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第91話  Nice to meet you

 雨の降る深夜。普通ならすっかり眠っている時間帯。

 普段は静かなウーアシュプルング家の御屋敷は、突然の”来客”で慌ただしくなっていた。


 なんせ突然雨の中へと飛び出した巨人が。小汚いロングコートや帽子で身を固め、ライフルなどで武装した小集団を連れて戻って来たのだ。普通の感性をしていれば、危険を感じない訳が無い。一種の異文化との接触。未知との遭遇になるのだ。

 それでも混乱が起きなかったのは、ひとえにエリーゼさんの落ち着いた采配と、余所者アウトランダーの皆さんが礼儀正しかったのが大きい。


 車庫に入ってとりあえず雨を凌いでいると、飛び起きたエリーゼさんが駆けつけて来てくれて、俺達に事情説明を求めた。

 片膝を着いて座る舞踏号の前で、俺達が余所者アウトランダーの皆さんを紹介し、シェイプス先生が代表として懇切丁寧に頭を下げ。それを見たエリーゼさんもまた丁寧に対応し、冷静な話し合いがなされる。

 大人同士の余裕ある会話というのだろうか。色々な事を伝えようと必死になってしまう俺達と違い。エリーゼさんもシェイプス先生も、丁寧で分かりやすい言葉で互いの事を話し合い、ゆっくりと意思疎通を行ったものだ。

 その間。余所者アウトランダーの皆さんは武器を置いて気を付けをして立ったままで。整列こそしていないものの私語一つしない。タムやティムもそれは同様で、余所者アウトランダーの象徴――ケレンの民の神子――として、自分の立場を弁えているのが察せた。


「分かりました。私。エリザベト・ウーアシュプルングの客人として、皆様を屋敷に歓迎させて頂きます。足りない物や希望する物事があれば、都度申し上げて下さい」

「慈悲深き御言葉。大変痛み入ります。我らは貴方の御恩を忘れません。また、こちらの皆様のご迷惑にならぬよう、最大限の配慮を致します。我らはこちらに逗留させて頂く身。何かあれば、どうぞ遠慮なく仰って下さい」


 そうやってエリーゼさんとシェイプス先生の話がひと段落すると。ふっと場の雰囲気が和らいだ。

 肩にブランケットを掛けたエリーゼさんが、随分ホッとした様子で俺達を見る。


「流石は探索者シーカーというべきでしょうか。それでも、まさか都市の外で放浪する方々とお知り合いだとは思いもしませんでした」

「昔。ちょっとお世話になったんです。でも、こういう形で唐突に引き合わせる事になってしまったのはごめんなさい」

「驚きはしましたけど、大丈夫ですよ。確かに皆さん丁寧で良い人ですし、どうぞ気になさらないで下さい」

「いえ、それでも本当に……。本当。すいません」


 俺達が申し訳なくて頭を掻いていると、兎耳の双子が近づいて来た。

 見たところ10才程の双子は、胸の前で祈るように手を組み、そのままエリーゼさんに丁寧に頭を下げ、見た目にそぐわない粛々とした様子で口を開く。


「ケレンの民の神子として。貴方のご厚意に感謝致します。どうか貴方と貴方の周りの方々に、神々の加護があらん事を」

「旅人が我々と貴方を繋ぎ、このような善き巡り合わせに会えた事。神々に深く感謝致します」


 タムに続いてティムが言い、貴い雰囲気を身に纏った双子は、エリーゼさんに再び頭を下げた。

 エリーゼさんは微笑み、しゃがんで双子と目線の高さを合わせて優しく言う。


「私も、こんなに可愛い神子様達に会えた事に感謝しなくてはいけませんね。とりあえず今は、濡れた身体を拭いて下さい」


 そして遠巻きに余所者アウトランダーや俺達を見ていた使用人達の中からシャルロッテさんが静かに歩み出て、ふわふわしたバスタオルを兎耳の双子に手渡した。

 タムとティムの貴い雰囲気が崩れ、年齢通りの子供の雰囲気で笑う。


「ありがとな! 美人の姉ちゃん!」

「タオルがすっごくふわふわ。お洗濯が上手なんですね」


 エリーゼさんが再び微笑み。シャルロッテさんも笑顔になる。

 その笑顔を機に、遠巻きに見ていた使用人達も各々の仕事を始めた。他の余所者アウトランダーの皆さんにもタオルなどが渡され、急遽ストーブなどが置かれて、雨で濡れた服を乾かせるようにされ始める。

