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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第2章:英雄の卵編
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第27話.父の謎と第一歩

 




 オルフェオンの街に夜の帳が落ち、店や家の明かりが闇の中に光る。


 日が落ちてもその活気は落ちず、道行く人の数は数多で酒場や武具屋から聞こえる声が賑わっている。


 そんな活気あふれる街の中でレーンは、イ・シャールへの帰路を歩きながら浮かない顔で俯いていた。


 彼が思案に耽っている理由、それは先のギルドマスター……スオウに呼び出された時の一件。


 指名クエストとしてレバンパーティと共にオルフェオン近郊の森に出現した遺跡の調査を依頼された折の事だ。







 ――――事の次第を説明し終えた後、スオウは参加意思があれば明日ギルドにて自分を訪ねるようにと言った。


 その場で一行は解散の運びとなったのだが、レバンらが退室し、自分たちも退室しようとした際に、スオウがレーンを呼び止めたのだ。



「すまんがレーンだけ残ってくれ」



 その言葉にラドは気を使い、先に帰ると告げて退室した。カルナは使い魔だから聞く権利があるとして残った。


 セナナも受付業務に戻り、部屋の中にはスオウとレーン、カルナの3人。


 スオウは穏やかな笑みを浮かべながら、なぜ残されたのかという顔のレーンに語った。



「レーン、もしシーカーとしてやっていくうえで困りごとがあれば気軽にわしに言え。よく計らうからの。お前、何か抱え込んどるようじゃし、昼間の詫びというわけでもないがの」



 その言葉はまるで我が子にかけられるように穏やかで慈愛に満ちたものだった。


 そんなスオウにレーンは胸の内を明かす。



「その言葉は大変うれしいのですが……どうして自分に? 指名クエストだって、ここに来たばかりで日も浅い銅章の僕がそんな重要な仕事を任せられる理由もわかりません」


「謙遜じゃな。お前は養成学校では優秀だったと聞いとる。主席じゃと。金章以上のシーカーは軒並み遠くへ出払っておるしの。銅章とて実力があれば仕事は任せられよう。何よりお前には魔王がいるじゃろ」



 そう言ってカルナを見るスオウ。


 表情を変えずにスオウを見やるカルナの顔を一度見た後、レーンはスオウに問う。



「それです。なぜギルドマスター……スオウさんはカルナが魔王だと?」



 レーンは疑問をぶつける。仮に魔王だとスオウが認識しているならば、もしかしたら自分たちは捕まるのかもしれない。突飛かもしれないが、事情聴取がてら捕縛されてもおかしくはない。


 しかしそんな考えを見抜いたのか、スオウは身構えなくていい、と言った。



「使い魔が魔王だとて、大っぴらにする気はない。話を知っているのはわしとルリリ達だけじゃ。安心せい。捕えたりもせん」


「それは、ありがたいですが……」


「イレギュラーであるし魔人族の王がこう出歩いていては大事じゃが、お前が手綱を握っておるのじゃろ。今はそれが理由とだけ言っておこうかの」



 スオウはそう言ってくふふと笑う。随分寛容な態度にレーンは拍子抜けする。



「というかレーン、世間一般の知識と魔人族の姿があまりに違うからと、お前も半信半疑だったのではないか?」


「それは……はい」


「まあ、それについては追々話すとしようの。本人の前というのもあるし気まずいじゃろ」



 スオウが悪戯っぽい顔でカルナを見る。合わせてレーンもずっと疑問であったから、つられてカルナを見てしまう。カルナはどうでもよさそうと言った風だったので、スオウはくふふと笑って話を戻した。



「さて、お前に伝えねばならんことがあってな。それにはまずわしがその使い魔を魔王と知っておった理由を話そう。まあ、理由はいくつかあるんじゃが……まず聞かされておったというのがある」



