第81話 教えられ、養われるのは
「お屋敷から離れた場所に、生体兵器の作ったトンネルが見つかったんですか?」
ほんの少し曇りのある空。そろそろ午前も終わるという頃。
俺達探索者3人は、ガナッシュさんの書斎に呼ばれて、座り心地の良い木の椅子に座っていた。
先ほど声を上げたのはシルベーヌで、その口からは信じられないといった思いが含まれている。
「少年少女達が戦った後、すぐに騎士団の部隊が警戒に来ていただろう? そこの調査記録がこっちに提出されてな」
ガナッシュさんはそう言うと、気怠そうに地図などの書かれた資料を俺達に見せてくれた。
要約すると。
サイクロプスやゴブリン達の足跡を辿った結果。先日戦いのあった丘から離れた森の中に、小さなトンネルが見つかったのだという。
トンネルは大人が1人通れるのがやっとの物で、地面をゴブリン達が手で掘ったような代物らしい。地下深くへと続いているようだったが、あまり奥へ進むのは危険だと判断。警戒部隊は安全の為にトンネルを塞いだ……というのが建前。
実態は部隊にやる気がなく。土にまみれる仕事なんてしたくないし、そもそもこんな近場で生体兵器が出たのは街の外縁の警備部隊が無能だからと文句を言い。とっととトンネルを塞いで報告書を書き上げた。そして1秒でも駐屯地に帰りたいのが本音らしい。
実際。俺達も事情聴取を受けたりしたものの、メイズの街の騎士団員や、グリフォンと戦った後に来た騎士団員達と違い、ホワイトポートの騎士団員は覇気が無い。
いい例が、俺達に対応してくれた騎士団員だ。格好こそピシっとしていて、青い制服の胸ポケットにちらりと洒落たハンカチが覗いたりしている男前だったが、どうも職務に忠実では無いのだ。
事情聴取も、「面倒だから適当に頷いてくれ」という本音が透けて見えるもので、俺達の話などまともに聞いていなかったし。極めつけは事情聴取が済んだ後の事である。
洒落た騎士団員は俺を一瞥すると、どこか見下した様子で鼻で笑い。シルベーヌとミルファを爽やかな笑顔で口説き始めたのだ。かなり手慣れた様子で、唐突過ぎるが鮮やか過ぎ。普段の行いが何となく分かるような気がした。
当然俺もむっとはしたが、シルベーヌとミルファが俺以上に嫌悪感を露わにして不真面目な態度を糾弾して、怒る機会を逃してしまう。洒落た騎士団員はといえば、少女2人に真面目に怒られ、首をすくめて逃げて行ってしまったものだ。
「資料見るだけでも、面倒だからトンネルを埋めてそれっきりって感じがしますね」
「ホワイトポートの騎士団員が不真面目なのは昔からだな。土地柄か、こっちに勤める騎士団員は街の外側に行けば行くほど閑職だと思っているのさ。ああ、資料をくれた連中は、もう明日か明後日には駐屯地に帰るそうだ」
シルベーヌが資料を確認して言った言葉に、ガナッシュさんが苦笑いして答えてくれた。
「寒い中見張りをしたり、生体兵器と戦うなんてのは大変だ。街中の駐屯地や事務オフィスで”非常事態”に備えてずっと待機しておきたい。でも、制服で街を歩いて人に頭を下げられたい。なんて思っているのが、ホワイトポートらしい騎士の姿だな。連中は別に、治安だとか法の順守なんて気にしていないのさ」
「うっへぇ……でも、真面目な方も居るんじゃないですか?」
「居る事には居る。だがな少女よ。人間いくら高潔でも、周りの空気が淀んでいれば、知らず知らずのうちに染まっていってしまうものだ。不快であろうとも、自身の周りの環境を変えるのは、莫大なエネルギーを必要とするしな」
ガナッシュさんは世の無常を説くと椅子の背もたれに寄りかかり、リラックスした様子で続ける。
「だが深い淀みの中に居ても、自分を律する事が大切だ。実際行動出来なくとも、心の片隅にそんな想いがあれば十分。想えるだけでも、人間として素晴らしい者だよ」
