第82話 舞台袖
朝焼けの空。光と闇の狭間で揺れ動く空に、薄っすらとした雲が伸びている。そんな早朝の空に、高く澄んだ口笛が鳴り渡る。
元気な口笛が響き。続いて流麗な口笛が響く。そして最後に、たどたどしい指笛が響き渡る。
朝焼けの向こうに居る人々に届くように懸命に。何度も。何度も。
「……こんなもんかな?」
身も凍る程に冷える早朝の空気の中。屋敷の庭の隅に立った俺は呟いた。隣にはシルベーヌとミルファが立っており。皆寝間着の上に防寒着を着て、もこもこと着ぶくれした状態だ。
朝焼けに目を細めつつ、シルベーヌが少しだけ白い息を吐く。
「1人5分が3人分で15分。曲も教えてもらった通りに吹いたけど……」
「不安ですか?」
ミルファが寒そうに手をすり合わせながら聞いた。
「まあね。やっぱり無線とか電話とかの方が身近だし」
「大丈夫ですよ。きっとこの口笛の曲は、彼らに伝わる魔法ですから」
不安げにするシルベーヌに、ミルファがくすりと笑って答えた。
冗談なのは間違いないが、言った通りに魔法ならば細かい事を気にしていても仕方がない。
俺は笑って大きく背伸びをし、白い息を吐きながら2人に明るく言う。
「よし! 今日は忙しくなるぞ。舞踏号の整備もギリギリまでして、身だしなみも整えて、踊りも最終確認して……。ともかく、美味い朝飯食って気合入れよう!」
元気に溢れる返事が、心地よい朝の空気に響き渡った。
そしてあっという間に時間は過ぎ。昼と夕暮れの間の頃。
朝から伸びていた雲は更に伸び、二等星が見えない程度の曇りになっていた。
ホワイトポートの街の片隅。海と港を見渡せる岬の上に、青と白で彩られた美しい城がある。
名前をディアクライ城と言い、剣と盾が戦場の主役であった時代に岬一帯に建てられた、広大で勇壮な城郭――と言うのが能書き。
実際は数十年前。メイズ騎士団が歴史ある古い城郭の遺構の上に建てた、見た目が城の近代的な迎賓館。宿泊、会議、社交場に使用する施設群である。
更に、遺構の『歴史ある』という部分はまた少し違う。度重なる戦争で、城郭の遺構に関する歴史資料や伝承は失伝し、本来の名前すら分からないのだ。再調査などする人間もおらず。そもそも遺構の上には、中世風の城の見た目をしただけの鉄筋コンクリートの建造物が建っているので、今更どうのこうは出来ない。
つまりディアクライ城。なんて名前は、メイズ騎士団が適当に付けた名前に過ぎず。建物自体にもなんの謂れも、伝統も無い空虚な城なのだ。
結局。この城の歴史で分かっているのは、『かつて城が立っていた』という事だけ。それしか分からないけれど、さも大仰な歴史があるように標榜し。遺構に沿って美しい城を”再建”したのがこの城郭なのである。
戦後の歪さを内包し、そして象徴する建造物の一つだろう。
さて。ホワイトポートの建物の例に漏れず、白と青で塗装されたディアクライ城は、丁寧に整えられた美しい中庭を擁する建物だ。
その中庭の隅に。白と灰色で歪に斑の装甲を纏った巨人が、片膝を立てて座っていた。
逞しい四肢と厚い胸板。それらに反して優美な曲線を描く細めの腰。大きく堅牢に作られた肩と肘、膝の装甲。口の見える面頬をしたような顔。そして目元には、紅い戦化粧が見えている。幾度も戦ってきた、巨人の戦士だ。
しかし近くで見ると、勇ましい戦士の身体には、無数の生傷が見え隠れしている。白は塗装だけれど、灰色は攻撃で塗装が剥げた結果の色なのだ。
ボロボロの右手は応急処置で、人差し指と中指、薬指と小指でまとめて固定され、3本指に見える形に。
装甲の隙間から見える手首や肘は、補強材でテーピングしているようにも見え。腕の装甲には深く鋭い傷跡が数条走っており、肘や脛装甲にも傷やへこみがちらついていた。
