トレイン
「『氷精よ、大気の水を我の力に、ブリザードカッター!!』」
リナが発動させた魔法が大きなサソリの魔物を切り刻む。
「リナ、そいつはストライクスコーピオンだ!仲間を呼ぶ前に仕留めないときりがないぞ!!」
「は、はい」
ミュウはそう言いながらも自身は三頭のナイトベアと対峙していた。他の仲間達も同じように魔物と対峙していた。
現在リナ達一行は複数の魔物との戦闘を強いられていた。何故このような状態になったのか……
それは数十分前に遡る。
◇◇◇
「そうよ。上手くなってきたわ」
西地域の砦を抜けたリナ達は王都までの道中にある都市『メロラス』に向かっていた。
メロラスは西地域の保養地としても有名で天然温泉があるという事を砦の門兵から聞いたティアが行きたがり道中という事もあって立ち寄る事になったのだった。
その道中馬車の操作をほぼほぼマスターしたハイネに代わって今度はリナが馬車の操作をファラに教えてもらっていた。
リナの御者としての能力が以外に高く物覚えも良いためリナの腕はみるみるうちに良くなっていっていた。
「この上達ぶりだったら今日明日には一人で動かす事が出来るんじゃないかしら」
「ありがとうございます」
リナ達の旅は砦を抜けてからは平和なものでたまに出てくる魔物や魔獣も低ランクの冒険者が倒せるようなものでリナ達の敵ではなかった。
久しぶりにのんびりとした時間を過ごしていたリナ達だったのだが、
「リナちゃんストップ!!」「リナ止まれ!!」
荷台で休んでいたティアとミュウが異変を感じ取り馬車を制止させて荷台から飛び出した。
「ど、どうしたの二人とも?」
「何か大きな魔力が近づいて来る」
「……この感じは魔物だな。だが何かがおかしい」
気配に敏感な二人が同じ方向から妙な魔力を感じるという。
念の為、ハイネを起こしたリナ達はティア達が感じ取った方向を警戒していると、遠くに土煙が上がっているのを見つけた。
徐々に鮮明になっていくその土煙に視線を送っているとそこには数十頭はいるであろう魔物の群れが見えてきたのだった。
(ま、魔物の群れ!?…あれ?よく見ると人がいるような……もしかしてあれはトレイン状態と言うものなのでは!?)
鮮明に見えてきた魔物の群れの戦闘に人影が二つ見えてくるとミュウが悪態をついた。
「最悪だ。あいつら魔物を引き連れながらこっちに逃げてきやがる……この感じだとBランクの魔物も中に混じってるな」
「ど、どうするの?ここから逃げる?」
「いや、もう遅い。今逃げてもあの群れから何頭かこっちに来るだろうし下手をすれば的の大きいこっちに全部ついて来る」
「うえー。せっかくのんびりしてたのにー」
うなだれながらもティアは弓を構えて迎撃の体勢をとる。リナ達も同じように武器を構えて魔物の襲来に備えた。
◇◇◇
「お前等、自分達が何を仕出かしたかわかってるのか?魔物を引き連れての他人との接触は犯罪なんだぞ!!」
戦闘が終わるとすぐにミュウはトレイン状態を起こしていた二人に向かって怒鳴っていた。
怒鳴られていたのは男女の2人組で男性の方は高身長の美形、短髪の金髪に赤い瞳で女性の方もスタイルの良い美形で、金髪のロングヘアをハーフアップにしていて男性と同じく赤い瞳をしていた。
ミュウに怒られていた二人の身なりは良く冒険者とは思えない格好だった。
リナ達が遠巻きで二人を観察していると耳打ちをする形でファラが言う。
「たぶんあの子達どこかの貴族か大きな商会の子ね」
「どうしてそう思うのですか?」
「ほらあの女の子が持ってる袋、あれアイテム袋よ」
「ホントだリナちゃんが持ってるのと同じものだね」
(気が付きませんでした。もしかしたらあの人達はボクと同じAFの……)
そこまで考えていた所でミュウがリナ達を呼んできたので4人は頭を下げている二人の元へ向かった。
二人はリナ達が歩いてきたのがわかると申し訳なさそうにもう一度深く頭を下げた。
「「すみませんでした」」
「え、えっと……」
「はぁ……一応言っておくとさっきの行為は犯罪行為でな、下手をすれば死罪にもなりかねない重罪だ」
「し、死罪!?さっきのトレインでですか?」
