バラバラ死体、知りませんか
バラバラ死体、知りませんか
それは春を終わらせる雨だった。
昨日の晩から降り続けた雨はまだ先残っていた桜の花びらをことごとく散らした。そこから夏へ向けて若々しい葉が生い茂っていくだろう。打ち付けられた地面からはほんのりと甘い臭いがする。
そんな朝、雨が降りしきる中、用務員の男は呼び出しを受ける。内容は排水溝から水が流れ出ているというものだった。用務員はすぐさま現地へと向かう。
そこは長方形の金網がある排水溝で、施設内の色々な場所から流れてくる水の合流地点であった。上水である。用務員は自分一人ではどうにもならないと、他の男性職員を呼ぶ。数人がかりで持ち上げないと、金網は動きそうになかった。
数人がかりでようやく金網を持ち上げた後、用務員は何が詰まっているのか確認する。
水の上から見えるのは、肌色。肌色。肌色。
ぎょろり、と水の中から何かが男を睨む。途端男は腰を抜かし、地面にへたり込む。
「け、け、警察に連絡だ・・・」
震える喉でようやくそれだけを言うことができた。
男が見たものは、人間のバラバラ死体だった。
「もしもし、俺俺。」
ちらつく雪の下、小さな屋根のふもとでスーツ姿の若い男が電話をしていた。
「って、ちょっと、翔ちゃん。俺だよ。俺。電話きろうとしないでってば。」
男は慌てて言うので、口に突っ込んだ棒つきキャンディーを危うく地面に落としそうになる。
「いやあ、あのシナリオ凄かったよ。No.23だっけ?彼は大したもんだと思うよ。」
しばらく相手の話を聞いたのち、男は電話を切る。
「そのまま植え付けに使われるのはもったいないな。それなら、僕がもらっちゃおうかな。」
男はおもちゃを前にした子どものように無邪気な笑みを浮かべる。
通報を聞いて岡嶋は現地に走った。そこにはすでに数人の警官が立ち、黄色いテープを青いシートで現場をラッピングしている。
「お早いご到着ですね。」
自分より若いが階級が上の刑事に言われて、岡嶋は敬礼をする。
「いや、そんな固くなさらずに。」
これは岡嶋の普通であった。むしろ、楽しむような態度の若い刑事の方が気に食わない。
「また変死体ですって。この町はどうなっちゃんだか。」
楽しむように言っているのが気に食わなくて、岡嶋は言う。
「三好警部補。少し不謹慎ではありませんか。」
「ごめんなさい、岡嶋さん。反省します。」
反省しているようには見えなかったが、黙っておく。この男に何を言っても仕方がないのは岡嶋がよく知っている。
「どうも体がバラバラでここに遺棄されていたみたいですよ。」
ところ変わって憂鬱そうに三好は言った。
「監視カメラの映像は?」
「回収しました。今、署に送ってます。でも、映ってましたよ。まあ、何があったのかは署に帰ってご自分で確認ください。」
今、警察官が残りのものがないか、排水溝をライトで照らしていた。
「では、私はこれで。」
やることはないのが分かっていたが、岡嶋は現場を、それもなるべく早く見ておかなければ落ち着かない口であった。
「そうですか。」
立ち去ろうとした岡嶋に三好は言う。
「また、コンビ組めたらいいですね。」
「拓真。俺はもうこりごりだ。」
まださめざめと雨が降りしきる中、岡嶋は車に乗り込み、署に向かう。
「府警が出張ってくる前に解決しろ。」
そう署長が言って、会議はお開きになった。岡嶋は自分のデスクに座り、一息ついたのち、監視カメラの映像を思い浮かべる。
犯行は深夜だった。みすぼらしいなりをした男が袋を持って排水溝に近づいた。燃えるごみの袋だった。それだけで滑稽であるのに、男はどこからか長い竹を持って来て、てこの原理で排水溝の蓋を開けていた。その時大きな音がしたはずだが、人気のない大学の構内である。誰も気が付かなかった。そして、鯉に餌を与えるようにぼとぼとと袋の中身を排水溝に入れた。そして、金網を閉じる。それだけだった。犯行場所は分からない。だが、暗闇の中でも男の顔ははっきりと映っていた。
「被害者の身元が分かりました。」
