シェスティアの受難 2
「やあやあ、これはシェスティアさん偶然ですね」
そこに現れたのは件のソウナンだった。
ソウナンは、無駄に豪華に飾った馬車から降りてくると、屈強な傭兵と共にティア達のいるテーブルまでやって来た。
ソウナンはアマリアとリリーの姿を横目で確認すると、すぐに興味をなくしティアに話かける。
「本当にお友達とお約束があったのですね。よかったよかった」
ソウナンがそう言って大袈裟に胸をなでおろしていたので、ついついティアはそれを気にしてしまった。
「何が良かったんですか?」
ティアがそう問いかけると、ソウナンはニヤリと笑みを浮かべて、
「いえいえ、いつも僕のお誘いを断られていましたからね。まさかとは思っていましたが、ついつい嘘をつかれていると勘ぐってしまっていましてね。それが杞憂だった事が分かったので安心したのですよ」
ソウナンはわざとらしくそう言うとさらに言葉を続けた。
「そうだ、良い機会です。この場で今度お食事のお約束をお願いできませんか?ちょうどお友達もそこにいますし、目の前で約束してしまえば予定が被ってしまう事も無いでしょう」
そう言ってティアに約束を迫るが、ティア自身はソウナンと食事をするつもりは全く無かったので、お断り一択のつもりで言う。
「ごめんなさい。私は冒険者の仕事もあるので、約束とかはちょっと・・」
ティアがそう言うのだが、ソウナンはその言葉に割り込んで自分の主張を始めた。
「そうそう、言い忘れていましたが、実は僕は男爵家の次期当主なのですよ。本当はこんなこと言うつもりは無かったのですが、貴族としてあす冒険者ギルドに貴女指定で依頼を出させていただきますね」
「それってどういう意味です・・」
ティアが聞き返そうとするが、ソウナンは「それでは」と言ってその場から帰ってしまった。
「あの男ティアさんの胸元をずっと見ていました。それに私とアマリアさんの胸も横目で見ていましたわ。いやらしい」
リリーは立ち去ったソウナンが、下品な目で自分たちを見ていた事に機嫌を悪くしていた。
ティアもいつもソウナンが自分の胸を見ているとこにはとっくに気が付いていたのでリリーの言葉に同意していたのだが、アマリアが急にティアの肩を揺らしながら言った。
「ちょっ、ちょっとそんな事よりもやばいよティアちゃん!」
焦りながらそう言うアマリアを二人はなんとか宥めてから話を聞くことにした。
「アマリア、ヤバいって何がやばいの?」
よくわかっていなかったティアがそう訊く。
「あのね。冒険者ギルドに来る依頼は誰からの依頼だろうが基本的には平等に受け付けるんだけどね、例外があって、貴族からの特別な依頼は、よほど無茶な依頼でもない限り優先されて依頼を受けることがあるのよ」
「それって」
「うん。あいつが出す依頼はたぶんティアちゃんとの食事。名目的には話相手が欲しいとか、食事の給仕の仕事って所かな。たまにそんな一般の人からでもそんな依頼が来ることがあるからね。そういう依頼なら無茶でもないからおそらく優先依頼としてティアちゃんに依頼が来ると思うよ」
「という事は、ティアさんはアレとの食事を避けられない?」
アマリアは嫌そうな表情で言い、リリーもソウナンをアレ呼ばわりで嫌悪感しか表に出して無かった。
「ええ!?そんなの嫌だよ!何とか断れないの?」
ティアが必死にそう言うが、アマリアは残念そうに首を振った。
「無理だと思う。たとえ明日ギルドに来なかったとしても、その次の日、またその次ってティアちゃんが来るまで優先依頼として残り続けるはず」
「うそでしょ?」
ティアは絶望でいっぱいになっていた。あんな下品な目で自分を見る男だ。個室での食事なんて何をされるかわかったもんじゃない。それに相手は貴族下手に抵抗して怪我でもさせてしまったら、ティアだけでなくリナやハイネにも迷惑が掛かってしまうかもしれない。
そう考えると、ソウナンとの食事なんてやりたくもなかった。
「・・私今からギルドに戻ってなんとか出来ないかメイルさんに相談してくる。ティアちゃんの貞操の危機って言えばもしかしたら何とかなるかもしれないし」
アマリアが言ってくれたのでティアは「お願いアマリア」と両手で手を握ってお願いした。
そしてアマリアが急いでギルドに戻っていったあと、リリーもティアに言う。
「私も万が一を考えて手を打ってみますわ」
「リリー。ありがとう。でも無茶はしないでね。相手は貴族らしいしリリーまで害が行くのは私は嫌だからね」
「ありがとうございます。ですが大丈夫です。私の出来る範囲だけですが何とかしてみせます。私達はお友達ですものね」
リリーもそう言い残してその場を後にした。
ティアは自分にはどうすることも出来ないので、アマリアの頑張りに期待する事しかできない、複雑な心境の中で宿に戻り、その日は平静を装いながらリナ達を夜を過ごした。