そして薄墨色の瞳で優しく微笑むと、この耳順う年の男性は深呼吸した。
「老人の話はさておき。ワシは生体兵器の作ったトンネルに興味がある。白い子供の件もだが、街の防衛網を潜り抜けた経路などが分かるかもしれんのだからな。探索者諸君はどうかね?」
当然。俺達3人は大きく頷く。
満足そうにガナッシュさんも頷いたが、すぐに口ひげに手をやって眉間に皺を寄せた。
「しかし、崩落などの可能性を考えると、実際に入る前に地下構造をある程度把握しておきたいところだ。だが、鬱蒼とした森の地下を探るなど大変な作業になる。騎士団は頼りにならんから、商会で調査班を編成してからになるし。時間が掛かるだろう」
それもそうだ。年月を経てもそれなりに耐久性のある旧市街や遺跡と違い。土を掘ったトンネルであるなら、崩落などの危険はぐっと大きくなる。地下の規模もどの程度か分からないのだから、入念な事前の調査が必要になるが――。
「地下の専門家。っていうか、耳が良い子達は居るよな?」
俺がシルベーヌとミルファに問いかけると、2人はすぐにピンと来た様子で。同時に頭の上に手を付け、耳のようにピンと立てて笑顔になった。
ガナッシュさんの奇妙な物を見る視線に、俺は笑って返す。
「そういうのが得意な知り合いが。いえ、友人達が居るんです。ちょっと時間が掛かるでしょうけど、呼ぶ事も出来るはずです」
「おお。それなら誰かをやって連絡を付けさせよう! 電話か? 手紙か? 無線もあるが、今日はジャマーが濃いな」
「いえ。お手を煩わせません。でも、明日の日の出くらいに、ちょっとうるさくなると思います」
俺がはにかんで言うと、隣に座るミルファが微笑み。嬉しそうに口笛を吹いた。
その後は色々な情報収集にもう少し時間が掛かると告げられ。気になる事が無いかを改めて聞かれた。
騎士団内外の事や街の物流などはガナッシュさんの方が詳しいし。俺達から一応お願いしたいのは、喋る生体兵器に関わりの有りそうな、島の西部の森であることを告げる。ガナッシュさんは森の情報収集にも快諾してくれ、ひとまずは話し合いも終了だ。
そしていつもの仕事もあるから夕方まで出て来ると言い。屋敷の主が出かけるのと同時に、俺達も書斎を後にした。
3人で屋敷の大きな廊下を歩いていると、ミルファが再確認するように言う。
「舞踏会が終わって数日のうちに、皆さんも来るでしょう。それからトンネルの調査をして、結果如何でその後の動きが決まりますね」
「やる事が見えてるのは良いわね! って言っても。舞踏会がいよいよ明日かぁ」
少しだけ不安そうにシルベーヌが答えたのを見て、俺は笑って肩をすくめた。
「別に色々期待されて無いって分かってても、やっぱりドキドキはするよな。どんなもんかはガナッシュさんやエリーゼさんに話を聞いてるし、その2人も来るから安心と言えば安心だけど」
「慣れてる知り合いが居るって言うのは、ホント安心よね。それにエリーゼさんからは、一応踊りの基礎も仕込んで貰えたけど……」
「やっぱり不安?」
「当然! 教えてもらいはしたけど、人前でするのはちょっと怖いかな。ミルファの物覚えの早さが羨ましい」
そう言ってシルベーヌは隣を歩くミルファの手を取って、軽くワルツのステップを踏んだ。
急な行動だったが、さらりとミルファも対応し。金と銀の髪が揺れ、2人は楽しそうに廊下を踊り歩いて行く。
時間を少し遡る。
シルベーヌの言った通り。俺達は舞踏号の整備の合間を縫い、エリーゼさんにいくらか踊りの基礎も教えてもらったのだ。
切っ掛けは、俺達が舞踏号の整備をしている時に様子を見に来てくれたエリーゼさんである。彼女も当然屋敷の近くで起こった俺達の戦いを知っており、俺達が無事であるかを心底心配してくれた。