 それは卒業試験の折のカルナの発言がギルドに報告されていたという事だろうかとレーンが問うと、それもあるという返答。



「たしかに報告は受けておったよ。しかし養成所の連中半信半疑じゃて、念のためという程度じゃ。わしは、元々頼まれていたんじゃよ、友人にな」



 スオウはくく、と小さく笑った後遠い誰かに思い馳せるような表情で語る。



「そやつ曰く、レーンは自分のせいでシーカーになれないかもしれない、と」



 レーンはその言葉に目を丸く見開く。


 スオウはレーンの目をしっかり見ながら言葉を続けた。



「しかし、もしシーカーとなりわしの前に現れた時は……その傍らにはきっと魔王を名乗る使い魔がいるじゃろうとな。だから頼まれた。魔王の事も含めて世話をしてやってくれと」


「まさか……それって……!」


「うむ。わしは友からその息子を任された。白金章シーカーであった我が友、フェイズ……お前の父親にな」



 レーンは衝撃を受ける。


 レーンの父、フェイズは白金章シーカー。スオウと面識があってもおかしくはない。ショックを受けたのは、自分のせいでレーンがシーカーになれないと言っていたこと。そして、魔王が傍らにいるだろうという今のレーンの現状を予測していたこと。


 スオウの言葉から推察すれば、父フェイズはカルナを知っている事になる。



 レーンは思わずカルナを見る。カルナは落ち着いた様子でじっとスオウの話を聞いていたが、レーンの視線に顔を向けて応える。



「カルナは、父を知っていた、のか?」



 思わず聞いてしまう。


 いや、父の書斎に居たのだから関連性自体は匂ってはいた。予測もしていた。


 しかしこう実際に関連性の示唆を言葉で聞くと動揺してしまう。


 そんなレーンの問いに、カルナは短く答えた。



「知っていたよ」



 肯定の言葉にレーンは一度生唾を飲んで理解する。しかし、続くカルナの言葉にレーンは大きく驚いた。



「……吾輩を契約紋ごとレーンから引き剥がして、あの宝珠に封じたのがキミの御父上さ」


「なっ……」



 その言葉は、カルナと自分の関係の謎に関し、解き解く言葉の一つ。


 つまりは、レーンとカルナは過去契約をしていて、それをレーンの父フェイズが引き剥がして封じたという事。


 カルナと出会った際の会話で、もともと契約をしていたという旨は理解していたが、契約紋を引きはがしたのが父フェイズだったというのか。


 あの時レーンはカルナに契約紋を引きはがされた覚えもそもそも契約をした覚えもないと言った。


 カルナの言葉を信じられなかったのはひとえにそのような記憶を持たなかったからだ。


 だが、こうも自分の周りでその話を裏付ける会話が展開されれば……本当なのではないかと思えてくる。


 レーンは必死に過去の記憶を遡る。父が帰ってこなくなった最後の日。覚えている。


 父がよく帰ってきて聞かせてくれた会話、覚えている。


 しかし、改めて記憶を整理して気づくことがある。単純に幼かったからという理由では片づけられないが、とある日。ある日だ。


 ある日、そう……父がいなくなった年、その年のレーンの誕生日。その日の記憶がすっぽりと抜け落ちている。


 なぜ今まで気づかなかったのかまるで分らないが、思い出そうとしてもまるで手から滑り落ちるように空白だけが頭に広がる。



「僕が覚えていないだけなのか……?」


「そう言ったじゃないか。いずれ思い出してくれとね」


「なんで教えてくれなかったんだ……?」


「信じないだろう。それに、その様子では知らない方がキミのためだ。そう思ってキミの御父上が吾輩をキミから切り離したんじゃないのかな」



 父がカルナを切り離した。


 その思惑はなんだというのか。


 カルナを封じる必要があったというのだろうか。レーンのシーカーになるという夢を犠牲にしてでも封じる必要が。


 あれだけレーンにシーカーの夢ある姿を語った父。その父がレーンの契約紋を引きはがした張本人。


 そこまでする必要が、カルナにはあったというのか。やはり、魔人というのは、魔王というのは。



「吾輩が怖くなったかい?」



 カルナの言葉に、レーンははっとしてその瞳を見る。


 隻眼の紅い瞳は恐ろしい程に穏やかにレーンを映していた。


 レーンは……その瞳に、かつて自分が彼女に言った言葉を思い出した。


