第18話.迎える朝
「……おはようございます」
翌朝、レーンは目元にクマを作った顔でイ・シャールの入り口で煙草を吹かしていたトビにあいさつをした。
「おはようさん……ってすげえ顔だな。眠れなかったのか?」
「ええ、はい……まあちょっと……」
昨夜の懸念の通りレーンはまともに眠ることができなかった。とはいえ理由が理由なのだが。
死んだ目でトビに乾いた笑いを浮かべるレーンにカルナが後ろからひょっこり顔を出し、やれやれといった風。
「だらしないなあ我が主。今日からクエストだろうに」
それを聞いたレーンは恨めしそうな顔で虚空を睨んで呟く。
「誰かさんが油断するとすぐに人のベッドに潜り込んでくるものだからね……眠れなくてね……何のために二つ寝具を用意してもらったかわからないよね……」
カルナはきょとんとしている。それもそのはずだ。カルナは気持ちよさそうに寝息を立てていたのだから。
つまるところ彼女は……とても寝相が悪かったのだ。
(いつぞや失神したように眠っていた時はおとなしかったのに……こっちが素なんだろうな……)
カルナが高所となる備え付けのベッドから床敷きの簡易ベッドに転がり落ちて来るたびにレーンは目を覚ました。
そして自分が上のベッドに移動して寝ようとすると、むにゃむにゃと寝ぼけながらカルナが元のベッドへのっそり戻ってくる。
そんな追いかけっこがしばらく続いていたのだ。
寝巻姿の女子と同衾など自分にはまだ早い。早すぎる。そうレーンは考える。
というか、カルナもカルナでよく異性と同室であんなに無防備に眠れるものだ。
曰く、魔物の中では最強格の竜種は、外敵となる生物がほぼ存在しないため常に無防備に眠ると聞くが、それと同様なのだろうか。
だとすればレーンは異性として認識されていないことになる。
……それはそれでなんだか悔しいものだ。
と、ラドが遅れて起きて来たか入り口から出てきて伸びをする。そしてレーンの顔を見て何事かといった表情。
「よう! おはようさん! いやあよく寝たぜー! ……なんだレーン死にそうな顔して」
「やあ、ラド。よく眠れたみたいで何よりだよ」
「おう。レーンの方は、さては今日からの冒険に興奮して眠れなかったんだろー! 子供だなあ!」
「ラドはしっかり眠ったようだね。レーンも見習わなくては」
「もういいよそれで……」
ラドとカルナにあきれながらレーンは色々とあきらめた。次からはベッドに柵でも付けてもらうようナコに具申しようか。
と、レーンが考えていると買い物帰りのナコが帰ってくる。
「あ、皆さんおはようございますです! もう出発ですか?」
「ナコさん、おはようございます。これから出るところです。初日なので早めに行こうかと」
「そうでしたか! 朝ごはんが間に合わずにすみませんです! 日帰りでしたらお夕飯は頑張って作りますですよー!」
「それは楽しみだね、レーン! エトセトラでの食事ともなれば様々な目新しい食材が使用されているのだろうからね」
「ああ、そうだね。今日は日帰りの予定だから夕食は楽しみにしていようか」
「ナコちゃんの手料理かー。俺張り切っちゃうなー!」
ラド、見境なし。
レーンは背負った荷物を確認すると、トビに頭を下げる。
「では、行ってきます」
「ああ、行ってきな、ルーキーども。怪我すんなよ」
トビは煙草を吹かし、手をひらひらさせてレーン達を見送った。
歩き始めてすぐにカルナがレーンとラドの前にくるりと回る。
「二人とも」
「お?」
「なに? カルナ」
「銅章、似合っているよ」
言われてレーンは自分の胸につけているシーカーの証、銅色の記章を指で撫でる。
朝付けたものだ。
ラドも同様に胸元に銅章をつけており、目が合うとにやりと笑って親指を立ててくる。
始まりのシーカーの証、銅章。この胸にいずれは白金章を頂くために、今日一歩を踏み出すのだ。
「そういえばシーカーの仕事……クエストなんだが、ギルドで斡旋されるのだろう? どういう形式なんだい?」
「ああ、クエストは基本的には僕らシーカー側で何を受けるか決められるんだよ。ランクの目安や内容、報酬を見て決めるんだ。その日の依頼は掲示板に張り出されているから、それを持ってルリリさん達のところにいって、承認してもらう形かな」
「クエストごとにスポンサー……まあ、依頼主だな! それが付いてるから、スポンサーを選んでクエストを受けるってやり方もあるぜ。スポンサーに気に入られれば優先的に良い依頼を流してくれることもあるらしい」
「所謂、指名ってやつだね。スポンサーからシーカーを指名して依頼してくるんだよ。そういう場合は報酬が良いことが多いんだって」
話を聞いてカルナはふんふんと頷く。興味津々といった風だ。
「スポンサーが国だったりすると、難易度は高くなるけど報酬もいいね。とはいっても、大抵はその国お抱えの国権シーカーがクエストにあたるし、遠征が必要だったりするから僕らにはまだ早そうだけど」
「まあ、いずれは、だな! 何はともあれどんなクエストだろうが俺たちの記念すべき第一歩になるんだ。気合が入るなー!」
ラドが張り切った様子で笑いながら話す。
そんなこんなで一行はシーカーズギルドにやってくる。時間は大分早い。中に入るとまだ人はあまりいなかった。
レーン達の姿を見てか声がかかる。
「やあ、御一行! おはよう! 大分早いね。よく眠れたかい?」
「ルリリさん、おはようございます」
見ればルリリ、セナナ、ノララの3人はちょうど掲示板にクエストの依頼書を張り付けている最中であった。
「セナナさんにノララさんも。早くからお疲れ様です」
「これが、仕事」
「そんなかんじです~。皆さんさっそくクエストですか~?」
淡々と掲示板に依頼書を張り付けるセナナと、一行に問いかけてくるノララ。
ノララの問いにラドが元気よく答える。
「そうなんす! さっそく出かけようと思ってたとこっすよ!」
「お、ラド君やる気満々だね! だったらちょうどいいのがあるよ!」
ルリリがそう言ってにこりと笑う。
合わせるようにセナナが掲示板から一枚の依頼書をはがすとレーンに手渡した。
「はいこれ。簡単で羽振りもいい。おすすめ」
「ありがとうございます。えーと……」
内容を確認したレーンはうん、とうなずくとルリリに依頼書を手渡す。
「いいですね、これにします! 依頼受諾の承認、お願いします」
「あいよー!」
ルリリは依頼書を持って受付へ。そして大きなハンコを一面に押した。
「これでオッケーだ! 君たちの記念すべき初仕事だ。応援しているよ!」
「準備、ちゃんとして行ってね」
「お気をつけて~です~!」
3人に見送られながら、一行は一度アイリッサ・ロウで買い物をすることと決める。
「初仕事だからな、俺たちの冒険譚の最初の1ページ! 華やかに飾るぜ!」
「はは、ラドは張り切ってるね」
「レーンこそ、その剣。親父さんの置き土産だろ?」
ラドはそう言ってレーンの腰に下げられた剣を指す。
豪奢な装飾は施されていない簡素な剣だが、柄に宝石が一つ嵌め込まれている。
「お守り代わりに一応持っていこうと思ってさ」
「何かあったらそいつで敵を倒すってわけだ」
「それはラドの役目だろ<重装剣士>!」
ラドが笑う。
そして入念な準備をした後、オルフェオンの外へ向けて繰り出すのだった。