デスクの響いた声に岡嶋は顔を上げる。
「市内の教師が数日前から行方不明で、その人物だと思われます。親がとうに亡くなっているので、確認はできませんが、顔の特徴から、その人物で間違いないようです。」
みんなは、黙って続きを待っている。
「氏名は瀬田星矢。性別は男。」
それを聞いた瞬間、静樹警部補は立ち上がって皆を指名し捜査に当たらせる。岡嶋は犯人を見つけ出すことだった。他は怨恨の線を考え、被害者の周辺を洗うことを命ぜられていた。
岡嶋は動き出した。一番手がかりのない犯人を捜すことは困難に思える。しかし、岡嶋はみなとは違う線で捜査しようと考えていた。
署から出て車を取りに行こうとした時、誰かの話声が聞こえた。
「僕の周りの人の性格について知りたいって?翔ちゃんがそんなことを知りたいなんてね。」
三好拓真であった。どうも恋人と話しているらしい。岡嶋はどうでもいいことなので、足早に車を走らせた。
田舎の町にもホームレスはごまんといる。岡嶋はホームレスに聞き込みをするつもりだった。男のみすぼらしい身なりはホームレスではないかと思ったからである。だが、ホームレスはどこにいるか分からない。特定の家にいないのだから、どこにでもいる。とりあえず、現場周辺に目を光らせることにした。
大きな川が流れる川辺。岡嶋はそこで急に車を止めた。そして、車から出て駆けていく。
「すいませんがお話を聞きたいのですが。」
赤いジャンパー。そして、脂ぎった髪。まさか同じ恰好のままうろついていると岡嶋は思わなかったので、顔を確認する。監視カメラの男そのものだった。髭に覆われている顔はよく見れば、まだ若い。
「な、なんだよ。ホームレスになんか用かよ。」
挙動不審に男は答える。
「昨日の晩、何をしていた。」
岡嶋はドスを効かせて問う。
「べ、別に。野宿だよ、野宿。」
男は去ろうとする。その腕を岡嶋は掴んだ。
「大学で死体を遺棄しただろう。話は署で聞こう。」
岡嶋は無理矢理男を車に押し入れる。この若さでホームレスなのは奇妙な気もしたが、今は関係ない事だ、と振り切る。
「お、俺は頼まれてやっただけだ。殺してはいない。」
そう喚く男を布団のように車に押し込み、車を走らせた。
「で、男はなんて?」
「名前は菊池一芸。俺は頼まれてやったと犯行を認めています。」
「じゃあ、何を言い争っていたんだ。」
岡嶋は静樹に問われて、溜息を吐く。
「犯人は俺じゃないから、探す手伝いをさせろと。」
静樹は黙り込む。
「いいんじゃないですか?」
拓真が口を挟む。
「そうだな。岡嶋。菊池を同行させろ。」
「警部補!」
岡嶋は怒鳴るが、静樹は背を向けて去っていく。
「どういうことなんだ。」
岡嶋は呟く。
「最近、例の内臓捕食事件あったじゃないですか。あれ、警部補の家の近くだったんですよ。それで、今回の被害者は警部補の娘さんの担任だったみたいで。」
「検死結果は?」
岡嶋は腹立たし気に言った。
「死因はどうも頭部の銃創みたいですね。それで絶命した後、バラバラにされたみたいで。」
「銃は特定できるか。」
「弾が貫通していてどこにもないので、なんとも。どうも三日前、殺されたようです。」
「最後の事件の日か。」
ならば、内臓捕食事件と関係があると考えるのが正しいと岡嶋は考えた。
「どうします?」
拓真は何が面白いのか、からかうような口調で岡嶋に言う。
「あのガキつれて回る。俺が責任とるんじゃないから、問題ないだろ。」
「うわあ、無責任。」
岡嶋は菊池を連れて署を出た。
「俺が連れてこられたのはここです。」
菊池は今は使われていない廃工場に岡嶋を連れてきた。
「いつ頃。」
「昨日の昼です。」
そこから袋を持って大学まで歩いていったのだという。
「どうして大学なんだ。」
「最近まで通ってたので。まあ、ほとんど授業には行ってなかったですけど。」
「中退か?」
「単位が足りなくて、親からはこれ以上通わせることはできないって言われたんです。だから、その後、親から見捨てられて、ホームレスっす。」
