第4話.ラドの卒業試験、そして
今日は重要な日だ。
「いよいよこの日が来たんだ。ラド、頑張って……!」
剣術士養成学校の卒業試験があるのだ。そう。ラドのシーカー認定試験その日である。
養成学校ごとに試験日はずれており、レーンら召喚士の試験のちょうど前日が剣術士の試験日であった。
コロシアム状の会場は賑やかに盛り、舞台で剣を打ち合わせ戦う生徒を応援している声が響く。レーンは中ほどの席で見学をしていた。
いかんせん周囲の観客がガタイがよいので、ローブを纏っているとはいえ細身のレーンはやや男として気恥ずかしさを感じてしまっている。
と。現在の試験試合が終了したらしい。勝利したのは軽鎧を身に着けた細身の剣を使う生徒。膝をつく重い鎧の生徒に手をのばしている。戦った相手を称えあう精神も剣術士の心得だといつかラドが教えてくれた。
しかし、あのような細い剣と軽鎧で重装備の相手を倒してしまうのはすごいことだ。レーンは拍手を送り、賞賛する。
手元の試合表を見る。入場の際に渡されたものだ。表によれば次はラドの試合である。大事な親友の試験であるから、緊張してしまう。
ラドの実力は普段打ち合う間柄のレーンはよく知っている。心配はいらない。しかしこれまでの試合を見るとやはり本職の剣術を学んだ者たちはいずれも精強にして卓越した技術を持っていた。ラドを信じているが、今年はどうやらレベルが高いという話を周囲の会話から耳にしたのもあり、だいぶドキドキと心臓を高鳴らせていた。
歓声が上がる。ラドの入場だ。重い鎧を纏うその姿は普段と違いより逞しく、頼もしく見えた。
敢然と歩き、舞台に上がったラド。観客席を見回すと、ニカっと笑い応援団の女子たちに大手を振ってアピールをする。
「おーい! 俺が勝ったらデートしてくれよー! 半日だけでいーからさー! なー!」
会場から巻き起こる爆笑。女子たちがいっせいにブーイングを飛ばすと、ラドは地団駄を踏みはじめた。
「なんだよ! 俺は本気だぞ! 俺が勝負に勝って、シーカーになった後に実は好きでした~とか言っても遅いからな! あとそこのかわいこちゃん! おぱんつ、見えてるぜ……!!」
ウィンクをしながら覗き込むようなジェスチャーをするラド。セクハラである。
スカートを抑えながら悲鳴を上げる応援席の女性徒。男性生徒はいっせいに応援席に視線を向け歓声を上げた。ラドはワハハと満足げに笑っている。試験官も呆れている様子だ。
「ラドのやつ、こんな時まで変わらないんだからなあ……」
レーンはため息をつく。
しかしその様子を見てレーンの緊張もほぐれた。ラドにはこういう魅力がある。朗らかな性格は人を惹きつける。会場もラドを応援する声がそこかしこから上がっている。親友としては誇らしい限りだ。スケベなのが玉に瑕ではあるが。
しばらくはふざけていたラドだが、対戦相手の登壇でその雰囲気を切り替えた。目は鋭く、呼吸を引き締める。先ほどまでのスケベ男は、瞬く間に戦士へと変じ、対戦相手と視線を交わす。
相手はそれなりの鎧を纏っているが、肩口からは鍛えられた腕が露出。肩口の可動域を重視した装備と見た。獲物は幅広くなかなかの重量がありそうな曲刀。なるほど、剣術士と単に言えどその系統は数ある。魔術士にも属性魔術を得意とする魔導士、呪詛術と呼ばれる言葉を用いた魔術を扱う呪術師、契約した使い魔と戦う召喚士、傷を癒す回復魔術を得意とする療術士とあるのと同じである。
ラドは生粋の重装剣士だ。硬く重い鎧と、両手に一対剣と盾を持つ。相手の攻撃を受け止める防御力と、刹那の勝機に強大な一撃を見舞う頑強なジョブだ。戦いにおいては味方を守る盾にも敵陣に切り込む剣にもなる。その姿は精強なる上位ジョブ、聖鎧騎士に通ずる。
ラドが相手と向かい合う。相手も曲刀を構え、戦闘態勢。
ジョブの系統としては舞剣士といった所か。速さと華麗なる技を持つものに見出されるジョブ。比較して鈍重な重装剣士たるラドがどう立ち回るのか。
