第34話.光を食らう
「うぁ、あッ!?」
反射的に魔術障壁を展開するが、片腕で略式に詠唱した即興の物であったことと、とっさに突き出した腕が伸び切っていなかったために光線に対してしっかりと垂直にではなく斜めに構えてしまう結果となった。
そんな中途半端な姿勢で展開された魔術障壁は光線の圧力に押し負け、構えた片腕が跳ね上がり、レーンの体は障壁ごと弾かれる。
しかし幸いにもそれは光線の偏向をもたらし、レーンの障壁を起点として斜め上へと曲がった光線は天井に着弾。つらら状の岩を破壊し地面へと落下させた。
弾き飛ばされたレーンは吹っ飛び、しりもちをつく形で転がる。
「レーン……!」
目を見開いたカルナがレーンに駆け寄る。すかさずラドは二人を庇うように前に立ち盾を構える。
瞼をきつく閉じ、腕のしびれる感覚と、転がった拍子に打った体の痛みに顔をしかめるレーンを抱きかかえるようにして支えるカルナ。
レーンはカルナに支えてもらい、上体を急ぎ起こして状況を認識。
背後からは崩れた天井とつらら石が大きな音を立てて地面に落着している。
抉られた天井は偏向され薙ぐように着弾した光線の跡が筋となっている。
「レーン、無事かい? 腕は動くかい?」
カルナは今までに見たことがない……そう、純粋にレーンを心配するような表情をしていた。紅い瞳が震えている。レーンの身を本当に案じているような……そんな表情だ。
始めて見るカルナのそんな表情に少しだけ驚きながらもレーンは彼女に支えられ立ち上がった。
「ああ、大丈夫。腕が少ししびれたのと、腰を打っただけだよ……」
「そう、か。それはよかった……キミに死なれては困るからね……」
刹那に見せた安堵の表情はすぐに変じた。
カルナはその赤き隻眼を鋭いものへ変え、〈偶像〉を睨んだ。カルナの瞳孔は大樹イノシシと相対していた時のように見開かれていた。
「不敬なやつだ。魔の王たる吾輩の主を傷つけようとは。少しばかり……怒るぞ、下賤が!」
そう言ったカルナの言葉への返答とばかりに〈偶像〉は再び光線を放ってくる。
カルナは舌打ちするとレーンの襟首を掴んだ。
「ラドは避けたまえ!」
そう言って光線の射線からレーンを連れて飛び退く。ラドなら躱せると信じての事だ。
ラドはカルナの声を聞いて横っ跳びに転がって光線を避けた。紙一重でかわしたラドがごろごろとそのまま勢いに任せて立っていた場所から距離をとるのが見える。
〈偶像〉を見れば球状のパーツの装甲が各所スライドし、シュウウと勢いよく排熱しているのが見える。
これはまずいな。そう考えたレーンはカルナに運ばれながら叫ぶ。
「カルナ、一度下がりたい! このままあの岩場まで! ラドもだ!」
カルナは一瞬逡巡したような顔をするが、瞳を普段のものに戻すと、レーンに頷いて見せた。
レーンは飛び跳ねて移動するカルナに子供のように運ばれたまま指を組んで術式を編む。ラドの移動をサポートする為に。
ラドの体が淡い緑色に輝き、速度上昇の強化魔術を付与。
ラドは強化を確かめた後立ち上がるとすぐに駆け出し、2人を追って岩場に転がり込んだ。
岩場に身を潜めた3人は警戒しながらどうしたものかと思案する。
「くそっ、あんな隠し球を!」
ラドが岩場からチラリと偶像を見やり吐き捨てる。苛立ちというよりは恨み言だ。
〈偶像〉はレーン達が身を隠すのを追撃せず、岩場へ進んでくることもない。ただただ一行が隠れた岩場に体を向けたまま沈黙している。その様子がまるで自分たちをあざ笑うかのように見えて、悔しさがこみ上げるのだ。
「まさか……〈光壁〉の内側から外へ撃てるなんて……!」
「誤算だったね。これではラドが近づくのも容易ではなくなるだろう。しかし吾輩だけ肉薄しても詠唱は難しいか。認めたくはないがね」
カルナとラドは一度は〈偶像〉に肉薄したことでよりその悔しさを増しているようだ。
カルナは爪を噛みながら苛立ちを隠そうともせずに鋭い目をしていたし、ラドも腕を組んで足を鳴らしている。打開策を見つけなくてはならない。
「やはり吾輩が一人でやってやる。魔術を使わずとも蹴ればいい」
「ダメだろそれは! 触手の攻撃は半端じゃないし、また障壁の中であの眩しい事されたらお前だって無事じゃすまんだろが……魔術と違って一撃で倒せるわけじゃないだろ?」
「吾輩を誰だと……いや、そうだな。ラドの言う通りだ。……本当に忌々しい。不甲斐ない体だよ」
