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第90話 雨中の再会

 雨が降っていた。

 厚く重い雨雲から大き目の雨粒が降り注ぐ、どことなく暗い雨である。


「寒い時期の雨って、何だか寂しいのよね」


 ウーアシュプルング家の御屋敷の一室。俺とシルベーヌしか居ない図書室の中。

 シルベーヌは窓辺に寄りかかり、儚げな溜息を吐いた。彼女のぼさぼさの金髪も、湿気で心なしか元気が無いようにも見える。

 長いソファに腰かけていた俺は本から顔を上げ、窓辺のシルベーヌに目をやった。図書室のアカデミックな雰囲気もあり、窓辺の少女というのはとても画になる。

 俺は本を閉じ。ソファに座り直した。


「雨降ると、ちょっと冷えるしな」

「だよね。私は雨の音とか匂いは好きなんだけど、寒いのはあんまり」


 シルベーヌは答えると静かに立ち、俺の右隣に元気よく座った。僅かに空いていた隙間も詰められ、体の横側が密着する。

 服越しに暖かな体温が感じられ、身体の柔らかさとシャンプーが薫り。微かに胸が高鳴ってしまう。


「こうするとあったかい」

「膝に来るのかと思った」

「ここだとそれは……恥ずかしいじゃない。急に知らない人に見られたりしたらやだもん」

「もん。じゃないよ、もんじゃ」


 互いに適当すぎる会話で笑った後、シルベーヌは背もたれに身を預け。僅かに俺の方に体重を預けて来た。

 彼女は普段より何だか大人しい。というか、雨音と雨の匂いでセンチメンタルな想いを抱いているのが察せた。


「ねえブラン」

「おう?」

「手。握って欲しい」


 いつもより小さな声。そして顔をこちらに向けず、シルベーヌは左手を俺の膝の上に出した。俺が何も言わずに彼女の手に自分の右手を重ねると、右手は優しく握られる。

 握手をするような、互いにおずおずと言った感じの手と手。心臓が鼓動を速め、自然と手の平の温度が上がっていく。それを気取られないかと不安になり、こちらも微かに手に力を込めると、シルベーヌがくすりと笑った。


「何で急に手が汗ばんでるのよ。あと手の温度凄い上がってるし」

「ご、ごめん」

「別にいいよ。嫌じゃないしさ」


 全部見透かされて慌てる俺に対し、シルベーヌは明るく笑った。


「私も単純よねー。ちょっとこういう事あるだけで、雨で詩的な気持ちとか吹っ飛んじゃうもの」

「こういう事って、俺の事?」

「まあね? ブランにくっつくと、何か安心しちゃうの」


 そう言ってシルベーヌは、握り合っている手に力を込めたり緩めたりを繰り返す。

 自然とそちらに意識が集中し。手の平の柔らかい部分と、機械弄りで微かに硬くなった部分が良く分かるが。俺の意識は別の方向にも飛んだ。


 テショーヤさんという新しい人物との出会いを切っ掛けに、俺の「親近感が湧く」雰囲気は異常だという自覚を得た。それは当然。今まで出会って来た人物も、その異常な雰囲気に当てられている事を意味し。中でもシルベーヌとミルファの2人は最も長い時間、俺の異常な雰囲気に当てられているはずだ。

 俺だって底抜けの阿呆では無い。性欲はあるし、モテたりしたいという思いはある。そしてシルベーヌとミルファの2人は、今までの事を思い返すと、俺の事を憎からず想ってくれているのだろう。

 勘違いであるとか意識のし過ぎ。経験の無い男の妄想が行き付く先。そういう可能性はゼロでは無いけれど、今の状況だって、何とも想っていない奴には起こし得ない行動だと考えられる。

 でも。その切っ掛けは? 俺の事を明確に魅力ある異性だと意識した、本当の始まりは何処だ? 俺はそこを疑問に思うのだ。



 シルベーヌとミルファ。俺にとって大切な2人は、俺の異常な雰囲気に当てられて、好意を抱いてしまっているだけなのではないか?



