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僕と魔王とエトセトラ  作者: 猶江 維古
第1章:養成学校編
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第1話.落ちこぼれの召喚士

 


 ――――薄暗い部屋の中、乾いた音だけが響く。



 紙が擦れる音。一定周期で書物のページをめくる音だ。


 淡く燃ゆるオイルランプの明かりで部屋の一様は見て取れる。広くはなく、窓もない。地下の一室であろうか。


 雑多に置かれた本棚や木箱。無作為に飾られた用途不明のオブジェ。


 まるで物置だ。豪奢ごうしゃな装飾の施された書斎机にはいくつかの書物が雑多に広げられている。


 およそ人が生活する為のものではないその部屋には、一人の少女がいた。


 白い肌。黒き衣。銀の髪。


 分厚い書物を片手に、時折ふむふむと頷く。右目は眼帯のようなもので覆い隠され、赤い隻眼が暗い部屋に光る。


 少女は木箱や書物、謎の置物が雑多に置かれた部屋にただ一人、どこか楽し気に読書に耽っていた。


 幾許かの時間を経て書物を読み終えると適当に床に放り投げ、手ごろな距離の本棚から再び適当なものに手を伸ばす。


 指先が届いたものを無作為に手に取ると、表紙に被った埃を払う。そしてまた、静かにページを捲り始める。



 幾時間か経っただろうか。


 再び少女は読んでいた本を放り投げ……新しく未読の本を手にして読み始める。辺りにはゆうに100は超える床に放られた書物があった。


 何度も、何度も同じように読んでは放り投げを繰り返す。幾時間も、幾日も。


 たまにふらふらと床が見えない程に散らかった部屋を歩き回ったり、くるくる回ってみたり、伸びをしたり。


 あるいは部屋に置かれた本の他に、奇妙な形をした道具のような、彫刻のような……様々な物品をしげしげと眺める。


 ふと、少女はぴくりと眉根を震わせると、おもむろに天井を見上げる。


 何かを感じ取ったのか、少女はにこりと口の端を持ち上げた。


 それはまるで長年待っていた何かの到来を予感したかのような期待と喜びの色が浮かぶ表情にも見えた。


 小さくふふ、と笑った少女は再び書物に目を落とすと、表紙をめくる手を再び動かし始め沈黙の中読書に戻る。



 ――――やがて数刻の後、部屋の扉が開かれた。



 少女は扉を開け現れた者をその赤き隻眼で認めると、笑みを浮かべながら透き通るように艶やかな唇を開く。


 紡がれた言葉、その声色はとても穏やかだが冷たいような、それでいて甘い……常人離れした美しいものであった。



「――――――待っていたよ」






 ◇







 時は数日巻き戻る。



 空は青く澄み、ゆるりと雲が漂う昼下がり。


 場所は帝政ヴァンドール国が首都ハイゼリンの一角。冒険者たる"シーカー"の養成学校が立ち並ぶ区画の巨大庭園のそのまた隅。


 風は優しくそよぎ、点々とした木々を渡る小鳥達が楽し気に歌いながら"彼"を見下ろしていた。



「痛った……」



 ぼやきの主たる青年は草の生い茂る原っぱで大の字に倒れていた。


 ゆっくりと額に手をやりさする。腫れてはいないがじんじんとした鈍い痛みがあった。



「レーン!」



 倒れている青年にがかかる。駆け足で青年に近づく、草を踏みしめる音が耳に聞こえる。



「おいレーン、大丈夫か?」



 青年はのっそりと上体を起こすと恨めしそうな声色で自分の名を呼んだ声の主に顔を向け言った。



「……ラド、きみ本気でやっただろ」



 青年の名はレーンと言った。



 黒くぴっちりとした運動向けのインナーウェアのせいでよく分かる線の細い体躯と、肩口までさらりと伸びる金髪に中性的な顔立ちと合さり、女性と言われても信じる人間はある程度いるであろう風貌。


