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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第3章:孤高の猫編
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第39話.猫と棘

 



 急ぎ女性を連れた男たちが消えた路地裏に向かったレーン。


 こそりと身を隠しつつ半身で路地を覗いてみれば、やはり先ほどの女性が壁を背にして、3名の男に囲まれている。


 故郷たるハイゼリンにおいてはこういった荒事はなかったものだから、仔細は不明だしレーンには理解もできなかったが、構図としては悪漢が婦女に暴行を働く圧迫した状況と見て取れた。


 レーンはひどくショックを受ける。憧れたエトセトラの街、オルフェオンにおいてこのような蛮行を目にしたことは、子供が自分の理想に泥を塗られたかのような幼稚な怒りを湧き立たせたのだ。


 もとい、そうでなくともレーンにはこのような状況を見過ごすことはできなかったからこそ、一人飛び出してきたのであったが。



 男たちは女性に何かを言っているらしい。



「いい加減おとなしく首を縦に振って承諾しろよ……いい思いさせてやるぜ」


「興味ないわ。他を当たれって言ってるでしょ」


「お前だから言ってるんだぜ。俺たちとくれば今までよりずっと楽になる。久しぶりに会ったんだ、邪険にするなよ。俺たちの仲だろ?」


「しつこいわね。あんたみたいな雑魚、顔も名前も覚えちゃいないわ」



 女性はリーダーと思しき男からの言葉を悉く突っぱねているようだ。


 会話の内容は理解できないが、男たちが何かを女性に迫り、女性がそれを拒否している。


 あれだけ囲まれていても物怖じせずにいる女性の姿に、慌てて駆け寄ったはずのレーンも少しかっこいいなとさえ思う。


 しかしてそれは男たちに囲まれているという状況には変わらず、ただ女性が強気に出ているだけで危機的状況には変わらないはずだ。


 と、ついに女性のつんとした態度に我慢が出来なくなったかリーダーの男が声を荒げた。



「いいかげんにしろよ……優しくいってりゃ付け上がりやがって! 雌猫はおとなしく俺たちの元で鳴いてりゃ昼も夜もおいしい思いをさせてやったッてのによ!」



 そう言ってナイフを抜き放つ男達。



(いや、それはダメじゃないか!?)



 レーンは目を見開く。刃物を持ち出した男は完全に頭にきているようで、何をしでかすかわからない程には危なげな雰囲気を醸し出している事はレーンにも見てわかる。


 一瞬の逡巡の後、杖を握って一度壁に隠れ、心を落ち着ける。


 そして大きく深呼吸をしたのち意を決して飛び出した。


 どうあれ止めなくてはならない。場合によっては彼我の戦力差こそ不明だが、それでも大人しくさせるために力を振るうしかない。


 最悪あの女性をなんとか逃して男たちの注意を引き、その後で自分もどうにか逃げ出す方向で行こう。


 覚悟を決めたレーンは指を組みながら男たちへ向けて駆け出したのだ。


 が……。



「お生憎。タイプじゃないのよ、あんた達」



 女性は言い捨てながらローブを取り払う。そしてひらりと翻ったローブを男たちへ向けて勢いよく投げつけたのだ。



「うぉお!? このアマ……うげっ!?」



 そして男の一人がローブを投げつけられもがいている隙に、女性はローブ越しに強烈な拳を叩きこんだ。


 吹き飛び、壁に激突すると、失神したのかおとなしくなる男。


 他の男たちは動揺しながらも女性を睨む。



 ローブを脱ぎ去った女性は、トントンとつま先で地面を叩くと髪をさらりと掻き、至極面倒臭そうに男たちを一瞥した。


 女性は、大きく腹部と足を露出した軽装で、可動性を重視された籠手と脛当てを装備している。フードで見えなかった顔は、きりりと端正でやや吊り上がった目は見るものを威圧する。


 そしてふわふわとウェーブを描くボリューミーな髪をツインテ―ルに結った頭には、二つの尖った耳がぴょこりと生えており、腰から伸びる尻尾と共にその容貌は猫人族の特徴を持っていた。


 男たちはぎりりと歯を食いしばったのち次々に女性に襲い掛かる。



 しかし、女性は男たちの攻撃をひらりと躱し、すべてカウンター気味に蹴りを見舞っていく。


 吹き飛ばされ、叩きつけられ、瞬く間に男たちは床を這いつくばり呻く。



「すごい……」



 飛び出したはいいものの、見る間に男たちを倒していく女性の姿に見入ってしまい足を止めたレーン。


 その動きは武道のような型を持つ流れるようなものではなく、鋭く早い実戦的なもの。ただ相手を倒すために練られた格闘技めいた技。


 結果としてレーンが何をするでもなく、ものの十数秒の間に男たちは全員がノックダウンされていた。



 と、倒れた男たちを一瞥していた女性がふと顔をレーンに向ける。


 レーンと女性の目が合った。


 これはどうしたものか。中途半端に杖を構えて飛び出したはいいが無用であったため、何とも言えない姿勢と状態で硬直していたレーンは、自分で問題を片付けてしまった女性の視線に困惑してしまう。


