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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第1章:養成学校編
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第11話.試験、決着

 





 観客の殆どはその光景に目を見張っただろう。


 黒紫の業火に飲まれるのは火の上位精霊たるイフリート。


 まさしく火炎の申し子たるその存在は今まさに、カルナの放った魔術に悲痛なる雄叫びを上げていた。


 巨人の腕が、足が、見る見るうちに滅していく。


 その圧倒的にして異様な光景に、居合わせた者は等しく刮目したであろう。


 そして、ものの数秒の後。


 全身を焼き焦がされたイフリートは膝をつき、大きな音を立てて舞台に倒れこんだ。


 倒れたイフリートの体から淡い光の粒子が立ち上る。器たる肉体の崩壊に伴い霊体へと還っていくのだ。



 イフリートが倒された。それも、炎を司る上位精霊が、炎によって焼き滅ぼされて。



 会場は静まり返っていた。



「あいつ……ただの一歩も動かず、上位精霊イフリートを倒したってのか……!?」



 観客席でラドがその額に汗を浮かべ、ただただ今しがた舞台で起きた事象に驚愕する。


 舞台上のカルナと、そしてレーンを見やり感じるのは畏怖だった。



「レーン、お前一体何と契約したんだよ……」



 そんなラドの呟きに続くように会場がざわつき始めた。



「今の、魔術……だよな」


「なんなのあの威力……あんな魔術聞いたことがないわ」


「あのイフリートを黒紫の炎で倒したのか……」



 口々に今起こった事象への理解を求めて驚きを口走る観客たち。


 カルナが言った、己が魔王であるとの言葉が信憑性を帯びてきた。仮に魔王ではなかったとしても得体のしれない圧倒的な存在。


 生徒だけではなく、教員や試験官も固唾を飲んでいた。



「ふざけるな……ふざけるなァ! イフリートなんだぞ! こんなあっけないものかよッ!!」



 沈黙を破り、ウェルビンが叫び地団駄を踏む。


 放心状態めいて呆気に取られていた試験官もその声でようやく我に返ったか、慌てて手に持つ旗を振り上げた。


 ウェルビンの使い魔たるイフリートは倒れた。それはつまり、召喚士としての戦いの決着を意味する。



「しょ、勝者! 召喚士レーンッ!!!」



 宣言はあれど、会場は静まり返ったまま。


 勝った。勝ってしまったのか。イフリート相手に、こんなにもあっさりと。まして、レーン自身はただ見ていただけだ。


 レーンはカルナの元へと駆け寄ると、カルナはそれを笑顔で迎えた。



「どうだい、吾輩は強かったろう」


「……本当に、勝ってしまうなんて……」


「これで少しは吾輩を信用する気になったかい? ん?」



 その言葉にレーンは一瞬返す言葉を見つけられずにいた。彼女が見せた圧倒的な威力は予想も理解もできなかったからだ。自分が思っていた結果とまるで違う顛末に、頭はひどく混乱していた。


 しかして、彼女は少なくとも宣言を実行しレーンを勝利に導いた。もとい、勝利してくれたのは事実。恐れもある。疑問もある。しかし今は目の前の異質な力を持った少女が自分の為に戦った使い魔であり、改めて自分の力となる存在なのだと確認するように言葉を絞り出す。



「カルナ……君は僕の味方なんだ」



 聞きたいことが山ほどあったが、今はとりあえず置いておくこととして、レーンの顔を覗き込むように笑うカルナにそう答えた。


 その一言を聞いたカルナはくるりと回って見せた。



「ははは! 信じてもらえたようで何よりだよ。……さて」



 カルナが振り向く。その先には憤怒の表情を浮かべたウェルビンがレーンを睨んでいた。


 まだ闘志は消えていないのか。本当、どうしてここまで恨まれたんだとレーンはウェルビンを見て改めて思った。



「レーン! まだ決着はついてない! お前には負けない……俺のほうが優秀で強いんだ!!」


「往生際の悪い人間だなあ。まだ負けを認めないとは、正直賞賛に値する図太さだ」



 カルナが呆れたように言う。ウェルビンの視線はじっとレーンに据えられ、拳を握り締める様子は断固として負けを認めない意思の表れだろうか。



「ウェルビン、どうしてそんなに僕を……」


「うるさい! お前にはわかるまいよ、レーン! この俺の気持ちなど……! 俺はお前に負けてはいけなかったんだ!」



 レーンを指さしながら叫ぶウェルビン。


 と、カルナがコツコツと石畳を歩きウェルビンの元まで歩いていく。


 ウェルビンが警戒し杖を構える。試験官が慌てて止めにかかるが、数名の教員を伴い石畳に上がる寸でのところで、カルナが一言。



「おいキミ、本当はレーンの事好きだろ」


「なッ……!!!!?」


「ちょっとカルナ!?」



 カルナはウェルビンに向けてそう言ってのけた。急に何を言い出すんだ。レーンは顔を真っ赤にしてカルナの元へ向かうが、目に入ったのは自分以上に顔を真っ赤にしているウェルビンだった。



