第33話.偶像討伐作戦
作戦は単純なものであった。
〈光壁〉の外からでは必殺の威力を持つカルナの魔術でも有効打を与えられない可能性がある。
であれば、〈光壁〉が物理的な防御力を持たない事を確認した今、肉薄し障壁の内側から叩く。
とはいえ障壁内部に侵入できたとして、あのうねる触手による迎撃が待ち受けているはずだ。
それを全力で防ぐのがラドの役割。
レーンが遺跡広間で見た〈偶像〉の触手による攻撃は速度、威力を鑑みてもラドが防げるのは、装備や武術技を計算に入れたとして10秒と想定した。故にレーンはラドに5秒間だけ耐えるように頼んだ。5秒経過したら障壁内部から離脱するようにと。
その5秒という数字は、ラドの身の安全を考えた数字であると共に、カルナが宣言した三重紋魔術式を発動するのに必要な時間だった。
掻い摘んでおさらいすれば、まずはラドとカルナが〈光壁〉を突破し障壁内部に肉薄、そしてラドが触手の攻撃を受け止め時間を稼いでいる5秒の間に、魔術を詠唱したカルナが一撃で仕留めるというもの。
そしてレーンは有事の際のバックアップと、状況に応じた支援。
〈偶像〉の巨体故に肉薄した二人では感知しにくい、どんな些細な変化も見逃さないために一人後方で状況観察と支援に徹する役目。
もちろん後ろめたさもあったが、それがベストであると判断し受け入れる。パーティーの戦いは適材適所。各々が最大限力を発揮できるポジションで役目をこなす。
そして元来〈召喚士〉とは、そういうジョブであり、得意とするものである。
(僕の役目は、二人を障壁の中に辿り着かせる事。そこからは魔力が届かないから二人頼み。なら、それまでは全力でできることをする……!)
といっても、障壁内部へは苦はなくたどり着けると踏んでいた。
事実〈自動人形〉達は物量こそあったが簡単に次々と肉薄していたのだ。
考え得る理由は二つ。
一つは迎撃能力が十分にない事。先の〈自動人形〉を薙ぎ払ったあの触手は、おそらく球状に本体を囲う〈光壁〉の範囲より少し広いくらいまでしか射程がないのは確認していた。しかし〈自動人形:王〉には眼球のようなレンズから放たれる光線を有するという。
始めレーンはあの肉こぶの寄生により失われた機構かとも思ったが、〈光壁〉が強化され性質を変じていることから失われてはいないはずと読んでいた。
であれば、使用できないのではないか、と。
つまるところ光線は結局〈自動人形〉の動力源エネルギーである魔力による技であるから、あの〈光壁〉が強力すぎるがために自身も外へ向けて撃てないのだと考えたのだ。それが二つ目の理由。
それらを要素として接近はさほど困難ではないと想定していたレーンは、触手の攻撃をカルナが魔術を放つまでの間ラドが防ぎきれれば倒せるのではと考えた。
レーン達のフォーメーションから〈偶像〉までの距離は、重装備のラドが全力で駆けておよそ10秒程度。カルナならばもっと早いだろうが盾役たるラドの到達なくしては意味がない。
レーンはその10秒間に神経を集中させる。
〈偶像〉が動く。
一行に緊張が走る。
(逃げた方がよかったかもしれない。隠れていた方がよかったかもしれない。戦う選択は、間違いだったかもしれないと、まだ考えてしまう。それでも、戦うという決断を後押ししてくれたラドとカルナの信頼は、必ず〈偶像〉を倒すことで報いて見せる……!)