 あの時も、この瞳を見ながら言葉を紡いだのだ。


 それは記憶にないものではなく、確かに自分の意志で結んだ()()だったのだ。



「僕は……カルナの術士だ。例えカルナが何であっても、契約をしたパートナーだ」



 レーンはその言葉を紡いで、胸がすっとするのを感じた。


 昼間ラドにも言われた。召喚士と使い魔は一蓮托生の存在。大事な相棒なのだ。


 そうだ。彼女が何であれ関係ない。目の前の彼女が恐ろしく語られる魔人族の王だと言われていても、彼女はレーンにとっては無邪気で勝手で悪戯好きで、寝相が悪い使い魔だ。


 自分の味方でいてくれた、パートナーだ。


 今こそ、彼女に向き合う第一歩なのだろう。


 であれば、レーンは自分の心に従う。



「僕がするべきは、聞いた話による憶測や決めつけじゃなくて、自分が感じた事を信じる事だと思う。だから、僕が自分で知るまで……カルナ自身が語ってくれるまで待つ。そして父がカルナを封じたとしても、その理由を直接父に問いたい」



 分からないことはまだ多々ある。彼女とどうして契約したのか。父の思惑。彼女の正体。


 それでも、一度彼女に告げた言葉を、彼女以外に語られた言葉を理由に反故にするなどできそうにない。


 レーンは優しい笑みを浮かべたカルナに頷くと、スオウに向き直る。



「スオウさん、教えてください。フェイズは、父は今どこにいるんですか!?」



 レーンは、父を追っている。シーカーとしての憧れに始まり、行方不明となった彼の安否。そして追う理由に、何を理由に自分とカルナを引きはがしたのかが追加された。是が非でも追う必要がある。しかし。


 レーンの問いにスオウは首を横に振る。



「わからんのじゃよ。やつの行方は、わしにもな……。お前のことを託されたのも、やつが姿を消す直前じゃった。エトセトラの奥地へ向かい、もうずっと帰っておらん」


「そう、ですか……」


「白金章のやつはエトセトラ全域の探索権がある。どこへ向かうか伝えずに、クエストも受けずに消えたやつの行方は、不明としか言えんのじゃ」



 スオウはレーンに優しい声色で、申し訳なさそうに言う。


 スオウにとってはレーンは友人の忘れ形見のようなものなのだ。彼女とてフェイズの安否は気にする所なのであったろう。


 レーンも、不甲斐ない気持ちはあったがギルドマスターたるスオウがその所在を掴めていないのでは、あーだこーだと言っても仕方ないことは理解できている。多くは言わなかった。



「とにかくじゃ。思うところもあるじゃろうがわしはお前を預かった身じゃ。それこそ親だと思ってくれてよいのじゃぞ」



 暗いムードを振り払うようにスオウが腕を振って笑う。


 親と言われてもスオウはカルナよりも小さい女の子にしか見えない。種族的な特徴かもしれないがなかなか難儀だ。



「お気持ち、嬉しく思います」


「くふふ。うむうむ。それで……」



 スオウは腕を組み、レーンとカルナを見る。



「件の指名クエストじゃが……受けてくれんか。これはもちろんお前たちの力量を見込んでというのもある。それに、わしの一存だけでは出来んのじゃが、わかりやすく功績を立てればランクの昇格にも繋がる」


「それって……」


「ランクを上げれば探索が許可される地域が広がるというわけじゃ。フェイズを追う事にもきっと繋がろうて」








 ――――そういう話であった。


 オルフェオンの街を歩くレーンは、クエストの事をじっと考えていたのだ。


 ランクを上げれば父を追う事にも繋がる。であれば、今は分からないことを考えるよりも、わかっているチャンスを無駄にしない。


 昼までと違い外でも影に入らず、楽し気に周囲を眺めながら隣を歩くカルナにレーンは目を向ける。


 視線に気づいたカルナと目が合うと、レーンは告げる。



「カルナ、明日のクエスト……参加するよ。大変なクエストになると思うけど、君の力を貸して欲しい」



 彼女の力は必要だ。だがそれと同時に、約束もある。使い魔と主人というだけではない、パートナーとしての約束。


 冒険に出る時は、心も共に。



「……うん。キミの魔王は力を貸すよ、レーン」



 レーンの隣を歩くカルナはそう言って嬉しそうに、にいっと笑った。

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