第84話 闘諍のエチュード
舞踏会の開会と、それに続く勲章の授与式。
城の大広間。その最奥に設けられた豪華な壇上で行われたそれらの式典は、参加者ほぼ全員が見守る中、大変和やかな雰囲気で始まった。大広間の横は、ガラスの窓を隔ててすぐ中庭で、2人の巨人が傅いているのが良く見えている。
開会の挨拶をしたのは、メイズ騎士団の騎士団長たる老人。セピアート・クレマ・クルーダ大将である。
短い白髪に白い髭。そして背筋を伸ばす事も辛そうな程衰えた肉体。騎士団員を示す青と白の軍服には、数多くの略綬や飾り緒が、老衰を隠すように付けられていた。
歯に衣着せぬ物言いをすれば。覇気の無い、虚ろで今にも魂の抜けそうな老人であると言って良いだろう。老人の、軍服に付けられた勲章や階級章の重さにすら負けそうな心身の弱りように。真に失礼ながら、俺はクルーダ大将が本当に騎士団の長であるかを疑ってしまった程だ。
だがその弱り切った手には、しなやかで繊細な装飾の施された、黒く真っすぐな杖が握られている。まるで老木を支える添え木のような杖だが、その杖こそ騎士団長の証であり、騎士団全体を総括する者ののみが持つ事を許される、権力の象徴だ。
「指揮杖と言ってな。ちょっとした権威付けの小道具だ」
開会の挨拶中。
俺は屋敷での夕食時などにガナッシュさんが、騎士団について教えてくれた事を思い出す。
「島を統治する騎士団という組織。その権力の根源が、生体兵器からの都市防衛や、犯罪を抑制する武力であることは間違いない。なんせ300年前の一番頭の悪い戦争が終わった直後。島中の別勢力を叩き潰して覇権を得た武装組織がいてな。それが騎士団の大元だ」
確か、食後に紅茶を飲みつつの事だ。ちょっとした歴史の授業のようだったが、シルベーヌが熱心に聞いていたのは記憶に新しい。
「騎士団がやたらと体面を気にするのは、戦後の混乱に乗じて、そうやって武力で権力を確立した部分に負い目を感じているからだな。時間が経った今でこそ、そういう頃もあった。で済まされる事かもしれんが、同時に気に入らないと考える人間も出て来る。そういう人間を間接的に抑えるのが、『現に平和を保ち、尊敬される組織である』と、世間の評判を高める事だからだ。日頃から高潔で尊敬されていれば、『騎士団を打倒する!』なんて言い出す奴が出ても、世論が悪役に仕立て上げてくれる」
言われてみればそうである。今問題が無ければ、別に良いじゃないか。そう思ってしまう人は少なからず居るはずだ。安定した生活を送れているのなら、なおさらその気持ちは強いだろう。
「まあともかく。騎士団なんていう中世的な名前。懐を深そうに見せたい対応。そういった部分も、高潔で清廉潔白な組織に見せたいという思惑があるからなのは間違いない。……っと、話を指揮杖に戻そう」
歴史の話の後。ガナッシュさんは改まる。
「あれは実際に、騎士団創設の際に作られた杖だ。創設当時から存在する指揮杖は、長い時間を経た今、騎士団の歴史そのものを象徴している。杖を持つ者は、まさしく歴史を手に握り、騎士達を統率する立場にあるという訳だな。現騎士団長が高齢なのもあって、本当に杖としても使っているが」
そう言って笑うと、そのまま続けた。
「まあ大事な事はだ。指揮杖を握っている者が、今のメイズ島で一番偉い奴と言う事だ。ただ、指揮杖に騎士団員が従う不思議な魔法が掛かっていたりはせんからな? 壇上で騎士団長から奪い取って、俺が騎士団長だと叫んでも良いぞ。あっという間に銃殺されて、稀代の狂人として歴史に名を遺すだろうが」
そんな授業を全て思いだし終える頃には開会の挨拶も終わり。俺は顔を引き締めた。
開会の挨拶に続いて行われた勲章の授与自体も、騎士団長自らが行った。
授与式は俺達以外にも、騎士団内、民間を問わず。色々な功績があった方々が壇上に並び。1人づつ順番に勲章を胸に付けてもらうというものだ。
壇上の隅に並べられた椅子で待ち、名前を呼ばれたら中央に居る騎士団長の元までゆっくり歩く。そこで勲章を授与されると、大広間中から拍手が送られて、報道用の素材にする写真が撮られ。それが終われば席に戻る。この繰り返しだ。