そして次の日、リナとハイネはその日は修業の為別行動だったので、ティアは足取りの重いまま冒険者ギルドに向かっていた。
ギルドに着くと、入り口にソウナンがにやにやしながら待っていた。隣には昨日見た傭兵も立っている。
「やあ、シェスティアさん。今朝さっそく依頼を出してきましたから、ここで待っていますので受注してきてくださいね」
ティアは何も言わずに中に入るとカウンターではメイルとアマリアが話あっていた。
二人はティアが来たことに気が付くと早速と言わんばかりに依頼書を提示した。
「ティア様、こちらティア様していの依頼になります」
メイルは申し訳なさそうに言う。依頼書には、『今日一日の屋敷の家事手伝い。報酬金貨3枚』と書いてあった。
「家事手伝いで金貨3枚って・・」
ティアは仕事と報酬のあまりにも不釣り合いな条件に絶句した。
「これじゃあギルドでも依頼を断るわけにはいかないんだよ」
アマリアが憎々し気にそう言う。
「はい。あまりにも無茶な依頼や依頼内容に対してあまりにも低い報酬などはこちらでお断りすることは可能なのですが、この依頼では内容もFランク冒険者並の依頼で報酬はそれ以上と、冒険者からしたら好条件と言うしかない内容ですから、これを不正として扱う事は出来ないのですよ」
「でもメイルさん。あの男絶対ティアちゃんに何かするつもりだよ?昨日もだけど、今日もなんか不気味に笑っていたし」
「しかし、それは個人的意見にしかなりません。それだけでは不正な依頼とは言えません」
そう言う二人にティアが割って入る。
「ねえ、もしこの依頼を私が断ったらどうなるの?」
「昨日も言ったけど、優先依頼としてあいつは依頼を出し続けると思うから、それを断り続けるとティアちゃんの冒険者としての記録に依頼を受けないって記録がの残るんだよ。もしそうなったら、別のギルドでのティアちゃんの印象が良くないものになっちゃうんだよ。それは一緒のパーティの人にも影響を与えるから、冒険者は優先依頼を断ることはまずしないんだよ」
「そっか・・」
自分だけならまだしもリナ達に迷惑がかかるのは良くない。
ティアは依頼を受けてもしなにかあっても、貴族くらいならどうとでも出来ると考えてそう言うがメイルがそれを否定する。
「いえ、貴族の方は私兵を持っている事が普通ですから、さすがに人一人で複数いる私兵の方を相手するのは難しいかと・・」
たとえ相手が何かしてきたとしても、それをもみ消されてしまって一方的にティアが悪いことになってしまって状況が悪化してしまう。
もう完全に積んでしまってる状態だった。その状況にティアが項垂れていると、背後からソウナンの声が聞こえてきた。
「申し訳ない。シェスティアさんが来ないものですから、様子を見に来てしまいました」
ソウナンがギルドの中に入って来ると、他の冒険者達が「さっきの貴族が来やがった」「面倒なことになる前にさっさと出ちまおう」と言って蜘蛛の子を散らす様にギルドから出ていきついにはティア達しかギルドの中には残っていなかった。
ソウナンは今朝依頼に来た時には、自分が貴族だという事を良いことに、順番を無視したり他の冒険者が文句を言うと不敬だと言って傭兵が痛めつけ、注意する職員にも横暴に接するなどの自分勝手をしていたので、それを見ていた冒険者は面倒になる前に立ち去ったのであった。
ティアはこの場にやってきたソウナンに向き直り意を決して言う。
「すみませんが貴方の依頼を受けるつまりはありません」
ティアがそう言うとソウナンは笑いながら言う。
「いいのですか?僕は何度でも貴女が依頼を受けるまで申し込みに来るつもりですが」
ソウナンがそう言ってもティアの表情は変わらない。
しかし次のソウナンの言葉でティアは怒りの表情に変わった。
「・・・まあいいでしょう。それならそうですね。貴女のお仲間、たしかリナさんとハイネリアさんでしたっけ?その子たちに相手をしていただくとしましょうか」
今回の事を何も知らない二人に相手をしてもらう。具体的な事は言ってはいないがどういう事かくらいはこの場にいた全員が理解していた。
さすがのティアも今の言葉で今まで我慢してきたものがはじけてしまった。
「あの二人に何かするつもりなら許さないよ!!」
そう言って拳を放つ。拳はソウナンに迫っていくが途中で傭兵に止められてしまった。
「おやおや、これはいけませんね。貴族に殴りかかるとは、これは刑罰ものですよ?」
「もう関係ないよ。このままじゃ私にも私の大切な人にも何をされるかわからない。だったらここでお前を倒す」
ティアは殺気を込めながらそう言うと、ソウナンは待っていたと言わんばかりに笑った。
「面白い。ではこうしましょう。シェスティアさんと僕の私兵であるこのキノキで武器を使わずに戦ってもらいます。その結果そちらが勝てば僕はもう貴女方には近づかない。もちろん何の罪にも問いません。ですがこちらが勝てばシェスティアさんには僕の元に来てもらう。どうでしょうか?ここで警備に突き出されるよりはいい条件のはずですよ?」
