試験
メイルにより試験開始の宣言があったにも関わらず二人とも攻撃を仕掛ける様子がなかった。
試験官であるヴェストレームは剣を構えティアの動きを観察していたのだが、肝心のティアが弓を構えたまま動かなかった。
メイルはその様子に戸惑いもう一度試験開始の宣言を行ったがまたも二人に動く様子はなかった。
ティアの様子に見かねたヴェストレームは剣を構えたままティアに話しかけた。
「シェスティアさん、どうしたのですか?動き出さないと何も始まりませんよ?」
ヴェストレームの言葉に再度狙いをつけて弓を構えたティアだったが再びその手を下げてしまった。
その様子を見かねたヴェストレームは語気を強くして再度問いかけた。
「どうしましたか?どこか悪いのですか?」
「い、いえ・・・体は大丈夫です」
「では何故始めないのですか?」
「・・・さっきヴェストレームさんは命のやり取りは無いって言ってましたけど、私が使う武器は試験用の物じゃなくって使ってしまうと怪我をしてしまいますし当たり所が悪ければ死んでしまうこともありますので、いくら試験といっても人相手に使うことはできません」
ティアの言葉に驚いた顔を見せたヴェストレームは剣を下ろすと大きな声で笑ってしまった。
ヴェストレームが声を上げて笑うところなど見たことがなかったメイルは驚きティアもさっきまるで違うヴェストレームの様子に唖然としていた。
しばらく笑っていたヴェストレームだったが笑い終えると目に浮かんだ涙を拭いながら剣を構えなおした。
「いや、申し訳ない。ここで試験を受けるものは試験官の事なんて全く気にせずにかかって来る者しかいなかったからね。まさか僕の事を心配してくれていたとは思っていなかったよ」
さっきまでとは打って変わってヴェストレームの態度が砕けたものになっていた。
「でも、僕の事は心配しなくても大丈夫だよ。ここには優秀な治癒の魔法を使える者だって控えているし、それに・・・」
ヴェストレームはそう言って言葉を切ると突然ティアの視界から姿を消した。
突然の事で驚いたティアだったがその背後からヴェストレームの言葉が続いた。
「僕も試験官です。そう簡単に攻撃を受けることはありませんよ」
背後からの言葉に振り返ったティアは静かに喉を鳴らした。
ヴェストレームのその言葉にはわずかに殺気がこもっていたのだ。
もしこれが試験じゃなく実践だったら、ここにリナがいたとしたらまた自分は何もできずにリナに危害が加えられたかもしれない。
あの時アンジェに襲わてた時に自分は何もできなかった。レーヴァテインと約束をしたのに。リナには黙っていたけどもリナを守ることを密に誓っていたのに。
あの時大丈夫とティアは言った。確かにリナが同じ相手に負けるとは今も思っていない。だけど今度は自分が守りたいそう思っていたのに試験だから大丈夫。そう思っていた自分がどれだけ甘かったのか・・・。
ヴェストレームはそれに気づかせてくれた。ティアの心中など知る由もないが、しかしティアはヴェストレームに感謝に自身の考えを改めた。
ティアの様子を観察していたヴェストレームはティアの瞳が明らかに変わったのを確認すると静かに微笑み先程立っていた場所に戻っていった。
「どうやらもう大丈夫のようですね」
「はい、ありがとうございます」
「では始めましょうか」
ヴェストレームの言葉と同時にティアが先に動いた。
二人の立ち位置は距離が開いている為、弓を使うティアが有利となるのだが近づかれてしまうとヴェストレームに分がある。ティアはまず接近を避けるために後方へ移動しながらヴェストレームに対して弓を放っていく。
ティアの弓の技術は素晴らしくヴェストレームが移動するであろうポイントへ先に弓を放ちヴェストレームの進行をうまく防いでいきヴェストレームの回避に無理があるとそれを見逃さずに弓を放っていく。
先程みせた高速移動にも警戒しながらも動きの妨害と攻撃を同時にこなすティアにヴェストレームは危険な矢は剣を使っていなしていき徐々に距離を詰めていった。
