表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/146

第93話 森の奥底 地下道遺跡

「開けます」


 土を掘り返した穴の底。生体兵器モンスターの作ったトンネルの終端にあった、巨大な鉄のマンホール。その一部にある人間用らしい部分を、ミルファが警戒しながらこじ開けた。

 地面の丸扉が僅かに開くと同時に、地上の空気がぐっと流れ込む。地の底へ向けて開かれた丸い扉の奥を懐中電灯で照らしてみると、鉄製の梯子が備え付けてあり、梯子は一番下まで続いているようだ。


「……特に有害な何かが噴き出したりとかは無いみたいね」


 丸扉の横に座り、何やら仰々しいノートサイズの機械を眺めていたシルベーヌが言った。そして次に、柔らかく細長い小さな蛍光灯のような物をミルファに手渡した。

 ミルファがその小さな蛍光灯をL字に折り曲げると、小気味よい音がして光を放ち始める。ケミカルライトというやつなのだろう。そしてケミカルライトは、地の底へ続く丸い扉へ投げ入れられた。

 ゆっくりとした深呼吸1回分程の間の後、穴の底にケミカルライトが当たる音が響く。


「下まで大体15mくらいかしらね。次」


 シルベーヌが今度は手帳程のサイズの機材をミルファに手渡すと、ミルファはその機材もまた穴の底へと放り込んだ。ケミカルライトよりも硬い音が響いた後。少ししてからシルベーヌは傍の機材を眺め、満足そうに頷いて言う。


「下は普通に呼吸も出来るわ。有害な物質も特に無し。意外過ぎるくらいには綺麗みたい」

「って事は」

「ええ。中に入って調べても大丈夫よ!」


 俺が聞くと、シルベーヌは自信を持って答えてくれた。

 周りに居た余所者アウトランダー達も、どこかホッとした様子で安堵の声を漏らす。


「ただ。中がどうなってるかはホントに分かんないわ。せめてこの入口の真下の地点が絶対安全って言えるまでは、慎重すぎる位で行くわよ。木が多いから、ここまでは舞踏号だって来れないし」

「おう! 先駆けは俺が行こうか? それともミルファが?」

「私が行った方が良いでしょうね。梯子を上り下りする間も追加腕サブアームが使えますし、私の身体は皆さんよりも丈夫です」


 打ち合わせは簡単に。だが入念に準備をして、ミルファがまず先に穴の底へ向かった。

 2本の追加腕サブアームそれぞれにライトが付いたライフルを2丁握り、更に肩へライフルを掛けて、ゆっくりと梯子を下りていくのだが。ミルファが梯子を下りる硬い音が、淡々と耳元の通信機に聞こえ、否応なしに緊張感を煽る。

 少しした後。梯子を下りる音が途切れ、ライフルを構える音が微かに聞こえた。


「……特に危険は無いようです。それにしてもこれは……」

「どうしたミルファ?」

「はい。ここは綺麗すぎるんです」

「綺麗すぎる? 掃除でもしてあるのか?」

「そうですブラン。そう言っても過言ではありません。シルベーヌ。マッピングはどうですか?」


 通信機からのミルファの声に応じて、俺は隣で座り込むシルベーヌを見た。

 開かれたノート程の大きさの、分厚い板状の機材を見つめていたシルベーヌが、耳元の通信機を手で押さえて言う。


「大丈夫よ! 通信良好! 角型で大き目の地下通路。地下鉄とか、地下水路に近い形状ね。シールド工法かしら。それにしても大きい」

「それじゃあ俺も下に降りるよ」

「うん。気を付けてね」


 今度は俺が、ショットガンを肩に掛けたまま地の底へ続く梯子を下りる。

 下を見ると足が竦みそうな程高く、地下に向かっているのに空に居るような気分だ。

 それでもゆっくりと梯子を下りていくと、程なくして一番下に到着した。


 梯子から離れると、先に降りていたミルファが俺に微笑む。


「いらっしゃいませ」

「これはどうも……って、本当に綺麗だなここ……」


 ミルファに微笑み返すと、俺は周りを見て息を飲んだ。


 恐らくは鉄筋コンクリートを主として形成された、巨大で余裕のある地下空間。壁は垂直で、足元も綺麗に水平にしてあり。人や車両が通るのが想定されているのが分かる。壁には一見配線や配管は見えないが、壁の一部が開くようになっており。諸々の配線などは、壁や床に埋め込むような形で隠されていた。