そしてエリーゼさんは、詳細を知らないまでも、俺達とガナッシュさんの距離がグッと近づいているのも察していた。
「お父様の活き活きした雰囲気で分かります。一緒に何かなさるおつもりなのでしょうけど、無茶はなさらないで下さいね」
そう言って淑やかに微笑む姿には、細かい事を話してはいないのに、何となく察しが付いている様子なのが不思議だった。
ガナッシュさんの娘だからだろうか? 血の繋がり。あるいは家族という関係が、エリーゼさんに何かを悟らせているのかもしれない。
そして一呼吸した後。俺達にダンスの基礎を習う気は無いかと切り出したのだ。
元々は俺達が屋敷に到着して、細々した事が落ち着いた頃を見計らって提案するつもりだったらしいが、到着早々あの戦いである。
踊りの練習などしている場合では無いとエリーゼさんも遠慮していたが、ひとまず落ち着いた様子なのをシャルロッテさんの様子やガナッシュさんの態度から察し。今しか無いと声を掛けてくれたのだ。
俺達は麗しい踊りを期待された招待客では無いけれど、一応は『舞踏会』に出席する者だ。踊りの基礎くらいは知っておいて損は無いし、知っておかなければならないだろう。
そういう訳で。指で数えるほどの機会だが、時間を見つけてダンスの特訓も行われたのである。
何部屋もある屋敷の広間。その内の一つに案内された俺達は、広間の隅に立っていた。
広間は高い天井と大きな窓を備えており。広さは人型機械がブレイクダンスを踊れる位には広く、バルコニーにも繋がっているという豪華具合である。隅にはピアノがあったりもするが、今回はシャルロッテさんの準備したラジオで音楽を流す事になっている。
エリーゼさんは言う。
「皆さんに少しお話しておきたいのは、何故こういった事が今でも受け継がれているのか。という点です。戦後の時代。舞踏会なんて文化は、言ってしまえば生きる為に必要ありません。踊りもわざわざ学ばなければいけないのに、知らなければ無知だと笑われてしまう。そんなの変だと思いませんか?」
広間の中央に。美しい赤い長髪をさらりと後ろに流し、ふわりと広がるスカートを履いたエリーゼさんが立った。その細く滑らかな手を取るのは、相手役にと招集され、綺麗なシャツを着たアルさんだ。
2人は恭しい礼を一度。次に嬉しそうに身を寄せて、そっと片手を伸ばして繋ぎ合う。更に背筋をピシッと伸ばし、軽く抱き合うように構える。
そしてシャルロッテさんがラジオに音楽の入ったカセットをセットして、優しくスイッチを入れた。
程なくしてラジオから流れ始める、ゆったりとして優美な調べ。
弦楽器と金管楽器が仲睦まじげに心地よいメロディを奏で、木管と打楽器が軽やかな声で囁くのに合わせて、エリーゼさんとアルさんがゆっくりと踊り始めた。
「でも。日常とはかけ離れた事という、『誰しもが学ばなければいけない』というのが大事なんですよ。スタートラインは同じですから、後は才覚と学ぶ意欲、周りの環境次第。その結果が教養であり、教養は人の能力や背景を知る、ひとつの物差しになるんです」
円舞というやつなのだろう。エリーゼさんが概論を説きつつ、アルさんと流麗なステップを踏み続け、広間をゆったりと回りだす。
美男美女で画になる2人なので、まるで映画のワンシーンのようですらある。
「例えば。踊りの知識はあるけれど、実際踊るのは苦手だという方。踊るのは得意だけれど、少々口下手な方。踊るなんて馬鹿らしいと、もっと実益のある知識を学ぶ方。これだけでも何となく、どんな人か想像出来ますよね?」
再びエリーゼさんが言い、アルさんと手を繋いだまま身体をくるりと廻した。
髪とスカートがふわりと空気を孕み、まるで花のように広がったところでアルさんがそっと手を引き、エリーゼさんの身体を引き戻す。