何人かの先達の後。俺も名前と探索者という肩書。そして騎士団への協力という功績を呼ばれて席を立った。騎士団長の前までゆっくり歩み寄り。最敬礼を一度。
「ブラン殿。よく頑張ってくださいましたね」
白髪の騎士団長にゆっくりした、弱々しい声で呼びかけられ、頭を上げるように言われる。
「騎士団との協力を讃える、連携者勲章です。これからも、市民と騎士団の為に」
騎士団長はそう言うと、隣に立つ礼装の騎士から銀色の勲章を取り、俺の胸に取り付けようと手を伸ばした。震える指が、上着の胸に触れる。
しかし勲章の留め具が硬いのか、制服の生地が硬いのか。騎士団長は勲章を付けるのに少し手間取ってしまう。いずれにしろ微かに振るえる指では、難しそうなのが察せた。
「あの。騎士団長閣下。良ければ自分が……」
「そのまま、そのまま。こういった式典の際には、気を利かせてはいけません」
思わず小さな声で言いかけるが、同様に小さな声で優しく窘められる。
少しの間の後。騎士団長は俺の胸に勲章を付け、満足そうに微笑んだ。最後に握手を求められたので差し出された手を握ると、沢山の拍手が鳴り響き、カメラのフラッシュが焚かれた。
目が眩む中でも分かる。騎士団長の手は骨ばってやせ細った、骨と皮ばかりの老いた手だ。
「お若いですなブラン殿。生気に溢れる、若人の身体をしておられる」
「ありがとうございます。閣下」
「良いですね、本当に。若いというのは……」
騎士団長はどこか遠い目をすると、席に戻って良いですよ。と、微笑んだ。
俺は再びの最敬礼の後、その場で毅然とした回れ右。ゆっくりと壇上の自席に戻り、椅子に腰を下ろす。
すぐに俺の隣に座るシルベーヌの名が呼ばれ。彼女も勲章を授与されると席に戻り、次にミルファが呼ばれて勲章を授かった。そして更に別の方の名が呼ばれ、粛々としつつも明るい雰囲気で授与式は進行していく。
俺達は3人共、授与式の最中一言も私語を発せず。背筋を伸ばして緊張したままであった。
堅苦しい授与式が終わりを告げると、会場に待機していた楽団が、ゆったりとした音楽を奏で始めた。後は余興の類がいくつかあるだけで、閉会までは自由にしていい合図だ。
大広間で始まった歓談の声や音楽を耳にしつつ。壇上に居た参加者は一度参加者控室に引っ込むと、皆が皆、どこかホッとした様子で明るい表情になっていた。
俺も深呼吸を一度。失礼の無いように精いっぱい務めたつもりだが、大変緊張して肩が凝った。
シルベーヌとミルファも同様で、皆ただ壇上に座って、少し話をして勲章をもらっただけのはずが、まるで遺跡に潜って帰って来た時のように疲弊していた。
大きく息を吐いた後。ミルファが苦笑いする。
「流石に沢山の人の目に留まるのは、精神面で疲労しますね」
「ホントよね。まあ特に何も無く済んで安心! ……で。騎士団長、どう思った?」
シルベーヌが少しだけ声を潜め、俺とミルファに聞いた。
「俺は正直、よく分からない。権力者なのは間違いないけど、体が弱ってるお爺さんってのが感想だ」
「私は騎士団長に、どこか焦っているようなものを感じました。何かに怯えているような、そういう印象も」
俺に続いてミルファが、声を小さく潜めて言った。
それを聞いて、シルベーヌの顔が一瞬曇る。
「私は騎士団長が、見た目よりもかなり元気な人だと思ったけど……。3人共握手したわよね? 結構力強くなかった?」
「ええ? 凄く弱々しかったろ?」
「私は優しく握手されましたよ? ……どういう事です? 3人の意見がここまで揃わないのは初めてです」
ミルファの言う通りだ。今までは3人共、人物評については何らかの傾向があって。その共通部分から人となりを探れたものだ。でも、今回は三者三葉、印象が違い過ぎる。
「勲章付けるのだって、指震えててさ。ちょっと手間取ってたよな?」
「えっ。全然そんな事なかったわよ? 一発でカチッと付けてくれた」
「私の時は、凄く丁寧でしたが……」
まただ。3人それぞれが受けた騎士団長の挙動が違う。
指の震えは演技だった? でも、それにしたって何でそんな真似を? 目的が分からない。あの老人は一体何を――?