 そして、経年劣化による壁や床のヒビなどはあるけれど、本当に掃除でもされたかのように綺麗なのだ。埃も塵もほとんど無く。更に言えばゴミなども無い上に、こういった場所に居がちな虫や小動物も全く居ない。空気も吸いやすいし、気分が悪くなったりはしない。本当に清浄な空間なのだ。


「なんじゃこりゃあ……」

「変な場所ですよね? 未発見の遺跡のようですが、これはまるで……」

「今でも使われてる。みたいな感じだよな」

「はい。壁に埋め込まれた配線などを見るに、電源自体も微かに生きているようです」


 俺とミルファは会話しながらも、辺りを油断なく見回す。地面に微かに残っているのは、汚れた小人の沢山の足跡。そして僅かなどす黒い血痕。

 しゃがみ込み。手袋を着けた手でそれらを擦ってみると、微かな抵抗がありつつも汚れは簡単に落ちた。恐らく、比較的新しいのだ。


「ゴブリンがここから出て来たのは間違いない。奥は旧市街みたいな、生体兵器モンスターの巣穴?」

「どうでしょうか。私はどちらかというと、移動用にしか使っていないような感覚を覚えます」

「移動用か……この広さだとミノタウロスとかサイクロプスは余裕だし、入口さえあれば人型機械ネフィリムも通れるな」

「はい。戦車やトラックなども、余裕をもってすれ違えるでしょうね」


 地上との連絡も続けつつ、先に地下に入った2人で悩んでいると。俺はある事に気づいた。

 埃や塵は綺麗に拭われているけれど、その拭った後が奇妙なのだ。乱暴に雑巾がけしたかのような、何となく痕が残る拭い方。あるいはガラスの窓を布で拭いたような、拭った軌跡が良く分かる。

 つまりこれは、どこかから雨水が入って洗い流されたような、自然現象の産物では無い事を示している。そしてこんな地下に人間はおらず、生体兵器モンスターしかいない。


「なあミルファ。掃除する生体兵器モンスターっていたりする?」

「掃除をする生体兵器モンスターですか? モップ掛けをするような?」

「おう。流石にいないか」

「動物がハンカチを持つかどうか。のような話ですから――いえ。そうです、掃除。分解者ならいます」


 ミルファがくすくすと笑いかけ、ハッとした顔になった。


「スライムという生体兵器モンスターをご存知ですか?」

「スライム? ていうと、あのでろでろどろどろした、ゼリーみたいな?」

「はい。少々お待ちください」


 そう言うとミルファは壁の一部を開き、配管や配線の埋め込んである所に近寄った。

 次いで腰のポーチからライターを取り出すと、火を点けて配管や配線にかざす。しばらくすると、ライターの火に追い立てられるように、別の場所からでろでろした粘液が染み出して来た。

 森の木々よりも色の濃い、彩度の低い緑色の粘液だ。体積としては1リットル程だろうか。だが水のように広がる訳では無く、本当に固めのゼリーのようなどろどろが、ゆっくりと地面に這い出している。


「こりゃまた毒々しい……」

生体兵器モンスターの一種ですね。無造作に動き回って色々な物を身体に取り込み、分解しながら遺跡を徘徊する掃除屋さん。スライムの生態には謎が多く、分解された物質がどこに行くのか? どういったプロセスで分解されているのか? そういった事は謎に包まれています。基本的に人間を見つけても攻撃してこない上に、撃退も手で払うだけで充分な。珍しいタイプの生体兵器モンスターですよ」


 地面をゆっくり、じっくりと動くスライムは。動作が緩慢すぎて、何だか愛嬌がある気さえする。

 しかし。ミルファがいじわるな顔をしてライターの火を近づけると、ちょっとだけ慌てて火から逃れようとしていた。と言っても。秒速5mmが秒速7mmになるくらいの速度変化である。


