第19話.初めてのクエスト
ラドは怪訝な顔をしていた。
「シーカーの冒険っていったら、謎の洞窟を探索とか、凶暴な新種の魔物が出たから退治してくれとか、フツーそういうのだよな」
ラドの両手に握られているのは華やぐ色とりどりのお花。
そして背負う籠にはすでに半分ほど野草が詰め込まれている。
わなわなと震える手を振り上げ、ラドは叫んだ。
「なんで野草摘みなんじゃーーーーーーーい!」
ラドの叫びは青々とした大空に流れる雲と同じくゆるやかに消えていった。
「ラド、叫んでないで仕事仕事」
レーンがやってきて、両手に掴んでいた野草をラドの背の籠にぼすりと入れる。
「裁量評価なんだから、一杯集めた分だけ報酬は増えるんだからね」
「いやお前なー! そんな風に馴染みまくってるけどなー! 最初の仕事が野草摘みってなにか思うところないのかよ!?」
「別に……色んな野草や花が一杯で楽しいよ」
真面目に答えるレーンにラドはがっくり項垂れる。
レーン達が今いるのはオルフェオンを出てすぐに広がる大草原の端、ちょうどオルフェオンの領堺ギリギリといった辺りだ。
大分昔に踏破地域に認定されている場所。小高い丘等緩やかな起伏のある、草花生い茂る美しい野原であった。
ちょうどオルフェオン領の境界に巨大な樹木が立ち並ぶ深い森が鬱蒼と存在しており、レーンはハイゼリンの森を連想した。わかりやすい境界線だ。あの森から先はオルフェオンから出た、正真正銘のエトセトラなのだろうと。
そんな森が目視で見える位置の野原で、レーン達は最初の仕事である薬効を持つ数種類の野草の収集というクエストをこなしていた。
スポンサーはオルフェオンの大手の薬屋であり、セナナの言う通り難易度のわりに報酬が割高でありお得なものであった。
レーン達と同様新たにシーカーとなった者たちが多いシーズンであるから、薬もなにかと入用で素材となる野草が大量に必要なのだそうだ。
とはいえ冒険とは程遠い小間使い的な内容であるがためにラドは肩透かしを食らったようだ。
レーンとしてはまずエトセトラの大地に慣れたかったので、このクエストは大分ちょうどよかった。
カルナも原っぱを駆け回り、初めて見る野草や花に目を輝かせていた。
「レーン! この花面白い形をしているよ!」
「本当だね。こっちの草もみてよ! 葉が渦を巻いているだろ? これも薬になるよ」
「楽しんでんなあお前ら!」
ラドが籠を置きどかっと草原に腰を下ろす。
レーンがそれを見て隣にやってくると、今しがた摘んだ野草を籠に入れる。
「いいじゃないか。今回のクエストは踏破地域ぎりぎりのこのあたりで野草摘み。きっとルリリさん達が気を使ってくれたんだよ。まず僕らにエトセトラを実際に歩いて、見る機会をくれたんだと思うよ」
「そういうもんかなー。いや、俺もこうして歩いてきて、テンションめっちゃ上がってたけどさ」
「どんなクエストだろうが第一歩、でしょ? 野草摘みは実質ついでだってセナナさんが別れ際にこっそり言ってくれてたんだ。このあたりは魔物もあまり出ないらしいし、まずは小手調べってことで!」
レーンがローブの裾に土が付かないよう注意しながらラドの隣に座る。
「しかし、エトセトラは生態系が独特だね。この原っぱだってそう。すごい数の野草や花が同じ場所に生育してるんだ」
「そうだなー。というかレーン、お前大分野草に詳しいよな。集める手際もいいし」
ラドが疑問をレーンにぶつける。
レーンは原っぱに着くや否や、ラドとカルナに集める野草の特徴を告げると自分はすごいペースかつ様々な野草を集めて見せた。
初めて来たとは思えないその手際にラドは疑問に思ったのだ。
そしてそんなラドの質問にレーンはにまーっと笑った。