「少し良いかね」
悩みかけていた俺達に、厳粛な男性の声が掛けられた。
声を掛けてきたのは、白髪の混じる髪を短く刈りこんだ、老年の騎士団員だ。青と白の礼服には、飾り緒や略綬がたくさんついており、それだけでも階級の高さを伺わせる。そして何より、背筋を伸ばして後ろで手を組んだ姿が堂に入っており、厳しそうな雰囲気が俺達の気を引き締めさせた。
その隣に居るのは、いつの間にか控室に入って来ていたカール中佐だ。中佐はニヤリと笑いつつ、俺達に向けて恭しく言う。
「こちらの方はメイズ騎士団統合作戦本部長。ビッテ・マルフィーリ中将。君達と引き合わせてくれないかと、中将自ら頼まれてねェ」
「こ、これはどうも!」
俺達は3人共。慌てて背筋を整えて礼をした。
統合作戦本部長と言えば、騎士団長に次ぐ権力を持つ、騎士団の№2なのだ。騎士団での軍事行動のほぼ全てを引き受ける、重要人物だと事前に教えられた。
そしてこの人こそ、エリーゼさんの事件に関わった『代表』の父親なのである。つまり、ひょっとしたら真っ黒かもしれない人物に他ならない。
緊張と警戒で神経がピリっとする中。ビッテ中将は、厳粛な雰囲気のまま俺達に語り掛ける。
「君達が騎士団に協力してくれた事。統合作戦本部長として礼を言う。少々前になるが、協力してくれた人型戦車の運用データ取りも、中々に有益な物だったからな」
「ありがとうございます。閣下」
「あれ以後も、307小隊は実験部隊として十分働いてくれている。あの部隊ではこれからも人型戦車の運用データが蓄積されるし。それらを活用して、騎士団はますます強固になるだろう」
どういう事だ? 開会の前にベイクから手渡されたダースさんの手紙では、307は運用データなどを全部持って行かれていたはずでは? 情報の伝達速度の違いか? それとも運用データを持って行ったりしたのは、騎士団外部には秘密なのか?
様々な疑問が頭を掠めるが、ビッテ中将は俺に視線を合わせた。鋭い切れ長の目が、俺を品定めするように動く。
「君がパイロットだな。なんでも、『幸運の旅人』だとか」
「はい。閣下。実感はありませんが、そう呼ばれる者らしいです。しかし私は、何か特別な事が出来る訳ではありません」
「所詮、旅人など噂話に過ぎないという事か。ただ話に聞いていた通り、少し変わった空気を持つ人物だな。それと――」
今度はジッと、中将は目を細めた。今度は微かな疑念というか、探るような何かがある視線だ。
「ウーアシュプルング家に滞在していると聞いた」
「はい。閣下。ウーアシュプルング家の御令嬢の厚意で、こちらに滞在する間。大変良くしてもらっています」
俺が背筋を伸ばしたまま言うと。一瞬溜めがあってから、ビッテ中将は聞く。
「ガナッシュは息災か」
「はい。閣下。ガナッシュさんはとても元気にしていらっしゃいます」
「そうか。ではこれからも、機会があれば君達が騎士団と協力してくれる事を祈っている」
「はい! 閣下!」
簡素な会話の後。ビッテ中将は踵を返し、ゆっくりと離れていった。
すぐさまお付きの副官らしい人が、手帳を片手に何やら話しかけているので、中将はこれからもスケジュールが詰まっているのだろう。
「……偉い人の前って、なんでこんなに緊張するのかしらね? 今だってブランが話してくれてたのに」
シルベーヌがぐったりした様子で言い、肩の力を抜いて息を吐く。
そんな様子を見て、カール中佐が笑った。
「統合作戦本部長と直接話して、ハッキリ受け答え出来ただけでも十分だよォ」
「そういうもんですか?」
「そういうもの。でもまあ、オレも一応偉い人なんだけどねェ?」
俺も肩の力を抜いて聞き返した言葉に、カール中佐は太鼓腹を掻いてニヤリと笑う。