「っへへ! ダチとの約束があるんでね。この試験、突破させてもらうぜ!」
そしてけたたましいラッパの音が響き渡る。試合開始の合図だ。
ラドと対戦相手は両者しばしの沈黙の睨み合いの後、何方からともなく戦いの火蓋を切り落とした。
◇
『――――勝者、重装剣士ラド!!』
激しい攻防の末、防御を固めたラドに攻めあぐねた焦りか迂闊な大技を繰り出した相手に渾身のカウンターを見舞ったラドが勝利した。
ラドは、シーカー試験に合格したのだ。勝利のコールを聞いた時、手に汗握って戦いを見守っていたレーンは感極まって立ち上がり、盛大な拍手を以て親友の勝利を称えた。
全試合終了後、参加したすべての生徒が会場で整列した。そして見事、試験官からラドに合格の発表がなされたのだ。
素晴らしい事だ。ラドはエトセトラへの切符を手にしたのだから。
試合後、会場の外のいつもの場所で待ち合わせたレーンとラド。レーンは、まるで子供のようにラドの戦いの感想を本人へぶつけていた。
「こう、ラドが盾をこう、こうしたときに相手がこう来たじゃないか。そこでばーん! と剣の一撃を入れると見せかけてのシールドバッシュ! あ、あと! 相手の踊るような剣戟を全て受け止めながら足を前に、前にって進む姿がもうね! それから、それから……」
「お、おいおいレーン! それくらいにしてくれ! 照れくさくて爆発しちまうぜ……!」
恥ずかしがりながらも得意げなラドに自然と笑みがこぼれるレーン。これ以上は本当に爆発しそうなので口惜しくも褒めちぎりを止めておく。
やがて二人とも芝生の上に座ると、夕暮れてきた空を見上げた。
「それにしても、やったねラド。これで君はシーカーになれる。昔からの夢が叶うってことだね」
「ああ。ありがとう。一緒に鍛錬した甲斐があったぜ。レーンの親父さんにも感謝しないとな」
「はは、そうかもね」
「次はお前の番だぞ? レーン。しっかり一緒に行くって約束してんだ、エトセトラによ」
一瞬レーンは顔を曇らせてうつむくが、すぐに顔を上げてにこやかに「もちろんだよ」と返す。
まだ召喚術は使えないままだ。毎日試みてはいるが、未だ使い魔との契約には至らない。卒業試験の勝算も、先日から考えているとおり召喚術以外を満点で通過すればギリギリといった所に賭けている状況は変わらない。
それでも今は、親友への祝辞の場に顔を曇らせたくはなかった。
「置いていったら承知しないからな」
「おいおい、置いていくもんか。お前が追ってくるんだよ!」
「分かってるよ!」
「んーでもなー。レーンって頑固なくせに結構ネガティブな所あるからな……」
「なんだとぅ!?」
確かにレーンは他人から見ればどことなく暗い性格に見える事だろう。おとなしい性格と日頃真面目過ぎて気を張っているせいでもあった。しかし、その気の張りすぎの原因が考えすぎというものは少なくないので、ネガティブという評価はレーンに反論できるものではなかった。
しかし、むかつくのでラドの二の腕にパンチを見舞う。
「あでっ! おい待てレーン! そこはさっきの試合でちょっと痛……あでででっ!」
「知らないよ! 僕の気も知らないで!」
「悪かったよ! はは! はははは!」
「なに笑ってんだよもう!」
といいつつも、つられてレーンも笑っていた。
ひとしきり笑った後、ラドは顎を指で掻くと、大きく伸びをした。緊張が解れたのだろう。
ラドも卒業試験で相当な気を張っていたはずだから、安心したはずだ。
レーンはその様子ににこりと笑う。自分の中での心配事は消えないが、二人で交わした約束に一歩近づいたのだ。
しかして来訪者あり。この絶妙なタイミングでやってくる者と言えば、もはや足音だけで分かるというもの。
彼は「やあやあお二人さん」とまるで親しい仲にあいさつするように近しく立つ。
「ウェルビン。どうしたのさ」
「どうしたもこうしたも、お前があまりに能天気に構えているから見かねてやってきてやったんだよ」
