「アタシは強いから……まだ、失望しないで……置いていかないで……!」



 ミンシャは不安に唇を震わせながらそう発した。


 瞬間、レーンは編んでいた一重紋魔術式(シングルスペル)を詠唱し発動させラドの前に〈岩壁(ウォルロック)〉を生成する。複製により自身を囲うような唐突な壁の出現に女王は狼狽え一瞬後退。


 併せてミンシャとレーンのところまで飛び下がってきたラドは、耳を寝かせてしまい、泣きそうなほどに弱々しい顔のミンシャを見ると、やれやれとため息をつく。



「ったく。どうしたんだよ、らしくねーな。置いていくわけねーだろ。俺らを何だと思ってんだ」



 そう言って笑うラド。ミンシャはその笑顔にぽかんとしてしまう。



「なんでこの状況で笑えんのよ……? 自信? だって女王は、金章で……」



 すぐに、レーンも構えたままミンシャに笑顔を見せた。



「大丈夫」


「え……?」


「ミンシャさんが兵隊をたくさん倒してくれたおかげなんです。一人で無理しすぎる必要ないんですよ! そのための仲間なんですから! 後は、僕たちに任せて!」



 そう言うレーンの笑顔は、ミンシャの古い記憶を再び呼び起こさせた。



(こいつの、この目、この笑顔……あの人と……フェイズと、同じ笑顔だ……)



 ミンシャはレーンの笑顔にフェイズの面影を見た。似ている。顔つきだけではない。その純粋で柔らかく温かな笑顔が、あの日自分を救った男が見せた笑顔とそっくりなのだ。


 ミンシャは目を丸くした。ミンシャの前に立ち、笑って頷く二人にそれ以上何も言えなかった。胸の動悸は鼓動を緩めていたが、焦りからではない別の感情が、その鼓動を再び速めた。



「安心しろよ。俺たちはお前が思ってるより強いんだぜ。そこでしっかり見ててくれよ」


「まあ、そういう事でお願いします。大丈夫、みんなでクエスト達成して一緒に帰りましょう!」



 レーンとラドは、お互い構え、〈岩壁(ウォルロック)〉を破壊し咆哮を上げながら向かってくる女王へと駆けだした。



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