ティアはうまく弓を使っていたのだが徐々に距離を詰められていった。
ティアの苦しくなっている表情が見えたヴェストレームは少し速度を上げてティアを追い詰めていったのだが。
「今だ!!影射ち!!」
速度を上げるために一瞬無理をしたのを見逃さなかったティアは今まで使っていなかった影射ちを使ってヴェストレームの動きを止めた。
「なっ!?」
「これでヴェストレームさんの動きは封じました。私の勝ちです」
ティアは弓を構えながらそう宣言する。
ヴェストレームはどうにか動こうと体を動かそうとするが全く体が動かなかった。
「動かないですね。・・・この技は初めて見ました」
「・・・影射ち、これは私が解かない限り影を打たれた者の動きを封じる技です」
(といってもあまりにも力が強すぎたりすると簡単に解かれちゃうんだけどね)
ヴェストレームがなるほどと相づちを打つとその体が一瞬ぶれると、捕えたはずのヴェストレームの姿が消えてしまった。
驚いたティアだったが油断することなく魔力を感知し自身の背後にいることを確認したティアは素早くその場から離れた。
「おっと、さすがに二度目は通用しないですか・・・でも距離は詰めさせてもらいましたよ」
ヴェストレームは素早くティアを追い剣を振るった。
ティアは剣をうまく避けたのだが接近されている状態では弓を使えない為、連続で振るわれるヴェストレームの攻撃を躱していくしかなかった。
「ティア様、すごい」
かれこれ接近されてから5分ほど攻撃を躱し続けていつティアに離れて見ていたメイルは小さくそう呟いた。
今までヴェストレームの試験を何度も見ていたメイルだったがここまでヴェストレームの攻撃が躱されているのを見たことがなかった。
決してヴェストレームは手を抜いている訳ではない。他の受験者の時と同様の力を使って戦っているそれはメイルの目から見ても明らかだった。
しかしそれを躱し続けているティアは今までの受験者よりも優れていると言うしかなかった。
ヴェストレーム自身も剣を振りながら今の状態に驚いていた。
メイルからティアは将来有望と聞いていたのだが、ここまで出来るとは思っていなかった。
さっきまでの弓の腕といい、全力では無いとはいえ自身の攻撃がここまで躱されている現状。どれを取っても新人ではありえない実力なのは確かだった。
そんなことを考えていた為ヴェストレームの剣の振りが大振りになってしまった。
「しまっ!?」
「ここだ!!」
ティアはそれを見逃さずに得意ではないが拳を握ってパンチを繰り出した。
完全にヴェストレームの横顔を捉えた一撃は綺麗に決まったかのように思えたのだが、そううまくはいかなかった。
ティアの攻撃は間合いタイミング共に完璧なものだったのだがヴェストレームは拳がヒットする前に姿を消し、またもティアの後ろを取ると剣をティアの喉元に突き付けた。
「ここまでかな?」
ヴェストレームの言葉にティアは空を切った拳を下げて降参した。
「驚きました。弓の腕前もそうですがヴェストレームさんの攻撃をあんなに回避した人なんかこの試験で初めてのことでしたよ」
試験終了が告げられた後、メイルは驚きを隠せない様子でティアに話しかけた。
「うんん、結局負けちゃったし・・・」
メイルの言葉にティアは苦笑いを浮かべて否定した。
どれだけ自分がすごいと言われても冒険者になれなかったら意味がないそう思ってティアは残念な気持ちでいっぱいだった。
しかしティアの言葉にメイルは首を傾げながら当たり前のように言い放った。
「えっと。この試験でヴェストレームさんに勝つのは難しいと思いますよ?」
「え?」
「ヴェストレームは試験官です。試験を受ける方に負けるようでは試験官が務まるはずもありません」
「じゃあ私は?」
「まだ結果はわかりませんが悪いことはないと思いますよ」
メイルにそう告げられるとティアはさっきまでの落ち込んでいたのが嘘の様に屈託のない笑顔を見せた。
その様子を見ていたヴェストレームはティアに近づくとその場に座っているティアの前にしゃがみこんだ。