「な、な、なにを馬鹿な事を!! 俺がレーンなんぞをどうして!」


「だってキミ、好きな子に意地悪する子供にしかみえないぞ」



 いやそんな馬鹿なとレーンも思う。彼、ウェルビンは常日頃から嫌味や揶揄いを繰り返してきたのだ。


 嫌いこそすれ好かれていたような様子は全く……とそこまで考えてレーンは首をかしげる。


 そう。そういえばだが、嫌味や嫌がらせはもちろんだが、いつもどうにもやってくるタイミングがいい。その上、よくよく思い出してみれば煽られるような言葉の影に、有益な情報があったように思えてきた。


 卒業シーズンにラドと剣を打ち合わせていた時になんだか気を引き締めた方がいいだろうとか試験の内容が変わったことを伝えてきたりとか。更に思えばレーンが陰口を言われているときは必ずと言っていい程ウェルビンが絡んできたが……ウェルビン以外はウェルビンを恐れて離れていったようにも思う。あれ?だんだんわからなくなってきたぞとレーンは困惑する。



「男子は好む相手より強く在ろうとする生き物なんだろう?」


「ちょっとカルナ、君どこでそんな知識を」


「レーンの父上殿の」


「わーわーやっぱり言わなくていい!」



 遊び人の気質もあったことを忘れていたが、いったいどんな恋愛マニュアルめいたものを書斎に置いていたのか。


 というかそもそもレーンとウェルビンは男同士だろうと。


 堪らずレーンはウェルビンにフォローを入れる。



「ウェルビン、カルナの言うことを真に受けないでいいから」


「あ、あああ当たり前だ! 俺がどうしてレーンを……」



 耳まで真っ赤なウェルビンはそこで顔をそらした。ああ。その反応は、だめだよウェルビン。


 すかさず観客席から女子たちの黄色い声が上がる。


 レーンもこれには困惑し慌てる。ウェルビンはもう完全に固まっているし、そこはしっかり否定してほしかった。


 ラドなんかは観客席で大笑いしているのではないか。レーンはそう思ったし実際酷く笑っていたらしい。



「だが、しかしだ」



 と、女子の歓声の中、カルナがウェルビンの胸ぐらをつかむ。


 そして打って変わって冷ややかな声色で宣告した。



「今後我が主に無礼を働くような事があれば……次焼かれるのはキミ自身だよ」


「うっ……くそぉ……」



 ウェルビンは顔をこわばらせ、項垂れる。


 敗北は認めてくれたらしいが、カルナの柔らかな笑顔に見えるが脅しめいたその剣幕は先ほどの光景を見た者にはまるで冗談ではなかった。


 そこへ試験官が困った様子で声をかける。



「あ、あの……試合はすべて終了したので合格発表に移りたいのだが……」


「あ、ああ、すみません! ほらカルナ行くよ!」


「おぅ」



 レーンはウェルビンからカルナを引きはがすとその腕を引いて離れる。


 やがてぞろぞろと参加者たちが舞台に上がってきて、整列。カルナは影には入らずにレーンの隣に付き添っていた。


 試験官からは使い魔を還すように言われたが、当のカルナ本人がそれを拒否したためしかたなく了承された。


 正直レーンにもカルナの還し方など皆目見当がつかなかったのでありがたかった。


 やがて静粛にするよう声がかかると、会場は静まり返った。


 緊張の瞬間だ。



「それでは、合格者を発表していく。名前を呼ばれたものは、証書を受け取りに来るように」



 養成学校長が舞台の上で名前を順繰りに読み上げていく。


 合格し雄叫びを上げるもの。


 名前を呼ばれずに肩を落とすもの。


 順番に、運命のコールがあがる。


 レーンはこの日のために多大なる努力をしてきた。今日の功績は概ねカルナによるものであるとはいえ、緊張で肩が震える。


 そして……



「レーン、合格」


「っ!!」



 聞いたぞ。


 確かにレーンは聞いた。合格だ。卒業試験に合格した。聞き間違えではない!


 だが何故だろうか。自分は今の戦いで何もしていない。いや、カルナの戦いは周りから見れば僕が使役する使い魔の戦いであるからなのだろうか。


 レーンは疑問を喜びと同時に浮かべるが、それでもこの瞬間だけは、喜びが勝った。


 カルナが隣で大丈夫だと言ったろう、みたいな顔をしている。


 思わずこぶしを握り締め、喜びと興奮にふるふると震えながら返事をした。



「これでエトセトラへ行けるね、レーン。言ったとおりだったろう」


「ああ……ああ!」



 全部カルナのおかげではあるのだが。そうレーンは考えたのもあり、力強く頷いた。


 ふとレーンが観客席を見やると、ちょうどラドとふらりと目が合った。ラドは観客席から立ち上がっており、満面の笑みで腕を前に突き出すと、レーンに向けて親指を立てて見せた。レーンも同様に、親指を立て返す。



(やったっ……やったっ……! 合格、合格だ! シーカーに、なれるっ!)