困難から逃げるのは簡単だし、必要な時もある。
それでもシーカーは未知に挑むもの。困難や謎に挑み戦い、打ち勝つものだと父は言っていた。
なればこそ、自分たちが受けた依頼としても、父の背中を追うためにも。
――――何より自分たちの夢を叶えるためにも。
「今は戦って、勝つ!」
レーンは杖を構えて指を組み、詠唱を開始する。
カルナとラドの二人へ、複製と改変を繰り返し、カルナに魔力強化、ラドには物理防御強化、そして二人に速力強化の3種の強化を瞬時に施す。魔力の消費は著しく、比例して瞬間的に体力を持っていかれる。
「ぷはあっ!!」
止めていた呼吸に絞り出すような息を吐き、荒い息をつきながら、術を付与し終えたレーンは二人に目くばせしながら叫ぶ。
「頼んだよカルナ、ラド!」
「任せとけ!」
号令に応えてラドが手に持つ剣で構えた大盾を叩く。
ギィン、という金属音と共に不可視の波紋が広がっていく。
波紋は金属音の余韻を大気に乗せて伝え、付随する効果を〈偶像〉にもたらす。
武術技、〈タウント〉。不可視の圧は、危機感、圧力、あるいは怒り、あるいは加虐意識が無意識に発動者に対して芽生えるように、対象者に効果を及ぼすもの。それにより発動者に優先的に注意を向けるようになるという盾役には基本の技。
〈光壁〉があろうと武術技であれば効果は現れるはずと予測し、結果使用した〈タウント〉はしかと〈偶像〉の注意をラドに向けることに成功する。
ただただ一行に向けてゆっくりと浮遊していた〈偶像〉は、その女性型器官の双眸の焦点をラドに定めていた。
「っし! 効果ありだ! 行くぜカルナ!」
「ああ、行こうじゃないか」
そして〈偶像〉に向かって正面から一直線に疾駆するラドの後ろにつくようにしてカルナが追随する。縦に並び駆ける二人。
ラドは念を入れて武術技、〈シールドチャージ〉を使用し正面に盾を構えて走る。
その破城槌めいた突貫に、〈偶像〉も何かを感じ取ったか前進をやめ、触手を構える。
ラドたちと〈偶像〉の距離がみるみる縮まる。ラドとカルナが〈光壁〉に接触する。
そして……。
「抜けたッ!」
視認できない〈光壁〉を確実に抜けたことを確認するために感知魔術を使ったレーンが、二人が感知不能領域たる黒い球体の中に溶けるのを見て叫んだ。
感知視界を切り、現実の視界で同様に二人の肉薄を認める。
まずは〈光壁〉を抜けた。作戦プランのはじめはクリアした。やはりというかなんというか、〈偶像〉は〈光壁〉の外の存在に対して攻撃らしい攻撃は行ってこなかった。
であれば次は、迎撃が来る。
レーンは〈偶像〉に右側から回り込むようなルートで位置を変えつつ、二人を見やる。
見ればいままさにラドとカルナにめがけて襲い掛からんばかりに振り上げられた〈偶像〉の触手が見えた。
「気張りたまえよラド! 魔王の主の親友としての気概を見せてごらん!」
「へっ! そのつもりで来てるって―の! それよりちゃんと一発で仕留めてくれよな!」
「誰にモノを言ってるんだい? ほら、来るぞ来るぞ! はははっ!」
笑いながら詠唱姿勢に入るカルナ。赤き隻眼で眼前にそびえる異形を見やり、詠唱の言の葉を口にしていく。
「……聖者は愚者へ。生者は死者へ反転す。翳りの螺旋は闇となりて光を食らう――――」
そしてさせまいと襲い来る触手の乱舞。しかして守りの本業たる〈重装剣士〉は自身だけでなくカルナを狙う攻撃を見逃さない。
「させねえぜ! 我が守りは何人たりとも崩せはしないってやつだ! 〈センチネル〉ッ!」
叫び、再びの武術技を発動する。自身の防御力と、反射神経を向上させる〈センチネル〉を駆使した完全に受けの構え。
守ることに特化したスタンスでラドは〈偶像〉の触手を打ち払う。
しかしそれでも絶え間なく繰り出される触手の連撃に、レーンによる防御強化の効果もあって尚、じわじわと防御が削られ、ダメージが蓄積していく。
「魔を司る我が指先より放たれし黒の雫よ、さあ行くがいい――――」
ラドが耐えている中でカルナは詠唱を続ける。
時間にして物の数秒。しかして体感では何十秒という長大な時間にさえ思える攻防の時間。
殴打され、削り裂かれたラドの体は見る見るうちにダメージを負っていくが、ラドはその動きを微塵にも鈍らせない。守りの矜持。ラドは女の子が怪我をするのを何より良くない事だとして何があろうと触手一本触れさせる気はない。
そしてついに、銀の髪をはためかせる魔王より言の葉が紡がれる。その腕の先には三重紋の方円。
「待たせたね、ラド」
術式は完成し膨大な魔力がカルナの中で渦巻く。術式を通して発現する時を今か今かと燻ぶり煮えたぎっている。
さあ、断罪の時だといわんばかりにカルナがその口角を吊り上げる。
そして、必殺にして致命の一撃を放つ言葉が紡がれんとした刹那である。
「お待ちかねだよ……食い破ってやるとしよう!〈極黒螺――――
「あぶねぇッ! カルナッ!」
カルナが術式に魔力を流し込み切る前に、ラドがその体をタックルめいて突き飛ばし、自身ごと〈光壁〉の外側まで転がり出る。
目を見開いたカルナの視界に映るは、〈偶像〉の巨体であり、その瞳にも見えた巨大なレンズに集まる光の粒子。
刹那、〈偶像〉を中心としてまばゆい光が洞窟内に輝いた。
「あれは……今のは……!!」
レーンはその輝きに目を焼かれないよう腕で遮光しつつ、腕で作った影の中から〈偶像〉を見やり歯を食いしばる。
これは、まさかそんな事をしてくるなどとは。
(ラド、カルナは……っ!?)