 無論これが。一緒に頑張ってくれると言ってくれた2人への、失礼極まる疑念だという思いもある。俺を支えて信じると快活に言い放ってくれた2人に対する、裏切りとまで言って良いかもしれない。

 でも、この疑念は忘れてはいけない。それは自分の持つ”人好きする雰囲気”が天賦のものでは無く。後天的な、後付けされたような代物だと感じるからで――


「こらっ」

「むぐっ」


 気付けば、シルベーヌが邪悪な顔で俺の鼻をつまんでいた。片手は手を握ったまま、身を捩じっている姿勢だ。


「まーた小難しい事考えてたのね?」

「……ちょっとね」


 鼻声で答えると、シルベーヌが明るい笑顔になる。


「真剣な考えかもしれないし、無理して言わなくてもいいよ。でも、爆発するまで溜めてちゃダメだからね? もっと私とか、ミルファを頼って良いのよ」

「……おう。ありがとう」


 俺がそう言って笑うと、図書室の扉がゆっくりと開かれた。俺とシルベーヌは慌てて握り合っていた手を離し、ほんの少しだけ身体を離す。

 図書室に入って来たのは、3機のテトラを従えたミルファだった。

 正方形と横長と縦長の3機は、小さくビープ音を鳴らし。ミルファの足元を通り過ぎ、図書室の中を物珍しそうに見回りだす。

 そしてミルファは俺とシルベーヌの前に立つと、たおやかに微笑んだ。


「テトラ達が舞踏号の整備に関して、整備士の意見を求めています。生身の感覚を必要としている。と、言った方が良いかもしれません」

「求められたんじゃ行くしかないわね!」


 シルベーヌはソファから勢いよく立ち上がると、笑顔でぐっと背筋を伸ばして3機のテトラ達を足元に呼ぶ。


「で、どうしたの皆?」


 3機の黒く四角い箱が、各々好き勝手にビープ音を鳴らし、不協和音のような合唱が始まった。それをミルファが翻訳し、シルベーヌはポケットから取り出した手帳にメモを取りつつ頷き続ける。


「うーん……? 皆の話から察するに一部の自己修復が歪に活性化して、自律神経系の数値が上がってる……? 確かにちょっと分かんないわね。ペテロとヤコブは舞踏号の所まで一緒に来て。ヨハネは私の部屋から、舞踏号の整備ファイル持ってきてくれる?」


 話を聞き終わったシルベーヌが3機の四角い箱達へ個別に指示を出すと、箱達はすぐさま指示通りに動き出した。シルベーヌ本人も、正方形と縦長の箱を従えて足早に図書室を後にする。

 せわしない1人と3機を見送った後。ミルファが優しく微笑み、今度は俺に問いかける。


「ブランも、リヴォルヴァーカノンの説明書は読みましたか?」

「おう! テショーヤさんお手製の物だしな。使い方はバッチリ!」




 30mm口径のリヴォルヴァーカノンは、俺達が店舗に行った日の翌日。その夕方には納品された。

 シルベーヌが渡した舞踏号の手の寸法などを元に。外装や巨人の為の引き金を取り付けられた30mm口径の機関砲は、ブルパップ方式で全長が短めになるようにされた、アサルトライフルに似た見た目になっていた。グリップにハンドガードもついた、小気味よい角型の機関砲である。

 テショーヤさん曰く。人型機械ネフィリム用の銃器に関するデータなど殆ど無いので、とりあえず思うままに創り上げた結果らしい。使い辛い事や気付いた事は積極的に還元するとも言われ、例え事故で30mm機関砲が全破損しようとも、修理の間は代車ならぬ代銃を用意すると保証された。

 そうやって妖しげな笑みを湛えて俺達に詳細な説明をしたテショーヤさんだったが、ついでに出来ればガナッシュさんと直接話したかったようだ。だが、屋敷の主は多忙である。そこで代理としてエリーゼさんが応対して、応接室でほんの十数分の歓談の後。彼は満足そうに俺達の所に戻って来た。


「皆さまと出会えた幸運に、本当に感謝しなければいけませんね」

「はぁ……そうですか……?」


 いまいち得心の行かない俺が曖昧に答えると、テショーヤさんはミステリアスな笑みを湛え、俺の手をそっと取って握手をする。


「御令嬢のご厚意で、ご多忙中にも関わらず、ガナッシュ会長と無線で少しだけお話をさせて頂けました。大変ありがたい事です。そして私はこれから、ウーアシュプルング商会とも仲良くさせて頂けそうなのです」