 そしてエリーゼさんは、タオルで頭を拭くタムとティムから視線を外し、シェイプス先生の方を見て淑やかに微笑んだ。


「とりあえず、お父様が来るまでに皆さんが風邪を引いてはいけません。大きいお風呂を用意させますから、皆さんお入りになって下さい」

「御心遣い。痛み入ります。その御心遣いに甘える様ですが、宜しければ先に、神子様達だけでも湯浴みをさせて頂けませんか。雨に打たれ、御身体が冷えているはずですから」

「それはもちろん! シルベーヌさんやミルファさんもびしょ濡れですし、お部屋で一緒にお風呂に入っても良いんですよ」

「あ、それやりたい!」


 タムが大きな声でエリーゼさんの提案に賛同した。そしてすぐにシェイプス先生の方を見て、目で許可を求める。

 シェイプス先生は一瞬だけ逡巡したようだが、シルベーヌとミルファが一緒ならばと頷いた。


「やった! んじゃシル姉ちゃん! ミル姉ちゃん! 風呂連れてってくれよ! ほらティムも行くよ!」


 タムは嬉しそうにそう言うと、少しだけ頬を赤らめるティムの手を取って、シルベーヌとミルファを急かした。それならばと言う事で、2人と双子は部屋の風呂へと向かって行った。


 残された俺は、御屋敷の皆さんと余所者アウトランダー達との間に立って色々な話をしつつ、余所者アウトランダーの皆さんの武器整備の手伝いをしたり、久しぶりに会った人達と雑談を交わす。


 口笛に呼ばれて来てくれた方々は、シェイプス先生を中心とする余所者アウトランダーの一派でも極一部で。大部分は遠い場所で普段通りの生活をしつつ、島全体が妙な原因を探って放浪しているらしい。

 俺に関しては。額の包帯はどうしたのかとか、ちょっと雰囲気が変わっただとか。色々聞かれたり話したけれど。中でも一番驚かれたのは、舞踏号の姿が余所者アウトランダーの皆さんが見た時と、多少変わっている事だった。

 全速力で走り寄って機関砲を構えた巨人は、俺の声での名乗りがあったにしろ、夜の闇と雨も相まって、一度見た人型機械ネフィリムかどうか咄嗟に判断がつかず。ミルファが自分の顔を照らしてやっと確信を得れたのだという。

 それに屋敷を見つけてからは口笛を吹いてはいたものの、雨のせいでとても聞こえる物では無かったのだとか。つまり。テトラ達が妙な音で不安がっていたのは、センサがその口笛を感知したからなのだ。


「分かりやすい色とか。ツノが生えてたらすぐ分かったんだけどな」


 なんて大笑いしながら言われ、一緒に旧市街の南へ行った人に背をバシバシ叩かれた。

 ジャマーの霧が濃かったりして、無線が使えない事もある戦後の時代。個体の識別に役立つハッキリした色彩や象徴的な何かというのは、人型機械ネフィリムにとって結構重要なのかもしれない。


 しばらくすると、屋敷の一角にある大浴場の準備が出来た知らせがもたらされたので、余所者アウトランダーの皆さんは、風呂を頂ける事に心底感謝をしていた。

 ついでにアルさんが、簡単だが暖かい夜食を用意して皆さんに振る舞い。こちらも丁寧なお礼が返され、短い間でもウーアシュプルング家の皆さんと余所者アウトランダーの皆さんの距離が近づいた感じがした。


