魔法拳闘士〜引退した魔法少女再び〜
現役を引退した魔法少女のマリコが、10年ぶりに戦場に赴く。
彼女は敵を己の拳で叩き伏せる、拳で語るタイプの異色魔法少女だった。
嫌々ながらも再び戦うことになったマリコの明日はどっちだ?
私はマリコ。
24歳の若いくせに地味で眼鏡で男っ気の無いオカッパ女。
それが周囲の私への評価。でも別に私はそれで良いと思っている。
人に期待されたり、好意を寄せられたりするのは正直まっぴらゴメンのノーサンキュー。
青春時代に私は燃えていた。あれだけ燃えれば、あとはゆっくりゆったりと余生を過ごせればそれで良い。
印刷会社の事務員である私は、今日もお昼に行きつけのお蕎麦屋さんで蕎麦を食べる。
世間はクリスマスで浮かれてるけど、私はぶれない。
「はい、マリコちゃん。今日は海老天蕎麦なのね。」
「えっ、あっ、はいっ、クリスマスなんで奮発しちゃいました...あはは。」
...まぁ、この程度にはぶれる。
さっ、食べようかな。
しかし、私の平穏はテレビのニュースによって簡単に崩された。
「緊急速報です!!東京都渋谷で戦っていた魔法少女マジカルスターズが悪の魔法使いに敗北しました!!」
アナウンサーが鼻息荒くそう言うと、十字架に磔にされて気絶している四人の魔法少女の姿が。
「おいおい、なんて様だよ。正直まっぴらゴメンのノーサンキューよ。」
私が思わずそう言っちゃう程に今の魔法少女はなってない。根性見せろよ。
「大変なことになってしまったっチュー。」
...昔うんざりするほど聞いた、やたらに高い声がして私は目線をテーブルの隅に向けた。するとやたらネズミにリアルに寄せすぎて可愛くない人使いの荒いマスコットクソネズミのチュー吉の姿が。
「な、なんだか酷い罵倒を受けている気がするっチュー。」
「おばちゃん害獣が。」
「害獣扱いするなっチュー!!」
「はぁ、最初に言っておくけど私は戦わないわよ。他にも元魔法少女は居るでしょう?」
私は何を隠そう元魔法少女。10年前はバリバリに血で血を洗う戦いに身を投じていた...あぁ、あれもう10年前か、本当に時が経つのは早いわぁ。
「とにかく帰れ。私は戦わん。」
「そこを頼むっチュー。もうお前ぐらいしか戦えそうな奴が居ないっチュー。お前より上の年代は家庭があるし、下は彼氏とイチャイチャしてて戦ってくれないっチュー。クリスマスというのがタイミング悪かったっチュー。じゃなきゃ、お前みたいに乱暴で扱いづらい奴のところに来ないっチュー。」
「あん?握り潰すぞ。」
私は片手でチュー吉を捕まえてギリギリと力を入れた。
「がはっ!!やめろっチュー!!内臓が口から出るっチュー!!」
このネズミ相変わらずリアルにキモいことを言う。
仕方がないから力を緩めてやるか。
それにしても一人身が割りを食うとか最悪かよ。
「はぁはぁ...大体、お前の仲間に至っては、お前以外は行方不明ってどういうことっチュー。」
「あぁ、マオはギアナ高地で修行中で、ナターシャはFBIの仕事が忙しいかな?ユリは自分の世界に帰っちゃったからなぁ~。」
「やっぱりお前らヤバいっチュー。大体魔法少女がステゴロとか異色過ぎるっチュー。」
私は反論したかったけど、本当のこと過ぎて何も反論出来なかった。
「とにかく頼むっチュー!!このままでは世界は闇に包まれ人々の悲鳴の聞こえる暗黒世紀の幕が開いてしまうっチュー!!」
私の頃から言ってる台詞を言いやがって...はぁ。
「仕方ないから行ってあげるわよ。」
「お、恩に着るっチュー!!」
そうと決まれば腹が減っては戦が出来ぬ、私はメガネを外して伸びてしまった蕎麦をすすり、自分のハートに火種を入れた。
新宿は普段の人が賑わう姿が見る影も無い廃墟になった。これは結果だ。私達が不甲斐ない結果なんだ。
「はっはははははは!!マジカルスターズも弱いですねぇ!!まぁ私が強すぎるのか?はっはははははは!!」
「くっ!!」
紫のローブ姿の無駄にイケメンの暗黒12神将の一人のバリアンヌが十字架に磔にされた情けない私達を高々と笑う。
私の名前はミサキ。魔法ネズミのチュー吉に導かれて魔法少女マジカルフレイムとして仲間と一緒に戦っていたんだけど、今回不甲斐なくも敗北して捕らえられてしまった。
「せ、先輩、私達これからどうなるんでしょうか?」
マジカルウォーターことチアキが私に不安そうにそう聞いてきたけど、今回ばかりは「大丈夫だよ」なんて簡単には言えなかった。それほどまでに絶望的な状況だもん。
「え、エロ同人みたいにされるのよ。きゃああああ!!」
ちょっと嬉しそうなマジカルハリケーンのタエちゃん。こんな時ぐらい趣味は抑えて欲しい。
「ムニャムニャ。」
...マジカルグランドのアキラちゃんは寝てるし。これは終わったかな?