中でも一番目立つのが、頭の片側にある擦過傷だ。塗装と装甲を薄く削り取られた傷跡からは、戦いの一部始終が容易く想像できるだろう。
俺はそんな傷だらけの巨人。自分の半身たる舞踏号を見上げて自嘲する。
「改めて見ると、やっぱり俺の使い方が悪い気がして来るな……」
俺はいつもの作業着では無い。
上着は探索者協会の制服、軍服のようにも見える深緑色のブルゾン。下はベージュのスラックス。そして履きなれない革靴という格好だ。上着の下には、襟のあるシャツとネクタイが見えている。
シャツやスラックスはピシッと音が鳴るほど美しく丁寧にアイロンがけされていて、シャツの襟なんて鋭角だ。
そして伸びて来てうっとおしい髪は、気付くか気付かないか程度に微かに薫る整髪料で整えられ、額を全て出した髪型で固定されている。
服装や髪型に関しては、ウーアシュプルング家の皆さんの協力があっての装いだ。使用人の皆さんに服のアイロンがけや手入れの仕方を実演しつつ教えて頂き。更には立ち方や座り方。礼の仕方まで懇切丁寧に指導して下さったのである。
ただ、髪型に関しては『ぽやんとした顔に似合うのはどんな髪型か』という事で、皆さんの間で議論になった。
丁度伸びていて色々な髪形が出来たので、俺は男性女性を問わず髪型をいじくり回され、若干毛根にダメージを与えられた。古今東西の様々な髪型が提案されたが、結局ガナッシュさんが笑いつつ『男ならとりあえずガッと上げておけば良い』と結論付け、今のデコ出しの髪型に至る。
まあ、皆さんが楽しそうだったし良いのだ。
「あ、こっちに居たのね!」
膝を着いて座る舞踏号の全身をくまなく見ていると、シルベーヌの声がした。
声のした方を見ると、彼女もまたいつものダボっとした作業着姿ではない。キッチリと整えられた、探索者協会の制服姿である。
深緑の上着とスラックスで野暮ったいのは俺と同様だが。どこか華があるのは彼女の天性の雰囲気によるものだろう。しかし普段と最も違うのは、ぼさぼさの金髪がつやつやになり、耳を出した清潔感のある髪型。いわゆる”余所行きの髪型”になっている事だ。
つやつや具合も相まって、蜂蜜色の金髪とでも言ったら良いのだろうか。その明るい髪は視界の端に捉えると、つい目で追ってしまう魅力を醸し出している。
そんないつもと雰囲気の違うシルベーヌが、にこやかな笑顔で俺に聞く。
「舞踏号に、何か心配事?」
「膝着いてるから、装甲の隙間に土とか入ってないか。ちょっと気になってさ。そういう小さい事も、多分見る人は見るんだろうし」
俺の答えに納得した様子で、シルベーヌは舞踏号の膝に近づいてしゃがむ。その際、整えられた蜂蜜色の金髪から、ほんのりと甘い香りがしたような気がした。
それから彼女は舞踏号の膝装甲の隙間に軽く指を入れ、少しだけ点検をする。
「大丈夫そうね。まあここに座るまでに走り回ったりしてないし、当然と言えば当然?」
シルベーヌはそう言って立ち上がると、自分の指先に真っ黒な機械油が付いているのに気付いた。普段なら作業着の腿にでも擦り付けておく彼女であるが、流石に今は格好が格好なので躊躇い、どうしようかと一瞬固まった。
そこに、凛とした声が響く。
「2人ともこちらでしたか」
声の主はミルファである。彼女もまた探索者協会の制服を身に纏っているが、俺やシルベーヌと違い、膝丈のきっちりしたスカートを履いている。上はともかく下は自由なのが、探索者協会の規定なのだ。
ミルファはたおやかに笑いつつ俺達に近づくと、すぐにシルベーヌの指先に付く機械油に気づいた。そして彼女は上着から刺繍の入ったハンカチを取り出し、どうしようかとまごまごしていたシルベーヌの指をそっと拭いつつ問う。
「シルベーヌ。貴方のハンカチはどうしました?」
「あー、トレーラーの隅っこに忘れて来たみたいで……」