 まだまだ警戒や不安さはあるけれど、ゆっくりと人と人が繋がっていく雰囲気に、俺も何だかホッとしてしまう。


「お父様とも連絡が付きましたよ。もう少ししたら屋敷に帰って来れるそうなので、その時までお待ちください」


 一度屋敷の奥へと引っ込んでいたエリーゼさんがそう告げ。俺は先に風呂に行ったシルベーヌやミルファにも、後で戻ってくるように言っておくようエリーゼさんに言われた。

 断る理由も無いので。それぞれの生活について和やかに話し始めたエリーゼさんとシェイプス先生に一礼し、俺は探索者シーカー2人とケレンの神子様達を呼びに向かった。

 時間としても。ゆっくり風呂に浸かって温まり、上がって一息ついて、ちょっとした雑談に花が咲いているくらいだ。丁度良い頃だろう。



 屋敷の廊下を歩いて階段を上がり。再び廊下を歩いて来客用の部屋がある方へ向かったのだが――


「コラー! なにやってんのタム!」

「うっせ! 自分で拭けるって言ってるだろ!」

「まだビチャビチャだから言ってるんでしょ! 暴れないの!」

「やめ、やめろォ! 耳が! 痛いってシル姉ちゃん!」


 どこからか聞こえる賑やかな声。その喧騒が聞こえる方へと歩を進め、シルベーヌに割り当てられた部屋の前に来た――瞬間だった。

 全裸の兎耳の子供が白い湯気を纏いつつ、バスタオルを握って部屋の扉から廊下へ飛び出した。そして兎耳をピンと立て、お湯の滴を散らしながら部屋の中へ向かって叫ぶ。


「頭ガシガシすんなよシル姉ちゃん! ちょっと痛いだろ!」


 子供らしい起伏の無い体。しかし元気に溢れ、可能性を感じさせる肢体。その細い肩にタオルを掛け、タムは水気を含んだ兎耳を揺らして悪戯っぽく笑った。

 ちらりと尻に兎の尻尾らしい物が見えた気がするが、子供といえど女の子の身体を見つめる訳にもいかず。俺は黙って顔を背ける。


「ちゃんと拭かないと風邪ひくでしょ! 大体、裸で外出てんじゃないわよ!」

「シル姉ちゃんだってすっぽんぽんじゃねえか!」

「アンタが逃げるからでしょうが! ほらこっち来なさい!」


 部屋の中から聞こえるシルベーヌの笑い声。タムがそれと会話をするや否や。勢いよく全裸のシルベーヌが飛び出し――


「早く拭かないと風邪――うあ”ぁぁ!?」

「うあ”ぁぁ!?」


 生気溢れる肉体を曝け出すシルベーヌと目が合い、俺と彼女は同時に顔を赤くして鈍い叫びを上げた。もちろん。彼女はすぐに腕で体を隠しつつ部屋へと引っ込んだ。

 ああ。想像より結構ボリュームあるんだな。めっちゃ綺麗。なんて事が頭を駆けた瞬間、更にもう1人の影が飛び出してくる。


「一体何が――うあ”ぁぁ!? ブラン!?」


 戦闘時の動きと同じ速度で部屋の外に飛び出したミルファが、一瞬で赤い顔になって自分の身体を抱きしめ、シルベーヌ同様に機敏な動きで部屋の中へと舞い戻った。

 ミルファはバスタオルを巻いていたが、それでも肌面積が多すぎる。各関節に入った黒い線が彼女をアンドロイドであると示してはいたけれど、モデルのように均整の取れた美しい身体が良く分かった。

 そんな素早い動作の2人を見て。タムは全裸で唖然とし。顔を反らす俺を見て、次いで部屋の中を見た。


「良く分かんねえなあ……。シル姉ちゃんとミル姉ちゃんは、いっつもあんなの?」

「そりゃお前、乙女のすっぽんぽんは各方面に色々な問題がだな……。ほら。タムもちゃんと隠してくれ。頼むから……」


 俺はなるべく冷静に言い。タムの握るバスタオルをこの子の胴回りにぐるりと巻き付けた。

 そして部屋の中からひょっこりと顔だけを出したティムが、俺を見て若干頬を染めた。全裸でも遠慮の無いタムと違い、肩から上しか見えていないのにとても恥ずかしそうである。


