フルネーム
エルトレームの里は普通の村と同じように家や店などが立ち並ぶ通りがあるのだが、この里には木々の上にも家がありそこにエルフたちの住居もたくさんあるのだが一番リナの目を引いたのは里全体が淡い光の粒のようなものが無数に浮かんでいて、以前リナが呼んでいた書籍に出てくるような理想的なものがそこにはあった。
リナはその幻想的な風景に目を奪われていてティアの言葉は全く耳に入っていなかった。
「・・・リナちゃん聞いてる?」
リナの反応がなかったのでティアはリナの目の前で手を振る。
「えっ?あ、なんですか?」
ようやく気が付いたリナは申し訳なさそうにティアの顔を覗き込む。
小柄なリナからするとティアは頭一つくらい身長に差があり必然的にそのような形になったのだがそれがよくなかった。
ティアはリナのその姿を見るとまたもや鼻から血を垂れ流してそのままリナに抱き着いた。
「なんでもないよ~。あ~んもうかわいい」
「???」
突然抱き着かれたリナはまたもや息苦しさにもがいていると同じようにエドアルドがティアの頭に一撃を入れて引きはがしリナを解放した。
「ありがとうございます。・・・あのティアさん大丈夫なんですか?」
エドアルドに一撃をもらっていたティアはその場に倒れ込みピクリとも動かなくなっていた。
「大丈夫です。いつもの事ですから」
「は、はぁ」
「そんなことよりどうですか?このエルトレームの里は」
「凄く素敵な里です。自然と一体になってると言うかすごく幻想的で感動しました」
素直に感動していたリナは初対面の人の前にもかかわらずとても雄弁になっていた。
「そうですか。喜んでいただけたなら光栄です」
エドアルドもリナの様子に満足したのかその表情は微笑んでいた。
「エドアルドさん、あの光の粒みたいな物はなんですか?」
そんなエドアルドの事に気が付いていないリナは見たことのない物に興味深々だった。
「あれは、木々の精霊たちですね」
「精霊?」
「はい、私たちエルフは木々の精霊たちと共存しているのです。私たちは木々を守り精霊たちは私たちに力を貸してくれる。リナさんを迷わせていたのも木々の精霊たちの魔法なんですよ」
「そうだったんですか」
(精霊と共存する種族がいるなんて知りませんでした。もしかしたらここの人たちもボクと同じ魔法を)
リナが思慮にふけっていると突然背中に何かがぶつかった。
またティアが抱き着いてきたのかと思って振り返ってみるとそこには子供のエルフたちがいた。
「なんで人族がここにいるんだ?」
子供たちの中でリナにぶつかってきた5歳くらいの男の子がリナに向かってそう言い放った。その手には木の棒のようなものが握られていてよく見ると他の子供たちも同じように棒を握っていた。
「えっと・・」
リナが困惑しているとエドアルドが子供たちを叱った。
「こらお前たちこの人は大事なお客様だぞ。謝りなさい」
「嫌だ。こいつは人族じゃんか、しんようできるか」
子供たちはそう悪態をつくと足早にその場を去っていった。
「あの、もしかして人族は嫌われてるんでしょうか?」
子供たちの様子からリナは気になっていたことをエドアルドに質問する。
「そうですね。嫌われてないと言えば嘘になります」
「どうして嫌われているのですか?」
「それは、族長から話があると思いますのでその時に」
「・・はい」
「ひとまず今晩はこちらの宿に泊まってもらいます。明日の朝私が迎えに来ますのでそれまでお待ちください」
「わかりました」
リナはエドアルドに従い宿に入ると部屋に案内されてその日は問題なく眠りについた。
「おはようございます」
翌日の朝エドアルドはすぐにリナを迎えに宿までやってきていた。
「おはようございます」
「昨日はよく眠れましたか?」
「はい。・・ありがとうございます」
「そうですかそれはよかったです。では早速、族長の家へ案内いたしますので付いてきてください」
エドアルドはそういうとリナの前を歩き始めた。
リナもそのあとを追いながら里の人たちの様子を確認していると、エドアルドの言った通りあまり歓迎されているような雰囲気ではなかった。
しばらくエドアルドについて行っていると、他の木々よりも少し大きな大木にたどり着いた。
「こちらです」
リナがその大木を上まで見上げているとエドアルドから声がかかった。
よく見てみると大木の根元に扉がありその扉を開けてエドアルドが待っていた。
大木の中に入っていくとそこはとても広いスペースになっていてソファーやテーブルなどの家具が置いてあった。
「こちらで少々お待ちください」
エドアルドは一礼してから奥へと歩いて行った。
リナはしばらくの間、大木の中を見ていたり木々の精霊を眺めたりと暇をつぶしているとティアが気まずそうに家の中へと入ってきた。
「あれ・・リナちゃんどうやってここに?」
「エドアルドさんに案内してもらってここまで来ました」
吃驚しているティアの質問にリナが答えると少しずつティアの顔が青ざめていった。
「それでエドアルドさんは?」
「奥に行きました・・けど」
リナがそう伝えると「ヤバッ」と言い残し最後まで答えを聞かずにティアも奥の廊下へと走って消えていった。
ティアの行動に驚きながらもリナはソファーが空いたのでそこに座ってエドアルドを待つことにした。
「お待たせしました。こちらへ」
ティアが消えてから10分ほど経ったあたりでエドアルドがリナを呼びに戻ってきた。
リナはエドアルドの誘導に従い廊下に行くとすぐに螺旋状になった階段があった。
「この階段を上がった先にある扉が族長の部屋ですので」
「エドアルドさんは行かないのですか?」
「申し訳ありません。私にも他に仕事がありますので」
「そうですか」
リナとしては少し話慣れてきたエドアルドがそばに居てくれていたほうが何かと助かったのだが仕事があるなら仕方がないとあきらめることにした。
「では、族長がお待ちですので」
エドアルドはそう言い残すとその場を後にした。
リナも階段を上がりエドアルドの言っていた扉の前までやってきた。
(き、緊張します)
一回族長とあってはいるのだが第一印象が少し怖かったのでリナは極度に緊張しながらも扉をノックした。
「空いとるぞ」
聞き覚えのある声が聞こえてきたのでリナは覚悟を決めて扉を開けた。
「よく来たの。『リナ・クーア・エクラド』よ。わしは『ソフィア・エルトレーム』このエルトレームの里の族長じゃ」
「・・・え?」
リナにとってはメニュー画面が見れなくなって初めて聞かされた変わっていることにさえ気が付いていなかった自分のフルネームだった。




