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第95話 一時の帰還

「ド派手にやったようだな! 少年少女達!」


 シャルロッテさんの地元走りで騎士団の追跡をまいた後。

 悠々と屋敷に帰還した俺達を、ガナッシュさんが出迎えて大笑いした。


「騎士団の無線が大混乱らしい。地底人が侵略に来たなんて噂すら出回っているそうだ」

「いやぁ……俺達がいざ街中に出た後の事を考えてなかった、間抜けな結果と言いますか……」


 武装は解いたものの、赤い鉢巻きをして血染めの戦闘服バトルドレスを着たまま頬を掻く俺を見て、更にガナッシュさんが笑い。追加腕サブアームを外して来たミルファと、諸々の機材をワゴン車から降ろしてからこちらに来たシルベーヌを確認すると。この耳順の男性は探索者シーカー3人に微笑んだ。


「まあ、派手にやった分の後始末は任せなさい。噂を抑える事は難しいかもしれんが、騎士団の動きなら多少抑える事が出来る。大人には大人のやり方があるからな。ホワイトポートの騎士団員達が不真面目なのも、存分に利用させてもらおう」

「すみません。お手数おかけします」


 俺が頭を下げたのに続き、シルベーヌとミルファも続いた。

 離れた場所では、タムとティムが車内で大騒ぎしたのを、ちょっとだけシェイプス先生に怒られている。シャルロッテさんは興奮冷めやらぬといった様子で、使用人仲間に色々と話していた。

 俺とミルファはとりあえず顔だけを濡れタオルで拭いていると、説教の終わった双子が苦笑いしながらこっちにやってきて、シェイプス先生も大きなため息の後それに続く。



 そして急遽車庫の中に用意された大きな机と丸椅子に皆が座り。ガナッシュさんが皆を見回してから、分厚いファイルを開く。


「さて! 帰還早々だが、地下道遺跡についての今後などを話し合いたい。広大な空間が、ホワイトポートの地下にまで繋がっているのだろう?」

「そうです。ミルファとブランが地下を歩いてくれたので、一定範囲ですけど詳細な地図データがこっちに」


 シルベーヌが大きめのノート大の機材をガナッシュさんに渡すと、ガナッシュさんはそれを検め、何度も頷く。次いでその地図データを紙に出力するように使用人に告げ、使用人は足早にこの場を離れた。

 続いて俺とミルファが地形のデータでは推し量れない色々な事を補足し、中で何が起こったのかを詳しく話し出す。

 内容は地下通路から感じた印象や、スライム、ゴブリンの群れとサハギンの事など様々で。俺とミルファの話を聞くガナッシュさんとシルベーヌ、そしてシェイプス先生達が持つペンが。ノートやファイル、手帳の上をさらさらと走り続けた。


 記憶が新鮮なうちに、過不足無く地下での大立ち回りを話し終えると、ミルファが口元に手をやってしばし悩む。


生体兵器モンスターと人間の戦争が始まるのが確定している今。これらの地下通路は有用な侵攻経路になり得ます。事実。ホワイトポートの街中に私達が地下から出て来て、地底人が出たなんて噂が流れる程度には、騎士団は対応が出来ていません。地下通路を使った強襲は、都市にとって脅威になるでしょう」

「塞いでおくのが望ましい、か。でもどうやろう? あんなでっかい通路を塞ぐのは相当大変だぞ」


 俺も頷いてから自分の顎を撫でると、再びミルファは悩み始めた。

 他の皆も地下道遺跡を塞ぐ事に異議は無いが、その手法が問題だ。


 広大な地下空間、それもある程度入り組んだ迷宮。仮に通路を一つ一つ潰していくとしたら、時間が掛かり過ぎるしコストも尋常では無い。

 具体的には、今現在稼働している地下のライフラインを避け、遺跡に繋がる通路の全てを爆薬で破壊する。あるいは工事してコンクリートで塗り固めるなどだろう。他にも方法は様々思い付くが、どれも工数が掛かり過ぎる。

 最終的にそう言った細かい事をするにしろ、何か大きな手を一つ打ってからが望ましい。いわば巨大なキャンバスを塗りつぶすのに、細い小筆を使って塗りつぶしていくような事は避けるべきだ。


