城での生活
ハナ暦 10/30
10日程かかったけど、引っ越しが終わった。
最初は高台の竹で囲っただけの住居から、レビルさんの建てたコテージ風拠点に移り、そしてまた高台に戻ってくるとは思わなかった。
まぁ、今は高台というよりかは、城だけど。
毎日少しずつ自室の荷物から移動を始め、引っ越し作業2日目には城での寝起きになった。
食料倉庫に食料を移動し終えると、新しい土間での食事作りも始めた。作り始めて数日、ようやく新しい土間の勝手にも慣れた。
次に仕事場に物品移動と、旧拠点と元自室の解体。
旧拠点の解体はレビルさん任せ。俺達はひたすら城に荷物を運び込み、拠点へ戻り、また運ぶの繰り返し。
解体された拠点と自室跡地は家畜小屋の増設するそうだ。
馬も山羊も牛も増える予定だしね。
解体した木材なんかは家畜小屋の材料に再利用するそうだ。レビルさんなら上手くやるんだろう。
犬小屋は元作業小屋の跡地に建てるそうだ。こちらも数が増えて来たから、いい機会だろう。
という事で、今日から城での生活が本格的にスタートする。
ベッドから起き、小さな桶とナイフを持って部屋を出る。
風呂場の手前にある洗面所で洗顔と髭を剃るのだ。
まだ、太陽がようやく海から顔を出したばかり。水を汲みにいかなくてすむようになったけど、習慣からどうしてもこの時間には目が覚めてしまう。
部屋割りは左階段から俺、レビルさん、ハナ、ルル、シャインの順。厳正なるくじ引きで決定した。
階段を降りると、ハナが塩を作っていた。
「おはよう、ハナ。」
「おはよう。」
ハナに挨拶をした後、洗面所に向かう。
鏡に映った俺の顔。
レビルさんとシャインが作った鏡。
先日、1年ぶりに自分の顔を見た。
元の世界にいるとき。俺は自分の顔のことをわかってたつもりだった。毎日、そこらじゅうに鏡があり、自分の顔は認識出来た。見たくなくても鏡以外にガラスがあちこちに点在しているから、意識もせず自分の顔を見ていた。
だからこそ、『自分の顔を認識する』ってのは、新鮮だったんだ。
古代の人は、『鏡』という存在にさぞかしびっくりしただろう。俺ですら久々にみる長年見慣れた顔に驚いたのだから。
鏡の自分を見ながら、猪油石鹸で泡立てた液を顎に塗りつけ、ナイフで髭を削りとっていく。
やっぱり、見ないでやるのと見ながらやるのは違う。
ナイフの角度を鏡で調整しながら、こすげとっていく。
でも、最後にはやっぱり自分の手のひら感覚で、顎をさすりながら髭の有無を確かめる。
少しジョリついた感覚の場所をもう一度、剃り落とす。
女はいいよな。いつもこんな苦労をしなくて。
ちょっと生えると『みっともない』とルルがブースか言うもんだから、俺はできるだけ添っている。
レビルさんは、髭が薄いのか、1週間に一回剃るだけで平気らしい。カムイなんかは1ヶ月に一回だそうだ。
鬼よりも濃い沖縄の発毛の血。
嫌になるけど、長年付き合ってきた体質だ。仕方ない。どうせ願っても無い物ねだりになるだけだからな。
髭を剃り終わった後、城の土間へ向かう。
まだ、キヌコさんは起きていない。
土間に俺、居間にハナがいるだけだ。
「ハナ、ここの居心地はどう?」
「悪くないです。と言うか、今も昔とやることは代わりないし。自分の部屋に行くこともあまりないから、前と変わらないわ。」
そうなのだ。
ハナはアンドロイドだから寝ない。寝ずに火の番やりながら、塩を作って、燻製の煙加減調節して、糀を作って、蝋燭作って、油を作って・・・・色々と皆が寝静まった後に仕事をしてくれている。
もし、何らかの原因でハナが活動停止になったら、某アニメのマザコン気質の主人公のように『動いてよ動いてよ』と、いい続けるだろう。
