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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第3章:孤高の猫編
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第44話.それぞれの目指すもの

 







 大渓谷へ向かう道中、一行の間には沈黙があった。


 境界森林も半ばに差し掛かったところではあったが、会話らしい会話は一つもない。


 先頭を歩くミンシャは周囲を警戒しながらどかどかと早足で進んでいく。その足取りは迷いなく頼もしいものではあったが、どこか急ぐようなペースに一行はついていくのでやっとであった。


 唯一カルナだけは軽快な足取りでレーンの隣を歩いていたが、レーンとラドは金章の旅慣れた速度に合わせるので精いっぱい。


 かつてレバン達と歩いた時にも感じたが、熟練者とのペースの差に驚かされる。道なき道を進む際、迷いなく最善のルートを選び、進むことができるのはひとえに経験の差としか言いようがない。そしてレバンらとは違いミンシャにはレーン達にペースを合わせる気はないらしい。


 それも致し方ないか、とレーンは息を荒げて歩きながら思う。


 彼女からしたら自分たちはお荷物に感じるだろう。


 本来命の危険があるシーカーの仕事において、わざわざ実力の離れた足手まといを好んで囲う者はいない。


 今回のクエストにおいても、クエストのランクは低くて銀、とはいえ女王と遭遇すれば一気に金にまで上がるもの。


 レーン達も緊張は持っていたのだが、やはり功績をあげられるという事や、初めて行くエトセトラの大地に浮かれていたのは間違いないから、それにミンシャが苛立ちを覚えたとしてもおかしくはない。


 とはいえ、今回のクエストの受注や同行自体は彼女が嵐のように決めてしまったものだから、それについてはレーン達に非はない訳だが。



 レーンがミンシャの先行に文句の一つも言わないのにはもう一つ理由があり、彼女はしばらく好きに進んだ後、あまりにレーン達と距離が離れると、いらだたしげな顔をしつつも立ち止まって待ってくれる。そうでなくともちらちらと後方のレーン達に意識を向けている素振りにも気づいていた。


 ならば甘えるわけにもいかないだろうと考えたレーンはただひたすら無言で彼女の背を追って歩を進めたのだ。


 ラドも気づいているのか何も言わずに歩いている。


 レーンはたまに隣を歩くカルナに視線を向けるが、やはり彼女の顔に疲労の色はない。


 デーモンロードであるという彼女の疲労した顔など、ほとんど見たことがない。


 〈偶像(イドロ)〉と戦った時くらいのものだろうか。彼女の端正な顔が歪んだのは。


 特に今は表情もなくただ前を見て歩く彼女の横顔を見ていると、ふと視線に気づかれたか目が合ってしまう。



「なにかな」



 彼女は顔をレーンに向けてそういうが、レーンはなんでもないとだけ言って前を向いた。


 最近たまに思う事がある。彼女は自分の事をどう考えているのだろう、と。


 何も恋愛的な感情ではない。ただ、目まぐるしく表情を変え、レーンに好意的な言動や行動をしてくれる彼女だが、たまに見せる今のようなどこか遠くを見ている表情の中には、レーンはいない。それが分かってしまうから。


 スオウは彼女をどうこうしない理由はレーンが手綱を握っているからと言っていたが、握れている自信もない。


 そういう意味では、彼女はとても近く、とても遠い存在なのだろうなと、たまに思い知る。


 それは彼女の未だ語らない謎めいた境遇や正体も関係はしてはいるが、それは彼女が語ってくれるまで待つと決めた。


 そしてその秘密は父フェイズも何かを知っているはずであるから、今は昇格し父を追うべくクエストをこなすのみ。



 そんなことを考えながら歩いていると、前方のミンシャが苛立たし気な声を上げた。



「ちょっと、気をつけなさいな。ぼうっとしないで周囲を見る! 考え事があるなら口で言いなさい!」



 立ち止まりレーンを見るミンシャに、はっとしたレーンは慌てて返事をかえす。



「大丈夫です! 気をつけますから、進みましょう!」



 てっきりぼうっとしていてペースが落ちたことを叱責されるかと思ったが、どうも違ったらしい。


 周囲の安全確認を疎かにした事に注意を受けた。確認が遅れればぼうっとした当人だけでなくパーティ全員に危険が及ぶ。ミンシャの叱責は至極真っ当であったが、先を歩くミンシャが呆けたレーンに直ぐさま気づいたことは、少し驚いた。よく見ているものだ。