舞を踏むとはよく言ったもので、2人の足捌きには洗練された調べが見える。優美な音楽のリズムに乗せて爪先が躍り、踵が軽やかに跳ね。重心の移動が滑らかな曲線を描いているのが良く分かる。
「世の中は一色ではありません。色々な人が居て然るべきで、その全員が大いに尊ばれるべきです。どんな人が正しいのか。なんて事を考えるのは、究極的には個人の好き嫌いに左右されますしね。……ちょっと、お父様みたいな事を言った気が」
踊りつつもエリーゼさんが心なしか不満そうに口を尖らせると、アルさんはそんな不満顔を優しく慈しむように微笑んだ。
続いてエリーゼさんは、アルさんと握った手を頭上に掲げ、身体をくるりと回らせた。綺麗な赤い髪が花のように広がり、また自然に整えられた状態へと戻って行く。
「ともかくです。諸々の知識や所作。会話の内容を含めた教養から、人格や能力の片鱗を知り。どんな人間かを把握し、把握される。それが舞踏会の目的の一つなんです。気取った催しという面は強いですが、見た目に惑わされてはいけませんよ?」
再びくるりと回ったエリーゼさんが、穏やかに笑った。
そしていよいよ舞踏は佳境に入る。心なしか足捌きが早くなり、エリーゼさんが大きくステップを踏むのと同様に、アルさんの動きも大きくなった。
2人は呼吸を合わせてぐっと身を寄せ、手を繋いだまま流麗に離れる。
離れた先でエリーゼさんが流れるように回ったのに合わせて、アルさんも爽やかに身体を舞わせ、2人が再び身を寄せ合ったところで、円舞曲は小気味よく幕を閉じた。
美しい円舞に惜しみない拍手を探索者達とメイドが送ると。エリーゼさんは淑やかに礼をして答え、アルさんも恥ずかしそうに礼を返してくれる。
「さて。時間がありませんし、皆さんには基本だけをお教えします。少しでも知っているのと全く知らないのでは、心の持ちようも違いますしね」
エリーゼさんはそう言って、再び淑やかな笑顔で微笑んだ。
そして俺達にワルツの稽古をつけ始めたのだが、これが中々に大変である。
ミルファは2、3度教えられただけでさらりとこなしており。2人組で踊る都合上、ついでにシャルロッテさんも基礎を習ったのだが、こちらも飲みこみは早かった。
アンドロイドの少女2人曰く。機械ベースの人間である自分達は、こういったある程度形があるものは覚えやすいのだという。あっという間に基礎のステップを習得し、銀の髪と黒の髪の少女はくるくると回り踊り出す。
ちなみに。戦前は男女で踊るのが基本だったそうだが、戦後は色々なものが滅茶苦茶になった結果。少々様変わりした。
戦前で言う男性側と女性側、その両方の動きを習得しておくのが現在の基本なのだとか。そして例えば男性同士のペアであったり、女性同士のペアであったり。はたまた男女だけれど男性が女性側の役をしたりなどもありで、良く言えば大雑把らしい。
という訳である程度は寛容なのだが、生身である俺とシルベーヌはそれ以前の問題であった。
互いの足を踏む。身体が当たってこける。ステップが違って足が絡むという有様で、踊りというよりも子供の喧嘩のようである。
「はいっ。そこで2人揃ってクルっとターン!」
エリーゼさんの掛け声に合わせ、俺と身を寄せ、手を繋いだシルベーヌがくるりと回る。
しかし180度回転した辺りでバランスを崩し、なんとか立て直そうとして手足を振り。俺も慌ててフォローしようと繋いでいる手を引っ張ったり、ぐっと身を引いた結果。何故かシルベーヌの足は加速して蹴りと化し、俺の太ももにキレのあるローキックが直撃する。
「鋭く痛い!?」
「ご、ごめんブラン! ホントにごめん!」
「大丈夫、大丈夫! 俺も変な事した! でもちょっと待って……蹴りが筋肉の薄いとこに入って……お”おぁぁ……」
何故ワルツで蹴りが出るのか。互いに分からないまま謝り合い。俺は綺麗に入ったローキックの遅れてやって来る痛みで、生まれたての子鹿のように足をガクガクさせながら床にへたり込んだ。
