第16話.そそっかしい案内人
背中をさすりながらレーンは声のした背後へと振り返った。
見れば頭に縦に伸びる長い耳を生やした小さい少女が涙目になりながら慌てふためいている。
どうやら兎人族である少女が背後からレーンにぶつかったらしかった。
レーンの手から零れた荷物を見てあわあわしている少女。
「ああ、大丈夫、です。そちらは怪我はないですか? 結構勢いがあったから……」
「だだだ大丈夫です~っ!」
少女はぴょんぴょん飛び跳ねて身振り手振りで自分は怪我をしていないことをアピールする。その度に胸元が大きく開いた衣装から零れんばかりの、その小柄な体格に不釣り合いな二房の果実が跳ねる。もちろんラドの視線はその上下に合わせて動くほどには釘付けにされていた。
「兎人族……話には聞いていたが凄まじいな……」
「ラド?」
「お嬢さん、怪我がないのなら幸いだ……俺はラド。今日ここに来たばかりだがきっと君に会うためにここにいる……そんな気がするぜ……」
「ラド!」
零れた荷物を慌てて拾うレーンをほっといてナンパを始めたラドにレーンは顔を赤くして怒る。もちろんレーンも飛び跳ねるその少女からは何とか目を逸らしていたという具合ではあったが。
兎人族は小柄だが肉付きのいい体を持つ獣人であり、特に胸が大きい種族であった。
そんな少女は大きく丸い目をくりりと輝かせ、一向に問う。
「今日いらしたっていう事は……もしかして、今日から正式にシーカーになる方々ですか~?」
「! はい、そうです! 僕たち今シーカーズギルドに行こうとしてて」
レーンの返答に少女は顔をぱあっと輝かせた。
「であればお詫びも兼ねてご案内しますので一緒に行きましょう~! 何を隠そう、私はシーカーズギルドの受付嬢をやっているのですよ~!」
「そうでしたか! 助かったあ! 初日から迷って遅刻なんて笑えなかったし!」
「ぬぐ……」
ラドが口を一文字に結んで押し黙る。落ち込んでいるのだろう。
「ふふふ~! あ、申し遅れました! わたし、ノララと言います!」
「あ、僕はレーンと言います。ラドは……勝手に自己紹介してたからいいか」
「えっと、レーン、さん? ですか?」
「はい?」
「いえいえ! なんでもないのですよ~!」
ノララと名乗った少女に向けレーンは皆を紹介するが、レーンの名前を聞いた途端ノララが一瞬驚いたような顔をした事に不思議がる。
気にはなったがノララが足早に出発を促したのですぐに頭から抜けおちた。
「ではでは、早速出発しましょう! 受付が閉まる前に~!」
随分焦っている様子のノララは急かす様に出発を促した。
そうして、レーン達はノララの先導で改めてシーカーズギルドを目指したのだ。
今は人通りの多い大きな通りを歩いている。賑やかさは他の通りと一際違う、まさしく中央通りといった風だ。
「ここがオルフェオンが随一のメインストリート! その名も、〈アイリッサ・ロウ〉なのです~!」
ノララが身振り手振りを交えて説明する。
アイリッサ・ロウ。
オルフェオンの街を左右に分けるように、中央に走る最も大きな通り。この通りにシーカーズギルドを始め様々な主要施設が概ね存在しているという。
レンガの敷詰められた通りの道は広く、中央には花々が石造りの花壇に植えられ、色取り取りの花弁を輝かせている。大勢の人々が行きかっており、繁華街の昼過ぎと言えば最も賑わう時間帯であろうか。
通りの左右はほぼ全てがなんらかのお店であり、そこかしこから聞こえてくる客引きの声や談笑の笑い声は、どちらかといえば格式を重んじて厳かな雰囲気だったハイゼリンに比べるとまるで違った世界のようだ。
この通りにはきっと多くお世話になるのだろう。
