第35話.最後の一手
黒紫の炎を纏いし闇の破壊の奔流は、真っ向から光線と撃ち合い、そしてそれを飲み込んでいく。
レーンより魔力のブーストを受けたカルナの最上級魔術は、〈偶像〉の放った光線をモノともせずに突き進む。
光を食らう一撃は、やがて〈光壁〉まで光線を食らい押し返し、光線を放つべく解除された〈光壁〉の合間を縫って内部へ到達。
黒き断罪の炎は、ついに光を食らい尽くし、〈偶像〉の正面から着弾する。女性のような器官の、瞳が大きく見開かれる。
刹那、着弾した箇所が内側から大きく膨れ上がる様に装甲が融解し膨張。次の瞬間には〈光壁〉の内部は黒紫色の業火に飲まれる。
〈光壁〉のせいで爆炎や衝撃の威力が閉じ込められ、内部で循環。〈偶像〉を守った屈強な障壁は、今やその内側に迸る最上級魔術のうねりに地獄の棺桶と化していた。
そしてものの1,2秒で〈光壁〉が砕けると同時に一瞬でも閉じ込められていた魔術のエネルギーは解放により洞窟内に巨大な爆発を発生させる。
レーン、ラドは思わず顔を腕で覆う。
洞窟内は衝撃で振動。天井の崩落さえある程度は覚悟していたとはいえ、大丈夫か心配になる程。
数秒の後、振動と衝撃が収まった頃合いでレーンは状況を確認した。
未だ黒々とした残り火をあちこちに残す洞窟内を見やっていく。
衝撃で巻き上がった砂ぼこりが引いたところで、〈偶像〉を確認する。
先ほどまで〈偶像〉がいた場所には無残に黒々と焼け焦げた金属片が散らばるのみであり、〈偶像〉は自らを守るはずの殻により閉じ込められた灼熱に、体の殆どを炭化させられた様だ。
光線の発射器官たるレンズは特殊で頑丈な素材だったのか残っていたが、半分液状化している程に融解していた。
香ばしい焼ける匂いは、あの肉こぶのものだろう。触手らしき形状の炭が見つけられた。
と、カルナがレーンの元まで歩いてくる。合わせてラドも駆け寄って来た。
レーンは思わずカルナの顔を見る。その表情は満足げだ。やってやったぞ! とでも言いたげにフフンと鼻を鳴らして胸を張っている。
ラドもぼろぼろの体と肩で息をしている有様であったが、にいっと笑いながら親指を立てて笑っている。
レーンはそんな二人の様子にラドと同じくぼろぼろの体と荒い息のまま、呟いた。
「勝っ……た……」
そこでようやく笑いが出て来たものだ。
安堵の気持ちが大きい。そして、少しの高揚感。
〈偶像〉を倒した。自分たちで。
感極まってガッツポーズでもしたい気分であったが、そうも言っていられない。
周囲の警戒をしなくては。レーンが表情を戻して感知を発動させようとして、カルナがレーンにしなだれかかって来た。
――――あの時より早い。多分、より多くの力を使ったためだろう。目をしょぼしょぼとこするカルナを見て、まずは彼女を休ませてやらねばと、そうレーンは思いすぐにその体を支える。
「ふふ、はぁ……すまないねレーン。アレが来てしまった」
「ああ、わかっているよ。さっきの岩場まで行こう。そこで休んで」
といった所でラドがレーンの肩を叩いた。
カルナの反動の件については、ラドには説明済みだ。それを察してか、にやりと笑うラドが気を使ってくれる。
「周囲の見回りは俺がしてやるから、レーンはカルナと一緒に休んでろよ。レーンの方が俺よりもあの光線を弾いてただろ」
「でも……いや、わかった。カルナを寝かせたら、感知は使っておくから」
「ったく頑固な働きもんだな!」
「そっちこそぼろぼろの癖に強がるなよ!」
笑いながらてをひらひらさせるラドに先導され、岩場まで一度向かおうとする。
と、肩を支えられたカルナが俯きながら小声で言う。
「レーン、大丈夫だ。あそこへ行く距離くらいなら一人で歩けるよ」
「無理しないでくれ。カルナが一番頑張ってくれたんだ。この程度大丈夫だよ」
「まったく……使い魔が働くのは当然だと言っているじゃないか。キミもいいかげんそこを理解したまえよ」
そうは言うがカルナの表情は少し嬉しそうだった。もっとも、俯いていてレーンには見えないのだが。