明るく話そうとしているのが痛々しかった。
「犯人の顔は?」
「似顔絵そっくりです。黒い筒みたいな帽子に、地面まで着く黒いマントを着てました。」
「悪趣味だな。」
「俺はそいつにはめられたんです。」
「お前が勝手にはまったんだろうが。」
「だって、お金をくれるっていうから。俺はそれで小説家になるんです。」
「数年は檻の中だ。」
うへぇ、と菊池は変な声を出す。
「なんでわざわざ見つかるような場所に捨てた。川にでも捨てればいいだろう。」
「川を汚すのはダメです。」
岡嶋は菊池の理論が分からなかった。
次の日、事件はあっけなく終わる。
朝早く現場に向かった岡嶋は何もかも終わったのだと確信した。川からの転落死体は似顔絵の男と類似していた。場所は菊池と初めて会った場所に近かった。岡嶋は妙な胸騒ぎがした。署に電話をかける。署はてんやわんやだった。
「は?菊池が逃げた?」
岡嶋は突然のことに驚く。そして、急いで車を走らせる。
「カメラは?」
携帯電話を片手に電話する。違法だが、今は緊急事態だ。
「何故か抜き取られていて。」
身内の犯行か、それともプロか。
岡嶋はこう考えていた。
銃を使うのはカタギではない。となるとマフィアだ。そして、犯人の男も消された。それはどう見ても不自然で、口封じにしか思えない。そして、犯行を完璧にするには、最後、菊池を殺す可能性がある。
となると、菊池は真犯人を知っている可能性もある。もしかしたら、菊池の知り合いかもしれない。唯一の手掛かりが、今、もみ消されようとしている。
四月だというのに、季節外れの雪が降っていた。視界が悪くなり、岡嶋は苛立つ。そして、菊池を見つけた。
白い雪に赤いジャンパーはよく映えた。しかし、今は雪に埋もれて、見えづらい。
岡嶋は菊池のもとに向かう。体を揺さぶるが反応はない。
体を表に向ける。そこには赤く染まった雪がこべりついていた。
「刑事さん、こんなことしていいの?」
「正解にたどり着いた君へのご褒美さ。」
雪がちらついていた。季節外れの雪を菊池は忌々し気に眺める。
「俺の要求も聞いてくれる?」
「ええ。」
「俺はあんたらの組織に興味があるんだ。入れてくれないかな。」
「どうして。」
「だって、面白そうじゃない。」
「でも、どうやって正解にたどり着いたんだい?」
「いや、勘かな。でも、簡単だ。誰に一番利益が行って、誰が全てを操っているのか認識すればね。」
「そうか。」
バン、という銃声が返答代わりだった。菊池は胸に風穴を開け、倒れる。
「あまりに近づき過ぎたね。」
硝煙を上げる銃をしまわずにその人物は答える。
「まあ、君が最近流行の異世界転生とかして、怪物にでもなったら話を聞いてあげるよ。」
「もしもし。」
三好翔は電話に出た。そして、すぐに切ろうとする。
「なんだよ。」
朝なので翔は気分が悪い。
「そうかい。気に入ってくれて何よりだ。」
そこで電話が切れる。
「何もかも君の思い通りか。悪魔の右腕。」
翔は電話をそっと置いて呟いた。
ああ、死ぬな、と俺は思った。
視界はとうに何も見えていない。ただ、真っ白だった。どうして真っ白なのかはわからなかった。一つ言えるのは、これが死ぬときに見る光景だという実感。体が冷たい。本当は冷たいのかどうかさえ分かっていなかったが。体は動かなかった。動かそうとも思わなかった。俺はとうに生きる気力とやらを失っていた。死ぬのならそれでいいや。そんな思い。だから、死ぬことに恐怖はなかった。人はどうして死ぬのが怖いのだろう、と思う。それはきっと、死ねば手放さなくてはいけないものがあるからで、俺にはそれもなかった。家族、財産、名声、友だち。そのどれもが俺の前から消えていった。だから、もういいと思った。
一日で書き上げましたけど、やっぱり駄作ですね。一応、物語のつなぎ的短編を期待していましたが。やっぱり、推理ものは苦手です。
(俺の出番は?)
(あんた誰よ)
(ブレードランナーさ)
(それはいつの日かクラフトワークの続編で)