しまった。そうだった。なんて思う間もなく。ミルファがたおやかに微笑んで、愛嬌のある仕草で言う。
「カール中佐とは、多少なりとも付き合いがありますから。それに、車に酔ってぐったりしていらした事や、サボっていらっしゃったのを思い出すと、あまり厳格な印象がありませんし」
「酷いねェ、ミルファ君! まあでも、オレも君達くらいに気楽な方がイイねェ。面倒事は騎士団内で十分だしね」
「はい。実際、中佐はとても話しやすくて、素敵でいらっしゃいますよ」
「おっ。じゃあ、今から一曲踊るかい?」
期待の眼差しを向けたカール中佐に、ミルファはにっこりと笑って首を横に振った。
「大変残念ですが、まだやる事がありますのでまたの機会に。もちろん。シルベーヌもブランも、お誘いになってはいけませんよ?」
「あっという間に3人分フラれちゃったよ。おじさんは辛いねェ」
カール中佐は肩をすくめて軽妙に笑って太鼓腹を掻くと、改まって俺達を見る。
「何だか、前と雰囲気が変わったねェ。3人共、しっかり頑張ってる感じがする。おじさんはそういう子好きだよ」
「ありがとうございます……?」
「それじゃあまたね。踊りのお相手を探したり、おじさん達に挨拶しないといけないからねェ」
若干意図のつかめないまま、曖昧に返事をする俺達を置いて、カール中佐は笑いつつ大広間へと消えていった。
改めて、深呼吸を一度。
俺達も控室を出て、舞踏会の行われている大広間へと歩を進める。
大広間では、人々は大きく2つに分かれて舞踏会を楽しんでいた。
大広間の中央では、ゆったりと踊りを楽しむ人々。それ以外の場所では、机の上に出された豪勢な料理や、各所に設けられたカウンターで様々な銘酒が振る舞われ。それらを楽しみつつ歓談するという様子で、大変賑やかである。それに騎士団主催と言うだけあって、礼服を着た騎士も多いのが印象的だ。
ともあれ。楽団の演奏する音楽を邪魔してはいけないという暗黙の了解もあり、大声を上げて話す人はおらず。大変高貴な舞踏会らしい雰囲気に、何だか心が弾んでしまう。
「とりあえず、折角出されてる美味しい物食べて気合入れたいとこだけど――」
俺が大広間の隅に出されている料理たちを見て、シルベーヌとミルファに言った瞬間だ。
「あら! 探索者さん達! 見てましたわよぉ勲章の授与式! お若いのに凄いわねえ~」
「近くで見ると可愛い子達ね~! 貴方達みたいな可愛い子も探索者なんてしてるのねぇ、意外だわぁ」
やたらと大袈裟に俺達へ声を掛けて来たのは、ある程度酸いも甘いもかき分けた年齢の御婦人方である。それこそ俺達くらいの年のご子息が居そうな方々が、4、5人固まって突進するように俺達を囲んだのだ。
俺は多少なりとも圧迫感を感じて一歩下がりそうになるが、流石に失礼だと気合で体を押しとどめる。
シルベーヌやミルファも同様で、御婦人方のパワーに圧されていた。
「ど、どうもー……」
「こ、こんばんは」
「あらやだ緊張しなくっていいのに! 2人共綺麗ねぇ。私もあと20年若かったら! 着てるのは制服? 良いわねぇ~。舞踏会は初めて? 肩の力抜いて良いのよぉ、大体こんなのはね――」
そのまま御婦人方は俺達を捕まえ、やれ探索者は普段何をしているのかだとか、女子2人は俺とどういう関係かだとか、ホワイトポートでの流行の話だとか、自分の娘や息子も俺達みたいだったらなどと、機関砲のようにまくしたてて来る。
何か食べる余裕など無く、なんとか喉を潤すためにジュースを1杯握れただけだ。御婦人方と話していると、その知り合いや友人も近寄ってきて、入れ替わり立ち代わり色々な方と話し続ける状態が続いてしまう。