チュー吉も助っ人連れてくるとか言ってたけど、アイツが一番信用できないしなぁ。
「あはは...ふぅ、笑うのも飽きましたねぇ。では見せしめとして一人ずつ魔法少女を殺していきますか♪」
えっ?
「誰にしようかな♪じゃあ一番怯えてるアナタからにしますか。」
バリアンヌは剣を抜いて、その剣先をチアキに向けた。
「ひぃっ!!」
チアキは目に涙を溜めて怯えてる。可愛い後輩を殺されてたまるもんか!!
「私から先に殺しなさい!!チアキには手を出さないで!!」
「もうそんなワガママ言わないで下さい。リーダーから殺したら盛り上がらないでしょう?アナタ達の生殺与奪は私にあるので~す♪」
そう言うとバリアンヌは剣を振り上げた。私は自分の無力を呪い、正義の味方のクセに情けなく叫んだ。
「誰か助けてぇ!!」
すると突然一陣の風が巻き起こった。巻き起こしたのは私では無いし、風を操るマジカルハリケーンでも無かった。
それで気が付くと十字架に磔にされた私達四人は地べたに川の字に寝かされ、目の前にとある女の人が立って居た。
その女の人は黒い三角帽子を被って黒いマントをしていたので、もしかしたら同業者かなとも思ったけど、私達のフリフリの衣装とは違い、マントの下にピッタリとした黒いライダースーツを着ていたし、どう見ても大人の女の人だった。
その顔は美人だったけど、私達を見て明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
「言いたいことは山のようにあるけど、説教は後回し。私の戦いをよく見てな。」
そう言うと謎の美女は踵を返してバリアンヌに向かってあるきはじめた。
「おやおや、ずいぶん年増な魔法少女ですねぇ。」
バリアンヌは人質の私達を取られも余裕そう...くっ、私の体さえ動けば。
「フッ、そうね、魔法少女って歳じゃないから魔法拳闘士ってとこかしら。」
私はそうやって笑う魔法拳闘士さんの背中を見て、凄くカッコいいと思った。
「魔法拳闘士?ということは近づけさせませんよ。死になさい。」
バリアンヌは手の平から雨の様な黒い光弾攻撃を魔法闘士さんに始めました。
魔法闘士さん危ない!!と私は思ったのですが、魔法闘士さんはシャドウボクシングをやる様に黒い光弾の全てをバリアンヌに向かって倍速で弾き返していきます。
「ぬぅ!!」
バリアンヌは初めて焦った顔をしてお得意のバリアで、帰って来た光弾を防ぎます。
魔法拳闘士さんは全ての光弾を弾き返す激しい運動の後も息を乱さずにファイティングポーズを取って、背中越しからでも分かるぐらい熱く闘志を燃やしているのが分かった。
「な、中々やりますけど、私のバリアは魔法攻撃を全て防ぎます。そして私の光弾はこのバリアをすり抜けてアナタを攻撃出来ます。つまりは私の勝ちは決ま...」
「うるさい説明は正直まっぴらゴメンのノーサンキューよ。」
バリアンヌの喋りを遮った魔法拳闘士さんの目の前に金色の魔方陣が現れ、バリアンヌのバリアの中にも同じような魔方陣が現れた。
「な、なんですかこの魔方陣は!?」
戸惑うバリアンヌを余所に、魔法拳闘士さんは魔方陣の中の拳のラッシュを叩き込み。するとバリアンヌの方の魔方陣から魔法拳闘士さんの拳が出て来て、その拳はバリアンヌの顔面をバキッ!!ドカッ!!と的確に捉えていく。
「ごげぇ!!」
体を歪ませながら顔から血をボタボタと流すバリアンヌ。イケメンもコレでは形無しだ。
どうやら魔方陣は空間転移魔法だったようで、魔法拳闘士さんの拳は素手ですが魔法で強化されてる様。
私達が手も足も出なかった相手が、今度は魔法拳闘士さん相手に手も足も出ない。そのまま倒してしまうかに思えたけど、魔法拳闘士さんは攻撃を止めて魔方陣も消えちゃった。
「ダメだわ。やっぱりインファイトじゃないと気が乗らない。」
どうやら彼女にしか分からない、こだわりがあるみたい。
「く、くそがぁ!!殺す!!貴様は必ず私が殺す!!」
人が変わってしまったかのように荒々しい口調で魔法拳闘士さんを睨み付けるバリアンヌ。
これからバリアンヌの激しい攻撃が始まる...かと思えたけど。
「直接叩き込むためには距離を詰めるのは当たり前。」
そう喋って魔法拳闘士さんが一歩踏み出すと、魔法拳闘士さんは姿を消したかと思えば、一瞬にしてバリアンヌのバリアの目の前まで移動していた。
私達も口をあんぐり開けて驚いていたけど、魔法拳闘士さんと相対するバリアンヌに至っては体を硬直させて目をぱちくりさせていた。
「ノック。」
魔法拳闘士さんがコンコンとバリアを右手で軽く叩くとバリアがパリンと割れてガラガラと崩れ落ちた。
「あっ...あっ。」
声になら無い声のバリアンヌ。だけど構わず魔法拳闘士さんは右拳を握った。
「名乗り忘れたけど私は魔法拳闘士マジックインフェルノ。そしてアンタを葬るこの技は"獄炎パンチ"冥土の土産に覚えておきな!!」
叫んだ後、マジックインフェルノさんは真っ赤に燃える拳でバリアンヌのお腹を殴った。
"ドゴォオオオオン!!"