 皆で何か良い手は無いかと首をひねっていると、地下遺跡のデータが出力された紙の地図が持って来られた。広すぎて地下の全容は未だ分からないが、俺とミルファの通った道の周りはスキャンされてハッキリと分かる。

 やはりあの地下水路は海に繋がっているようで、真っすぐホワイトポートのど真ん中を流れる代物のようだ。水路は時折枝分かれしていて、まるで太い葉脈のようになっている。

 そこでふと、ガナッシュさんが指を鳴らした。


「ホワイトポート地上の地図はあるか?」

「はい、ありますよ」


 シルベーヌがすぐ答え、鉛筆の円の跡が残る地図を取り出した。

 ガナッシュさんは地上と地下の地図を見比べ、地図上を指でなぞりつつ何かを考え込み始める。

 そして俺は、その指先が差すものの意味に気付いた。


「そうか。川の流れ……」

「どうしました?」

「ミルファ。地下の川の流れはどっちだった?」

「地図通りであれば、海側から街に向かってです。いずれにしろ。本来は海辺に生息しているはずのサハギンが地下に居ましたから、水路が海に繋がっているのは確定でしょう」


 返事を聞いた俺は頷き。ホワイトポートの港。その岸壁に至るまで伸びている迷宮の葉脈の根元、地下水路の末端を指差した。


「乱暴な考えだけど、ここをぶっ壊せば地下に海水が流れ込むんじゃないか?」

「そんな古代の水攻めのような……」


 ミルファが少しだけ笑うが、すぐに真面目な顔になり、実行に移せるかどうかを本気で考えだす。

 しばらくの後。口を開いたのはガナッシュさんだった。


「遺跡が何を目的とした施設で、海側の終端がどうなっているかは分からんが。少年少女達の話から、少なくとも海水を取り込めるようにはなっているのは確かだ。大量に海水が流れ込むと、施設の機能自体に弊害があったりもするから、大方きちんと制限が掛かる様にもしてあるだろう。故に、その制限部分が異常をきたしたり破壊されれば、地下に大量の海水が流れ込むのは間違いない」


 ガナッシュさんは口ひげを触りつつ。ミルファと同様に、俺の曖昧なアイデアを現実のものとしようと頭を捻ってくれているのだ。自分の経験や記憶を辿っているのか、ガナッシュさんのペンを持った指先がせわしなく動き、ペン先がメモ欄に思考の跡を残していく。


「……構造次第だろうが、爆薬なども大量には必要とせずに済むかもしれん。それに水ならば、隙間さえあれば入り込んで道を塞いでいく。幸い地下遺跡があるのは、現在稼働している区画よりもかなり下だ。場所によっては圧力の関係で海水がせり上がって来る危険は間違いなくあるが……」

「広い地下を簡単に使えなくする一手ではありましょう。それに我らは少人数。少ない人手で打てる手としては、大いにあり得ると思います」


 ガナッシュさんに続いてシェイプス先生が言うと、全員が顔を上げ、俺の方を見た。

 まずはミルファが大きく頷き、机を囲む皆に言う。


「私は賛成です。戦争がどう始まるにしろ、生体兵器モンスターが地下から来る可能性がある今。地下の封鎖はやっておく価値があるはずです。そしてこれには緊急性もあります。私は灰色のスライムから、生体兵器モンスターの指揮官のような印象を受けました。”敵”が動く前に先制するべきです」

「私も概ねは賛成。けど、地上への影響が不安よ。大量の海水が流れ込む事で、地上に少なからず影響はあるでしょうし、地盤沈下とか起こったら洒落にならないわ。塩害とかもあるかもしれない。都市の安全の為にも、地下で現在も使われている区画の情報と、土壌とか地盤のデータが要る。それと海水の入口がどうなってるか、類似の施設の記録とかを引っ張ってきて考えないと、破壊か操作出来るかの算段が付かないわ」


