家族とわたし
父がわたしとスコットを書斎に呼んだ。ノックをして許可をもらって部屋に入ると机用の椅子に座っていた父が、わたしと弟を臨時に置いたであろう椅子に座らせた。そして無言のままで書類2枚と魔箱を机の上に置く…それが合図のように話をし出した。
「君たちの母と"離縁"した。彼女はもう"邸内"に入る事は出来ない。事後の話ですまないけれど、これから二人にもこの家のために協力をして欲しいんだ」
母はもう追い出されている…しかしそれよりも気になる事があった。
「お父様…ハリソンとロナルドは…」
「君たちの母が強引に連れていこうとしたが止めたよ。君たち同様、あの子たちまで"何をされるか"分からないからね。君の大切な弟たちを決して奪わせないから、安心しなさい」
父はわたしが欲しい言葉をいつもくれる。わたしはほんわかと微笑む弟たちを脳裏に浮かべ、静かに涙を流した。
父は母の件から仕事が早く終われば、夕食時間に帰宅できるよう努力をしてくれていた。
「お父様、お帰りなさいませ。皆で夕食にいたしましょう」
「アイラ、スコット、ハリソン、ロナルド、ただいま。皆揃ってのお迎えありがとう。さっ!本日の夕食は何かな?」
「お父様とロナルドの大好きな、スズキの香草焼きがメインです。楽しみですね!お父様を席までハリソンとロナルドがお連れいたしますね」
父が早く帰れば、自然と家族で食事するようになる。小さな弟たちは父に抱っこをせがみ、父は嬉しそうに二人に応えた。
三人が食堂へ向かう中、わたし以外に立ち尽くす者がいた。わたしと一緒に動かない…スコットは無表情だった。
彼は母のしでかした"事の重大さ"に気付いていた。
母が"母親"になりきれなかったばかりに、しっかり者のようでいて実は誰よりも繊細だった彼の心はひどく傷つけられていた。
スコットは現在食事の席にはつくけれど、口にあまり入れない。最初は彼の好物を作らせていたが手をつけないので、今度はたんぱくな食事を出すようにした。しかし結果は…
「今日も美味しかったです。ご馳走さまでした」
彼はまた大量に食事を残していた。このままでは明らかに身体を壊してしまう。わたしは前世で見聞きした事を思い出しながら、ケアする対策を父に相談することにした。
「お父様、スコットが食事出来ない状態です。わたしは、彼の心に寄り添いたいと思います」
「スコットは、繊細で優しい子だ。心配をかけまいと相当我慢をしているね。私も今あの子に寄り添ってやらねばならないと思っているよ。アイラには何か考えがあるようだね?」
「はい。お父様、モルガン家の領地内の静かな場所に別荘はございませんか?」
「スタンレイ山脈に小さいが別荘があるよ」
「ではそこに1ヶ月程、滞在しませんか?食事や洗濯、掃除もなるべく自分たちでするんです。やり方は私が教えます」
「わかった。すぐにでも対応しよう。マープルはいるか?」
父はわたしの話を聞いて、本当にすぐ動いた。
父はお城で事務方の長をしているので、次の日は緊急の会議をし、家庭の事情で1ヶ月休暇が必要な事を伝えると、部下の皆さんは、快く仕事を引き受けてくれたそうだ。
3日後、わたしたち家族は本邸の転送陣から、スタンレイ山脈にある別荘の転送陣へ魔法で移動した。
父は別荘を小さいと言っていたが、モルガン邸と比べてであって、ちょっとしたホテル並みの大きさだった。さすが公爵家の別荘である。
別荘の転送陣に着くと一人の男性が家族を迎えた。彼は別荘の管理者だった。穏やかそうな初老の男性は長年本邸で執事をしていたジュゼッペさん。なんとオプスクーリタース国出身の魔族との事。あと2〜3年前に本邸から修行にきた執事見習いの男性がいるそうだけれど、わたしたち用の備品の買い出しに出ていて、もうそろそろ帰るのではとの事だった。