「子供じゃないんですから。後で取りに行きますよ」
「あい……」
姉が妹を叱るような会話の後。すっかり機械油の取れたシルベーヌの指を見て、ミルファは満足そうに微笑んだ。
ミルファもまた。髪型がいつもと違う。普段は銀色の長い髪を後ろで結んでいるだけだが、今日は髪を少しだけ編んで上げており、いつもよりも上品で高貴に感じられる。野暮ったい制服でなければ、良家の令嬢に見えるのは間違いない。
銀色の髪自体も、シルベーヌ程劇的な変化では無いが艶が増している。白金の髪はまるで星の輝きのように微かに輝いており。視界に入れば誰しもが、遠くからでも目を奪われるであろう。
俺は深呼吸を一度。中庭に広がる芝の香りを吸い込んで、シルベーヌとミルファの2人に言う。
「準備はよし。後は舞踏会が始まるまで待機だな」
「そうね。舞踏会でやる事は多いし、休憩しときましょ」
「はい。体力温存です」
そう言ってシルベーヌとミルファは後ほど控室で合流する事を俺に告げ、先ほどのハンカチを取りに、一度トレーラーの方に向かった。
俺は2人を見送ってから舞踏号を再び見上げると、視線を外して舞踏号の向かい側を見る。
そこに片膝を立てて座り込んでいるのは、青と白で彩られた甲冑を纏う巨人の騎士。パラディンと呼称され、騎士団で運用されている人型機械だ。
西洋騎士の兜に似た、バイザーの付いた頭部。仕立ての良い、均一で頑強な装甲。パラディンの纏うそれらの甲冑は、中世的な意匠を残しつつも現代のボディアーマーのような作りをしている。装甲は裏面に至るまで綺麗に磨かれ、塗装の剥げや傷など一切ない艶やかなものだ。
傍には腰から外された人型機械サイズの長剣が置かれており、更に巨人の背には、メイズ騎士団の紋章が入ったマントまで着けている。
そう。城の美しい中庭には、向い合う形で2人の巨人が座り込んでいるのだ。
傷にまみれた巨人の戦士と、華麗に佇む巨人の騎士。互いに片膝を立てて座り、色彩も同じように白を基調をしているものの。戦士は赤で彩られ、騎士は青で彩られ。見る者に対照的な印象を与えていた。
そして当然。巨人の騎士が居るという事は、それを運用する部隊員も来ている訳で――
「ブラン。何をしている」
どこからか歩み寄りつつ俺に声を掛けたのは、茶色の短髪をした、禁欲的で精悍な青年。中庭に座り込む巨人の騎士を駆るパイロット。ベイク少尉である。
気だるげな騎士団員の誘導に従って舞踏号を中庭に運んだ際、丁度ベイクもパラディンを中庭に座らせている所に遭遇し、驚いたものだ。だが向こうは俺達が舞踏会に出る事を以前から知っていたらしく、特に驚かなかった。
少し聞いてみれば、『宣伝部隊』である307小隊から、舞踏会の賑やかしに駆り出されているのだとか。
「ベイク。仕事は落ち着いたのか」
「どうせ見世物役だ。確認する事は少ない」
ベイクは割といつもむすっとした様子だが、今日は特に無愛想だ。そして彼の格好もまた、普段の騎士団の制服とは少し違う。
青と白を基調とした、スラリとして格式高く見える軍服で、いわゆる式典用の礼装らしい。肩章や部隊章。襟元の階級章。胸にも略綬と呼ばれる長方形の飾りがいくらかついているが、中でも特異なのは腰を半周して尻側と側面を覆い、脛まである腰布だろう。軍服と同じ素材で、縁取りもきちんとしているしっかりしたものだ。
ベイクに聞けば。何でも戦後にマントなどが変遷して、ファッションの一つとして奇妙に残った代物らしい。ヒラヒラするならまだしも、それなりに硬い素材なのでそうはならず。大股に歩くとふくらはぎに腰布が当たって鬱陶しいのだとか。これもちょっとした戦後の歪みの一端なのかもしれない。
ベイクは俺の隣に立つと、大きく息を吐いて舞踏号を見上げたので、何とは無しに俺は聞いてみる。