笑うウェルビンにラドが詰め寄る。
「おいおい天才君。いいかげん俺のダチを揶揄うのは……」
「外野は黙っていたまえよ、ラド! 卒業したのはおめでたい事だがこれは俺たち召喚士の問題だ。俺たちはまだ試験が控えているからね。せっかく張っている気をほぐし切られても困るってものだよ。なあレーン」
ラドの制止もいつもとは違う様子で跳ね除け、ウェルビンはレーンに向かって言った。
何のことかは知らないが、大きなお世話だとレーンは思いつつ、例によって口には出さない。
むすくれた顔で警戒し、押し黙るレーンの顔を見てウェルビンはわざとらしい憐れみを含んだ声色で言うのだ。
「レーン、その調子では、明日の卒業式は無事落第だな。俺は一足先にシーカーになり、お前の先へ行くとするよ!」
「なんだと? まだ落ちるなんて決まってないじゃないか!」
落第という単語に、くすぶっていた不安を刺激されつい声を荒げるレーン。
反応してしまった。ウェルビンの揶揄いは相手をしないことにしていたのに。
しかし、ウェルビンの言葉には今までとは違う何かを感じたのだ。まるで本当にレーンが落第するとでも言わんばかりの、軽口ではない何か信憑性めいた自信のある含みを感じた。
それを過敏に感じ取ったからこそ、反応してしまったのだ。
「そうか、さては知らないんだな」
ウェルビンは意地の悪い笑みを浮かべる。知らない?なんの事だと訝しむレーン。
まるでわかっちゃいないレーンの様子にさらにウェルビンは口角を吊り上げた。
「今年の卒業式は対戦式の試験だ。そして、評価はすべて召喚術を交えた実戦評価なんだよ。この意味が分かるか?わかるよな?」
「えっ……なん……どうして急に!」
「さあねえ。シーカーの質を上げる為じゃないかい? 数ばかり増えた昨今だ。いい話ばかりじゃないのは知っているだろう?」
「それは……知ってるけどっ」
「だからだろうさ! 中途半端な奴がシーカーになれないよう、実戦式にしたんだろう!」
ウェルビンの語った言葉にレーンは息をのんだ。
試験内容の実技主体評価ということは、つまりは。
「冗談だと思うか? 流石に俺も試験内容を偽って教えるなどという不正はしないさ。する意味がないしな。しかしレーン、お前には一大事だろうねえ」
実技。つまりは召喚士としてのすべてを評価基準として見られる。
かねてよりの召喚術、操霊術、筆記が統合された内容と言っても差し支えない。だがその実際の内容は大きく異なるだろう。
なにせ実戦形式であるならば、中心にあるのは召喚術だ。使い魔のいない自分では、まともな戦いにはならない。
いや、それ以前に。
レーンの額を冷や汗が濡らす。理解っている。理解っているのだ。授業と、同じだ。
最悪の事態だ。ウェルビンはレーンが頭の中で描く最悪のシナリオを代弁するかのように大手を広げて告げた。
まるで勝利宣言のように、だ。
「召喚術が使えないお前は試験を受ける資格すらないってことだよ! はははっ!」
ウェルビンが言い終えるより先にレーンは、駆けだしていた。背後からウェルビンの笑い声とラドの自分を呼ぶ声が聞こえるが、構っていられなかった。
――――試験の内容が変わった。
これでは、今まで考えていた召喚術以外を満点で修め、総合評価でなんとか合格に食い込むという魂胆がまるで意味を為さなくなってしまったのだ。
本当にウェルビンの言う通り、中途半端ではシーカーになれないのだとしたら。
いや、本来そのはずだった。エトセトラは夢ある大地であるとともに死と隣り合わせの危険な場所でもある。実戦形式の試験を越えらえないようでは、とてもじゃないがやっていけないだろう。ましてや……召喚術が使えない自分などは。
既に日は暮れ始めている。それでもレーンは養成学校の外へ向けて走り出した。
頭の中はもう、完全に焦燥に駆られていたのだ。召喚術を。使い魔を手に入れなければ。
卒業試験に……臨めないのだ。