 シルベーヌが頷いて続き、地図をなぞった。

 それを聞いたガナッシュさんが、大きく頷いて続く。


「良いだろう。資料集めは、わしが知り合いの建設業界の者に当たってみる。もう一度都市の地下でド派手にやらかすのなら、関係各位も黙らせておかんとな。なあに。コネや人脈と呼ばれるものは、こういう時に奮発するものだ」


 ガナッシュさんが探索者シーカー達に笑いかけた。

 隣でシェイプス先生も頷き、背筋を伸ばしたまま静かに言う。


「では、我らは今も使われている街の地下道を調べて参りましょう。記録と現実には、多少の差異が存在したりするものですから、どうしても現地の確認は必要になるはずです。それに都市の地上は勝手が分かりませんが、地の下ならば慣れたもの」

「先生! ワタシとティムも行くよ!」

「もちろんです。神子様達の御耳は、もはや神々の声を聴く為だけのものには御座いません。今を生きる人々の為に使われる、大変価値のある御耳に御座います」


 双子が同時に鼻息荒く手を上げて言ったのを見て、シェイプス先生は僅かに口角を上げた。

 協力は当然だという返事を聞いた双子は飛び上がらんばかりに喜んだが、あまり騒いではいけないと、慌てて姿勢を正す。けれど、双子の兎耳が天を衝く程真っすぐになっていて、やる気が感じられた。


 この場の皆が皆。邪な気配を察知して、それを未然に食い止めようと意気込んでくれている。俺の勝手に付き合い、背を押してくれている。これは俺も座ってなんかいられない。


「よし! じゃあ俺も、マンホールとかの調査に――」

「阿呆。斬り込み役はまず休んでおけ」


 気合を入れて立ち上がりかけた俺を、隣に座るガナッシュさんの大きな手が押し留め、グッと席に戻されてよろめいた。厚いウェットスーツのような戦闘服バトルドレスの越しでも力強さの分かる、分厚い手の平だ。


「でも、皆さんが頑張ってくれてるのに休むわけには……」

「そう思えるのは良い事だがな。少年と少女は大立ち回りをして来たのだろう? とりあえず、今日はきちんと休みなさい。休んでからまた大暴れすればよろしい」


 ガナッシュさんは俺とミルファを見て優しく微笑み、緩やかに説く。


「複数の人間が一つの目的に向かう時には、それぞれにそれぞれの役割がある。今回のように限られた人手を使って最大効率を目指すならば、個々人の持つ”特色”を発揮する事が非常に大切だ。そして”色”をうまく発揮できる場所を整え、目的をよりよく達成出来るように導くのが、わしのような老人の役割」


 そう言うと、ガナッシュさんは俺の肩から手を離す。そして俺とシルベーヌとミルファを見て微笑んだ。


「少年少女達よ。君達は、屋敷の者とケレンの民を繋いだ立役者。そして2つを1つとする蝶番でもある。そして少年よ。意識しておらんかもしれんが、君は既に色々な人々の期待を背負っている。君は一種の象徴であり、人々の集う軍旗でもあるのだ。折れてはならん。曲がってもならん。それは集った人々への裏切りになる」


 優しく叱咤するような言葉にハッとし。ふと隣を見れば、シルベーヌとミルファが微笑みかけてくれている。タムとティムも笑っている。シェイプス先生も少しだけ口角を上げ、この場に居る余所者アウトランダー達と、シャルロッテさんや御屋敷の皆さんもだ。

 そして車庫の隅からは、自分の半分である舞踏号が、項垂れたまま俺を見ている気がした。


 俺は人々に期待されている。好奇心とか野次馬みたいな想いもあるだろう。けれど同時に、何かを変えてくれるんじゃないか、何か大きな事をするんじゃないかとも想われている。

 色々な人々の色々な想いが、俺の背には載っているのだ。


「ギブアップの許されん仕事が始まっている。例え四肢が捥げ五感を失おうとも、君は絶対に責任から逃れられん。未来の為に今は休んでおきなさい。自分一人で全てをしようとするのは、頑張り過ぎというものだ。1人の人間が出来る事には限度がある。なんせ手は2本しかないのだからな……っと、少女は4本腕を使えるんだったか」