レーンは光の中で二人の姿を探す。
カルナはラドに押し倒されるように覆いかぶさられながら事の次第に歯噛みしていた。
詠唱は完了していた。後は放つだけだった。しかしそれはラドによって止められた。なぜなのかと思ったものだが、なるほどこの光を見た後ではラドの行動は自身を救ったのだと理解する。
油断していたわけではない。ただカルナもレーンと同じく想像していなかったのだ。〈偶像〉があんな事をするなど。
ラドはカルナの盾となるよう無意識に被さりつつ、首をまわし背後の〈偶像〉を苦虫を噛み潰したような顔で睨んでいた。
ラドとカルナの目先には、輝きの収束を経て健在な姿で浮遊する禍々しき〈偶像〉がその巨体で佇んでいた。
見れば数本の触手が焼け焦げているが、それでも静かに在るその姿は、まるで何もなかったかのように何が起きたかを知るレーンとラドを大いに焦らせた。
二人の姿を認めたレーンは、まずは安堵した。
そして改めて〈偶像〉を見やり、自分の考えが甘かったと痛感した。
「まさか……障壁内部でもお構いなしに光線を放つなんて……!!」
レーンは驚き、そして焦っていた。
〈光壁〉の内側で発射された指向性魔力たる光線は、球状の障壁内部の反射を繰り返し、内部に無作為な攻撃を行った。
屈折と分散を繰り返した光線は、威力を分散により落とし、屈折により広範囲化した。
もし二人があのまま障壁内部に取り残されていれば、全身を焼き焦がされ、密封された空間を縦横無尽に満たす光線の餌食となっていただろう。
魔物と思い油断した。否、想像できようはずもなかった。ロジックで稼働する機械種の魔物。寄生が見受けられるとはいえあんな自爆めいた攻撃を繰り出すとは思ってもいなかったのだから。
事実悠然と佇むように見える〈偶像〉の肉ひだは焼け焦げ、触手も数本は表皮が溶けてすらいる。
しかし。
「なんだよあれ……再生……してる……!?」
レーンは驚きに目を見開く。
焼け焦げた肉や表皮はもちろん、損壊した〈自動人形:王〉の機械部品までが、見る間に修復されていったのだ。
それはないだろうと。乾いた笑いすら出てくる。
強力な魔術障壁のせいで肉薄しないと高威力の魔術攻撃ができない。しかし近づけば触手と、あの自傷を厭わない光線による反射フィールドの形成。
加えてちょっとやそっとの攻撃ではダメージ蓄積前に修復されてしまうその再生力という訳か。
レーンは考えを改める。
〈偶像〉は、確かな知能を持つ強敵なのだと、改めて認識しなおす。
肉薄作戦が失敗した以上再度の突入を敢行するか逡巡する。しかし今と同じように自爆めいた光線攻撃を行われれば、再び〈光壁〉の外への避難を余儀なくされてしまう。
「カルナ! ラド!」
レーンは、光が収まった後すぐ起き上がり〈偶像〉から距離をとっていた二人の下まで走り寄り、合流する。
そしてすぐに〈偶像〉に向き直り、警戒態勢。
レーンは構えた姿勢のまま、同じく両脇に構えて並び立つラドとカルナに言う。
「二人とも無事だね。よかった……」
「ああ、ラドのおかげだ。感謝しよう」
「いや焦ったけどよ、気づいてよかったぜ。あのままじゃ二人とも丸焦げだったかもな」
「まさか障壁内部であんな攻撃をするとは予想していなかった。僕の不注意のせいだ」
「レーン、我が主。気を落とすことはないよ。……しかしまいったね、見ただろうあれ。治ってるぞ」
カルナがすごく面白くなさそうな顔で〈偶像〉を指さす。
先ほどの光線によるダメージは、もうほぼすべて修復され切っていた。
「だったらさ」
カルナが笑って言う。
「あんな再生能力まで有しているならば一回で仕留めきるしかなさそうだねえ。やはり、四重紋魔術式を使うしかあるまい」
「っ、でも、それは!」
「たぶんあれでは中途半端にダメージを与えても意味がなく思えるからね、最上級魔術であれば倒しきれるのではないかな」
「それもそうかもだけど……いや」
レーンは反対をしようとしたが、カルナの言う通りあの再生能力の前では半端な攻撃はまったくもって無意味となる。
やはり彼女の言う通り、最上級魔術によって一撃で葬る必要がある。しかしさらに詠唱が長くなるであろう最上級魔術、撃たせてくれるものだろうか。
いかなカルナの四重紋魔術式であれ障壁に阻まれては打ち消されはしないとしても威力の減衰は免れない筈。
さっきと同じ肉薄戦法はあの光線がある限り使えまい。ならば次はどうやって……。
「レーン! 避けろぉお!」
ラドの叫びにレーンはハッとする。
レーンは先の〈偶像〉の攻撃の衝撃に対し策を講じなければと焦り、意識を一瞬思考に持っていかれてしまった。
そのため反応が一瞬遅れてしまい、ラドの声に気づき自分の眼前に迫ってくるそれを見た時には、ただただ驚きで目が見開かれた。
怪物の眼球たるレンズから撃ち放たれた魔力奔流たる一筋の光は、確かに今レーンの体に肉薄していた。
〈偶像〉によって、〈光壁〉の内部から障壁外にいるレーン達へ向けて、光線が放たれていたのだった。