 鼻を鳴らして再び歩き始めるミンシャの背を見ながら、レーンは自分の頬をかるく張ると気合を入れなおした。


 日も暮れかけている。ミンシャは夜を明かすのは境界森林を抜けた場所でとの考えから先を急ぎたがっていた。


 夜の境界森林は人が十全と力を振るえる環境ではなくなるから、普段何気なく戦って居る魔物も遭遇すれば強敵となる。


 であれば万が一にも備えて森を抜けておきたいのはレーンも理解があった。



 レーンは背負う荷物袋の皮ひもを握りなおすと、少しペースを速める。


 ラドもレーンの背後から、しっかりとくっついている。


 とにかく今は、クエストに集中しよう。




 ♢




 境界森林を抜けた一行は、沼地の手前にある岩場でキャンプを張っていた。


 ラドとカルナは周辺の安全確認を兼ねた食料調達に出かけている。持ち込んだ食糧はできるだけ消費したくないので、取れるものは取っておくのがシーカーのならわしだ。


 キャンプでミンシャと共に寝床や食事の支度をするレーンだが、あまり手伝えているとは言えない状況だった。


 そんなレーンに小言も漏らさずに黙々と寝床を作ったミンシャは、いつのまにか集めていた薪を手際よく組む。



「器用ですね」



 レーンは思わず声に出す。



「こんなもの、普通よ。長い遠征に出たら、定期的にある拠点以外では野宿なんだから。嫌でも覚えるわ」



 ミンシャは手を止めずに答えた。


 エトセトラ内にはいくつか先行したシーカーと、シーカーに護衛された者たちで作られた拠点が点在している。


 その規模は様々だが、長い遠征をおこなうシーカーにとってはオアシスのようなものだ。


 踏破地域ではないから、オルフェオンと違って安全が確約されているわけではないが、そう言った場所では物資交換や休息などが野宿よりはよい水準で享受できる。


 そしてそう言った場所以外では、ミンシャの言う通りこういった作業に手際が求められる。


 いつ何時襲われるかもわからない未開の地での旅は、それほどまでに過酷なのだ。



 そんな過酷な地で3年もソロで仕事をしてきたミンシャに、レーンはその当たりの強さは置いておき純粋な尊敬の念を抱いた。


 今回の意味不明な理由での共同クエストも、実際メリットも多かったのだから、大いに学ばせてもらおう。



「あんた操霊術以外も使えるでしょ? 属性魔術は?」


「えっと、少しなら」


「ならいいわ。火を点けて欲しいのよ。着火剤はあまり消費したくないから」



 レーンは言われて思う。ミンシャは徹底したプロだなと。もちろんシーカーとしては倹約は食料と同じように重要。レーン達のように未だオルフェオン近くで仕事をするものではなく、補給のままならない遠征に出るシーカーだからこその考えか。


 着火剤は貴重な上、焚火以外にも使い道は多い。温存しておけるならしておきたい。


 レーンはミンシャに頷いて、属性魔術と呼ぶにはあまりにも弱弱しい火を放つ。しかして火を点けるにはそれで充分であり、簡単な風を起こしたり火をおこしたりと言った属性魔術は、魔術系ジョブならば概ねどのジョブでも扱えるもので生活魔術とさえ呼ばれている。



 魔力という物は霊素と違って万人が有するものではないから、こういった場合には魔術系ジョブがいるだけで旅はだいぶ楽になる。


 そしてミンシャはソロだったというのであれば、そういったものに頼らないでやって来たというのだから驚きだ。この手際の良さはそういった過酷な経験の賜物と言えるのだろう。



「ん、ありがと」



 ぱちぱちと音を立てて燃える焚火を見ながらミンシャが言う。


 そして焚火前に腰かけたミンシャはすぐさま湯を沸かしにかかった。


 レーンはそれを見た後、すぐ近くの岩場に腰かけた。ここなら一応周囲も見える。ミンシャが働いているのに自分だけ立ち往生するわけにもいくまいと思い立ってのことだが、大したことも思い浮かばなかったのでとりあえず周囲を見張ることとしたのだ。


