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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第3章:孤高の猫編
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第45話.苛立ち

 



 ミンシャは構えたまま周囲をみやり、ふうと息を漏らす。


 正面には巨大な牙と蟷螂めいた前腕をカチカチと鳴らす巨大な蟻の怪物。その数、実に10を 越える。腕を鳴らすのは彼ら特有の威嚇動作で、すでに興奮状態にあることを示す。


 対峙するミンシャの周囲を見れば既に4体の〈魔棘蟻(アトリオン)〉の亡骸。仲間を斃された〈魔棘蟻(アトリオン)〉達はじりじりとミンシャに迫る。


 ミンシャは正面よりにじり寄る〈魔棘蟻(アトリオン)〉に注意を向けたまま、小さい動きでちらりと背後を見る。


 背後では10数メートルほど間隔を開けて背中合わせになるような構図で、レーン達が戦いを繰り広げていた。




 キャンプをした翌朝、沼地を抜けた一行は大渓谷に侵入していた。


 〈魔棘蟻(アトリオン)〉を探し、大地のひび割れとも形容できる無作為に伸びる大渓谷に足を踏み入れた後、〈魔棘蟻(アトリオン)〉の行動経路の証であるフェロモンを辿り、ちょうど良く渓谷に落ちたほかの魔物の亡骸を貪っていた集団を見つけたのだ。


 すぐさま戦闘体制へと移行した一行は、ミンシャの宣言通り、〈魔棘蟻(アトリオン)〉の甲殻を集めた数で勝負しようと相成り、カルナの指パッチンで〈魔棘蟻(アトリオン)〉のうち一匹が弾けたのを皮切りに戦闘が開始されていた。




 左右を切り立った崖に囲われた渓谷の底での戦いは、通路幅がそこそこあるとはいえ平地での戦いとは趣が異なる。


 競争という名目のある戦いではあったが、レーン達は自然な流れでミンシャの背後を守るような構図で戦いを始めた。これについてミンシャは一瞬眉根を寄せはしたものの、共通の敵と戦おうという同業を戦いの場で邪険にするほど自惚れてはいない。


 ――――同じ土俵で勝つ。


 ただそれだけの事。


 ミンシャは金切り声を上げて踏み込んできた一匹の〈魔棘蟻(アトリオン)〉の腕の一撃を躱すと、頭をカウンター気味に蹴り上げで刎ねる。


 そして蹴り上げの姿勢のまま、レーン達を見やった。




 レーンは少し冷や汗を垂らしていた。


 渓谷での戦いは平地での戦いと比べて中々にやりにくい。


 というのも一見通路たる前後を注視していればよく見えるが、〈魔棘蟻(アトリオン)〉は岩壁を駆け上がり、上からも襲い来るのだ。


 目まぐるしく注視しなくてはいけない視線が切り替わり、忙しく思える。


 レーンは右手に剣、左手に杖を持ち、詠唱しながら目を動かす。


 崖を駆け上がってくる〈魔棘蟻(アトリオン)〉を優先的に狙い、叩き落す。そしてそれをしながら前衛を張るラドに援護も行う。目まぐるしい戦いにだんだんと呼吸も乱れてくる。



 ラドは〈魔棘蟻(アトリオン)〉の鋭利な牙を防ぎながら甲殻の隙間を縫って剣を通す。


 これで4体目だ。ラドの戦いに危なげなものはない。しかしていつもより動きは固く見える。ラドもふーっと息を吐き集中し直している。


 ふと、レーン達とは少し離れた場所で戦うミンシャに目を向ければ、一人だというのに獅子奮迅の戦いを繰り広げている。



(流石は金章シーカー……ッ)