「カルナ、もう起きているのは辛いんじゃないか。あとは僕らに任せて。支えるから眠っていいよ」
「あ、ああ……キミの言葉に、甘えよう。本当に、面白いやつだよ、レーンは……」
そう言って襲い来る眠気と体のだるさ、無理して少し起きていようとしたことによる頭痛に、最上級魔術を使用したことによる反動の影響に身を任せて瞳を閉じようとしたカルナ。
そして彼女がおとなしく体を支えられるままに体重を預け始めたのを感じて安心し、ちょっとだけ恥ずかしく思ったり嬉しく思ったりしながらレーンが歩き始めようとした時。
突然カルナがレーンを突き飛ばした。
「っあ!?」
横合いに突き飛ばされ転んだレーンは何事かとカルナを見る。
そして目に入ったのは、めきりという不快な音を上げて、赤黒い触手の殴打を横腹に受けるカルナの姿だった。
「かふっ……」
横腹に食い込む触手の一撃に、カルナは口から血を吐き……そのまま振りぬかれた触手に強烈に殴り飛ばされて壁に打ち付けられた。
その衝撃は岩壁を破砕するほどで、叩きつけられた衝撃で体内の空気を全て絞り出されたかのように、カルナの口から吐き出された声にならない声と、赤い血。
そしてずるずると砕けた壁面を滑り落ちると、べちゃりと地面に落ちて動かなくなった。
「か……カルナぁぁあ!!」
レーンは思わず叫んだ。叫びや衝撃音に何事かと振り返ったラドもすぐに状況を理解し目を見開いた。
カルナは動かず、砕け散った壁の残骸たる石ころに塗れてうつ伏せに倒れたまま沈黙している。
レーンはすぐに駆け寄りたい衝動に駆られるが、何より先に今自分たちが置かれている最悪の状況を確認するべく、”それ”に目を向けた。
「……〈偶像〉ぉ……ッ!」
身を起こしたレーンの目には、赤黒い肉ひだを持つタコめいた下半身を有した白い肌の女性の容姿を持つ魔物……〈偶像〉の姿があった。生きていたというのか。
〈自動人形:王〉にへばりついていた部分が分離し、独立している状態の〈偶像〉はその瞳を見開き、レーンを睨んでいた。
ラドが一度鞘に収めた剣を再び抜き放ち急ぎレーンのところへ駆けて来る。
「この野郎ッ……! まだ生きてやがったのかよ! どうやってカルナの魔術から逃れやがった!? 効いてなかったってのか!?」
流石に冷静さを失って焦るラド。
「いや、効いていたはずだ……ただ、あいつは僕たちが思った以上に狡猾らしいね……くそぉっ!」
レーンも心拍数が怒りや心配や不甲斐なさで上昇していくのを感じながら、〈偶像〉が無事な理由を分析する。
「きっと宿主にしていた〈自動人形:王〉にカルナの魔術が着弾して、爆ぜきる寸前で本体であるあいつだけ〈光壁〉の外に脱出したんだ。ほんの一瞬でも〈光壁〉がカルナの魔術を抑え込んだから、あいつはまんまと脱出して、僕たちが油断するタイミングを見計らっていたんだ……!」
「そんなのアリかよ……!」
ラドが吐き捨てる。無理もない。こうして話している間にも、〈偶像〉はあの再生能力で傷を癒しているのだ。
ラドが乾いた笑いすら浮かべている。心が負けかかっている。全力に近い戦いをして、二人も頑張って、カルナの力でやっと倒したと思った相手。それが、宿主を失ったとしてこうして眼前にいる。回復すらしている。
まして、こちらの最大戦力たるカルナは反動で弱っていたところをレーンを庇ってやられた。その状況で相対するなど。
何よりカルナは無事なのか。レーンもどうしようもなく胸が苦しい感覚であったが、それでも思考は止めない。
カルナをちらりと見る。ピクリとも動かない。触手に攻撃を受けた時のあの表情と声からして多大なダメージは負っている。何より、彼女は先ほどの最上級魔術を撃った反動で昏倒寸前だったのだ。触手の殴打を受けそのまま気絶するようにして眠った……と見ている。
イレギュラーな存在であるから使い魔の常識がカルナにどこまで当てはまるか不明だが、契約紋はカルナとのパスをレーンに教えている。ならば、使い魔に対する表現としては怪しいが、彼女は死んでいない筈だ。
(なら、僕が頑張らなくてどうするんだ!)