 恐らく。テショーヤさんは俺達を足掛かりに、こうやってウーアシュプルング商会に関係を持つことを期待していたのだ。

 あの緩い広告代わりの契約など二の次。メイズ島有数の大商会と少しでも親しければ、個人事業主であるテショーヤさんは、色々な恩恵に預かる事が出来るだろうというのは想像に難くない。


「勿論。これはあくまで皆さまのご厚意によるもの。これから確かな信頼を得るべく。私個人としても、テショーヤ銃砲店としても、探索者シーカーを全力で支えさせて頂く所存です」


 そう言うとテショーヤさんは再び妖しく微笑み、やる事がたくさん出来たと言って舞踏号をちらりと見る。


「実物を見るのは初めてですが、巨人の戦士は勇ましいですね。武具を用立てる甲斐があります」


 そして彼は微笑み。嬉々としてウーアシュプルング家の屋敷を後にしたのだった。

 エリーゼさんや使用人の皆さんにも心象を聞いてみると。テショーヤさんは悪人では無く、少し変わった方という印象を受けている人が多かった。武器が恋人の人みたい。という印象を受けたという言葉が、一番胸に残ったものだ。




「機関砲は持った感じ、片手で保持も出来そうだったから、いよいよ左右の腕を別々に動かす練習しないとな」

「あまり無理をしてはいけませんよ? 傷口だって、まだ塞がっていないでしょう」


 両肩をグルグル回す俺を見て、ミルファは心なしか心配そうに言った。


「大丈夫だよ。ちょっと血が滲むだけだし、痛み止めだってあるしさ」

「生身の方は、自分の身体をきちんと労わらないとダメなんですよ。大事な身体なんですから。では、私達も舞踏号の方に参りましょう。整備士が必要と言う事は、パイロットも求められるはずです」


 彼女の一言で俺は本棚に本を戻した後。2人で車庫の方に向かって行ったのだった。



 それから舞踏号の細かな調整や違和感の調査をしていると、あっという間に夜になってしまう。

 館の主人はまだ帰宅していないが、なにせ屋敷の一同はお腹を空かせているのだ。夕食の時間に変更は無い。

 ちなみに今日のメニューはトマトとベーコンのスパゲッティ。その他サラダやちょっとした副菜がいくらか。お金持ちの御屋敷とは言え、そう毎日コース料理のような物を食べている訳では無い。むしろ沢山いる使用人や、真面目に働く人々の胃袋を支える為。ボリュームと栄養があって沢山作れる料理が多いのだ。

 そして大量に作る品にこそ、手を抜かないのがウーアシュプルング家の台所。たくさん作るから味が大雑把などと考えるのは邪推で、外で食べれば4桁前半の価格がする味だと断言できる。

 しかし。中でも一番驚くべきは。大皿から自分の皿に盛ったり盛られたりしても、不思議と具材の量が片寄らない事だ。アルさんに聞くと、ケンカにならないよう料理長が魔法をかけてくれている。なんて、笑って教えて貰えた。

 食を共にするので自然と一体感の様なものも生まれていくし、食卓に着いている者は皆和気藹々としていて親し気だ。


 そうやって楽しく夕食を頂いていると。とある使用人さんが噂話を教えてくれた。


「以前、人型機械ネフィリムっぽい物を乗せたトラックがホワイトポートの街中を走っていたのを見た」


 思わずスパゲッティを食べる手が止まり、詳しく話を聞いてみる。

 どうも俺達がウーアシュプルング家に来るより前に、大きめのトラックが1台街中を走っていたのを見たというだけらしい。荷台にはカバーが掛けられていたけれど。舞踏号を見る機会が増えた今、カバーの隙間から見えたのは人型機械ネフィリムの腕で間違いなく、カバーの凹凸もそれっぽい。という話である。


「ダースさんの手紙にあった。赤錆色の人型機械ネフィリムの移送の事かしら」


 シルベーヌがスパゲッティをフォークに巻きつつ、難しい顔をした。

 舞踏会の直前に、ベイクをメッセンジャーとして渡されたダースさんの手紙。あれは飄々とした見た目とは真反対に、色々な事が殴り書きされた代物だった。

 赤錆色の人型機械ネフィリムが、色々な運用データと共に持っていかれた事。部隊の編成が多少変わるかもしれない事。それらはベイクを含む運用スタッフが307(サンマルナナ)の駐屯地からホワイトポートに向かう直前の事で。特にベイクは思う事があったようだが、そんな事はおくびにも出していなかった。