ティアはソウナンの言葉を怪しいと思いながらも頷くしかなくそれを了承した。
「では早速、始めましょうか」
ソウナンがいきなりそういうと、傭兵キノキはティアに殴りかかってくる。いきなりの事だったので防御の遅れたティアはその場から吹き飛んでしまった。
「ソウナン様ここでの戦闘は違法行為です。すぐにやめさせてください」
メイルがそう言うがソウナンは「これは貴族の私闘だ」と言って聞く耳を持たなかった。
吹き飛んでしまったティアは何とか起き上がり構えるが、いきなりのダメージで足元がふらついてしまっていた。
キノキはそんなティアをここぞとばかりに一方的に殴りかかる。その攻撃はまるで嵐の様に激しく、ガードで身を固めるティアが苦悶の表情を浮かべ始めていた。
「シェスティアさんそろそろ降参して頂けませんか?さすがの僕も傷だらけの体では興がそがれてしまいます」
もはや自分の欲望を隠そうともしなくなったソウナンは下種な表情でそう言う。
メイルとアマリアが非難の目を向けるがもはやソウナンの瞳にはティアの姿が見えなかった。
幾度となく飛んでくる拳の中、ティアはある一点のみにすべてをかけて攻撃を防いでいた。しかしそのガードも下がっていき次の一撃が入れば最後と言うその時だった。
「ここだぁ!!!」
ティアは最後の一撃で大降りになったキノキの拳にカウンターを放った。
キノキは顎に拳がめり込みその場に倒れ込んで言った。
「やったぁ!!」
アマリアがそう叫ぶと、ソウナンが「まだだ!!」と言い放ちながら剣を持ちティアに襲いかかる。
「まだキノキがやられただけで僕がいる。僕が君を倒せば何も問題ない!!」
襲い掛かってくるソウナンにもう力の残っていなかったティアは為す術がなかった。
やられる。この場にいた全員がそう思たその時だった。入り口から矢が飛び込みソウナンの腕に命中すると声が聞こえてくる。
「そこまでですわ!!」
その場にやって来たのは、リリーだった。リリーの横には矢を構えた者や街の警備隊がそろってやってきていた。
「なんだ!?僕は貴族。男爵家の次期当主だぞ?こんなことをしてもいいと思っているのか!?」
そうなんがそう叫ぶがリリーはソウナンの前に立って言い放った。
「貴方はもう貴族でもなんでもありませんわ。お調べさせていただきました。今まで数々の女性にしてきた狼藉すべて上層に報告し結果、家は爵位はく奪貴方は鉱山送りですわ。この国に貴方のような貴族は必要ないとの事ですわよ?」
リリーがそう言うと、一緒に来ていた警備隊がソウナンに縄をかける。
「なんだ!?一体なんだってんだ?お前はなんなんだ?」
ソウナンは警備隊に連れていかれる中リリーを恨みを持った瞳で睨め付けるとリリーは睨め返しながら答える。
「私はストレンガ・グロウ・グランセ伯爵が次女リリアンナ・ブロウ・グランセですわ。お見知り置かなくて結構ですので」
そう言うとソウナンは言葉を失いなされるがままに警備隊に連れていかれていった。
リリーはそれを見送るとすぐにティアに駆け寄っていく。
「ティアさん大丈夫ですか?」
「う、うんありがとう」
ティアはまさかリリーが伯爵家のお嬢様とは思っていなかったのでどう反応すればいいのか困っているとリリーが言う。
「気にしないでくださいませ。ここにいる私は冒険者のリリー貴女のお友達ですわ」
「うん。そうだね」
二人が笑い合うと、近くに駆け寄っていたメイルとアマリアも同じように微笑んだ。
取り急ぎ戦いで壊れた部分の修復をしている最中ふとアマリアがリリーに訊いた。
「ねぇリリーって貴族だったんだよね?」
「そうですが、秘密にしてくださいね?」
「うんそれはいいんだけどさ・・・」
アマリアは言いにくそうに言葉を詰まらす。リリーはどうしたのかと訊くとアマリアは苦笑いを浮かべて言う。
「だったらあの時の絵って家のメイドさんだよね?」
「そうですがなにか?」
「いや、貴族の立場を利用して家の使用人の着替えを保存って・・」
アマリアがそこまで言って言い淀んだところで、その内容に気が付いたティアが続けた。
「あ、それって見方を変えればソウナンと同じことをしてるのかも・・」
それを言った瞬間リリーは顔を赤くして言い放った。
「あんな者と一緒にしないでください!!ちゃんと同意の上ですわ!!」
起ったリリーを宥めながら、無事に問題が解決してよかったとティアは喜んだ。
ちなみにソウナンが鉱山送りになった事を知った、迷惑を受けていた女性や実際に被害を受けてた女性は大いに喜びその一件の立役者がティアと知って以来。ティアはそんな女性と会うたびにお礼を言われ続ける事になるのであった。
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