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国王のチャンピオン  作者: 桐崎惹句
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即位大祝宴の夜

 ヘンリー八世王がカソリックと決別し、英国国教会を国教として以降、このイングランドはプロテスタントの国となった。


 イングランドのプロテスタント勢力には、国王がカソリックと結び付くと絶対王政を志向する、という警戒感があった。これは隣国フランスのルイ十四世時代の事例によるものである。


 カソリックの国王ジェームズ二世に嫡男が生まれた事で、危機感を強めたプロテスタント優勢の議会は、一六八九年、ジェームズ二世を追い出しその娘夫婦であるプロテスタントのオラニエ公ウィリアムとメアリーを国王として迎え入れた。

 この際、ジェームズ二世側から多数の寝返りが発生し、結果として無血の政変が実現した。

 イングランド人が誇る、『名誉革命』である。


 実際には全くの無血というわけではなかった。

 また、政変後のプロテスタント政府に対して前国王を支持するジャコバイト派は、決して無視できない勢力でもあった。

 それゆえ、革命後の英国は不安定な状態にあったのが現実だ。


 こうした状況下、一六八九年二月二一日ウィリアムとメアリーは英国王すなわちグレートブリテンとアイルランドの君主に即位し、オランダ総督を兼ねることとなった。


 戴冠式の後は慣例にのっとり、ホワイトミンスター・ホールへ移動しての即位大祝宴コロネーション・バンケットである。


 代々のダイモークがそうした様に、チャールズもまた磨き上げられた鎧兜フル・プレート・アーマーに身を包み、美々しく飾りあげられた乗馬に跨って会場へと乗り入れた。

 お決まりの手順で上席筆頭紋章官が口上を述べる。

「神の恩寵によるイングランド、スコットランド、フランスおよびアイルランドの王と女王、ネーデルラント共和国総督、オレンジ公、ナッサウ伯、信仰の擁護者にして、前国王陛下の正統なる継承者かつ大英帝国の正統なる帝冠継承者たるウィリアム国王ならびにメアリー女王の即位に対し奉り、その身の貴賤にかかわらず何人なりとも異議を申し立てる者あらば――」

「かの者の虚偽を暴き、恥ずべき売国奴と戦うべく、彼(国王)の守護闘士(チャンピオン)がここにあり!」


 ダイモーク卿チャールズは手甲ガントレットを投げつける。この後、数回繰り返される、最初の一回目だ。


 事が起きたのは、その最初の一回目だった。


 祝宴会場の入り口付近に落ちた手甲を、紋章官が拾うよりも早く拾い上げた者がいた。

 後から得た証言を取りまとめると、杖を突いた老婆が尋常ではない素早さで通路側から近寄り、手甲を拾い上げて代わりに自分の手袋を置いて去って行ったというのだ。

 残された手袋にはメモが添えられており、そこには日時と場所が書き記してあった。


 即位大祝宴といえども夜間に照明を灯す習慣に乏しかった当時のことである。祝宴ゆえ卓上には飛び飛びに燭台が置かれ、主賓席である新国王夫妻の周囲こそ幾分周りよりも明るくなってはいたものの、どん詰まりの下座である入り口付近はなお暗い。

 同じ会場に居たとはいえ上座近くにいたお歴々には、何かが起こっているということすら気付かれなかった。


 異変に気付いたのは、末席近くの比較的身分の低い者たちである。


 手甲が持ち去られて回収役の紋章官らが戸惑ったことで一時、儀式の進行が遅滞したのだ。

 紋章院総裁(アール・マーシャル)ノーフォーク公爵ヘンリー・ハワードの機転により、すぐにもう一つの手甲を用いて儀式は再開されたが、起こった事は末席の者たちから口伝えで次第に広まり、会場は騒がしくなる。

 政権中枢に近い重臣たちにとっては厄介な面倒ごとでも、身の軽い下々の者にとってはかえって目新しく面白おかしいことでしかない。


 新国王夫妻のほど近いところに着座していたシュロウズブリ伯爵が事件を知ったのは、すっかり陽も落ちて両陛下が退出した後のことだった。


 面倒なことになった。


 まだ新国王の勢力基盤は盤石とはいえない。

 手勢がことごとく離反したことで衆寡敵せずとなった前国王を、とりあえず玉座から追い出すことには成功した。

 だが、スコットランドやアイルランドではまだまだカソリック勢力が強力だ。フランスやスペインなどカソリック諸国も前国王支持で間違いない。

 これで終わりではない。いつ何時、前国王の復位という事態が発生してもおかしくはないし、新国王夫妻にはまだ子がない(一方で前国王には跡継ぎの男子がいるのだ!)ため、成り行き次第ではあっさり継承順位の高い前国王(またはその子息)の下へ再び王位が転がり込みかねないのだ。


 そんな微妙な情勢下であるというのに、古来からの伝統的儀式とはいえ『王座を賭けた決闘』などとは!


 大急ぎで準備した即位であったため、宴会の内容の精査まで手が回っていなかった。余裕があったとしても、やったかどうか分からない。何せ、しょせんは『宴会』であり、『余興』なのだ。

 だが、玉座の先行きが不安定なこの局面で、どんな言い掛かりの種になるやもしれない決闘など、断じて行わせるわけにいかない。


 シュロウズブリ伯爵は自分の手掛けた大仕事の成否のため、たとえ『道化の守護闘士(チャンピオン)』を監禁してでも、決闘を行わせない決意を固めていた。


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