俺は土間に行き、朝食の支度を始める。前の土間に比べて広くなり、まだ新しい竃の癖もつかみきれてはない。だから、時間がかかるのだ。
湯を沸かし始め、野菜を切っているとキヌコさんが起きてくる。両手には双子を抱えて。
「おはようタケルどん。やっと乳のさあげ終わったから朝飯さ作るど。」
そして、双子が寝ている間に、二人で朝食作り。
途中でルルが既に枝肉になったら鹿と猪を搬入して風呂へ。
朝の水やりと収穫を終えたカムイさんが汗を拭きながら登場。
家畜の世話を終えたクジタとレビルさんが新鮮な卵を持って居間へ。
シャインが工房の火入れを終え、廊下から居間へ。
ビーとジーは居間のはしっこに作った二段式に百葉箱みたいな部屋で寝起きしているので、居間が騒がしくなると起きてくる。
そして、朝食が出来上がった頃にディディ登場。
皆が揃ったところで、朝食開始。
食べ終わると、俺とレビルさんは相も変わらず海に行く。もちろん、海産物の捕獲だ。
以前ほど食料事情は緊迫してないけど、何が起こるかわからないので、ルーティングは続けている。
そして、唯一、この時だけ俺とレビルさんが二人っきりになれるのだ。
「タケル殿、城はどうであるか?」
「まぁ、慣れてきたよ。」
「使い勝手はどうか?」
「今のところは、問題ないと思うけど。まだ、正直わからない。」
「そうですな。それであの話はいつ皆に?」
「今夜、皆に伝えてみようか。で、決行は明日朝。朝食後。」
「わかりましたぞ。ではハナ殿にお願いせねばいけませんな。」
「そうだなー。ハナも忙しいけど、こればっかりはハナに頼るしかないもんな。」
「では、そのようにしましょう。」
「あ、レビルさん、能力については教えたの?」
「いや、一言も。まぁ、気がつかれまい。」
「うん。ならやるしかないね。」
「そうですな。」
その夜、夕食後。
「拙者、皆に伝えたいことがある。明日の朝、天に向かって遂に攻撃を仕掛けようと思う。」
皆がレビルさんを見る。
「お、遂にだな。」
「わーい!僕楽しみだ!」
「長かったわね。って言ってもレビルがほとんど1人で進めてたんだけど。」
2人だけポカーンとしている。ビーとジーだ。
「え?自分にはなんの事かわからないのですが・・・。」
「ミーにもわかるように教えろ!」
「あれ?言ってなかったっけ?天井に穴を開けるって。」
「城の天井にですか?せっかく完成したのに、なぜそんなことを?」
「違う違う。空だよ空。ほら、ビーが墜落した日に俺達の計画を話したじゃない。忘れた?」
「確か、地下を掘っても見えない壁があるとか、仰っていましたね。」
「そう、だから次は天を目指したって、話したじゃないか。その為にこんな高い城を作ったんだよな。」
「・・・いや、このくらいの高さでは、低いのではないですか?現に屋上から空を見てもまだまだ距離はありそうですし。」
「そう、なので、拙者は屋上に超大型弓を設置したのである。内覧会では間に合わず御披露目できなかったが、遂に完成致しましたぞ。矢じりをダイヤモンドにしてあるので、あの破壊力と固さがあれば、天井などイチコロである!」
「凄いですね。それは自分も楽しみです。」
「クククククククッ、あの弓の威力は我が吸血鬼の知恵も凝縮してある。楽しみだ。」
「おでの角も提供したがら、ものすんごく強くなってるど。」
「あの弾力性のある糸は骨すら切り裂くんだから、大切に使ってよね。妖精の秘術を教えたんだから!」
「いやぁ、聞けば聞くほど凄い弓なんですね。」
「ま、俺は何も特殊能力ないから何も提供してないけど、楽しみだよな。じゃ、明日に備えて皆も今日は休もうか。ハナ、火の番、よろしくな。」
そう言って俺達は階段を登り自室に戻る。
そして、夜が明けた。
動きます