「いろんなお店があるね! ラド、後で買い物に来ようよ!」
「おう! 装備に食料! 目移りするほどの品ぞろえの豊富さだ。美味いもんも多そうだぜ!」
「えへへ! オルフェオンの品ぞろえは素晴らしいですよ~! なんていったって世界最大の交易都市の側面もありますからね!」
少女がその大きすぎるほどの胸を張る。
ここでレーンがちょっとした疑問をぶつけた。
「そういえば、僕達はあそこで迷っていたんですけど、ノララさんは一体なぜあそこにいたんですか? 大分焦っていたみたいですけど」
「はわ! そっそそそそれはですね……ちょっと用事があったといいますか~……」
冷や汗を流して焦った様子の少女は苦笑いを浮かべてはぐらかした。レーンは疑問を浮かべるが、少女は話題を即座に切り替え街の紹介をはじめ、なし崩しでごまかされたので深い追及はせずに置いた。
結局、シーカーズギルドに着いたのは受付が閉まる10分前であった。
ギルドの扉を開けた途端、怒りを含んだ女性の声が一行に目掛けて叩きつけられる。
「あーっ! ノララ! あんたどこほっつき歩いてたのさ!」
「ようやく、来たか、常習犯」
「ひぇ~っ!」
その声にノララが耳をびくりと震わせる。
周囲の視線も集まっている。レーンとラドが何事かと思っていると、ノララが汗を拭きだしながら言い訳を始めた。
「こ、これは違うんです! 私は困っていた人を案内していたら遅れただけで決して、決してお寝坊した上に寄り道したら裏路地で子供たちに遊びに誘われて一緒に遊んでいたらつい時間が経ちすぎていたとかそういうのではないんです~!」
「つまり寝坊したのか! その上の寄り道とはいい度胸じゃないか!」
「言い訳、とても、見苦しい」
「ふえ~っ!」
少女を糾弾するように二人の兎人族の少女が一行の前にやってきて出迎えた。二人ともノララと同じ服を着ている。
気の強そうな方の少女がノララを羽交い絞めにした。そしてそれを見ているややぼーっとしたような表情の少女。
「いいかげん懲りろ~!」
「あうあうあ~! ぎぶ! ぎぶですぅ~!」
「3カウント、取る?」
「あの……」
レーンが雰囲気に耐えかね声をかけると、ノララを羽交い絞めにしていた兎人族の少女はノララを解放するとレーンに向き直った。
「おっと、すまないね! 忙しい盛りに一人いなかったもので気がたっていたんだ。この子は遅刻常習犯でさ。あんた達、体のいい言い訳にされたね」
「うぐぐ~……皆さんをお連れしたといえば事情が事情として見逃してもらえる作戦が……」
「それでにこやかに案内を申し出たのか……」
ラドが半目になっている。あきれているのかと思ったが、よく見れば3人の兎人族の胸を見ているだけだった。スケベめ。
と、落ち着いた雰囲気で無表情な兎人族がレーン達の下に歩いてきた。
「シーカーの登録、すぐにしてあげる」
「あ、ぜひお願いします」
彼女に案内され、受付カウンターに通される一行。
「さて、まずは自己紹介させてくれ! あたしはルリリ。こっちの表情変わらないのがセナナ。で、あんたたちを利用してあたしらの説教回避しようと思ったっていうこの寝坊助が、ノララだ。よろしくな」
「うう……」
ノララが涙目でしょげている。話に聞けば自業自得とはいえ、実際それでレーン達は助かったので弁明したかったが、ルリリの剣幕ではさすがに横やりは入れられないと悟りあきらめた。
ルリリ達3人は受付カウンターに並ぶ。そして、一行に向き直り、両手を広げて歓迎の意を表してくれた。
「さて、お待たせしたね。それじゃあシーカーの登録をしよっか。っと、その前に改めて言わせてくれ。ようこそ新人さんたち! 夢追い人の大陸エトセトラへようこそだ!」