 齢は18。その容姿のせいで若く見られがちだがれっきとした青年であった。


 傍らには普段身につけているであろう白いローブが丁寧に畳まれて置かれている。


 そんなレーンは整った顔立ちをむすりと歪ませて、慌てた様子で彼の近くに走り寄って来たガタイの良い男……ラドを見上げて立ち上がる。



「はは、すまんすまん。でも加減はしたぞ? 腫れてないだろ?」



 ラドはレーンとは対照的ながちりとした体格と、短い髪を掻き上げた野性味ある男。年齢はレーンの一つ上。


 こちらもラフなシャツ姿。


 ラドは手にした剣を地面に刺し立てるとレーンに手を伸ばす。


 レーンは差し出された手を掴み立ち上がると、地面に投げ出された自分の剣を拾い直した。



「しかし、レーンもだいぶ筋がよくなってきたな! 剣術士に負けず劣らずだぜ」



「お世辞……」



「世辞じゃねえよ。かれこれ10年は剣を振り続けてるだろ。大したもんだ」



「素振りをね」



 レーンは自嘲気味に軽く剣を振って見せる。

 ラドはそれを見てにやりと笑う。



「それに、習慣付いた……っていうのもあるけど、僕の場合は穴埋めだ。やっぱり本職のラドには敵わないよ」



「はは、腐るなよ。ほら、もう一回やろう」



 再び構えるラド。レーンも併せて構える。


 どちらからともなく踏み込み、打ち合いが始まる。


 踏み込み、斬り、受け、流し。そんな剣戟の応報。楽し気に汗を流す二人。



「レーン! 絶対シーカーになろうぜ。親父さんの後を追うんだろ?」



「ずっとそのつもりだよ! それに父を追うだけではなくて、僕自身が"エトセトラ"に憧れているんだ。知ってるだろ!」



「はは、剣の稽古はやめないしな!」



 話しながらも剣を打ち合わせていく2人。



「昔から剣士になりたかった。それに関しては間違いなく父へのあこがれが発端だよ。召喚士適性を見出されるまでは、剣士になるんだって疑わなかったさ」



「そうだったっけな。しかし、どうしてオラクルスフィアはレーンに召喚士適性を見出したんだろうな」



 ラドの言葉に、レーンは「はは」と短く笑い、少しだけ強く剣を握りなおした。



 レーンは昔を思い出した。15歳で成人し、ラドと一緒にハイゼリンのシーカー養成学校への入学のためジョブの適性検査を受けた時の事を。


 ラドと二人でワクワクしながら検査を受けに行った。先にラドが検査を受け、見事に剣術士の適性を見出された時には我が事のように喜んだ。


 後に続いてレーンも通された部屋で用意されたオラクルスフィアを覗いたものだ。



 ……そして、レーンに見出された適正ジョブは「召喚士」だった。



 レーンは身に纏う服に付いた土埃を払うと、「はぁ」と息をつく。


 そして今しがた弾き飛ばされた剣を拾うと、再び構えた。


 ラドもそれを見てにぃ、と笑い構える。



「いいガッツだぜ! 普段は女みたいにおとなしいくせに」



「馬鹿にするな! 負けず嫌いなの知ってるだろ!」



「うおおおおッ」



「はああああッ」



 そうしてどれだけ打ち合っただろうか。


 大きな鐘の音が響き渡った。授業終了(・・)の鐘だ。


 レーンはどっと尻もちをつき、深く深呼吸をする。同時に、二人が用いていた剣にかけていた幻影魔術を解く。


 剣はその姿をただの木製の剣へと変えた。


 見た目が真剣の方が気合が入るとの理由で、二人が打ち合う時は必ず木剣の外見を魔術で鋼の剣にしていた。


 例え剣が体に当たっても感触は木製だが(もちろん痛い)、受けてはならないという危機感は、実戦に近い緊張感を打ち合いにもたらしてくれる。


 二人が打ち合う時のちょっとした工夫だった。


 ラドがふーっと息をつくと木剣を背負いこむ。



「お疲れさん。いい汗かいたぜ」



「付き合わせちゃってごめん。久しぶりに打ち合えてよかった」



「おうよ。レーンの頼みだ、なんでも手伝うさ。幼馴染なんだからな」



「うん……ありがとう、ラド」



 素直な感謝の気持ちを述べる。


 小さいころからおとなしいレーンをよく守ってくれたラドは悪友であり親友であり、時折見せる男らしさは兄のようだった。


 感謝の言葉に照れくさくなったか、ラドは指で鼻をこする。



「へへへ、いいっていいって。今度かわいい女の子を紹介してくれたらそれでいいぜ! 秘蔵の写真でもいい」


「また始まった……そのスケベな所はどうにかならないかな?」


「ならん! 男に産まれた以上は女の子のアレやコレを追いかけてなんぼだろーが。至極健全だ」


「不健全だよ! そうやって……女の子にばかりかまけてるとすぐに僕が勝つようになるよ」