 それでも。最初の時やたらと無愛想だったのは、こういった事があったからかと何となく思えたものだ。


 ミルファも手を止め、シルベーヌに言う。


「運用データと共に赤錆色の人型機械ネフィリムが回収されたという事は。それらを利用する算段が付いているのでしょうね」

「利用。ねえ……。えーっと誰だっけ。統合作戦本部長? あの人が確か、307小隊の事もチラッと言ってたわよね」

「ビッテ・マルフィーリ中将ですね。何か具体的な事は仰っていなかったはずですが……」


 俺は口の中の物をきちんと飲み込んでから、息を整えて2人に言う。


「ひょっとしたら、人型機械ネフィリム部隊でも作る気だったりしてな?」

「307小隊が居るのに、新規に編成するって事? どうなのかしらねえ……」

「舞踏号ですらパーツの摩耗が激しいのに、わざわざ新部隊を作る利点が、中々見出しにくくはあります。ですが、可能性としてはゼロでは無いでしょう」


 3人で首を捻るが、やはり良いアイデアが浮かぶ訳でもない。

 俺達はこの考えをとりあえず保留し、再び楽しい食事に集中し始めたのだった。



 そしてあっという間に夜である。

 朝から降り続ける雨が激しくなり。いつもよりも闇が濃い。

 ぐっすり眠っていた俺は、ビープ音と共に硬い手で揺り動かされ、まどろみから引っ張り出された。


「ぬおっ……ペテロ?」


 目を擦って状況を確認すると。薄ぼんやりした明かりの中。正方形の四角い箱、ペテロが手足を展開してベッドに乗り、俺の真横に鎮座している。

 そしてペテロはビープ音を鳴らすと、勢いよく布団を剥ぎ取った。


「なん……な、どうした?」


 次いでペテロはベッドから飛び降りると部屋の外へと向かい。付いて来いと言わんばかりに手を振った。

 俺は目を擦ると無理矢理に意識を覚醒させ。寝間着のままペテロの後を追う。そして廊下に出ると、同じく眠そうな人影とばったり出くわした。


「シルベーヌ。ミルファ。どうしたんだ2人とも?」

「う”-……? ブランもなの?」

「それぞれの部屋に居たテトラが、私達を起こしたようですね……」


 寝間着のシルベーヌは未だ状況を把握しきれていない様子で、ミルファは一番目覚めが良いけれど、テトラ達の目的を掴めずにいるようだ。

 3機の黒い箱は、叩き起こした俺達を見上げてビープ音を鳴らす。


「……何です?」


 テトラ達の言葉に、ミルファが耳を傾けた。

 小さなビープ音の合唱が、内緒話のように深夜の廊下に響く。


「皆は何て?」

「妙な音が聞こえると、テトラ達は言っていますが……」


 俺が聞くと。ミルファはハッとして顔を上げ、耳を澄ます。


「ノイズでは無いようです」

「……どういう事だ?」


 瞬間。俺の身体はじりっとした何かの気配を察知した。夜の闇の奥からこちらを伺っているような、探るような目がいくつも動いている感覚がする。

 足元では、テトラ達が不安げに身を寄せ合った。


「舞踏号の所に行こう。何かに見られている感じがする」


 俺がそう言うと、3人で車庫に駆け込んだ。探るような気配はなおも濃くなるばかり。得体の知れない感覚に、多少なりとも不安を抱く。


「ブラン。まだ気配はしますか?」

「するよミルファ。何だろうな……戸惑いがちっていうか、対応に困ってる感覚……? 微妙に変だ」

「悩んでる暇は無いわね。ブラン。舞踏号に乗って、機関砲と手斧を握っておいて。ミルファはライフルとライト。油断はしちゃだめよ」


 シルベーヌが指示を出し、俺とミルファはその通りに動いた。

 地面に座り込む舞踏号の背を駆けあがり、コクピットへと滑り込む。ハッチが閉じると同時に意識が失われ、いつもの幻聴が聞こえる。



 安心して 大丈夫



 意識が戻る。(舞踏号)は中腰になって30mm機関砲を右手に持ち。舞踏号用の手斧を腰のラックに懸架した。

 その頃には、周りを探るような気配をよりはっきりと感じ取れるようになっていた。車庫から出て左側。少し行った所にある森の奥。そこから沢山の視線が、屋敷全体を探っているのだ。