「ト、トレ?まあいい、さっきみたいに魔物を連れて他人に接触する行為はその意図がどうであれ殺人に相当する行為だ。今回はワタシ達が相手だったから死人は出なかったものの低ランクの冒険者だったら確実に死んでたからな」
ミュウの発言を聞いて二人は顔を真っ青ににて黙り込む。自分達がこの後どういった処遇になるのか考えるまでもない状態だったからだ。
しかしリナには別に二人に罪を問うつもりは無かった。太刀打ちできない相手だったのならまだしも対応できる敵だったしこの二人も必死で逃げていた事は見ていてわかっていたからだった。
それに小心者のリナは自身がかかわった事で二人が死罪になる事は避けたい事だった。
今の説明を聞いても神妙な表情で黙り続けるリナにミュウがため息を付いた。
「はぁ。リナ、一応お前はワタシ達のリーダーなんだから何か言ってくれよ……」
「ええ?ボクリーダーなんですか!?」
ミュウの発言に驚くリナの様子に他の4人は逆に驚いてみせた。
「え?自覚なかったのか?」「ずっと前からリナちゃんがリーダーじゃん」「ん、お姉ちゃんがリーダーだよ?」「あらら?リナちゃんがリーダーよねぇ?」
「え?えええ!?」
「ああ、もうこの話はあとだ。とにかく今はギルドマスターとして聞く。まずそこの2人名前は?」
二人はミュウがギルドマスターという事に一瞬驚いてみせるが女性の方が男性に向かって頷くとゆっくりと口を開いた。
「ボクはシルヴァこっちは妹の…」
「エリザですわ」
「シルヴァとエリザか……聞いていたと思うがお前達がした事は犯罪行為だ。どういった状況であれそれは変わらない」
「申し訳ありません。あの時は必死で回りを見る余裕がなくて」
「そんな事はわかっているだがワタシの立場上見逃すわけにはいかないんだよ」
「そんな……」
ミュウの言葉に二人は再び顔を真っ青にする。
リナ達も流石にこれでこの二人が捕まるのも気分が悪いので何とかならないかミュウに問いかけてみるとミュウが小声で言う。
「どうにかならんこともないがそれにはリナの立場を利用する必要がある」
「どういう事ですか?」
「お前の立場を宣言してこの場を治めるんだ」
「え?でもそんな事したら」
「なに流石にこいつらも本物だとは思わんさ。ワタシが知っていればそれでいい。流石に他国の王女殿下が無罪と言うんだからそれ以上罪を問うわけにもいかないからな。ま、この場を乗り切るためにな。それともこいつらを死罪にでもするか?」
「お姉ちゃん、この人達悪い人じゃないよ……」
「私もそう思う」
「……わ、わかりました」
ミュウの提案やハイネとティアの言葉で渋々リナはその作戦に乗ることにしたのだが、仲間の一人のファラが「え?今のホントなの?」とティアとハイネに問いかけていた。
(ファラさんにも後で説明しないといけませんね。……なんだか最近王女って事を利用し過ぎな気がしますね)
流石に立場を利用する事に抵抗があるのだが、それで人の命が救えるならと覚悟を決めて前へ出た。
リナが前に出るとミュウが二人に向かって宣言する。
「いいかお前達、ここにいるのはある国の王女殿下だ」
ミュウの宣言を聞いて驚く素振りを見せた二人だったがまたもエリザが頷くと二人は頭を下げた。
「今回の件はこの王女殿下が不問にすると言っている。だから今回は見逃してやるから今後こんなことがないようにな」
「ミュウさんそんな適当でいいんですか?」
「流石にこんな時の王族の対応の仕方なんて知らないからな。まあこれでいいんじゃないか?誰が見てるわけでもないんだし……」
「はあ……」
もう少しちゃんとした方がいいのではとリナは思っていたのだが目の前にいる二人は信じ込んでいるのかリナに対してお礼を言っていた。
◇◇◇
落ち着いた所で昼食を食べながら二人の話を詳しく訊くと、二人は貴族で自分達の領民を救う手立てを見つけるために北の地域に向かっていたという。その旅の道中魔物に襲われて護衛についていた者達はやられてしまい魔物から逃げていた所でリナ達と出会ってしまったとの事だった。
どこの貴族なのかを尋ねるが、それは秘匿しなければならないとの事だったのでそれ以上は訊かなかった。