「タムが気にしなさすぎなんだよ? ブラン兄さん。ごめんなさい」

「いやいや! 眼福……違う! 大丈夫! ほら! 本当に風邪引くから、ちゃんと拭いて来なさい」


 俺は自分の馬鹿さをグッと押し留め。タムの背を軽く押す。するとタムは皆変だと笑いながら部屋の中へと戻って行った。

 その後は部屋の前で気を付けをし。見張りの兵士のように扉の横で待機する。そしてしばらく待つと、おずおずとした様子で扉が開かれた。

 ゆっくりと顔を出したのは、キチンと服を着て、顔を赤くしたシルベーヌとミルファだ。

 姿勢を正し。背筋を伸ばしたまま俺は言う。


「連絡! エリーゼさんから! ガナッシュさんがもう少しで帰ってくるから、それまでに車庫に戻っておいてくれと!」

「りょ、了解」

「分かリまシた」


 シルベーヌに続いてミルファが、ぎこちなく返事をした。

 仕事は終わりなので俺はカクカクした回れ右をして、先に車庫に戻ろうとする。が。


「ねえブラン」

「は、ハイ!」


 シルベーヌに声を掛けられ。再び機敏な回れ右をして、俺は気を付けをした。


「その……ご、ごめんね?」

「いやいやいや! 2人とも綺麗……俺は何を! ごめん! さっきのは忘れる!」

「だ、大丈夫よ! ビックリしただけだし!」

「はい。あの、私は、決して嫌ではありませんし……」


 普段近しい関係だからこそ、強烈に男女を意識してしまうと緊張してしまう。

 これがナイスミドルな大人の男や、ナイスミディな大人の女だった場合は微笑み一つで流せるのだろうが。まだまだ若い俺達ではそうもいかない。

 とりあえず。タムとティムをちゃんと着替えさせてから連れて行くと言われたので、俺は先に車庫に戻ったのだった。




 それからしばらくの後。

 車庫で車座になっていた所に、雨の中から大きな車が現れた。後部座席から威厳を持って降り立ったのは、ウーアシュプルング家の家長たる、赤い髪の老紳士。ガナッシュさんである。

 三つ揃えのスーツからは覇気が漲り。毅然とした大商会の頭領らしい立ち姿に、車座になっていた全員が立ち上がって背筋を伸ばした。


「話はエリーゼから聞いた。少々変わった客人が屋敷に来ていると」


 襟元を正しつつ、ガナッシュさんはぐるりと余所者アウトランダー達を見回して言った。そしてすぐにシェイプス先生に目を留める。


「貴殿が代表者だな。お初にお目にかかる。私はガナッシュ・ウーアシュプルング。この屋敷の主であり、ウーアシュプルング商会の会長をさせてもらっている」


 ガナッシュさんはにこやかに。それでも厳格な雰囲気を崩さないまま、シェイプス先生と力強い握手を交わす。年齢こそ違えど、2人共体格が良く。粛々と話を続ける様はそれだけで近寄りがたい。

 だが。エリーゼさんがあらかじめ話をしていた事と。俺達が口笛で余所者アウトランダーを呼ぶ事を話していたからか、ガナッシュさんは飲み込みが早かった。


 改めてガナッシュさんが余所者アウトランダー達を屋敷の客人として迎え入れる事を告げると、屋敷全体の雰囲気が緩くなる。そして使用人達にテキパキと指示を出し、とりあえず余所者アウトランダー達が今晩寝る場所を作るように告げた。


「とはいえ。30余人を寝かせれる場所など、流石に屋敷の中にあったかどうか」

「ご心配なさらずとも。我らはどんな場所でも眠れる者達ですし、石を枕として、土を寝床とするのが我らのあるべき姿。そして我らは、自分達が異様であるとも理解しています。御屋敷の皆様には良くして頂いておりますが、他の来客等に我らの姿を見られては、妙な噂も立ちましょう」


 ガナッシュさんが笑いつつも口ひげを触って言い、シェイプス先生は武人のように頭を下げて静かに返す。


「今宵は風雨が激しく、天幕を建てる暇もありませんでした。日が出るまでこちらの片隅をお貸し頂ければ、明るくなり次第森の中へ移ります。それに、我らは押しかけている立場。ガナッシュ様と御令嬢のご厚意に、あまり甘える訳には参りません」

「貴殿は堅苦しいな。だが、それで良いのか? 病気の者や怪我人が居るなら、そう言った者だけでも部屋を用意するが」

「御心遣い。痛み入ります。健やかさと清貧をこそ我らは是としておりますれば、この場所で構いません。ただ、神子様達はまだ幼子で御座います。ご慈悲に甘えさせて頂けるなら、神子様達にだけは暖かい部屋をお貸し願えませんか」