「何かあったのか?」
「大したことじゃない。こっちの騎士達が軽佻浮薄なのが気に入らないだけだ」
心底気に入らないといった様子で言い、ベイクは腕を組む。
「なんなんだあいつらは。待機と称して居眠りはする。備品は横領する。勤務態度も悪い。そのくせ市民の前では尊大だ。この舞踏会の警備計画も適当すぎる。責任者の士官が、本当に教育課程を済ませたのか疑問に思うくらいだぞ。統合作戦本部は今すぐ監察官を派遣した方が良い」
愚痴が出るわ出るわと言った様子で、ベイクはうんざりした顔だ。そんな様子に俺は何だか親近感を覚えて笑ってしまうが、ベイク本人は冗談では無いといった様子で続ける。
「笑い事では無いぞブラン。騎士達がこれでは、法と秩序を維持する組織として示しが付かない。昔の俺のように、1人の蒙昧な不祥事が、組織全体の評価に波及するんだぞ。ましてや組織内の人間の傲慢な腐敗には、早急に処置をしなければ全体が危険だ」
「分かってるよベイク。ベイクがそう言うの嫌いなのもさ。でも、俺に色々愚痴ってくれるのは、何か嬉しくて」
俺が腰に手を当てたまま笑顔で言うと、ベイクは一瞬だけ妙な顔をしてから俺を見て、大きくため息を吐いた。
「お前は……本当に気の抜ける……」
「おう。よく言われる」
「自慢気にする事か。背筋を伸ばせ」
フン。と鼻を鳴らすと、ベイクはいささか柔らかくなった顔で舞踏号を見上げる。
「傷が増えたな。装甲の色も変わった」
「この舞踏会に呼ばれて、舞踏号も綺麗にしてあげたんだけど。こっちに来る途中でグリフォンと戦ったりして傷だらけだよ」
「グリフォンと戦った? 地面に引きずり下ろしてか?」
「まあ運よく、って感じ。俺がしたのは足止めで、とどめ自体は騎士団のヘリがしたよ」
ベイクは小さく頷くと、どうやって戦ったのかなどを詳しく話してくれないかと言って来た。
互いに人型機械のパイロットであり、知らぬ仲でも無い。喜んで話すと、続いてお互いに人型機械の動作の話や人型機械自体の話にも華が咲く。
俺にとっては貴重な同年代の男というのもあって、シルベーヌやミルファとは違った気楽さなのもある。
「そっか。ラミータ隊長は別の仕事に」
「守秘義務で詳しくは言えないが、ラミータ隊長も忙しいからな。それに格好はともかく、あの人は優秀なパイロットだ」
今度はベイクの駆る人型機械。舞踏号の対面で膝を着いて座る”武烈号”を2人で見上げて話しだす。
「何かちょっと意外だな。軍隊っていうか、騎士団の部隊って。部隊ごとに全員一緒に動いてるもんかと」
「307小隊は独立部隊だから、多少は他と勝手が違う。それに隊長は、最近単独で仕事をする事も多い。出撃という意味じゃないぞ。俺も隊長も、パイロット以外の仕事があるんだ」
「書類仕事とか、今みたいな見世物役とかだな?」
俺がベイクの言った言葉を言うと、ベイクは腰に手を当て、自分の半身たる武烈号から目を逸らした。
「これも仕事だ。見世物役に文句は言わない。詳しくは知らんが、わざわざここまで人を集めてやる事だ。こうした行事も、ゆくゆくは島中の発展に繋がっていくんだろう」
「だろうなぁ。世の中、何がどう繋がってるのか分かんないもんだよ。俺も知ってる人に。気取った行事だけど、外見に騙されちゃダメだって言われたし」
「それをお前に言ったのは、きっと聡明な方だな」
そんな話をまたちらほら続けていると、礼服を着た騎士団員がこちらに近づいて来た。
騎士団員は俺を一瞥する事も無くベイクに近づくと、ちょっと問題が起こったので、別部隊ではあるけれど手伝って欲しいとベイクに軽く持ちかける。当然。ベイクの顔が険しくなったのは言うまでもない。