 レーンの合格発表の後にも、当落発表は続く。空気に合わせ、レーンは一つこほんと咳をすると平静を装い証書を受け取りにいく。


 そして証書を手渡されるとき、校長はレーンに祝辞を述べた。



「レーン、おめでとう。正直驚いた。詳細は不明だがあのような強力な使い魔との契約を為しえているとは」


「あ、あはは……」



 契約した覚えはないのでそれについては乾いた笑いしか出てこない。



「正直、あの男の息子ということで最初期待していたが、一向に召喚術に才能が見られなかったので、不安ではあったのだ。今日も現れないかと思っていた。しかし、このような形で力ある召喚士へと至ったのは事実。君をシーカーとして認める証書だ。受け取りたまえ」


「ありがとうございます」



 レーンは証書を受け取ると、列で待つカルナの元へ戻る。


 笑みを崩さず迎えてくれるカルナには思うところはあれど今は感謝しか浮かばなかった。現金とは思うが疑念はこの一瞬は確かにすべて吹っ飛んでいた。


 直後、ウェルビンの合格発表がなされる。ああ、勝敗は関係ないのか。


 レーンは戦った相手としてウェルビンの合格を素直に祝う。



「ウェルビン、おめでとう」


「ふん。当然だよ。試合の勝敗は評価にはあまり関係はないからね。もっとも、俺はもともと合格することはほぼ確定していたがね」


「そうだったの?」


「俺の使い魔はイフリートだぞ! 使い魔のレベルはそのまま術士の評価になるのだよ! そんな事も知らなかったとは成績優秀が聞いて呆れるなあ!」


「そうなんだ……じゃあ僕はやはりカルナがいたから合格できたんだ」


「……そういうわけでもないのだがね」



 え?と聞き返すレーン。


 ウェルビンはひとつ咳をした後言った。



「お前は召喚士としてはともかく術士としては優秀だった。だからもともと評価点が高かったんだよ! 使い魔さえ契約しものにできればお前は実質合格が決まっていたようなものだ。だというのにそんな規格外の使い魔をいったいどこで……」


「そ、そうだったんだ……ありがとう、ウェルビン」


「礼など言うな! 俺はお前を越えたかっただけなのだから!」


「つまり、越えるべき壁としてきみもレーンを評価していたんだろう?」


「黙れ悪魔め!」



 スッと割って入ってきたカルナの横やりにウェルビンが顔を真っ赤にしてカルナを指さす。あそこまで自分を叩き潰した相手にこう言えるのはウェルビンの強い所だろう。


 カルナは歯を見せてにいーっと笑い、レーンにぴっとりくっつく。ウェルビンがそれを見て怪訝な顔。



「なんだい悪魔。なんのつもりだいそれは」


「レーンはあげないよ」


「貴様!」



 先ほどまでの圧倒的な威圧を思えば実に奇怪であった。カルナは悪戯っぽく笑い、ウェルビンをからかう。


 周囲の目が痛い。



 レーンは急にどっと疲れを感じはじめたのだった。













 レーン達の様子を眺める教員達。校長を含め耳打ちしながら何かを相談している。


 その視線の先は黒い服を纏う銀髪の少女の姿をした使い魔、カルナ。


 彼女は名乗った。己が魔王であると。


 はじめこそ誰も信じていなかったが、あの力を見せられては一概に与太話と切っては捨てられない。



 しかし、だ。


 歴史に多少詳しければ誰しもわかることではあるが、魔人族の王たる魔王、その歴代の面々。


 彼女は魔王と名乗ったが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 歴史に名を遺した最後の魔王が討伐された後、隠れ住むようになった魔人に新たな王が誕生していても不思議ではないが、それが使い魔になっているなどとはどうにも考えられない。


 そしてその疑問は、レーンも同様に抱いているものであった。


 校長たち教員はしばし思案した後、細々と口を開く。



「魔王を名乗る強大な力を持った使い魔……か」


「やはり、確証はありません……魔人族が活発になっているなどという話もありませんし……しかし」


「うむ、エトセトラのシーカーズギルドに、一応報告として話はあげておいたほうがよいな」


「わかりました。ではそのように……」



 レーンは、己の思い知らぬところで自分たちを注目する目が在ることに気づかず、カルナとウェルビンを仲裁している。


 彼らのシーカーとしての門出は、おおよそレーンの予想だにしない事態への幕開けでもあったのだ。

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