「この遺跡が綺麗なのは、スライムが多いからかもしれません。火炎瓶でも投げ込めば、至る所から染み出してくるかもしれませんよ」

「それはやめとこう。ねばねばにされたら後が大変だ」


 そうやって2人で笑い合い。周りの警戒などを続けて、地上と繋がる梯子の周りに照明などが設置された後。

 俺達は改めて車座になり、作戦会議を始めていた。


「簡単なスキャン結果だけど。この地下道はかなり巨大な上に広大よ。迷宮って言っても過言じゃないわ」


 梯子の下まで降りて来たシルベーヌはそう言うと、ノートサイズの機材の画面に表示された簡易マップを指さし。難しい顔をした。


「今。科学技術の力で分かるのはこの範囲だけ。出口がどこにあるかとかは、まだまだ全然分かんないわ。幸い通信は良好だから、連絡が付かなくなる事は無いけど……」

「シル姉ちゃん。出口はあるよ」


 シェイプス先生の監視の元。地下道に降りていたタムが簡易マップを見て断言した。


「先に分かれ道があって。片方からは水の音が聞こえるんだ。多分、あの白い街の方にまでこの地下道は広がってる。塞がってる感じはしないよ」

「……今更疑う訳じゃないけど、それ本当?」

「わざわざウソついたりしねえよ。それにさ、こういう昔の地下道は、ワタシ達もよく使うんだ。なんだかんだ地上は人目に付きやすいからさ、ワタシ達しか知らない近道とかもいっぱいあるよ」


 タムはそう言って自慢げに胸を張り、ペンと紙を貸すように言った。言われた通りに筆記用具を渡すと、タムは迷いなく線を引き始め、兎耳をピクピクさせる。

 程なくして書き上がったのは、若干汚い地下の地図であった。縮尺などはあったもんじゃないが、今いる地点を中心に。行けるところが大雑把に描かれた代物だ。

 車座になっている全員が感心した様子でそれを眺め。俺も一通り感心した後に、お手製の地図を指さして言う。


「これが本当なら。えっと、形からして北がこっちだから……一番近い出口がこれで、経路も単純か」

「かもしれませんね。では。私とブランの2人で行きましょうか。シルベーヌと皆さんは、一旦地上に戻ってから支援をお願いします」

「あ、ちょっと待って。方角が分かれば、縮尺とか適当でも出口のおおよその位置は予想できるわ。ホワイトポート周りの地図はあったから、トンネルの場所を基準に重ねて……ブラン。懐中電灯で裏から照らして」


 言われるままにシルベーヌが重ねた地図を裏から照らすと、彼女は鉛筆で一番近い出口の大まかな位置に円を描く。

 そして地図を見てみると。鉛筆の円はホワイトポートの街、その港側の隅辺りを指していた。


「……地下通路の遺跡が、街の真下まで繋がってるのか?」

「あり得なくはないでしょうね。ホワイトポートはかなり昔から港街ですし、発展に伴って建造物が沢山建つと同時に、地下も開拓されているでしょう。港も拡張などで、岸辺が埋め立てられたりしたはずです」


 俺の呟きにミルファが答え。俺はハッとした。


 御屋敷の図書室で読んだ本に「人間が住みやすい所。その地理的な条件というのは、火を手に入れた頃からそう変わりは無い」というような文言が書いてあったのを思い出したのだ。

 ましてやホワイトポートは港町。陸と海という、人間が手を入れるには規模の大きすぎる地理が関係する土地だ。長い時間の経過や戦争があっても、大地と海はそうそう変わる物では無い。

 ミルファの言う通り。遺跡の上に新しい街が建つ事は、驚くような事では無いのだろう。


 だが。生体兵器モンスターが通るトンネルがこの地下遺跡に繋がり、遺跡が街の下まで伸びているという部分は危うい。

 最悪の場合。街中のマンホールから生体兵器モンスターが湧き出してくる事も考えられる。騎士団の能力を疑う訳では無いが、そうなった場合の様々な被害は計り知れない。


「きちんと調べる必要があるわね。良し! それじゃあミルファとブランは、この一番近い出口を目指して頂戴! 私は御屋敷に戻ってガナッシュさんに話を。それから出口を探して先回りしとくわ! 発信機はあるわね? 通信もずっと繋げておくから、何かあったら適宜知らせて頂戴! 非常事態の時は救助隊を組むから」