「それでこれからどうするの?」
「街で護衛を雇って目的地を目指そうかと」
「雇うってお金はあるの?」
「いえ、これを売ってお金にしようかと」
そう言ってシルヴァが懐から取り出したのは野球ボール程の大きさの水晶だった。
「普通の水晶にしか見えないんだけど高く売れるの?」
「はい。これを見てください」
シルヴァがそう言って水晶に魔力を込めると水晶がいろんな色に変化していった。
「綺麗…」
「うん。こんなのは初めて見たよ」
ハイネとティアが水晶の美しさに感動していると、リナはその水晶みて衝撃を覚えていた。
「予見の水晶……」
「リナちゃん知ってるの?」
「いえ、その……」
(なんでここに予見の水晶が?あれはAFのアイテムだったはず。錬金でも作れなかったのでこの世界には存在しない物と思っていたのですが)
予見の水晶はAFの高レアのアイテムだった。AFでは近い未来が見えると言う設定でレアモンスターのポップ場所がわかるアイテムだったのだが、この世界では未来が見えるとはどんな効果なのか知る為にリナが作ろうとしても作れなかったアイテムだった。
そのアイテムが今リナの目の前にあった。
あまりにも突然の事だったのでリナが動揺していると、エリザがリナの前に膝をついて手を握ってきたのだった。
「リナさん、予見の水晶の事を知っていますの?」
「えっと、その……はい」
「お兄様、貸してください」
「あっ、エリザ!?」
エリザはシルヴァから予見の水晶をひったくるとリナに手渡した。
ちなみに二人には王族という事は隠して行動していると説明した為、冒険者としての立場として接してもらっていた。
「これが使えるか見てくれませんか?」
「は、はひ」
エリザの必死の物言いに何とか頷いたリナは予見の水晶に魔力を込めて予見の力を発動させようとするが、予見の水晶は色を変えるだけで未来を予知することは無かった。
(この感じは……)
しかしリナはアイテムを使った感覚でこの水晶が本物の予見の水晶で使えない理由にも見当がついていた。
「どう、ですの?」
「これは予見の水晶で間違いないのですが、最近誰かが使ったようです。予見の水晶は一回使うとしばらく時間をおかないと使えなくなってしまうんですよ」
「誰かが使った?いえそんなはずは……」
エリザはありえないといった様子で首を振る。
リナは首を傾げながらも水晶をエルザに返すとその様子をずっと見ていたファラがシルヴァに提案した。
「ねえシルヴァ君。その水晶売るつもりだったのよね?」
「はい。予見の水晶と言う名前は知っていたのですが誰にも使えずただ色の変わる水晶と思っていたので」
「ならその水晶私が買ってもいいかしら?もちろん高値で買うし、護衛も私が用意してあげるわ」
「それは助かります。エリザもそれでいいな?」
「まあ私達には使えませんしさっきまでは同意してたのですが……」
「大丈夫よ。私の方で調べて使えるようなら貴女達にも連絡するわよ」
「それなら、この先護衛も必要ですしお願いいたしますわ」
「商談成立ね」
ファラは胸元からアイテム袋を金貨が入った袋をシルヴァに手渡した。
「こ、こんなに!?」
「ええ、それくらいの価値はありそうだし」
「で、ではこれを」
「あとでいいわ。次の街で護衛を用意してからいただくわ。そのお金は前金ね」
「ありがとうございます」
「いいのいいの、という事で一緒に連れて行ってもいいわよね?王女殿下?」
「は、はい」
にこやかに笑うファラの瞳が笑っていない事にリナとミュウだけが気が付いていた。
「ファラの奴リナの事を黙ってたの怒ってるな」
「ミュ、ミュウさん何とかしてください」
「無理だな。幸いメロラスは温泉の街だ。たっぷり可愛がられれば許してくれるんじゃないか?」
「そ、そんな……」
小声で話す二人の肩をファラが掴むと、
「もちろん二人ともよ」
と言って、ニヤリと笑っていた。
リナとミュウは引きつった笑顔で笑い返すのだった。
そうして次の街までの一時的な共としてシルヴァとエリザが一緒に行動する事となったのだった。
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