ジュゼッペさんも執事見習いさんも家事は一通り出来るそうで、これから色々お世話になると思う。彼に挨拶をし、家事全般の話を聞いた。弟たちはそれぞれ割り当てられた部屋に入る。ジュゼッペさんと話しを終えるとわたしは自分の部屋へ入り荷物を置いてから、隣の部屋をノックした。
「スコット、入っても良いかしら?」
「はい!………どうぞ!」
返事を聞いて部屋に入るとスコットはベッドで横になっていたのか、少し寝乱れていた。
「眠っていたのに起こしてしまったかしら?」
「いいえ」
「では今から、わたしと夕食の用意を手伝って欲しいの。良いかしら?」
「はい!えっ?夕食? 」
簡素な服に着替え直した二人は部屋を出て下の階に降りた。ハリソンとロナルドと同室になった父も弟たち共々動きやすい服に着直し、わたしたちを待ってくれていた。
「アイラ、調理場はこちらだが、食糧庫に先に行くか?」
「はい。冷魔岩室は地下ですよね?みんなで行きましょう!」
地下に続くハシゴ階段は調理場の横にあった。父の後についてゆっくりと階段を降りる。ハリソンとロナルドは最初怖がっていたが、途中から好奇心の方が上まったようではしゃぎ出した。スコットは淡々とついて降りて来ていた。
「ここが冷魔岩室だ。ジュゼッペには保存の効く根の野菜と玉ねぎや香草、各種の肉や魚を保存してもらったよ。あと、緑の野菜や果物は、ジュゼッペの菜園にたくさん育っているので、いくらでも料理に使って良いそうだ」
ジュゼッペさん、なんて素敵な趣味を持っているの!有り難く使わせていただきます。
ルークス王国には四季がある。今はちょうど初夏に入った頃である。野菜と果物の名前がなぜか前世と同じ。あと、最近思い出してきたのだけれど、前世で誰かがこの国に似たお話を作っていたような…
「さあ、料理人アイラ、どんな食材で調理をしたいのかな?」
前世の似たお話より、今日の夕食の方が大事ね!よ〜し、今日は…
「じゃがいもとニンジンと玉ねぎとニンニクとローリエと香辛料と…」
調理場に冷魔岩室から持ってきた野菜と精肉の下ごしらえをする。先に待機してもらったジュゼッペさんに調理場の器具や設備について確認してから、レッツクッキング!
まず小さな弟たちには刃物はまだ危ないので、『ここイタイ、イタイ!ここ触ったら、イタイ!触ったら、泣いちゃう!』と泣くパフォーマンスをして怖がらせてから、玉ねぎの皮をゆっくり剥かせた。
一方、スコットにはまず根菜を洗ってもらう事にした。調理場はなんと湧き水が引かれていて、壁の穴から止めどなく流れ落ちていた。近くには藁で編んだタワシもどきを発見。
ジュゼッペさんに土のついた野菜を洗うタワシである事を確認、ボウルのようなものがあるか確認すると銅のボウルを壁に設置している棚から出してくれた。
スコットにじゃがいもの洗い方を教え、大きな銅のボウルに入れるよう指示しておく。
子どもたちには仕事が終わったら、調理場の隣の休憩室で休んでいるよう言っておいた。(ジュゼッペさんが軽いお菓子と冷たい飲み物を置いてくれていた。本当に気の利く方だ)
そして今、わたしと父はジュゼッペさんの菜園にお邪魔?している。着く前はナスとプチトマトがなっている家庭菜園とばかり思っていた。すみません。ジュゼッペさんの仕事ぶりから、もっと推測しておくべきでした。もう、立派な農園です。ヤギもたくさんいるし、雑草対策も万全です。
「アイラお嬢様、サラダでしたら、このレタスとハーブをご使用ください」
採れたてのレタスが!ハーブが!私はど田舎出身だけれど、こんな洒落た野菜の農家がなかったのでとても嬉しい。とりあえずレタス、ハーブ、トマト、ナスを収穫して調理場へ戻った。
私は魂に宿るけれど、宿った人の魂以外には干渉出来ない。
たとえ私が神であってもね…(安寧の神より)