 シルベーヌの一声で、次の動きが決定した。

 タムとティムが俺とミルファについて来そうだったが、当然連れていく訳にはいかない。代わりに双子は耳を精いっぱい使って、この場で受け取れる限りの情報を地図に追記してくれた。

 そして出口の所で会う事を約束して、余所者アウトランダー達とシルベーヌが梯子を上り切るのを見送る。


 深呼吸を一度。タムが描いた地図に、ティムも急いで自分が感じ取れる情報を書き足した地図を見て俺は微笑み。隣に立つミルファを見た。


「それじゃあ行こうか!」

「はい。地下迷宮を冒険です」


 2人で進路を確認し、頭に叩き込んでから歩を進める。


 真っ暗な巨大な地下通路の中では、2人とも握ったライトと、銃に付けられたライト位しか光源が無い。

 とは言っても。背から2本の追加腕サブアームを生やしたミルファは、追加腕サブアームに握られたライフル2丁から大き目のライトと、本来の腕に握られたライフルのライトの3つを自由自在に使っているので中々に明るい。

 まるでスポットライトを2本背負って歩いているようだが、照らした方向にはライフルの銃口も同時に向くので穏やかでは無い。

 俺もライトを付けたショットガンを握り、周りを照らしつつ歩いて行く。

 地下の暗闇の中には靴音が響くばかり。闇が濃いので、照らすというよりは光が吸い取られているような錯覚も覚えてしまう。


 そして何度か角を曲がり、今まで通っていた巨大な地下通路から脇に入った。いわば、大通りから一本裏道に入ったという感じだ。

 道幅は狭くなったが、それでも大き目の廊下と言う印象を受ける通路。壁に埋め込まれていた配管や配線の一部が剥き出しになり、いささか雑多でもある。


「本で読んだ。こういう配管がたくさん集まっている所って、共同溝って言うんだろ」

「はい。ライフラインなどをまとめて敷設し、管理保全しやすくする工夫の一つですね」

「でもちょっと不安なのがさ。こういうのって地震は大丈夫なの?」

「もちろん。その辺りも対策されていますよ。状況等にもよりますが、地上の建造物よりも地震などに強いという意見もあります」

「ああそっか。地面に埋まってるって事は、高いビルみたいにしなったりしないんだもんな」

「はい。そう言えば、メイズ島ではあまり地震が起きません。だから各地に、こうした地下構造物が多いのかもしれませんね」

「土地柄もあるのか。やっぱり知らない事がいっぱいだ」


 ちょっとした雑談をにこやかにしつつ、2人で地下通路を歩き続ける。

 当然周りを警戒してはいるものの、小さな部屋に繋がる扉なども現れず、本当に”通路”なのだ。まるでただ人や物を通すためだけに作られたような、ある種のストイックさが存在する。


 またある程度地下通路を進んでいると、俺は鼻先に何かの香りを感じて立ち止まった。

 ミルファもすぐに俺に気付き、それとなく周りを警戒しつつも俺に聞く。


「どうしました?」

「何か、変な匂いしない?」

「匂いですか?」


 すん。とミルファも嗅覚を研ぎ澄ませるが、彼女は首をひねる。

 俺も同様に鼻を利かせつつ、2人でもう少しだけ歩を進めると、ふと香りが色濃くなった。


「……潮の薫り。海水の匂いでしょうか?」

「だよな。ほら、港近くの倉庫商店街。あの場所みたいな匂い」


 2人で納得した頃。不意に通路が行き止まりになった。

 ただし。行き止まりとは言っても、正面には両開きの鉄扉が1枚。錆びた南京錠を掛けられて立ち塞がった行き止まりだ。

 ミルファがハンドサインを出したので、俺は頷き、一歩引いてしゃがんでショットガンを構える。

 それを見たミルファはライフルを両手で構え直し、追加腕サブアームに握られたライフルも扉に向けてから一呼吸。足の裏を叩きつける前蹴りで、南京錠ごと扉をぶち破った。

 すぐさま俺が扉の向こうへ滑り込み、ショットガンで周りを警戒する。



 扉の向こうは、巨大な水路だった。凹の形をした広大な空間で、その見た目はまるで地下を流れる川のようだ。水量は大人の腰ほど。川に面した部分にはたくさんの配管が口を開けており、脈々と水を川に注いでいる。

