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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第2章:英雄の卵編
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第17話.借宿イ・シャール

 




「っは~! シーカーに与えられる借り宿……なかなかどうしていい雰囲気じゃねーか!」



 ラドがはしゃいだ声を上げる。


 時刻はもう夕暮れ。レーンとラド、そしてカルナは借宿『イ・シャール』のロビーに居た。


 ――――シーカー登録はつつがなく終わった。


 とりあえずレーンとラドはシーカー登録を済ませ、二人で簡易のパーティを組んだ。人数が二人しかいないので暫定パーティというわけだ。


 そしてパーティ登録を含めた諸々を船旅で疲れているだろうとルリリ達が手早く登録を済ませてくれたので、レーン達は自分たちの荷物と渡された物品を持って紹介された宿に来ていたのだ。


 そうして到着したイ・シャールはオルフェオンにある数あるシーカー用の下宿のうち、中央通りからは比較的遠いこじんまりとした宿であったが、ロビーは清潔であり木造の作りは落ち着いた雰囲気で居心地の良さを感じられた。


 カルナも宿に到着するなりレーンの影から身を出してロビーを散策し始めている。自由なものだ。



「小さくて人はあまりいない古い宿って聞いていたけど、全然綺麗だし落ち着けそうでいい所だね!」


「何にせよありがたいことだぜ。やっぱり寝るのは丘の上のベッドに限るからな!」


「あはは! 見てくれレーン! このソファーふっかふかだ!」


「ちょっとカルナ! 壊しちゃうからジャンプはダメだよ!」



 そしてレーンがぼよんぼよんとロビーのソファーで跳ねるカルナをなだめていると、ロビーの奥から一人の少女が出迎えてくれた。



「あ、いらっしゃいです! もしかしてギルドから連絡があったシーカーさん達ですか?」



 少女は栗毛色の髪と、頭頂部に生える三角に尖ったふわふわの毛に包まれた耳、そして同じくもふもふとした尻尾を振りながら一行に笑顔を見せる。まだ子供に見えるが衣装からしてイ・シャールの従業員だろう。



「イ・シャールにようこそ、です! あ、申し遅れました! 私はナコと言うです!」


「ナコさん、こんにちは。今日からここでお世話になります。あ、これ紹介状です」



 レーンが荷物からルリリ達に渡された書状を取り出し、犬人族と見える少女……ナコに手渡す。ナコはそれを受け取ると、ふんふんと内容を確認した後ロビーのカウンターへ向けて声を張る。



「お父さん! 入居者ですよ!」



 しかし、返事はない。少女が頬を膨らませて困ったような顔を見せる。



「あ、すみません少し待ってくださいです! もう……また寝てるですかね…‥お父さん! お客さんですー! シーカーさんですよー!」



 カウンターに身を乗り出し奥にある部屋へ叫ぶナコ。



「どうやら主人は別にいるらしいな。あんな小さい子がここの主だと思ってびっくりしたぜ」


「お父さんって言ってるけど、家族経営なのかな?」



 少女が叫んで暫くすると、ロビーカウンターの奥からくたびれた男性が顔を出す。



「あー……なんだ? ああ、新しい入居者……シーカーか」



 男はぼさぼさの髪を掻きながら眠たげな顔で一行の前に現れた。どうやら少女の父であるらしい彼は少女と同じ栗毛色の耳を持つ犬人族。男はレーン達を軽く見やると、カウンターの裏からじゃらりと鍵束を取り出し雑多にカウンター上に置いた。



「人数は……3人か? あー、二人って聞いていたが……ナコ、紹介状は見たのか?」


「はいです。これです」



 ナコは今しがたレーンから受け取った紹介状を男に手渡す。


 紹介状とレーン達をしげしげ眺める男。はぁ、だとかへぇ、だとか言いつつ紹介状の内容を読み進めている。


 と、ナコが一向に男を紹介した。



「この人はこの宿のオーナーで私の父です」


「俺ぁトビだ。適当に頼むぜ」



 トビと名乗った男は紹介状に目を落としたまま自己紹介をした。



「レーンにラド……召喚士と重装剣士ね……そっちの女は? どっちの女か知らんがうちは連れ込み寮じゃないぜ」



 そしてロビーのソファに体を深く預けていたカルナを顎で指す。レーンがしまったといった顔で慌て始める。



「うええ!? あ、あの! 彼女とはそういうんじゃなくって……えーと」



 レーンが苦笑いを浮かべると、ラドがスッとやってきてレーンに小声で言う。



「おいレーン、あいつのことどう説明するんだ? 魔王は不味いだろ魔王は……」


「そうだよね……でもデーモンロードって言うのもよくない気がするし……そもそも使い魔って言って信じてくれるかな……」



 レーン達は卒業試験の時を思い出す。彼女、カルナが魔王だと名乗った時の会場の反応を。もっとも、その後の彼女の実力によって名乗りに信憑性が帯びてきてしまったのだが。


 しかして試験の後これと言ってレーンに事情聴取だとかそういったものはなかったので、カルナがいくら魔王と名乗ったところで信じる者はいないだろうとは思ってはいる。だからこそ名乗りなどしたら変な人扱いされるに決まっている。


