魂宿神とわたし
この本、王族の方々が読んだら、卒倒ものかも?
王族公認の歴史書では、ルークス王国を建国したのは、光の神と島で出会った現地の娘との子となっている。でもこの本では、母と子の近親婚だよね!?闇の神も妹だし。
ルークス王国では、オプスクーリタース国の王族を魔族であると同時に、神とはいえ近親婚の末裔と蔑んでいるところがあった。でもこの本の話が事実だとしたら?
たぶん、父はそこに着目させる為にこの本を貸したのではないと思う。四大公爵のルーツと秘密を教えたかったのだろう。
四大公爵たちは、弟神と妹神の魂をそれぞれ宿した人たちである。でも、血筋の者が神力を持つと言う意味では、血筋とも言えるのかな?
公爵家は、武のフロントライ家、ノリス家、文のノーマン家、モルガン家と現在は呼ばれている。その中でモルガン家は、妹神である安寧の神の魂を宿している。人々だけでなく、生きとし生けるものの安寧を願う神。それは魔の生物も例外なく。
魔の生物と戦った時、安寧の神を宿したのは、わたしの祖先であるモルガンという名の男だった。
彼は、男にしては細身で筋肉質でもなかったが、強固な意志を持っていた。魔の生物には、精神攻撃を得意とするものもいたが、モルガンには、全く効かなかった。
また彼には、本能を抑えられなくなって、破壊衝動で暴走している敵には、苦しまぬよう、安寧の神力で即死させる慈悲深さもあった。
安寧の神は、敬愛する兄神に命じられたとはいえ、この即死の神力を使うのは、とても悲しかった。
「安寧の姉ちゃん、あんたは俺を信じて、その力を貸してくれている。俺はあんたの信頼を失うような事は決してしない。安心してくれ…な?」
モルガンは、安寧の神を安心させる為、こう宣言し、その言葉に恥じぬ戦いをした。
安寧の神は、他の神と違い異性の魂に宿っていたのもあるが、その誇り高いモルガンに恋をしていた。また、モルガンも安寧の神を愛していた。だが二人は、抱き合う事が叶わない。叶わぬ思いを抱き秘めながら、モルガンは婚約をし、婚姻し、たくさんの子どもたちに恵まれ、その波乱に満ちた人生を終えようとしていた。がその時、安寧の神がモルガンの目の前に現れる。
「やっと貴方を見つめる事が出来ました」
「俺はこんな老いぼれになってしまった」
「いいえ、貴方の心は今でも色褪せてはおりません。愛してます…モルガン」
「俺もずっと愛しているよ…俺の女神」
安寧の神は、死をも安らかにさせる。愛した男を抱きしめた女神は、彼に別れを告げ、彼の子孫に宿っていった………
「と、書いてありましたが、これは本当なのですか?安寧の神さま!」
「キャーッ!!なんて本を娘に読ませているのよ!ウィリアムめ〜!!」
12歳の誕生日に安寧の神さまと魂を繋ぐ事が出来るようになったわたしは、思わず尋ねてしまった。
「ぜんぜん、いえ!大体同じ?ってもう!恥ずかしいわ〜、もうとっても昔の話なのよ。モルガンだって、きっと恥ずかしがっているわ。姉様がね、関わった…いえ、その小説を一緒に書いたノーマン家の次女は恋愛小説家だったの。ずっと歴史を題材にした話を書きたがっていたそうよ。愛欲の神である姉様と魂が繋がったのが、20代の後半の子育てがひと段落した頃で、創作意欲が再熱していて、姉様もその思いに呼応したらしく、二人で共同で執筆したそうよ。その思いの結晶がその本なのよ。その作者の冒頭に書かれている『敬愛する魂の親友に捧げます』は姉様の事とスゴく自慢されたわ。当時飛ぶように売れただけでなく、内容が衝撃的で人々の興味を引きつけたようね。"ほぼ"(強調)本当のことですものね」
「そうなのですか…えっと安寧の神様、ちょっと気になったのですが、結婚しても魂って繋がるのですか?」
「そうよ。"当主の子ども"ならば、ね。でもその次女の小説家は決して遅い方ではないのよ。かなり老齢で初めて繋がった例はあるわ。またこれは内緒だけれど、当主の子どもではない子孫でもごく稀に繋がれる方がいるの。ただそういう場合は、こちらから繋がりを遮断しているわ。だから、神力の乱用は出来ないわね」
「安寧の神様たちって、スゴいですね!セキュリティも万全とか」
「セキュリティ?」
「あっ!安全対策が万全てことです」