 杖を抱え、いつでも剣も抜けるよう膝の上へ。



「ねぇ、あんたさあ」


「はい?」



 急に声がかけられ驚いたレーンだが、顔をやるとミンシャが焚火に薪をくべているのが目に入る。



「あんたさ、なんでアタシの勝負受けたの? 昇格の為?」



 ミンシャは顔を焚火に向けたまま言う。


 勝負を受けた理由。意味不明な勢いで巻き込んできたのはそちらだろうとか少し思ったりもしたが、理由はいろいろあった。



「……昇格の為ももちろんあります。ミンシャさんに推薦してもらえば、ぐっと近づくはずですし。それもありますけど、一番の理由は経験、です」


「経験?」


「はい。シーカーとして僕たちはまだ未熟だから、知らない場所や知らないことを全部知りたいんです。ミンシャさんと一緒なら、ずっと色々な事が経験できると思って」



 レーンの言葉にミンシャが焚火から目を離してレーンに顔を向ける。



「呆れた。そんな理由でホイホイついてくる? フツー」


「ははは……笑っちゃいますよね。でも、憧れてる人が言ったんです。”エトセトラの全部を見ろ”って」



 レーンは膝の上の剣の鞘を指でなぞる。父の置き土産たるこの剣は、父がシーカー時代に使っていたこともある剣らしい。


 今どこにいるかもわからない憧れへ思いを馳せるレーン。



「その人を目指してシーカーになったようなものですから、アドバイスはしっかり実践しようと思って」



 レーンはそう言ってミンシャに笑う。



「ふうん……」



 ミンシャは目を細め、レーンを見る。



「アタシも……」


「?」


「アタシもさ。目指してる人がいるんだ。だからシーカーになった。その人みたいになろうって」



 ミンシャは再び焚火に薪をくべながら語り始める。



「その人は強くて、いつも笑顔って感じで、アタシを救ってくれた人。そんなのに……なんていうのかな。アンタの憧れとはたぶん違うけど。それで、まあ……白金章だったその人と絶対同じになってやるって思ってるわけ」


「そうなんですか。素敵だと思います」


「はぁ?」



 ミンシャは思わずレーンを見れば、にこにこと笑顔を見せるレーンと目が合う。


 ミンシャは思わず顔をそむける。焚火の明かりかそれとも。彼女の顔は赤かった。


 自分語りなど慣れないことをしたものだからだ、とミンシャは思い、失敗したなと後悔する。


 こうして野宿する際に誰かと一緒に居た事なんてなかったから、うっかりしただけと自分に言い聞かせる。


 それに……。



「素敵なもんですか……」



 小声でミンシャは言う。その言葉には、憧れというには程遠いニュアンスが含まれていたが、レーンはその言葉を聞き取ることができなかった。


 そんなことをしているうちに、カルナとラドが帰ってきた。



「帰ったぜー。ひとまず周囲は大丈夫だろ。危なそうなやつは全っっ部、カルナが炭にしやがった」



 はあ~と顔を覆いながら帰ってくるラド。



「おかえり二人とも。食料はあった?」



 レーンがそういうとラドは親指でカルナを指す。


 指を追ってカルナに視線を向けたレーン。その視線に気づいたカルナはにやりと笑って手に持っていたそれを見せた。



「ふふ、見てくれレーン。食べられそうかな?」



 見ればカルナの両手には丸々と太ったネズミのような魔物がしっぽを握られて宙ぶらりんになっていた。


 カルナはゆらゆらとそれらを揺らして見せてくる。揺れるたびにネズミからちゃぷちゃぷという水音が聞こえてきた。



「〈袋ネズミ〉ね。上出来じゃない。肉も食べられるし、体にある袋に水とかが溜まっているから遠征で重宝するのよ」


「ほう。どおりで水風船のような感覚を覚えた訳だ。不思議な生き物が多くて楽しいな」



 カルナは興味深そうな顔でぽよんぽよんと〈袋ネズミ〉を手でついている。



「ちょうど湯も沸いたわ。アンタたちはさっさと食事とって寝なさい。アタシが見張ってるから」



 ミンシャはそう言ってレーンとは反対側の岩場へ移動し座る。


 ラドはその様子を見て鼻を鳴らすと焚火の前にどっかと腰を下ろした。



「レーン。お言葉に甘えようぜ。さっさと食って寝よう」


「ああ、うん」


「これどうやって食べるんだい? 焼くのかな?」


「袋は水が溜まっているみたいだから、取り出しておこう」



 レーン達ががやがやと作業をする声を背に、ミンシャはキャンプの周囲を見渡しながら、顎に手をついてため息をついた。


 そして目を細めると、小声で呟いた。



「……憧れ、か。……アタシとは違う。そうでしょ? 〈迅雷〉のフェイズ――――」




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