レーンは自分の服の胸元を鷲掴み、心臓の動悸を深呼吸と共に落ち着ける。そしてラドに言う。
「ラド、今度こそやつを倒すよ!」
「本気か……!? 俺たちだけで……」
「よく見るんだ! 〈偶像〉だって無傷じゃない! カルナの魔術は完全に避けられていない!」
言われたラドが〈偶像〉をよく見れば、女性の部分はともかくとして肉塊や触手は大きくえぐれたり焼け焦げており、千切れている場所も多くあった。傷口は焼かれているため出血こそしていないが、炭化した体はゆっくりと崩壊しているようにすら見える。それを今再生真っ最中といった具合だ。
「やつもきっと相当弱っている……だから……それに、どっちにしろ倒さないことにはッ……」
〈偶像〉を自分が倒さねば……カルナを救えない。
これまでの障害は全てカルナが何とかしてくれていた。
そこにレーンは確かな負い目を感じていたのだ。主が使い魔の献身に負い目を感じるなど、それだけを聞けば笑う者もいるだろう。カルナ本人ですらそれが当然だと言っていた。それでも、レーンは胸に気持ちの悪さを感じていた。
(向いてないかもなあ、召喚士……!)
レーンは心の中で嘲笑する。カルナは使い魔。主を守り戦うもの。でも、彼女が危険な目に遭ったり、怪我をするのは……なんだかとても嫌なのだ。
先日大樹イノシシとの戦いのように、無理に手を出さずカルナに任せたのはそれが最善だったからだ。
ヘタに手を出せば邪魔になる。それほどまでにカルナが圧倒的だったからに他ならない。
しかし、今は。
彼女は倒れ、窮地に陥っている。
ラドも心が折れそうなのか、いつもの気概は失われかけている。
なら……二人に助けてもらってきた自分が今ここで気張らずして、どこで報いるというのか。自分が無理をしなくては打開できない状況で、無理をしないわけにはいかない。
助けてもらってばかり、貰ってばかりの自分だ。今度は、自分が助ける番だ。
レーンはそう覚悟を決めて杖を構え、指を組む。たとえ相手が謎の魔物だろうと、戦って見せる。
その組んだ指を、鎧を纏う大きな手が掴んだ。
はっとして目を向ければ、ラドが諦めかけた癖して無理して作っているであろう、にやりと歯を見せる笑顔で脇に居た。
「俺もやるぜ、親友」
その一言にも、ラドにもいろいろ思うところがあったに違いないのに、相応の覚悟が感じられた。
レーンは少しだけ心の緊張が解れた気がした。
「ラドは下がっててもいいんだよ?」
先ほどの意趣返しとばかりに笑ってそういうレーンに、ラドは苦笑する。
「馬鹿野郎。前衛も使い魔もいない〈召喚士〉が一人で何しようってんだ」
「そんなの、気合だろっ!」
二人は、会話を切り上げ、キッとした表情で〈偶像〉と相対する。
〈偶像〉は、瀕死であった。それでもなお、ここまでの生命力を持つ。大樹イノシシにも感じたが、恐ろしきはエトセトラの魔物の強靭さ。
それでも、女の子にばかり戦わせてたいたら、イ・シャールに帰った時に気持ちよくご飯が食べられないな――――と、奇しくもレーンとラドは、似たようなことを思い描いたのだ。
「ラド、見ていて気づいた。やつの再生が遅いんだ。回復前に一気に畳みかければいけるかも。それに……」
「ああ、俺も気づいたぜ。あいつの胸のあたりから筋が伸びて、傷に力みたいなのを送ってやがる。ってことはそこがアイツの一番大事な所ってわけだ」
二人が見るは〈偶像〉の女性体の胸元。胸の中央が青く発光しており、そこから伸びる筋が傷を負っている箇所に伸びており、そこから再生が始まっている。さながらコアと言った所か。
狙う場所は、あそこしかない。
「ラド、一気に行くよ……!!」
「ああ、ああ! やあってやるぜ!!」