(こりゃあ閉会まで喋りっぱなしか)
軽く絶望しつつも、3人で老若男女様々な人と話を続けていくうちに、自然と中庭の舞踏号の側に場所が移った。やはり皆さんは、中庭に座り込む2人の巨人に少なからぬ興味を抱いていたようで。俺達が舞踏号に関する事を話すと、興味深そうに聞いてくれる。
そして数時間ほど中庭で話をしている最中。隣に居たミルファに、変化が起こった。
彼女は歓談の最中。笑いつつも軽くこめかみを抑えるようにし、俺とシルベーヌをちらりと見る。
その動作で、何も言わずとも理解した。彼女には、微かにノイズが聞こえているのだ。と、言う事は――だ。
シルベーヌが手を一度叩く。そして俺達に話しかけていた皆さんの視線を集め。舞踏号の色合いに関して、洒落ている皆さんの意見を参考にしたいと明るく言った。
彼女が天性の魅力で人々を引き付ける、ほんの少しの間。俺は手元のコップの中身をグッと飲み干し、周りの気配に心身を集中させる。
視線。周りの人々の意識。周囲の方だけではない。誰かが遠くから俺を見ている。軍靴の音。ワルツを踊る足音。歓談の声。人々の熱。舞踏会の熱気。外気の冷たさ。
微かな違和感に顔を上げた瞬間。ほんの一瞬だけだが舞踏会の雑踏に、見た事のある横顔が見えた。
短く切った黒髪と、濃い無精髭。そして岩を削ったような顔の人物。同じ探索者のナビチさんだ。しかし彼は探索者協会の制服を着ておらず、きっちりしたスーツを着込んだ姿で、すぐさま舞踏会の雑踏に消えた。
「すいません。ちょっと飲み物貰ってきますね!」
俺は笑ってそう言うと、空のコップを片手に、足早に人垣を抜ける。
「私も少し。シルベーヌ、すぐ戻ります」
「了解っ! ゆっくりで良いわよ!」
シルベーヌが目配せしてそう言うと、すぐさまミルファが俺に追いついて小声で聞く。
「気付いてくれましたか。微かにノイズが聞こえました。今は聞こえてません」
「うん。それにナビチさんが居た。何か知ってるかもしれない」
舞踏会の会場を見回す。人並みに紛れてナビチさんが壁際に向かい、扉を抜けて従業員用の区画へと入っていくのがちらりと見えた。
「追おう。派手に動くなとは言われてるけど、何をしてるのかをちゃんと聞きたい」
俺が大股に歩きつつ言うと、ミルファは頷いて一緒に歩き始める。
従業員用の扉を抜けると、綺麗に掃除された廊下が真っすぐ続いており。何枚かある扉の一つが、今まさに閉まったところだ。
2人で廊下を小走りで駆け、扉を開く。扉の向こうは棚の立ち並ぶ、倉庫のような大部屋だ。その奥にまた扉があり、扉がゆっくりと閉まりつつあるのが目に入る。
「あの、ナビチさん!」
声を掛けつつ再び扉まで駆けるが、足を止めた気配など無い。
そして俺達がまた扉に駆け寄って開いた先には、幾分汚れた階段が下へと続いていた。
コンクリートが剥き出しの階段。埃が微かに積もっている。天井には剥き出しの蛍光灯。壁には電線や電話線などが通っているであろう太い配線が巡っており。簡単な地図が無造作に貼ってあるだけだ。城内地下を巡る、従業員の移動や施設保全用の地下通路らしい。
階段を降り、左右に別れた地下通路の先を見る。縦横4m四方程の地下通路は、微かにカーブを描いているので先が見えない。また、ナビチさんの姿も見えず、足音も聞こえない。まるで幻のように消えたのだ。
「どういう事だ‥…?」
「ブランは右へ。私は左に行きます。シルベーヌが舞踏号の側で人々と話せるのも、30分が限界でしょう。それ以上は目立ちます。成果があっても無くても、30分後には中庭に戻る。良いですね?」
ミルファがすぐに決め。俺達は分かれて城の地下通路を走り始めたのだった。