 レーンは思わず心の中で呟く。


 と、一瞬見とれていたせいか背後から迫る〈魔棘蟻(アトリオン)〉をカルナが回し蹴りで粉々にするまで気づけなかった。



「カルナッ! ありがと……!」


「ぼさっとするなよレーン。この場所では吾輩も魔術が使いにくいんだ」



 そう言い残しカルナは跳躍すると、空中で逆さまのまま一匹の〈魔棘蟻(アトリオン)〉の頭部に両手をかけ、そのまま回転し首をねじ切る。


 そしてそのまま着地した後、もぎ取った頭を無造作に放り捨てると周囲を見回した。ぎちぎちと不快な音を立てる〈魔棘蟻(アトリオン)〉は次から次へと湧いて出て来ている。



 カルナは前衛気味の遊撃で、近接攻撃を主体に戦っている。


 というのも彼女の魔術は威力が高すぎるため、誤って崖に着弾させ崩落でも引き起こせば、レーン達がかえって危ない。


 故に一網打尽にできずに、近接攻撃で一匹ずつ相手をしているという現状だ。


 気遣いはありがたいが、予想外に手こずる戦いにカルナの魔術が恋しくならないかといえば嘘になる。


 とはいえ無いなら無いで気力を奮い立たせる理由もある。


 即ち、自分たちだけの力でミンシャに張り合ってみたい。認められたい。そうすればあるいは。


 などという、奇しくもミンシャと似たような企みを胸に秘めていたレーンであったから、特段戦いに際した戦意に影を落とすようなことはなかった。


 命のやりとりたる戦いの場で己の矜持を通すなど、やや幼稚とも弁えないとも、胸の内で己を糾弾する自嘲の声は聞こえてきたが、それでもレーンは男子であった。


 より高みへと至るためには、無茶を通してなんぼであろうと、英雄の卵などという大層なあだ名を銘打たれた身なれば、己が進む先で待つ父の背中がより鮮明に語っているように感じるのだ。


 ふとレーンは後方を振り向いたラドと目が合う。


 互いににやりと笑って頷きあう。どうやらラドも似たような考えらしい。


 ならばいっそ――――。


 レーンは杖を短く持ち直し、右手に持つ剣に力を籠めると共に詠唱を行う。



「一重紋魔術式……〈風羽の刃(ファール)〉!」



 詠唱と共にレーンの周囲で渦を巻く風が剣に収束していく。


 〈風羽の声(フュアロ)〉と違い、殺傷力を持つ〈風羽の刃(ファール)〉は、収束し密度を増した風が刃となる下級魔術。


 それを剣に纏わせることで威力の増幅を図る。常に魔術を発動し続ける為魔力消費は著しいが、得られる切れ味は平時のそれよりは大分鋭くなる。レバンとの特訓時にどうせなら魔術と剣技を組み合わせてみるってのはどうだ? というアドバイスを元に編み出した。体格からくる筋力で劣るレーンが、身体能力と威力を魔術で補うことで戦闘力を上げようという発想から来たものである。


 養成学校時代の講師には、魔術という物はアイデア次第で如何様にもその性質を変化させると教わった。


 レーンの得意とする複製と改変もその賜物であり、今まさに行った武具の強化というものも、また類を同じくするレーンの発想の具現。



風羽の剣(フェアー・ソード)……なんてねっ)



 本来ならば無機物たるただの剣に魔術を纏わせ続けるなど器用もいい所だが、どうにもレーンの用いる剣は魔術と親和性が高い。通常の剣ではこうはいくまい。かつて父フェイズが用いていたというのであれば、何かしらの魔術的祝福でも施されているのかもしれないが、それはそれ。実際できたのであれば、難しいことは考えずに利用する。それが戦いというものだろう。