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました、ラド! 実はこういう物があるんだなー!」
そういってレーンはポーチから手帳を取り出す。
大分使い古されているぼろぼろの手帳で一見すればただの古ぼけた一品。
しかしそれを見てラドは何かに気づいたように笑顔になった。
「もしかして、親父さんの探検手帳か!」
「そう! 家を出るときに拝借してきたんだけど、さっそく役に立ってるよ! 父さんが見聞きしたり触れたものはおおむね記帳されていたんだ!」
「それで薬効のある野草や花が丸わかりってわけだ! なんかズルいな!」
「ズルいとか言うな! 役に立ってるんだからいいじゃないか!」
実際、白金章シーカーのしたためた探検手帳ともなれば、銅章シーカーであるレーン達にとってはこの上なく心強い情報源であった。
白金章を持たなければ入ることの許されない地域の事すらこの手帳には記されているのだ。レーンの父が帰らなくなる時に家に残していってくれたものだったが、とても役に立っているどころではなかった。ラドの言う通り、他の駆け出しシーカーにとってはまさしく”ズルい”代物である。
そんな手帳に基づいたレーンの剪定で、一行はてきぱきと薬効のある野草を集めていったのだ。成果は上々。最低要求は既に満たしていた。
「父は適当な人だったけど、こういうところはしっかりしていたみたいでありがたいよ」
「白金章の記した手帳なんざ、駆け出しからしたら喉から手が出るほど欲しいだろうさ。親父さんに感謝だな!」
「まったくだよ。父さん様様だよ」
レーンが笑う。ラドはそんな様子に安心したような穏やかな表情を取った。
「レーン、よく笑うようになったな」
「え?なんだよ急に」
「自覚ないのか? 養成所にいたころは、もっとこう……常に切羽詰まっている感じで、なんかアレだったんだよ」
「曖昧過ぎない? ……でも、そうかもね。なんだか、心につっかえていたものが取れた気がしてるよ。ほんの数日前だけどさ、真っ暗闇の中を無我夢中で走っていたようなものだったから……」
カルナと出会うまでは自分が召喚術を使えるようになり使い魔を得るために努力はしてきていたが一切の光明は見いだせずにいた。
最も、カルナと出会ったことで、未だに謎は残るが召喚術が使えなかった原因もまた判明はしたのだ。
そして試験を経て、今こうしてエトセトラにいる。それは嬉しさ余ってなんとやらというもの。
とはいえずっと一緒にいたラドが言うのだ。レーンの変化はとても良い傾向なのだろう。
「根暗だったレーンがこんなに元気になってくれて俺はうれしいぜ……よよよ」
「馬鹿にしてないか? ねえ、馬鹿にしてるよね?」
大げさにウソ泣きをして目元を拭うふりをするラドにレーンはムっとするが悪い気はしない。
確かに、カルナとの出会いをきっかけにレーン自身も良い変化をしているのだろうと改めて思った。
「っていうか、我らが魔王様はどこいったんだよ?」
ラドが言う。
そういえば当のカルナはとレーンが周囲を見渡してみると、姿がない。
さっきまでは近くを走り回って花やら虫やらを追いかけていたはずだが。
「あんまり遠くには行かないように言っておいたのに!」
「お転婆なこった。あいつ、あんなに無邪気だったんだな」
「おかげで参ってるよ。ちょっと探してくる」
「へーい。一応魔物に気をつけろよー。俺は、休憩!」
ごろりと野原に寝そべったラドを後目にレーンは立ち上がるとカルナを探しに歩きだした。
ラドの注意もあり、背負った杖と腰に下げた剣のベルトを締めなおす。
ここに来るまでは襲ってくるような魔物には出会わなかったが、目と鼻の先には巨大な森があるから油断はできない。