「ふむ。そうそう。先ほどの補足。その本、王家が販売禁止にしているので、お外に出してはダメだし、内容を口外したら、"処刑"されるので、要注意!」
(えっ、まさかのいわくつきな"禁書"!?お父様…いくら何でも子どもに貸してはダメでしょう)
ついつい顔が強張ってしまった。
「うふふ。まぁ、四大公爵は、皆んな隠し持っていると思うわ。その本は、閲覧用で、読める人を特定する魔法をかけているわね。いざという時の対策ね。在庫は、金庫の中?ウィリアムなら、もっと違うところに隠すかもね」
父は安寧の神さまにとても信頼されていた。わたしも信頼し合えれば、うれしいな。
アイラは本を再度開いた。この歴史小説を書いたのは、ノーマン家の女性。この国は思ったより、性別にしがらみがないのかもしれない。
わたしは完全に社会に出られる状態になった。でもここに来て頭の痛い問題が出てきた。母の事だ。
外出してばかりの母は、久しぶりにわたしに会うと何故か睨みつけて、早く婚約でもしてこの家から…出て行け…と言うようになった。
さらに母の父(祖父)であるサリヴァン伯爵より、わたしが安寧の神と魂が繋がったお祝いにと送ってくださった白いデイジーの髪飾りについて、帰ってきたばかりの母に報告をしたところ、わたしを思い切り叩いて、髪飾りを奪おうとした。わたしが必死で髪飾りを守っていると部屋から出てきた年子の弟が、わたしのことを身を呈して守ってくれた。それから偶然通りかかったメイド長のマープルと執事が母を止めてくれた。
わたしが死の床の中、母は『アイラ、私のアイラっ!』と側で声をかけてくれていたのに。
でも…これはリハビリ中に知った事なのだけれど、母はわたしが赤ん坊の頃から一切看病をしてはいなかった。年子で生まれた弟の子育てに追われていたとサロンでは話していたそうだけれど、年子の弟もその後に生まれた弟たちも乳母やメイドに任せて外出ばかりしていた。怖い想像ではあるけれど、母はわたしが危篤の時、最期を確認しにきたのではないだろうか?
わたしは母に会わないよう、屋敷では気を付けて歩くようになった。
弟たちも母を怖がって、わたしの部屋に来るようになっていた。
「アイラお姉ちゃま、この本を読んでくだちゃい!」
「アイラお姉様、この発音はこうですよ!そう、上手に話せるようになりましたね」
まだ幼児である二人の弟たちはよく絵本を読んで欲しいとせがんできた。わたしはお父様に設置してもらったソファベッドに、わたしを挟んで小さな弟たちを座らせてゆっくり読んだ。するとテーブルを挟んだ向かいのパーソナルソファに座った年子の弟であるスコットが、発音を正してくれる。その内に小さな弟たちが舟を漕ぎだしたので、メイドたちを呼んで、ベッドで寝かせるように言い渡した。
「アイラお姉様はだいぶ女主人らしくなってきましたね?今までの空白を埋めるように5年間努力をされてきた。12歳とは思えぬ落ち着きで、私も見習いたいと思います」
「スコット、貴方のようにしっかりとした弟にそう言ってもらえると、とてもうれしいわ。貴方こそ、来年は王立学園に進学するのよね。様々なご子息たちと交流し、勉学の好敵手になって、たまには羽目を外して、励んで欲しいと思います」
"羽目を外して"と言ったところで、軽く右目をウィンクしてみせるとスコットは、はにかんだ笑みを浮かべてコクリと頷いた。
一見女の子に見えるくらい可愛らしいスコットはショートボブの黒髪に父やわたしと同じピンク色の瞳をしていた。他の弟たちは黒髪だが瞳の色は…黒だった。母は黒髪だが緑色の瞳だ。これが意味することは…。モルガン家で黒い瞳の者はまだいない。母の相手は恐らく黒い瞳の…モルガン邸の庭師だ。毎日出かける振りをして、庭の方に馬車を進ませ、庭師の住む小屋へと移動している。どんなきっかけで二人が惹かれ合ったかは分からない。しかしこの世界でも不倫は文化ではない。そして母のこの思い通りだった生活はあっけなく終止符を迎えた。
モルガンは、ウィリアム(アイラの父)に似ていたのよ。
長めの黒髪にピンク色の瞳。
愛嬌のある少年のような人だったわ。
ハッ!あの本の会話は"ほぼ"同じですからね∑(゜Д゜///)(安寧の神より)