 風を纏う剣を構えたレーンは駆けだすと、ラドと背中合わせになる。


 今まではミンシャと背中合わせた一方向への注視をする陣形だったが、ここでラドと反対方向をそれぞれ受け持つ陣形にチェンジ。


 二人合わせて360度の視界を得られる代わりに各々への負担は増す。


 互いへの信頼あってこそのフォーメーション。



 すぐさま数体の〈魔棘蟻(アトリオン)〉がレーンとラドそれぞれの正面から向かってくる。


 すかさずラドは〈センチネル〉を使用。合わせてレーンも術式の複製と改変により身体強化魔術を互いに付与。


 同時に踏み出した二人は、まったく同じタイミングで振るった剣でそれぞれ〈魔棘蟻(アトリオン)〉を切り裂いた。



 そんな二人の表情や様子に、カルナはやれやれと息を吐きながら笑う。



「おいおい……これでは吾輩の立つ瀬がないじゃあないか。ま、それが男子というものなのだろうね」



 カルナはそう言って笑うと、自分に向かってくる〈魔棘蟻(アトリオン)〉だけを淡々と文字通り爪弾きにして始末しながら、レーンとラド、そしてミンシャの意地のぶつかり合いを傍観する事に決めた。


 男子の矜持とやらは、命のやりとりの場ですら強く表れる事もあって時に度し難いが、見ていて気持ちがいいものだと、カルナはレーンとラドの活き活きとした表情での戦いを見て思う。



「まあ仕方ない。今回は裏方に徹するよ」



 カルナはそう言って、ミンシャの方をちらりと見やるのだった。




 ♢




 対するミンシャは、一人奮戦し多数の〈魔棘蟻(アトリオン)〉を倒しながら、レーン達の様子を見て眉根を寄せていた。



(なによ……どうしてそんな風に仲間を信じられるわけ……?)



 レーンとラドは、互いの死角を互いが守ることを一切疑っていない様に見える。


 即ち、背後など気にしない。即ち、自分の正面が相棒の背後なのだから、自分が正面に全力を注ぐことが、互いの背を守る事となる。



(だから何よ!)



 ミンシャは跳躍しての飛び蹴りで〈魔棘蟻(アトリオン)〉を3体ほどまとめて斃すと、地面を強く踏みしめる。



「仲間? 信じる? そんなものが意味なんかない事、アタシはよぉくわかってるのよッ」



 ミンシャは吐き捨てるように言うとジグザグの挙動で〈魔棘蟻(アトリオン)〉の群れに突貫し、その腕や足を折り取っていく。


 彼女は明らかに苛立っていた。そしてなぜ自分が苛立っているのかにも理解が及んでいなかった。


 ただ、レーンとラドの二人を見ていると無性に胸の中がざわついた。


 焦り? 悔しさ? そのどちらでもない事にすら気づけず。


 なぜ彼らがあんなにもまぶしく見えて、金章たる自分と同じ程の戦いを繰り広げられているかがわからなかった。


 ミンシャは一人、彼らは二人とはいえ並ばれるはずもないと考えていたのに。彼女は自分の苛立ちの理由すらわからずに力を込めた四肢を振るう。その一撃一撃は固い甲殻に覆われた〈魔棘蟻(アトリオン)〉を容易く粉砕する。こんなにも自分は強くなった。それでもまだ足りない。


 私の欲しいものは、まだ何一つ手に入っていない――――。


 目に映る群れの最後の一匹の胴体へ拳を打ち込み粉砕すると、ミンシャはようやく肩を下ろす。


 ひとまずはこれで倒し切った――――。



 と、背後で戦っていたレーン達の様子が変わる。同時にかすかな地響きが足先から伝わる。


 ミンシャは耳をピクリと動かしてすぐに振り返る。



 見ればレーン達の前には今までの〈魔棘蟻(アトリオン)〉より二回りほど体躯が大きい個体が姿を現していたのだ。


 その周囲の〈魔棘蟻(アトリオン)〉の兵隊は、ミンシャの周囲宜しくあらかた片付けられていたが、新たに出現したその巨躯を前にして二人は立ち向かわんと構えている。



「ちっ……女王かっ!」



 ミンシャはすぐさま飛び下がると、レーン達の前に滑り込むようにして立つ。



「アンタたちは下がってなさい!」


「ミンシャさん! 大丈夫です、無理しないで一緒に――――」


「銀章が足手まといだって言ってんのよッ」



 レーンの言葉を蹴る様にミンシャは叫ぶ。


 自分は強い、強くならなくてはならない。それがきっと、アタシが欲しいものを手に入れるための方法。ミンシャは歯を食いしばりながら眼前の〈魔棘女王蟻(アトリオン・クイーネ)〉を睨み、拳を握って構える。