二つほど丘を越えたところで、レーンは一面の白い花畑に腰を下ろしているカルナを発見する。
レーンの父の手記によれば確か、<シロツキルイ>という名の花だったはずだ。このように群生する花だったとは知らなかった。
そんな白い花畑の渦中に座り、どこか遠い目をしたカルナの姿。
まるで絵物語の登場人物のようにすら一瞬見えてしまう光景にも思えるその組み合わせであったが、レーンは一瞬息をのんだ後、安心したように声をかけた。
「居た……おーい、カルナ! ダメじゃないか勝手に見えないところまで行ったら!」
カルナはレーンに気づくとにこりと笑う。
「やあレーン。美しい場所だねここは。とてもいい場所だ」
「そうだけど、あまり離れないようにしてよ。クエスト中なんだから」
「はは、わかったわかった。努めるよ」
カルナは苦笑した後、手近なシロツキルイを一輪撫でる。
「この花はいいな。白く無垢で純粋で。吾輩はこの花が好きだ」
周囲を見渡し手を広げてみせるカルナ。
「こんな美しい場所にやってこれた。こんな美しい光景が見れた。レーンのおかげだよ。感謝するよ」
「どうしたんだよ急に。そんなの僕が君に言うべき言葉だよ。試験はカルナがいたから突破できたって前に言ったじゃないか」
「それでも、だよ」
カルナはどこか遠い目をして空を仰ぐと、ぼそりと呟くように言った。
「このような美しい大地がこんなに自由に在るのなら、吾輩が何かをしようとする必要はなかったのかもしれないな」
何かを独白したようなその言葉に、レーンは一瞬何のことか聞くのをためらうほどだった。
確かにカルナはその時、目に見える何かではない事柄に思いを馳せていたように見えた。
エトセトラに吹く柔らかな風がレーンとカルナの頬を撫でる。シロツキルイの白い花弁が風に乗って吹雪のように巻き上がる。
少しの沈黙を経て、カルナが立ち上がるとレーンに走り寄り頭を触った。
「うわあ!? な、なんだよ!?」
「あはははっ! 似合うじゃないか!」
カルナが楽しそうに笑うので何事かと思えば頭に何か違和感を感じる。手を当ててみれば何かが乗せられていることに気づく。
手にとってみるとそれはシロツキルイで作られた花冠。茎が丁寧に編み込まれている。
「これ、君が?」
「他に誰がいるんだい? 2人っきりだ」
カルナがにまーっと笑う。
「綺麗な花だ。きっとキミに似合うと思ってね」
そう言って笑うカルナの笑顔に、レーンは改めて眩しい無垢さを感じ頬が紅潮する。
「ばっ! こういうのは君のような女の子にこそ似合うものだろ! ほら、被ってみなよ!」
「嫌だよ! 被せられるものなら被せてごらん! ほら、追ってきたまえ!」
「言ったな!」
レーンはなおも顔を真っ赤にしてカルナになんとしても花冠を被せるべく追いかける。
カルナはけらけらと笑いながら白い花畑を逃げ始める。
そうしてレーンは負けず嫌いな性格が災いし、身体能力で劣るにもかかわらずムキになって追い回す。
挑発的にわざと足を止めて見せたり手招きをするカルナ。
いくらかそうやって追いかけっこを続けたあと、レーンはついに息を切らして花畑にゴロンと仰向けに倒れる。
荒い息を必死に整え、日差しの眩しさを腕で遮っていると視界が陰る。
倒れるレーンにカルナが手を伸ばしていた。
レーンは一度大きくため息をついてその手を取る。
ゆっくり立ち上がると、カルナに肩をすぼめて見せた。
カルナはそれをみて満足げに笑って見せる。
「楽しかったよ、我が主。さて、戻ろう。ご足労かけて悪かったね」
カルナがそう言って戻ろうと足を踏み出した刹那。
その背後に茂る雄大な森の方向から轟音が響いた。