 と、レーンがどう説明したものかと考えているとカルナがすまし顔で答えた。



「吾輩は彼の使い魔さ」


「使い魔だぁ?」



 男は一瞬訝しんだように眉根を寄せるが、すぐにやれやれと髪を掻くと懐から取り出した煙草に火を点けた。



「まあいいさ。ほれ」



 男はレーンに鍵を投げて寄越す。レーンはそれをキャッチすると、ラドと顔を見合わせた。


 男は煙草を吹かしながら驚いた顔をしている二人に言う。



「なにを驚いてやがる……召喚士に使い魔が居ることは別に不思議なことじゃねーだろ」


「いや、てっきり彼女の事もっと聞かれるかと思ったので……」



 レーンがぽかんとしつつトビに言うと



「俺は訳ありだろうがなんだろうが深く首を突っ込まない質でね。紹介状の通りに部屋を貸すだけだ。もっとも、お尋ね者ってのは勘弁だがね」



 と答えてくれた。



「父は適当な人ですので……ちょっとお父さん! ロビーで煙草は吸わない約束したじゃないですか!」


「んな約束忘れたよ」



 ナコの叱責を構わずに煙を吹いたトビは、二階へ上がる階段を指さした。



「部屋は二階だ。ナコ、案内してやんな」


「もう……では皆さん、着いてきてくださいです」



 ナコに案内され、3人は二階へと上がった。部屋はどうやら4つしかないらしい。



「うちは小さな宿ですから、狭いですけど自由に使ってくださいです! シーカーさんが来たのはみなさんで2回目なんですよ!」



 その言葉に部屋の扉を見てみると、成程4つある部屋のうち一つは既に入居済みの証か扉に目印としてプレートが掛けられている。



「先輩シーカーになるね。後で挨拶しないと」


「あ、でも今はクエストで遠出されているので、しばらくは帰ってこないと思うですよ」


「あ、そうなんだ……。じゃあ顔合わせはまだ先かな」



 遠出か、とレーンは思いに耽る。エトセトラを日帰りで済まない程に伸び伸びと探索する。自分がそんな風に冒険をするんだと思うと自然と興奮で頬が緩む。


 と、ナコが説明を続けながらおそるおそるカルナに視線を向けた。



「えっと、レーンさんとラドさんは奥の二部屋をそれぞれ使ってくださいです。それと、えーっと、そちらの……」


「カルナだよ」


「カルナさんですね! それで、カルナさんのお部屋なのですが……」


「レーンと一緒でいいよ」


「えっ!?」



 カルナの言葉に思わず驚きの声を上げるレーン。



「どうしてレーンが驚くかな? 使い魔なんだから当然だろう」


「そ、そんなのマズいだろ!  僕は男なんだ!」


「それがどうマズいんだい? 別になんてことはないじゃないか。あ、さては恥ずかしいんだろう」


「そうじゃなくて! 君は女の子じゃないか! 男の僕と同じ部屋で寝泊まりはダメだろ!」


「ははは! 魔王を女の子扱いか! レーン、何度も言うが君はどうしておもしろいな!」


「魔王……?」


「わー! ナコさん気にしないで!」



 首をかしげるナコ。そして血涙を流しながらレーンを睨むラド。


 結局廊下でぎゃーぎゃ―騒いだ後、レーンが根負けした。レーンとラドが相部屋となる案も出たのだが、カルナが断固としてレーンとの相部屋を貫くのでどうしようもなかった。使い魔としては正しいのだろうけれど。


 ナコも気を使って寝具を二つ用意してくれるそうなので助かった。一つのベッドで二人寝るわけにもいかないので、レーンは床で寝る事さえ覚悟していた。


 ラドが恨み言を零しながら一人自分の部屋に入っていくのを苦笑いしながら見届けた後、レーンとカルナもナコにお礼を言った後部屋へと入った。


 部屋の中は決して広々とはしていないが、机、ベッド、そして物品入れやクローゼット等一通りの物はそろっており、全てが清潔に保たれていた。シーカーが来るのは2回目だという事だが、ナコが毎日欠かさず手入れをしていたのだろう。


 レーンは窓際へと進むと、木製の扉の鍵を開けて窓を開けてみる。


 2階という事もあり、眺めは大分良い。街の外れというのも幸いして、海がよく見える。既に日は落ちきっていて、星空と海が一望できる光景はレーンにハイゼリンを旅立ち憧れの大地に立っている事をより強く実感させた。



「レーン見てくれ! ベッドがふわふわだ! シーツも香ばしい太陽の匂いがするよ!」



 カルナは用意されたベッドに転がりはしゃいでいる。


 自由だなあ……。


 レーンは部屋に向き直り、荷物をしまうと上着を脱ぎ、自分用に用意された床置きの簡易ベッドにごろんと転がった。


 自分の家ではない天井を見上げれば、胸の中がワクワクでいっぱいになった。


 明日のために休もうと考えたが、果たして眠れるだろうか。


 レーンは胸の高ぶりに思わずにやけるのだった。

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