 今の自分の姿はすごくかっこ悪いんじゃないか。



 と、そんなことをレーンが思っていると、突然女性がレーン目掛けて疾駆してくる。



「えッ、ちょッ」



 その眼には敵意というかなんというか、鋭い視線を以てレーンを睨む女性は走りの勢いそのままに体をひねると、レーンに目掛けて上段の蹴りを繰り出してくる。



「わああちょっと待って!!」



 レーンが焦って両腕を顔の前にやりガードしながら、驚きで目を閉じる。


 そしてレーンが顔の前で組んだ腕への衝撃を覚悟した矢先、その腕越しにもわかる風圧が前髪を揺らす。



 恐る恐る目を開けると腕の隙間から靴底が目に入った。


 どうやら顔を狙うハイキックは寸止めされたらしい。



「は、ははぁ……」



 レーンは安堵に気抜けた声をあげてしまう。


 と、女性がレーンに寸止めの姿勢のままに言う。



「まだ動かないことね。いつでも蹴れるんだから」



 びくりと体をこわばらせるレーン。


 最近足癖の悪い女性によく会う気がする。そんなことを考えるレーンの脳裏にはカルナとスオウの顔が浮かんでいた。



「アンタ、こいつらの仲間? だったら容赦しないんだけど、どっち?」


「ええ!? いやいや、仲間じゃないです! あなたが襲われていると思って……」



 レーンは慌てて弁明する。


 冗談じゃない。自分を暴漢の仲間だと勘違いして蹴られるなどたまったものではない。


 必死に弁明をしてみるが、女性は怪訝な顔をしている。



「なに、アタシを助けようとでもしたの? お生憎ね。アタシはそんなにヤワじゃないのよ」



 女性は足をなんとか下ろしてくれたがレーンに顔をずいっと近づけて訝し気な顔をしている。



「あんた、シーカーね。構えていたからわかったわ」



 女性はレーンの顔を見ながら言う。



「にしても、アンタ根性ないわね。アタシの蹴りにビビるだけなんて! どうやら後衛ジョブみたいだけど、さすがに拍子抜けだわ!」



 レーンは女性の言葉に面食らった。まさか会って間もない相手に拍子抜けされた。


 そもそも驚いて顔を隠してしまったのはまさか助けようとした女性に蹴られかけるとは夢にも思わなかったからに他ならない。


 いきなり蹴りかかってきたくせになんて失礼な、とレーンはムッとする。


 そんなレーンを無視して女性は言う。



「こいつら、アタシをパーティに入れたがって、ずっとしつこく迫ってきてたのよ。久しぶりに帰ってきた途端にこれだもん。いい機会だから軽くのしてやったってわけ」



 女性は足元でうめく男を一瞥して言う。



「アタシが困ってるように見えた? 全ッ然! アンタみたいなモヤシに助けられる必要なんてないの」


「もやし……」


「アンタのその勇気だけは認めるわ。けど、そんなんじゃこいつらにボコボコにされて終わりだったんじゃない? そんなことになるって目に見えていたら勇気というより蛮勇ってやつよ」



 そういって顎で倒れている男たちをさす女性。見てみれば男たちは全員銀章を胸につけていた。遠くて見えなかったが、確かに全員に襲われたらレーンは勝てなかったやもしれない。今はカルナもいない。


 そしてそのまま女性を見て気づいたが、彼女の胸には輝く金の記章が付けられている。レバン達と同じ金章シーカーの証。つまりは相当な実力者。


 レーンの視線に気づいたか女性は鼻を鳴らして腰に手を当てた。



「アタシはミンシャ。見ての通り金章シーカーよ。助けが無用な意味わかったでしょ?」



 確かに、レバン達と同じランクのシーカーであれば、男数名に囲まれたとはいえ劣ることはあるまい。どうやら彼女は近接ジョブ……〈格闘士(ファイター)〉のようだし、ナイフ程度ちらつかされた所で不利にはならないだろう。


 事実あっという間に男たちをのしてしまったのだ。金章に恥じぬ実力者であることはレーンにも理解できていた。



「……アンタ、銀章? 驚いた」



 ミンシャと名乗った女性はぐっと顔をレーンに寄せて胸の記章を見る。レーンはその近さに思わず後ずさる。


 そんな様子にミンシャはまた鼻を鳴らした。


 レーンは女性耐性がないが故に恥ずかしくなって後ずさったが、またしてもミンシャには臆病故の後退と受け取られたようだ。



「ふん、まあいいわ。アンタ、こいつらの仲間じゃなさそうだし。まあ一応アタシを助けようとしたことは感謝しておくわ。そういう風に見えたのはアタシの未熟だし。でもアンタも、実力以上の事をしようとしてもろくなことにはならないわよ」



 ミンシャははっきりとそういうと、途端にレーンに興味をなくしたように地面に落ちていたローブを拾い上げた。



「あ、あの……」


「何よ。まだ用があるの? アタシには無いわ。悪いけど急いでるの」



 そういってローブを羽織ったミンシャは後ろ手にひらひらと別れの挨拶をすると足早に路地裏から去っていった。


 後に取り残されたレーンは、一瞬その自由というか強引というか、刺々しく孤高な彼女に面食らったままでいた。


 その胸中には虚しさが秋のそよ風のように寂しく吹いていた。





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