 そう言うとミルファを見て、ガナッシュさんは頭を掻いた。

 ミルファとシルベーヌがそれを聞いてくすくすと笑い、2人は気の抜けた笑顔で俺を見る。


「働いた後は、きちんと休む事が肝要です。特にブランの操る舞踏号は、今の私達が使える最強の切り札です。大暴れして頂かなくてはいけないのですし、御言葉に甘えて今は休みましょう」

「ええ! ブランとミルファはまず休んで! 私が下調べと、舞踏号用の塗料を探して来るから! 地下のデータを見る限り、舞踏号で入れそうな縦穴とかがあるみたいなの。その時に今の塗装が剥げた状態だと、あの子が塩水で錆びちゃうかもしれないしね」


 シルベーヌがミルファに続き、明るい笑顔でころころと笑った。大切な2人にもこう言われては、今は身を休めるしかない。

 俺はゆっくりと席を立って深呼吸。この場に居る全員に向けて胸を張り、大きく頭を下げて言う。


「すみません皆さん。ご迷惑をお掛けします。でも、本当にありがとうございます! 俺、頑張ります!」


 そうだ。舞台はもう始まっている。あの舞踏会を皮切りに、俺はこの島を舞台とした陰謀に関わる役者の一人になっている。最後まで踊り切らなければいけないのだ。休める時に休まなければ。

 そうやって休んで力を蓄え、俺は戦う。

 自分の我が儘を通して世の中を動かそうというんだ。必要な時に、絶対に勝たなければいけない。絶対に。




 という訳で。また少し打ち合わせの後。皆がそれぞれ動き出した。

 後で資料を渡して貰えると言われたので、俺は一度部屋に引っ込み、シャワーを浴びて身体をさっぱりさせる。

 ズボンを履いて上裸のまま風呂場から出た後は、額の傷と左腕の傷、その他細かい傷を消毒して処置し、包帯を巻いたりしないといけない。


「おー痛い……」


 傷を受けてから数日経っているとはいえ、左腕と額は、まだまだ生傷のような状態である。地下を行っていた間は痛み止めが効いていたけれど、効果が切れたのとシャワー上がりなので、傷から血が垂れたりビリビリと痛み、指先がおぼつかない。


 テトラ達は3機とも舞踏号の整備をしているので、部屋には俺1人。意外と自分で自分の傷を消毒したり、傷用のパッチを貼って包帯を巻いたりするのは難しい。

 そうやってへたくそなやり方で包帯を巻こうと意気込んでいると、部屋の扉がノックされた。

 快く返事の声を上げると、部屋に入って来たのは、俺と同じく一度身体を綺麗にしたミルファだ。長袖のシャツと長ズボンという出でたちで。彼女は包帯を巻こうと四苦八苦している俺を見て優しく微笑む。


「包帯を巻いたりするのが大変だろうと思って、お手伝いに参りましたよ」

「ありがとう。助かるよ」


 その後。ミルファはテキパキと、俺の傷を消毒したり包帯を巻いた。俺のへたくそな巻き方と違い、見た目も綺麗だし窮屈だったりもしない。額の包帯も綺麗に巻いてくれてから、ミルファは満足げに頷いた。

 そして上裸のままの俺をベッドに腰かけさせると、腕を上げさせたり背中を向けさせたりして、まじまじと俺の身体を見つめた。


「新しく、打ち身や捻挫などは無いようですね。良かった」

「おう。強いて言うなら、全身に若干筋肉痛みたいな感じがある位。特に引き金引きすぎたからか、右手が変な感じ」


 俺はそう返して笑うと、右手の人差し指を何度も曲げた。痛みなどは全然無いが、力がこもっていたからか、ほんのりと指先が怠いくらいだ。

 ミルファは安心した様子で微笑み、俺の隣に腰を下ろす。


「ミルファの方は大丈夫? 怪我とか、疲れたとか無い?」


 シャツを着つつ俺がミルファに聞き返したところ。彼女はグッと背伸びをしてから笑顔を向け、いつも一つにまとめている髪を解いた。

 銀色の長髪がはらりと広がり。湯上りだからか、微かに温度のある甘い香りが薄く立ち昇る。


「私の身体は頑丈です。肉体的な疲労は生身のブランに比べてごく僅かと言って良いでしょう。ですが」


 ミルファがくすりと笑い、ベッドの上に上半身を倒した。

 銀色の髪が白い寝具に広がるのに加え。彼女の着ているシャツが少し捲れ上がって、細く白い肌をした華奢な腰がちらりと見える。滑らかな肌と儚げな腰つきは、その着衣に隠された部分を想像させるには十分だった。