 ラドは、それはそれでいい事だ!とガハハと大口を開けて笑う。


 このスケベな所さえなんとかなれば、普通にモテそうなのだがとレーンは一人ラドを憐れんだ。



「それより、次は座学の授業だろ?早くしないと面倒に……」


「居たぞ! おい見たまえよ、レーンだ!」



 ラドが言い終えるより早く、授業を終えたのか騒がしく喋りながら歩いてきたグループの1人がレーンを見つけ叫んだ。


 ラドがあーあ、といった様子で肩をすくめる。レーンも慣れたものでこそあったが、小さく溜息を吐いた後自分を呼んだ男に向き直る。



「……やあ、ウェルビン」



 レーンの下まで歩いてくるグループのリーダー格の男、ウェルビン。彼も召喚士であり、レーンとは養成学校の同期だった。


 茶色がかった黒髪を斜めに流したツーブロックで、青地に金の刺繍ししゅうが施された格式高そうな衣服を纏う、いかにもおぼっちゃまな外見のこの男はレーンを見下したように笑う。



「レーン……相変わらず貧弱な佇まいだねえ」



 彼は、レーンに何か思うところがあるのかいつもこうやって突っかかってくる。見た目通り実際高貴な家の出で仲間も多い。


 レーンは、自分が何かをしていると決まって嫌味を零してくる彼のいびりに辟易へきえきこそしていたが、何かを言う事はしなかった。そして今日も見つかってしまったのだから、また面倒となるのだろう。


 ラドの懸念はまさしくこれだった。足早に次の教室へ向かっていれば……いや、変わるまい。同じ場所で授業を受けるのだから。


 ウェルビンは顎に指を当て、しげしげとレーンを上から下まで眺め、その手に握る木剣に目が行くと呆れた顔で腕を振って見せる。



「おいおい、授業をサボって何をしているかと思えば剣士の真似事かい? 召喚士が情けない事だよ!」



「サボってるわけじゃないよ。……ただ、出る資格がないから」



「おっとそうだったすまない! 優等生・・・のレーンのことだ、サボりなんかするはずがなかったな!」



 ウェルビンが嫌味な態度で大げさに謝って見せると周りの連中はこぞって笑い始めた。


 資格が無い。出たくても出られない。そういう理由がレーンにはあった。出られるものなら……出たいに決まっている。


 少しだけむっとしたが、今に始まったことではない。ウェルビンの恨みを買った覚えはないのだけどな……とレーンは思う。



「でもいいのかいレーン? あまり授業に出ないと卒業できないんじゃないかなあ? もうあと数日もすれば卒業試験だというのに!」



「……そうだね」



「おっと気を悪くしないでくれよ? 善意で言ってあげているのだからね。この天才ウェルビンが、召喚士として欠陥があり、いつ落第してもおかしくないレーンを気遣っているのさ。とても優しいだろう?」



 再び取り巻きが笑い始める。レーンは握る木剣に少しだけ力を込めた。ラドは黙ってくれている。


 と、ウェルビンが言い返さないレーンがおもしろくないのか、近くまでやってくると耳元で言った。



「親の七光りでここに居られるのも今のうちだよ、レーン」



 そのセリフにラドが我慢できなくなったかウェルビンを睨み前に出る。


 ウェルビンは一瞬びくりと肩を震わすがレーンがラドを手で制する。



「レーン……」


「いいよ、ラド。気にしてない」



 それでもラドの剣幕にやや押されたか、ウェルビンは髪をさらりと掻き上げた後仲間を伴って踵を返した。



「……ではな、レーン! 落ちこぼれの優等生クン!」



 捨て台詞めいた嫌味を残してウェルビンは去った。仲間たちも口々に似たり寄ったりな嫌味を残してそのあとに続いていく。


 レーンはため息を一つ大きくついた。ラドは拳をぱんぱんと鳴らして面白くなさそうにウェルビンたちが去った方を睨んでいた。



「ったく、ウェルビンのやろう……相変わらず嫌味言いやがって……」



「もういいってばラド。僕が落ちこぼれなのは本当だから」



「あいつはレーンが優秀だから僻んでるんだ。落ちこぼれなもんかよ」



 レーンは乾いた笑いで答える。ラドの優しさは嬉しい。しかし、事実は事実なのだ。


 ……自分は優秀ではない。


 できないことを何とかして埋めようと頑張っているが、ウェルビンの言った通りレーンには召喚士としての欠陥がある。


 それは召喚士であるレーンが召喚術の授業に出られずラドと剣の修行をしていた理由の一つ。


 召喚術の授業に出るには使い魔との契約が必要。しかしレーンには使い魔がいない。



 ――――レーンは召喚士の適性を見出されたものの、肝心の召喚術が全く使えなかったのだ。

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