 中々緩やかな川だが、湿気が多い上に潮の香りがキツく。あまり長居したいと思う場所では無い。気温が高くないのが幸いだろう。これで蒸し暑かったら、まるでジャングルのようだったに違いない。

 そしてこの地下水路の天井には、仄かなオレンジ色の照明が灯っていた。ライトが無くとも周りを見渡せ。対岸へ渡る為の橋が、かなり距離を置いていくつか設置されていた。


 目指す出口はこの先。遠い場所にある橋を渡って対岸を少し歩き、通路を一本曲がった所。

 そして驚くべき事に。タムとティムが作った地図は、ここまでほぼ完璧である。


「磯臭い……海水の地下河川……? いや、真水との混合かこれ……?」

「ブラン、足元に……」

「おう?」


 コンクリで形作られた地下の川に唖然としていた俺は、ミルファに言われて床を見た。

 寒気がする。地面には、まるで血のように赤黒い文字が書かれているのだ。




 人が見て自ら正しいとする道でも その終わりはついに死に至る道となるものがある

 笑う時にも心に悲しみがあり 喜びの果てに憂いがある




「これは……いや、似た物は見た事ある。旧市街の地下に行く扉にあった文言!」

「恐らくは。しかし何故こんなものがここに――」


 ミルファが言いかけた瞬間。更に背骨を撫でられるような悪寒が全身を走った。

 俺は即座にショットガンを構えて顔を上げ。ミルファも悪寒を感じたのか、3丁のライフルが完全に同期して周辺に向けられる。

 何だ? どこだ? 誰だ?

 疑問が浮かび上がる中。川辺の先。俺達から5m程離れた場所に、天井から何かがぺたりと落下した。

 ショットガンと3丁のライフルが向けられ、ライトで照らし出されたのは、灰色をしたスライムだった。


 そしてこのスライムは、崩れた灰色のゼリーのようでありながらも、まるで人の頭のような形を保っている。


「……心配だ」


 俺の声でも、ミルファの声でも無い。今しがた落ちたスライムが、でろでろに溶けた口を動かして喋ったのだ。

 思わず息が止まり、引き金にかかった指が強張る中。スライムはゆっくりと続ける。


「……心配……僕は皆が心配だ……私が居ないと皆は……俺が頑張らないと皆が……」


 頭だけのスライムの上に、同じく灰色のスライムが何体か降って来た。スライム達は緩くまとまると、頭と胸、片腕を形成し直す。そして幾分硬さの増した、けれど崩れかかった灰色の目が俺を見る。

 疲労と絶望と憂慮の篭った、暗い瞳だ。


「……僕が皆の為に働かないと……私が戦わなければ皆は……俺が全部やらないと皆が……選ばれたんだから……」


 ぼそぼそと呟き。頭と胸と片腕だけの崩れたヒトガタが、俺に向かって手を伸ばす。


「心配だろ? お前も……誰だ? 僕は誰だ? 私は誰だ? 俺は、誰だ? ぼくは、わたしと、おれが? だれだ?」


 言葉に感じる違和感。

 これは。この人は。”俺”と同じ――?


「貴方は一体……?」

「お前は誰だ!!」


 思わず銃を下ろしかけた俺に、崩れかかった”人”が泣きそうな声で叫ぶ。


「何でお前は……! お前は何が違う!」


 その悲鳴に応じるかのように。嫌な気配が俺とミルファを取り囲み、川に水を注いでいた配管などから大量のゴブリンが湧き出して来る。


「ブラン! 走りますよ! そのスライムは後です!」


 ミルファが緊迫した声で叫び。彼女の4本の腕が握る3つの銃口が、ゴブリン達に向けて火を吹いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