カルナは小声でそう言って顔を背け、〈偶像〉に目を向けた。
カルナの単身突撃は確かにあの怪物を倒せる可能性はあるかもしれないが、一人で戦うなど多大な危険を伴う。
ラドは見てこそいなかったがカルナが大樹イノシシを蹴り倒したことは聞いていたし、その身体能力から肉弾戦能力も非常に高いことはわかっていた。
しかしそれでも防御能力と支援能力に特化した〈自動人形:王〉の性質をもつ〈偶像〉を反撃を受けずに速攻で倒せるのかという疑問はあったのだ。
肉薄し相対していたからこそ〈偶像〉の魔物としての頑丈さ、精強さはわかっていた。カルナもラドの言う通りだと理解はしているのか、再び爪を噛み始め、それ以上は何も言わなかった。
〈偶像〉はいまだ沈黙を保っている。レーン達を排除対象として認識はしたが敵ではないというつもりか。
ラドは頭を掻き、うつむいているレーンを見やる。
「レーン、どうすんだ……? あれをどうにかしねーと……」
その声にレーンはこんな状況だというのに呼ばれて驚いた様子でラドを見た。
「えっ? あ、ごめんラド、聞いていなかった」
「おいおい……まさか諦めてんじゃ」
ラドの言葉をレーンはすぐに否定する。
「いや、諦めてなんかない。ただ、考えていたんだよ。あの光線。どうやって外に撃ったのか」
ラドはレーンの瞳が諦めや落胆に染まっていないことを、自分を見て語る様子に感じて安堵した。
そしてレーンの言葉に、まだレーンは勝つ気でいるんだろうという信頼を確かに強め、身を乗り出して話を聞く。
「〈光壁〉を貫通させたのかと思ったけど、それならカルナの魔術を超える威力のはずだ。でもさっきの光線はすごい威力ではあったけどカルナには及ばなかった」
光線の威力は確かに岩壁や天井を抉り溶かすものであったが、カルナの魔術に比べると見劣りする威力であった。
であればそのカルナの三重紋魔術式による上級魔術を防いだ〈光壁〉を貫いてあの威力を保っているとは思えない。
「するてーと、貫通させたわけじゃないのか?」
「ああ、たぶんね。もしかしたらだけど外に撃つときは〈光壁〉を解除しているのかも」
レーンの言葉に爪を噛んでいたカルナが顔をレーンに向ける。
レーンもカルナを見て、頷いた。
そしてラドを向き直ると、少しだけためらった後に決意を込めて言う。
「まだ勝てる望みはある。ラド、悪いけど僕と一緒に無茶をしてもらうよ」
「……へへ! 何言ってんだ! アイツを一緒にぶっ倒せるならなんだってしてやるよ!」
レーンはラドの承諾に頷き、出来るだけ手短に話し始める。
「簡単に言えば可能性は二つだ。光線は〈光壁〉を貫通してはいない。だから、〈光壁〉を完全に解除したか、一部だけ解除したかだ。前者なら話は簡単だけど、後者だった場合は少し厄介だ。だから、どちらであったとしても〈偶像〉に一撃を撃ち込める策でいく」
「それは興味深いが、どうするんだね?」
カルナが〈偶像〉から目を離さずに話を聞きながらそう言った。
「つまりは、〈偶像〉が光線を発射するタイミングで、光線の射線をなぞるように発射口であるレンズを狙うんだ。光線の射線の〈光壁〉は、絶対に解除されているはずだから、穴となって魔術を通せる」
それを聞いてラドとカルナは同時ににやりと笑った。
「多分だけど〈偶像〉は魔力に敏感だから、カルナが詠唱を開始すれば狙われてしまう。それを僕とラドで全力で防ぐ。そして、光線のために〈光壁〉が解除されている場所にカルナの四重紋魔術式を撃ち込んで……〈偶像〉を、倒す。カルナならできる筈だ」
「当然吾輩の魔術の足元にも及ばないあの光を我が闇炎で食らう事はやってやろうじゃないか。しかし、いい考えだとは思うが、あの光線から詠唱中の吾輩を守れるかい?」
にいっといたずらっぽい笑みを浮かべるカルナ。
「僕達がなんて答えるか分かっているくせに」
「ホント、魔王ってのは性格悪いぜ」
レーンとラドはにやりと笑ってカルナに言う。
「「当然!」」
その2人のセリフに魔王は今度こそ屈託のない笑顔で笑って見せたのだった。
レーンとラドもお互い頷きあって立ち上がる。そして一足先に岩場を出て〈偶像〉に相対するカルナの左右から前に出る。
「レーンは下がっててもいいんだぜ?」
「冗談言うな。〈重装剣士〉は魔術攻撃防ぐのニガテだろ」