「精神的には疲れましたね。ブランと一緒なので心配はありませんが、やはり地下は何が起こるか分からず、ドキドキします」

「それは分かる。ジャンプした時とか、足の裏がヒュンヒュンしてさ」


 俺はちらりと見えたままの腰から目を逸らし。2人で大ジャンプの事を笑いあった。

 しかし。もそもそとミルファはベッドの上で動くと、少しだけ身を起こして俺をつつき、いじわるに笑う。


「ブラン。膝枕をして下さい」

「急だな!?」

「精神的に疲れた時は、親しい人とのスキンシップが良いと本で読みました。実践させて下さい」


 そう言うと、ミルファは半ば強引に俺の膝に頭を乗せて来た。

 決して重くは無いけれど、確かな存在感のある頭。そして銀色の髪が甘い香りを立ち昇らせ、欲望に弱い俺にはかなり強烈だ。顔が急所に近いという状態も、妄想を激しくさせる。

 でもそれ以上に。ミルファの嬉しそうな横顔を見て、不思議と心が弾んでしまう。邪な気持ちなんて、それだけで引っ込んでしまった。

 

 膝の上でミルファが、視線だけをこちらに向けていじわるに言う。


「頭を撫でても良いんですよ?」

「良いの?」

「はい。親しい人の手に触れられるのも、色々な良い効果があるんです」

「なるほど。色々ってのは?」

「……色々です。……もう、早く実践してください」


 形の良い唇を尖らせ、ミルファが視線を逸らして目を閉じた。

 そんな仕草に思わず笑みがこぼれ、俺はおずおずとした手付きで彼女の頭を撫でる。

 指先に感じる、絹のような髪の質感。微かでも確かな人肌の温度。髪の奥にある整った頭の形も分かり、さらさらとした銀色の髪は、撫でているこちらの指先すら心地良くさせる魔力があった。

 思わず数分だけ膝の上で銀の髪を弄んでしまっていると。ミルファは目を閉じたまま、おずおずと問いかける。


「私の髪。好きですか」

「うん。綺麗で手触りがよくて。何て言うか、ずっと触ってたいくらい。もちろん嫌だったらやめるけど……」

「いいえ。もっと触って下さい。私も、そうされるのは。その、好きですから……」


 消え入りそうな声で返され、目を閉じたままの彼女の頬に、仄かな朱色が浮かんだ。

 胸が高鳴り、少しくらいならと、滑らかな頬にも手を伸ばす――直前。部屋のドアがノックされた。

 ミルファがカッと目を見開き、飛ぶように身体を起こしつつ声を上げる。のだが――


「はい! 今出ま――!」

「うぐァッ!?」


 当然。緩み切った顔で膝の上の彼女を見ていた俺は、起き上がり際に偶発した、鋭い頭突きに顎を打ち抜かれた。

 顎と額の衝突で重く大きな音が響き、俺は勢いよく背筋が伸びた後、ベッドに仰向けに倒れ込む。


「ぶ、ブラン!? ごめんなさい! ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「おごぉぁぁ顎がぁ……!?」


 ミルファが額を赤く。顔も赤くして慌てるが、俺は顎を抑えてベッドでのたうちまわった。

 鈍い音と呻きが聞こえたからか、そっと部屋の扉を開いたのはシャルロッテさんだ。手にはガナッシュさんの調べ物をまとめた分厚いファイルが握られている。


「旦那様から、資料を持っていくように言われて……薬箱が必要でしょうか?」

「是非お願いします!」


 悶絶する俺の横で、ミルファが顔を赤く慌てたまま、首を傾げるシャルロッテさんに答えたのだった。

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