「シェスティアさん、素晴らしい戦いでした。この結果は後日カードと一緒にお知らせします」
「はい、ありがとうございます」
「あとの詳しいことはメイルに聞いてください」
ヴェストレームはティアと握手すると立ち上がりその場を去ろうとしたのだが途中で立ち止まりティアに振り返って一言残した。
「そうだ、最後の一撃は良い物でした、もしかしたらシェスティアさんは近接戦闘に才能があるかもしれませんね」
「え?」
「興味がありましたら言ってください簡単な事でしたら教えてあげれますから」
ヴェストレームはそう言い残しその場から立ち去って行った。
ティアはヴェストレームの突然の申し出に驚いていたがメイルが面白そうに補足説明を入れた。
「たぶんティア様のことが気に入ったんだと思いますよ。ああやって声をかけるのも気に入った方にしかしてないみたいですし」
「そ、そうなんだ」
ティアは自身の拳を握って自分の可能性に喜んでいた。
試験も終わりリナの元に戻る道中メイルから話があった。
「今回の試験の結果ですが、後日ティア様の元へギルドの職員がお伝えに伺います」
「え?そんなことまでしてくれるの?」
「はい。本来はギルドへ来ていただきその都度確認していただくのですが、今回はヴェストレームさんから是非にと」
ティアはヴェストレームが自分を気に入ってくれたと聞いていたから特別に都合してくれたと思ってそれを了承した。
「ありがとうございます。それでなのですがティア様は今どちらを拠点にされていますか?」
「あ、あ~。まだ泊まるとこ決まってないんだよね。これから探しに行くところ決まったらまた伝えに来るよ」
ティアの言葉にメイルは何やらメモを書くとそれを手渡した。
「ではよろしければこちらをご利用ください。ギルドで経営している冒険者用の宿です」
「そんなのもあるんだ」
「はい、部屋に余裕はあると思いますので店主に私の名前を伝えれば大丈夫です」
「ありがとー」
「いえ、ごゆっくりしてください。結果が出ましたらすぐにお伝えしますので」
メイルはそう言うと立ち止まり目の前の扉をあけるとそこは元居た場所で奥にリナが座っているのを確認することが出来た。
「お疲れさまでした」
「うん、なんかいろいろとありがとう」
ティアはそう言ってリナの元へ走っていった。
「メイル、リナさんは確かにEランクの冒険者なんだな?」
「はい。カードの確認も行いましたので間違いないかと・・」
外に音が漏れない造りになっている部屋にメイルとヴェストレームは集まっていた。
「僕はまじまじと見ることはできなかったけど間違いないんだよね?」
「はい。間違いありません。右の太腿に蝶の刻印がありました」
「そうか・・・」
ヴェストレームは大きなため息を吐いて頭を抱えた。
「狂乱のか・・・」
「ギルマスには?」
「まだ狂乱の件で出ている、僕が後で伝えておくよ。それであの後二人は?」
「ギルドの宿を取ると思います」
「・・そうか。リナさんはおそらくただのEランクじゃない、そうじゃないと狂乱の淑女が刻印を残すとは思えない。・・念のため二人の事を調べておいてもらえるか?」
「それは・・・」
「わかってる。二人には何もしないただ過去の経歴だけでも知っておきたいだけだ」
「・・それはサブマスターとしての命令ですか?ヴァーリ様?」
「・・・命令だ」
「かしこまりました」
メイルはそう言って頭を下げると部屋を出ようとする。
がヴェストレームはそれを引き留めた。
「あ~、あと僕はヴェストレームだ。その名前は秘密だよ」
「わかっています」
メイルは機嫌の悪そうに部屋を後にした。
「は~、まさかメイルがあそこまで気に入るとはね。・・・リナにシェスティアか、何も問題がなければいいんだけれど」
ヴェストレーム・・ヴァーリは上を見上げてまた大きくため息をついた。
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