「バカおまえそりゃあ……気合でなんとかすんだよ」
軽口をたたきあいながら二人は気を引き締め、構えた。
そして二人の背後で、カルナが両腕を前に突き出し、詠唱を開始した。
「四重紋魔術式――――」
〈偶像〉に動きあり。
やはりカルナの魔術詠唱に伴い膨れ上がる魔力に反応したか。〈偶像〉のレンズが光を放ち、光線が放たれる。
狙いはカルナ。
「させないっ!」
レーンは両手を開き前に突き出すと、魔術障壁を生成する。〈光壁〉と同様に魔術防御偏重の障壁だ。
「防げなくとも……ッ」
そしてレーンは障壁をやや角度を付けて構えた。
「弾くことなら――ッ!」
そしてそのまま光線を受けると、歯を食いしばって衝撃に耐えながらゆっくりと角度を付けていき、光線に偏向の兆しが見えたタイミングで一気にラドと逆側に弾く。
受け止めるでもなく、はじき返すでもない。流れを作り、曲げる。少なくとも馬鹿正直に防ぐよりかは消耗を抑えられる。
「――――光は翳り、空に黒天が輝く時、我は顕れ、裁きは下されん」
先ほど偶然に光線を弾いた感覚を思い出したレーンは、立て続けに放たれる光線を弾いていく。同様に、レーンが消耗し対応しきれないものは、防御強化を施されたラドが盾で受ける。
驚異的な連射速度で放たれる光線。発射のたびに排熱していることから負荷は相当であろうが、再生により修復されている。
だが。
「魔力は有限のはずだ!!」
いくら体は直せても魔力がそこを尽きれば光線による攻撃はおろか〈光壁〉すら使えなくなるはず。
寄生している肉こぶに影響を受けてその含有量は増えているであろうとはいえ、どうやら高度な知性を有しているであろうからにはレーンの思惑はうまくいくはずだ。
「――――我は断罪者の指を持つ者なれば、汝の罪を灰の指で指し示そう」
カルナの腕先の魔法陣の方円が二重、三重と描かれてゆく。その度にカルナから溢れる魔力はより強く、濃いものとなる。
レーンとラドは息を切らしながら放たれる光線を弾き、防ぎ、詠唱を続けるカルナを守る。
光線は次第に一発ごとの威力が増されてゆく。その変化はレーンには〈偶像〉がカルナに危機感を覚えているように感じられて、むしろ力が沸いてきた。
ラドもそれは同じのようで、息は荒げているものの動きは鈍っていない。
ここまで攻撃を阻止されれば、おそらく〈偶像〉がとる行動は限られている。そしてそれは先ほどから光線の威力が上がっていることで確信に至る。
「――――我はその魂を浄化の火にくべよう、傾く杯より溢れ出たる罪を飲み干そう」
カルナの魔力がひと際大きく増幅される。
レーンとラドはこの感覚を覚えている。そう、シーカー養成学校卒業試験においてレーンがウェルビンと戦った際、イフリートと対峙したカルナから感じた圧力。
その圧力にいよいよ危機感を覚えたか、レーンとラドに攻撃を防がれ続けている〈偶像〉は、ついに光線の発射の予兆現象である光の粒子のレンズへの収束に変化を見せた。
即ち、本体そのものが輝くほどの光が収束していたのだ。〈偶像〉は今までで最大の出力での光線を放つつもりだ。
レーンとラドとてさすがに受けきれないであろう魔力の凝縮を感じる。
しかして、レーンとラドは、カルナに目配せをして頷きあうと、カルナの前を離れて左右に移動した。〈偶像〉にはその行動理由は知る由もないのだろうが、最優先攻撃目標たるカルナへの射線は開けたのだ。しめたと思っているかもしれない。
故に〈偶像〉は、そのまま高出力の光線を、カルナめがけて照準する。
それを見て、レーンとラドはカルナを見やる。やつがしびれを切らしてカルナ目掛けて強大な光線を撃ち放つ。だが、これでいい。ここまでの大技であればこちらの思惑に気づいて障壁を閉じられることもない。
ここまで、すべては予想通りだ!
レーンは叫ぶ。
「今だ、カルナァ!」
レーンの叫びに、目を閉じて詠唱をしていたカルナが目を開く。腕先に完成した黒き四重円を描く魔術式から、さらに黒紫の方円陣が重ねて生成される。レーンの胸の契約紋が熱を持ち浮き出し、紅く輝く。
眼前には迫りくる〈偶像〉の光線。しかして魔王が浮かべるのは獲物を狩る捕食者のような笑み。既に詠唱は、完了している。
そして高らかに叫んだ。断罪の焔。魔の極刑。かのイフリートを一撃で葬った最上級魔術にして固有魔術。
「塵と消えたまえ!〈黒紫の罪火〉――――!」