 シェイプス先生が再び頭を下げ、風呂でピカピカにされた兎耳の双子を一瞥した。

 ガナッシュさんも栗色の兎耳の双子を見ると、明るく力のある笑顔を向け、双子の前に片膝を着く。


「もちろんだ。ウーアシュプルング家の家長として、ケレンの神子様達を丁重にお迎えしよう」

「ありがとうございます。貴方と、貴方の周りにも。神々の加護があらん事を」


 ティムが粛々と頭を下げ、神子として御礼を言った。タムも貴い雰囲気のまま頭を上げると、ちらりと探索者シーカー3人を見る。

 その視線に、ガナッシュさんが気付かない訳が無い。


「少年少女達は、こちらの方々と知り合いだったな。神子様お2人だけでは色々と不便だろうし、同じ部屋で寝てはどうだ? シェイプス殿も、神子様達が少年少女達と一緒なら安心では無いか?」

「それはもちろん。探索者シーカーの御三方には、一度神子様達をお救いして頂いております。何の不満が御座いましょうか。無論。御三方が煩わらしくお思いにならなければですが……」


 この場の全員の目が俺達に注がれ、心臓がぎゅっとなる。

 ただの確認なのだけれど、たくさんの人の目に注目されるというのは、中々に胆力が必要になるのだと実感し。小さく深呼吸をした後に俺は背筋を伸ばし、顎を引いて明朗に言う。


「皆さんが良ければ、謹んでお受けします」


 俺に続いてシルベーヌとミルファも微笑んで頷き、それを見たタムとティムが嬉しそうに手を取り合った。

 次いで、ガナッシュさんが覇気のある声で叫ぶ。


「話は決まりだな。屋敷の皆! 聞け! 少年少女達の部屋に追加の寝具を! それとケレンの民の皆様にも寝具を持って来て、暖かい寝床を拵えなさい! 雨露を凌げるだけでも良いとは仰られたが、客人にそれではウーアシュプルング家の名が泣く! もちろん。深夜労働の特別手当は出すぞぉ!」


 屋敷の主の力ある声。最後の言葉は冗談めかして明るく言ったが、本当に出す意思が感じられて使用人達は笑った。

 今までもじわじわと近づいていた余所者アウトランダー達と屋敷の皆さんの距離が、更にグッと近づいたのが分かった。皆に心なしか気合が入ったような気さえする。



 ウーアシュプルング家の御屋敷の皆さんと、余所者アウトランダーの皆さん。その普段ならば絶対に交わる事の無い人々を引き合わせたのが、俺達なのは間違いない。

 だが、その人々の間を取り持って距離を近づけたのは、エリーゼさんとガナッシュさんの落ち着いた対応。シェイプス先生達の丁寧で礼儀正しい対応。戦後の大人達の礼節と、互いに穏やかに意思疎通しようとする努力だ。

 そして心理的な面では、タムとティムという子供達の存在が大きいだろう。兎耳の双子は、天性の愛嬌と貴い雰囲気でもって、周りを和やかにさせていたようだった。


(やんごとなき人の持つ。天賦の才ってやつなんだろうか)


 俺は嬉しそうなタムとティムを見て思い。次いでシェイプス先生と話すガナッシュさんに目をやった。

 ガナッシュさんの声と雰囲気にも天賦の才、人を惹き付ける力がある。俺の持つ偽りの雰囲気では無く。長い人生での人付き合い。その経験と自身の才覚で生み出された、人を束ねる指揮者の声だ。


(どんな所作にも、何故か不思議な説得力が付いて来る人。一声で周りを変える人。こういうのが本物なんだろうな)


 俺はぼんやりと思い。慌ただしくしながらも、至る所で屋敷の皆さんと余所者アウトランダーの皆さんとの和やかな会話が始まるのを眺めた。


「よっし! 兄ちゃん姉ちゃん達! 一緒に寝よう!」

「話したい事が、いっぱいあるんだよ」


 タムがグッと俺の右手を握り、ティムが優しく左手を握る。

 そして双子の兎耳が、嬉しそうにピンと立った。

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