『場所を掴めた。ミルファ。行ける?』

「はい」


 (舞踏号)が声を掛けると、ミルファは寝間着の上に防弾チョッキを着てライフルを背負い、ライトを片手に(舞踏号)の肩へと上がって来た。

 足元では、シルベーヌもサブマシンガンを腰に吊るして、ライトを握っていた。


「ブラン。ここから飛び出して、その場所まで行ける?」

『おう! 相手が何だろうと大丈夫だ』

「それじゃあそこまで一直線に。相手をきちんと確認するまで発砲は禁止。良いわね?」


 (舞踏号)とミルファは大きく頷き、少しだけ息を吸った。

 シルベーヌが車庫の扉を素早く全開にし、しゃがんでハンドサインを送ってくれる。


『行くぞぉ!』


 肩の上で、ミルファがグッと強張った。


 クラウチングスタートの要領で車庫の床を蹴り。重い雨の降る夜の闇へと飛び出した。外に飛び出してすぐ、左へ急激に方向転換。足先が雨を吸った土を巻き上げる。

 そのまま真っすぐ急加速。数百mの間、雨粒のカーテンを走り抜け、森と屋敷の庭の境界線で急停止。30mm機関砲を気配のする方へ構えて声を上げる。


『動くな! どこの誰だか知らないが! そこに居るのは分かっている!』


 降りしきる雨の中。戦化粧をした巨人が、左目を爛々と輝かせて叫んだ。

 肩の上に居たミルファは、雨に濡れつつ森の中に目を凝らし――


「待ってくださいブラン。変です」

『変?』

「向こうから戦意を感じられません。これは――」


 ミルファは肩から飛び降りると、地面に立ってライトを点けた。そして森を照らし、周りを照らし。最後に自分の顔を照らす。すると森の中から発せられていた疑念が、大きな安堵に変化した。

 (舞踏号)が機関砲を下げるよりも早く、森の中から小さな塊が2つ飛び出し、ミルファに向かって突進した。


「ミル姉ちゃん!」

「お久しぶりです!」


 2つの塊はミルファに飛びつくと、心地よいソプラノの声を上げた。雨音の中でもよく通る、清涼とした声だ。そして声の主は、栗色の髪の毛から、長い兎のような耳がぴょんと立つ男女の双子。


「タム。ティム。お久しぶりです」

「見た事ねえ場所だし知らねえ人ばっかりの家で、どうしたら良いか悩んでたんだよ!」


 ミルファの声に、双子の姉。タムが兎耳を揺らし、安心した様子で笑った。

 そこに(舞踏号)の後ろから、シルベーヌがライトを点けて走り寄って来る。それを見たタムとティムは、シルベーヌの方にも駆けて行って抱き付いた。


「シル姉ちゃんも!」

「お久しぶりです!」

「タム! ティム! 余所者アウトランダーの皆さんだったのね!」


 降りしきる雨の中。シルベーヌとミルファ。そして兎耳の双子は、互いに嬉しそうに撫でたり抱きしめたりして再開を喜びあい始めた。

 周りからも、帽子やゴーグルに覆面。そして薄汚れたロングコートという出で立ちの余所者アウトランダー達が、ぽつりぽつりと姿を現し始めている。

 その中でも、コートにオレンジ色の線が入った余所者アウトランダーを見つけると、(舞踏号)は片膝を付き、礼をした。


『お久しぶりです。シェイプス先生。俺達が呼んだのに銃を向けて、本当に申し訳ありません』

「お久しぶりで御座います。気になさらずとも良いのです。こんな闇の中で、しかも互いに詳細が分からぬ状況。致し方ないでしょう」


 厳つい面構えで、顎髭ともみあげの繋がった。余所者アウトランダーの中心人物。シェイプス先生は、雨に濡れる巨人を見上げて微かに微笑んだ。


「エックシッ!!」


 唐突にくしゃみが飛んだ。

 それは雨でずぶ濡れのシルベーヌからで、釣られてタムも大きなくしゃみをし。雨中の闇の中に笑顔が輝いた。

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