ベイクの険しい顔に一瞬だけ怯んだ騎士団員であったが、ベイク自身はすぐに手助けに行くと言い。後から合流する事を告げた。騎士団員は安心した様子で、ゆるく軽い挨拶をして離れていく。
その背が見えなくなった頃。ベイクは何度目とも分からない大きなため息を吐いた。
「見たかブラン。今のがホワイトポートの騎士だ」
「親しみやすい感じというか、ちょっと軽すぎるくらいではあったけど」
「そこだ。向こうは下士官だが、俺は一応少尉だ。別に俺自身を舐めようが、適当に扱おうがどうだっていい。だがお前という部外者が居る前で階級を蔑ろにするのは、軍事組織としての体面がつかない」
「そういうもん?」
「そういうものだ。せめて騎士団内外で顔を切り替えればいいものを」
そこでベイクは再びため息を吐こうとしてやめ。逆に胸を張って軽く顎を引く。
愚痴ばかりではいけないと自分を律したのが、所作から何となく察せた。
「すまん。喋り過ぎたな。仕事に戻る」
「いいっていいって。俺も頑張るし、ベイクも頑張って。ああ。舞踏会の最中にも、会えたらよろしく」
「……俺に踊る趣味は無いぞ。ましてやお前となど御免被る」
「なんでそうなる!?」
「冗談だ」
背筋を伸ばしたままベイクはニヤリと笑ったが、すぐに顔を引き締めた。
「仕事に戻る前に、これを渡しておく」
そう言ってベイクがポケットから取り出したのは、封のされた手紙だった。白い普通の紙で出来ており、封はピッチリとした糊付けだ。
裏面には『シルベーヌちゃんとミルファちゃんへ。すぐ開けてネ♡』と、ダースさんの文字で書いてある。恋文にしては軽すぎ、しかしやたらとフレンドリーなその文字列に、思わず怪訝な顔をしてしまったのは言うまでもない。
「……ダースからの手紙だ。俺が舞踏会の見世物役をやると聞いた時に、お前達に会えたらと託されたものだ」
「お、おう。まあ2人に渡しとくけど……」
「……何も言うな。俺がこんな願いを聞いたのは、普段ダース達整備班員が武烈号の整備をしてくれている礼だ。でなければメッセンジャーなどしない」
ベイクはどこか気まずそうにそう言った後。美しく毅然とした敬礼を俺に送り。踵を返して去っていく。その背筋を伸ばして堂々と歩く礼装姿には、高潔な騎士の面影が見えていた。
ベイクはベイクで、色々ありつつも頑張っているのだろう。俺も深呼吸をした後。手紙をポケットに入れ、シルベーヌとミルファの待つ控室に向かう。
しばらく城内を歩いて辿り着いた控室は、大きな広い部屋に、美しい椅子やゆったりしたソファ。テーブルなどがあるだけの簡素なものだ。とはいえ簡素の具合が、いわゆる『上の中』レベルの簡素である。壁には名画らしい物が掛かっているし、天井は巨大なシャンデリアだ。
そんな控室はまだまだガランとして、ソファでダラリとするシルベーヌとミルファ以外には居なかった。2人はすぐに俺に気付いて手を振り、俺も歩み寄ってから、とりあえず先ほどの手紙を2人に渡した。
「わぁお」
「これはまた……」
2人も驚き半分、面白がり半分という様子で笑い。ミルファが丁寧に手紙を封を切る。
そして中から出て来た便箋を読み始めたのだが――
「ブラン。ブランも見て」
シルベーヌが真剣な表情で俺に言って手招きした。
当然。俺は困惑する。
「えっ。いや、そう言うのは見て良いもんじゃ無いだろ?」
「そうじゃないの。大事な事」
あまりに真剣な空気に違和感を感じ、俺も手紙を覗き込むと、赤い線で下線を引かれた文章が目に入った。
『――以前の任務でブラン君が倒して、回収された赤錆色の人型機械。あれを覚えているかい? あれもうちで検証や調査をしてたんだけど、別の部隊が作戦本部直々の命令書とやってきて、307の運用データとかと一緒に持って行ったんだ。連中はホワイトポートにいる部隊だったはず。3人とも、気を付けるんだよ』




