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孤島奮起  作者: つふら
人間があらわれた
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仕事終わりのビールは最高

名前:伊東いとう 武尊たける

年齢:25歳

職業:看護師(4年目)

家族:両親、妹2人

家屋:アパートひとり暮らし

趣味:読書・ゲーム・ネット


 それが今の俺のスペック。どこにでもいる凡人スペック。


 彼女もなく、友人も多くない。趣味だってたいしたことない。何かに貢献するわけでもなく、ただ淡々と日々暮らしていただけなのにこんな早くに逝くことになるとは思わなかった。


 アドレナリン効果というのは相当長いらしい。人生スペックを脳内で思い浮かべるくらい余裕があるのだから。今度、論文でも見てみるか・・・あ、俺死ぬんだったわ。


 そうだ!『佐川●便』から宅配指定を今日の夜にしていたのに、悪いことしてしまった。もう変更の電話できないし、配達員さんにはあの世で謝罪しておこう。


 今日届くはずだったのは『ワケあり牛肉切り落としセット』。


 今夜はビール飲みながら一人すき焼きでもと思い、すき焼き用鍋を購入。それ以外にも1週間分の食材やら、切れてた調味料、ビールやら米やらを買い込んだのに全部無駄になってしまった。


 俺は肉をたっぷりの卵をつけて食べる派だ。卵も12個入りをしっかり買ったのにな。〆は冷凍うどんにして、明日の朝食べようと思っていた。美味しいんだよなぁ、肉汁の染みこんだうどん。


 『グゥゥゥ』


 ・・・なんだか、美味しいものを想像していたら、ハラが減ってきた。もうすぐ死ぬっていうのに現金な体だよ。クロスしていた腕を解き、腹をさする。


 そういや、明け方にちょっとクッキーつまんだくらいで朝ごはんも食べていない。腹が減って鳴るわけだ。



 ・・・?腹が・・・鳴る?



 どのくらい時間が経っていたのかわからないが、流石にアドレナリン効果で興奮していたからといっても腹が鳴るほど時間の流れはおかしい。それに、無意識とは言え腹をさするという行為もできた。


 一体どういうことだ?


 俺は閉じていた瞼を右からそっと開く。



 見えてきたのは光、眩しくてくしゃみが出そうになるほどの光。




 少しずつ、光になれた網膜が映し出した景色は砂浜と海だった。


 そういえば、潮の香りがする。


 未だ耳元で音楽を奏でていたイヤホンを外す。機械音とは違う自然の波の音が入ってくる。


 空を見上げると、先程まで小雨が降りどんよりと厚い雲に覆われていた空は、

まるで水色ペンキをぶちまけたような爽快な天気となっていた。


 「こ・・・ここは?電車は?」



 つい、誰もいないのに声を出して尋ねてしまった。

 

 目の前に広がる碧く澄み切った海と流木が所々で打ち上げられている砂浜。

 

 左右に目線をやると、所々にヤシの木のような木が並んでいる。


 が、人の気配はない。文明の痕跡もない。生物・・・はいる。鳥の鳴き声が聞こえる。



 まるで旅行会社のパンフレットの表紙に載っているような『ザ・南国』が目の前にあった。


 そうか、人は死んだら三途の川を渡るってよくいってるけど、これか。川というよりももはや海だな。電車がぶつかった時の痛みを感じることもなく逝けたのはラッキーだったと思う事にしよう。あとは、守護霊か三途の川の係の人が迎えに来るまで、待つ事にした。


 今俺の立っている場所からさほど離れていないところにヤシの木があり、ちょうど木陰になっていた。そこで休もうと砂浜を歩く。


 スニーカーだと砂に足を取られ、非常に歩きにくい。


 死んでからも移動がしんどいとか、俺でも辛いのにこちらに来る割合の高いお年寄りたちはもっと辛いであろう。天国はもう少しその辺を考えていただきたい。


 木陰に入り、もはや不要になった折りたたみ傘を閉じ、両手にもっていたエコバックを足元に起いた。よいしょとリュックを肩から下ろし、その場に座り込む。


 直射日光の下は暑くやや汗ばむほどだったが、木陰に入ると湿気が少ないのか僅かな風でも涼しく感じる。・・・しかし、喉が渇いた。


 死ぬという緊張から解放されて安心したのか、のどが渇く。さっき買ったエコバックの中をごそごそさがす。あった、あった、これですよ。一人すき焼きパーティーのためガッツリ購入したこれ!『第三のビール』。


 紙のパッケージからそっと一本取り出す。買ったばかりなのでまだ冷たく、缶の表面には水滴が付いている。


 プルトップをつかみ引き上げると、『シュワ』っと音とともに少量の泡が出てくる。そんなこと構わず飲み口に口をつけると、勢いよく傾けた。


1・・・2・・・3・・・4・・・5秒


 「ふぁぁぁ」と、つい声を出す。なんて美味いんだ、夜勤明けのビール。



 今度はリュックの中身をごそごそと探り、惣菜パンを2つ取り出す。仕事前に朝ごはん用に買っておいたパンだったが、忙しすぎて食べることができず、今に至る。


 袋を開け、大きくうちを開けて一口。そして咀嚼しつつもビールを一口。あぁ、至福だ。やぱりマヨネーズとコーンの相性はパン業界において最強タッグと行っても過言ではない。あっという間に最初のパンを胃に収め、もうひとつのパンに手を出す。


 『炭水化物×炭水化物』のコラボレーションは、なにも『ご飯×お好み焼き』だけではない。そう『焼きそばパン』、炭水化物掛け算の中でも知名度だけは群を抜いている。


 ハラが減っていた俺は、あっという間に平らげ、また一口ビールを飲む。・・・ようやく腹の虫が落ち着いた。


 二本目のビールを開け、木に寄りかかる。波の音を聞きながら木陰にいると風が気持ちよくついウトウトと眠くなる。


 それにしても、迎えが来ないな。いつもの癖で左腕にしている時計を見る。針は『10:05』を指し示していた。なんだ、電車にぶつかってからそんなに時間経ってないんだななんて思ったとき、やや強めの風が吹き、砂が舞った。その砂がちょうど目の中に入り、俺は『イテテテ』と目をこする。




・・・ちょっと待て。



 『痛い』ということは『痛覚』があるということだ。


 人は死を迎えた時にもちろん生命活動を失う。そうなうと『痛み』や『熱い・冷たい』などの神経伝達物質は全く出されなくなる。いや、まて。もしかしたら仮死状態で、現実世界の痛みとリンクしているのかもしれない。それがたまたま『痛み』として感じたのかもしれない。


 空き缶の飲み口部分に人差し指を入れて少し圧をかけたまま指を勢いよく捻り引く。すると、人差し指の中央には赤く血がにじみ出、無論痛みも感じた。出てきた血を舐めると、鉄分の味がする。


 自分の体に意識を向ける。


 知覚・聴覚・味覚・触覚・痛覚、全てが生前と何ら変わりはない。もちろん四肢も自由に思ったとおりに動く。そこから導き出された答えは、単純明快。



 「俺・・・生きてる・・・。」


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