二人は同時に〈偶像〉目掛けて駆けだした。〈偶像〉が口を大きく開けて女性の金切り声のような声で吠える。
そして現存する触手が二人に襲い掛かった。それをラドがすかさずレーンの前に出て、〈センチネル〉を使用し防ぐ。触手の本数も威力も減っている。ラドも疲弊していたが、これならば耐えうる。
そしてラドの背中を走るレーンはすぐに詠唱を開始しており、複製と改変を用いて連続した操霊術の発動を行う。
「術式複製、改変……!」
ラドへ防御強化を施すとともに、ラドが触手を二本カウンターで切り落とした隙に脇から飛び出し魔術を発動。風の刃が触手を切り裂く。
流れるようなコンビネーションに〈偶像〉が咆哮を上げる。怯えているようにすら感じる。
二人の連携は見事に息の合ったものでまるで疲労困憊のぼろぼろな者達とは思えないほどに機敏で流麗。作戦など打ち合わせてはいない。ただ二人の信頼と、長年剣を打ち合わせてきたことによる互いの癖を見知った阿吽の呼吸が無言の連携を可能にした。
ラドの〈センチネル〉が切れる。強化された動きと通常の動きの体感の差で一瞬ラドの動きが止まる。そこを狙って襲い来る触手に、前に出たレーンが岩壁を生成してこれを防ぐ。そしてそのまま複製による岩壁の連続生成で、〈自動人形:王〉を失って尚それなりの巨体を持つ〈偶像〉の上部にある女性体まで階段状に道を作る。
ラドは力を振り絞り全力で階段を駆け上がるが、半ばにして階段の下部が触手によって薙ぎ払われ、ラドは落下。近くにいたレーンはそのまま瓦礫と一緒に吹っ飛ばされる。勢いで杖を取り落としたレーンは、それでもすぐに痛みをこらえて立ち上がる。
ラドはレーンに追撃をしようと襲い来る〈偶像〉とその触手を抑えている。
そして顔だけをレーンに向けたラドは、目だけで訴えた。
俺がこいつを抑える。だから、お前がやれ、と。
レーンは頷き、腰から父の置き土産であった直剣を抜き放つ。そして触媒にして魔術の増幅器たる杖を失いながらも魔力を練り上げ体内霊素に感応。身体能力を強化し、駆ける。
向かうはラドの背中。そして再びラドが一度触手たちを切り払い、盾を上に掲げて屈む。レーンは全力疾走の勢いのままに一度飛び、大樹イノシシとの闘いの折のレバンの様を思い出しながら真似事で走り幅跳びめいて跳躍。
「レーン! 飛べェ!」
ラドの叫びと共にレーンは彼が掲げた盾を踏む。合わせてラドは全力でレーンを上へと押し上げ、レーンはその勢いを乗せて大きく跳躍し〈偶像〉のコアたる胸元へ肉薄。剣を上段に構え迫る。
そのまま切り込もうとしたところで〈偶像〉の口に光の粒子が収束していく。レーンは目を見開く。まさかここで、こいつも光線を撃ってくるなどとは……!
(あと……あと一手……!)
レーンは跳躍の勢いのままに回避も障壁も間に合わない空中でその光の収束を見つめていた。
瞬間、黒き槍がレーンの背後から飛翔し〈偶像〉の頭部に命中すると赤黒く飛散する針となってその頭部を抉った。
〈偶像〉は吠え、光線のために収束していた魔力は霧散する。
レーンが驚いて背後を振り返れば、肩で息をするカルナが口から血を零し膝をついた状態で腕だけをこちらに伸ばし笑っていた。
「は……はッ……いい、気付けになったよ」
最後の一手は打たれた。
レーンはカルナの姿を見てから視線を〈偶像〉に戻し、剣の切っ先を偶像に向けた。跳躍から落下に至る勢いは十分に乗せられている。
「やっちまえ! レェェェェェン!!!」
ラドの叫びに応えるように、レーンは吠えた。
「これでッ、終われぇぇぇぇぇ!!」
そしてレーンは、突き出した直剣を〈偶像〉の胸のコアに深々と突き刺した。