 ラドが何か言っているがもう遅い。


 ミンシャは地を蹴り女王へ向けて目にも留まらぬ速度で駆けだす。


 しかして女王も兵隊とは違う。兵隊と異なり4本の鎌めいた腕は超速で疾駆するミンシャを捉えんと振るわれる。



 早い。流石は金章級と銘打たれた魔物。


 とはいえミンシャはそれすら想定内か。振るわれる致命の連撃を巧みにかわして肉薄する。これが金章の手腕。


 すぐそばまで肉薄したミンシャはすでにその射程に〈魔棘蟻(アトリオン)〉の女王を捉える。


 女王も負けじと鎌を振るう。


 ミンシャの篭手で守られた四肢の連撃と鎌の連撃の応報に甲高い金属音が響き渡る。


 そんな応報の最中、連撃をかいくぐるミンシャの攻撃はじわじわと女王の表皮たる甲殻を削り取る。



「すごい……」



 思わずレーンは声に出してしまう。ミンシャの激しい動きの速度はおそらく武術技によるもの。


 ミンシャの連撃は確実に女王を追い詰めていく。



「蟻の女王ごときがッ!」



 ミンシャは大手を振って女王の決死の一撃を弾き飛ばす。女王がぐらりと体勢を崩した。


 すかさずミンシャは腕を大きく脇を締めた状態で引くとキッとした視線で女王を睨む。



「ブッ弾けなさい!」



 ミンシャの裂帛の声とともに繰り出された渾身の拳は吸い込まれるように女王の胴へ命中。


 まさしく掛け声の通りに女王の胸は木っ端みじんに弾け、拳の勢いのまま胴体に空いた風穴を通り道に砕けた甲殻が背中から突き抜けた。


 女王は金切り声のような鳴き声を上げるとぐらりとゆれ、倒れる。


 ミンシャは下敷きになるのを避けて横合いにとんだ。



「フーッ」



 息を吐いたミンシャはレーン達に向き直る。



「あんたたち、戦おうとしたでしょ。身の程を弁えなさいな! アタシの目の前で死なれるのは寝覚めが悪いったらありゃしない。アタシをすぐ呼べばよかったのよ!」


「ミンシャさん、でも……!」


「言い訳する気!? アンタたちは銀章! こいつは金章級! もともと女王が出たらアタシがやるって言ったでしょーが!」



 ミンシャは苛立ちながら言い淀むレーンを睨む。



(そうよ、アタシは一人でもコイツを倒せる! アンタたちにはできない! アタシのほうが、強い……!)



 ミンシャは拳を握りしめながら、仄かな安堵感を覚えるのだった。



「ミンシャさんッ!」



 レーンが叫ぶ。まだ何か文句があるのか。ミンシャは安堵を覚えた矢先の声に殊更に苛立ちを加速させた。



「なによ! まだなんかあるの!? さっさと片付けた蟻の甲殻数えて帰るんだからッ!」


「そうじゃねえッ! 後ろだッ!!」



 ラドが叫び指を差す。何事かと振り返った瞬間。


 倒した女王の亡骸の上を跨ぐようにした()()()()の死神の振るう鎌めいた前腕の一撃が、ミンシャめがけて振りかぶられている瞬間だった。


 反射的にミンシャは歯を食いしばり足と腕を構え、防御姿勢を取る。が。


 甲高い金属音とともにミンシャのガードに刺さる鎌は、ミンシャのゲホッという声を掻き消すように無慈悲に振りぬかれ。


 ミンシャはその恐るべき怪力の一撃をまともに受けたことで体が浮くのを感じた後……目の前が真っ暗にブラックアウトした。

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