殴っただけとは思えない爆音と共に燃えるバリアンヌの体。
「ギャアアアアアア!!」
地獄の断末魔みたいな叫び苦しむバリアンヌ。その内にバリアンヌは動かなくなって倒れ、あとにはプスプスと燃えカスだけが残った。
恐ろしいまでに敵を圧倒したインフェルノさんは一言
「久々に燃えたわ。」
と考え深げな顔をしていた。
全てが終わった後、私達はインフェルノさんに横一列に立って並べさせられ、パチン!!と全員頬を思いっきり打たれた。
「アンタ達は地球を背負って戦ってるんだら敗けは許されないのよ!!馬鹿みたいに泣いたり叫んだりして、情けないったらありゃしない!!次こんな事になってもアタシは助けに来ないからね!!」
こ、怖い...敵よりインフェルノのさんの方が百倍怖い。でもなんでだろ?なんか暖かい。
「分かったら死ぬ気で戦いな!!分かったら全員返事!!」
「は、はい。」
「声が小さい!!」
「は、はい!!」
「たくっ、次は本当に正直まっぴらゴメンのノーサンキューだからね。」
私達に渇を入れるとインフェルノさんは気だるそうに帰って行った。
夕日をバックに去るインフェルノさんの後ろ姿はカッコ良くてとても絵になった。
「アイタタ...次の日が休みで本当に良かった。」
私、マリコは自宅のボロアパートの部屋のベッドに横になっていた。
久々に激しい運動で筋肉痛になってしまうなんて...ランニングは毎日欠かさなかったのに。
"ピンポーン、ピンポーン"
インターホンが鳴りやがる。居留守使うか。
"ピンポーン、ピンポーン"
うるせぇな!!そんなにジャージ姿で髪ボサボサの眼鏡女が見たいなら見せてやるよ!!
私が荒々しくドアを開けると可愛らしい制服姿の中学生くらいの少女が四人と、見慣れたクソネズミが立っていた。少女は髪の色が違うけどおそらく昨日のマジカルスターズだろう。
私が無言でドアを閉めようとすると、マジカルスターズのリーダー格の女が足をドアの隙間にガッとアグレッシブに挟めてきたので、仕方なくドアを再び開けた。
「なんだよ!?私は休みたいんだよ!!」
「まぁそう言うなっチュー。後輩を育てるのも先輩の務めだぞっチュー。」
「テメーの差し金かクソネズミ。」
だがクソネズミを踏み潰そうとしたら少女リーダーが緊張した感じに話し始めた。
「わ、私達は弱いのでメチャクチャ強いインフェルノさんに鍛えて貰いたくやって来ました!!」
「ちょっ!!インフェルノって言うのやめて!!」
自分が中学の時に決めた名前だから恥ずかしいんだよ!!
「皆もそうだよね!!鍛えて貰いたいよね!!」
「こ、怖いですぅ。」
「グフフ、お姉さんとの百合展開。」
「眠いしお腹空いた。」
バラバラじゃねぇか...ふぅ。
「正直まっぴらゴメンのノーサンキュー...って言いたいけど、あんたらの向上心は素直に嬉しい。私が休みの日なら良いよ。」
「やったぁあああ!!」
うん、リーダーの奴だけ異常に喜んでる。なんだかなぁ。
とりあえず特訓の前に腰の湿布だけは皆に気付かれない様に剥がさないと、バレるのだけは正直まっぴらゴメンのノーサンキューよ。