シルベーヌも心底申し訳なさそうに、俺の側にしゃがんで目を伏せる。
「わ、私やっぱり。こういう綺麗なの、向いてないわよね……」
「いやいや。俺がダメダメだからだよ。本来は男がリードするもんだろうし……」
たかが踊り。されど踊り。互いが互いに、真剣に習得しようとしているのが分かるからこそ申し訳なく、自身の不甲斐なさが身に沁みるのだ。
そうやって2人でぐにゃりと床に座り込んでいると、ミルファが近づいてきて手を差し伸べた。彼女はたおやかな笑みを浮かべ、俺とシルベーヌを叱咤する。
「2人とも、後ろ向きになってはいけませんよ。元気を出してチャレンジです。シルベーヌ。ほんの数時間で向いていないと諦めるのは、いつもの貴方らしくないですよ? ブラン。舞踏号なんて名前の機体を駆る人が基礎のステップすら踊れなくては、格好が付きませんよ?」
そう言われるとシルベーヌが顔を上げ、ミルファの顔を見て深呼吸をした。
「そうね。頑張らないと。だって基礎の基礎すらまだなんだし。この位で諦めてたんじゃ目覚めが悪いもの」
俺も深呼吸をひとつ。続いてミルファの顔を見上げてから言う。
「そうだな。格好が付かない。このままじゃ男前には程遠い。舞踏号に乗ってるんだし、踊れない訳が無い」
俺達2人が明るく言ってミルファの手を取ると、彼女は嬉しそうに手を引いて立ち上がらせてくれた。
更に。この銀色の髪の少女は俺とシルベーヌに満面の笑みで言う。
「その意気です。それに、そうやって根拠の無い自信に溢れる2人が、私は大好きなんです。その大好きな2人が華麗に踊る姿を、是非見せて下さいね?」
大好き。何て言葉に俺は恥ずかしくなって頬を掻いてしまうが、シルベーヌもそれは同様のようだった。
とても嬉しいけれど恥ずかしい。でも何だかやる気が出る。2人とも単純に他者からの好意に弱く、それが親しい人からのものとなればなおさらだ。
それからまた生身2人はエリーゼさんの指導の下。ワルツの練習を重ねていく。
身体は近いけれど、互いに真剣だ。いちいちドキドキする暇は無いし、遠慮なんてもっての他。真面目に練習を続けていくと、とりあえず最初のレッスンが終わる頃には、互いに足を踏まない程度になれた。
しかし体を動かせば、当然の如く腹が減る。ゆったりしたターンの最中に、ぐぅっとシルベーヌの腹が元気に鳴った時は、流石に真剣さが吹き飛んで笑ってしまった。
空腹を腹で訴えたシルベーヌと踊りつつ、ぼさぼさの金髪から僅かに見える耳を真っ赤にして言う。
「お腹が減るのは仕方ないでしょ!」
「ごめんって! でも、シルベーヌのお腹の音は良く響くな」
「うっさい。ブランのバカ」
「今日の晩御飯が楽しみだ。お屋敷の料理は何が好き?」
「私はハンバーグ! 柔らかいしボリュームあるし、本当に美味しい。ブランはハンバーグ好き?」
「おう。好き。でもアレも好きだ。……アレだよ、あの隣に乗ってる。ニンジンの甘いやつ」
「あー……アレね?」
「そう。アレ。アレの名前なんだっけな」
「アレ美味しいんだけど、アレだけ食べると太りそう」
「だけって何だよ。鍋いっぱい食べるのか?」
「小鍋くらいでなら、凄くお腹空いた時のおやつでやってみたいかも」
「小鍋でも多すぎだろ!?」
などと、どうでもいい会話の最中。自分達のステップを踏む足が止まらない事に気付き。俺とシルベーヌはハッとした。間違いなく、教師が素晴らしいのだ。
踊りの師であるエリーゼさんをちらりと見ると、夕食の準備に向かうアルさんを見送った後。ミルファと並んで話しながら嬉しそうに、基礎の基礎で踊る俺とシルベーヌを眺めていた。
人型機械の修理とダンスの習得。濃く短くも、平和な日々がほんの数日。
そして舞踏会はもう明日。そこでは歓談と舞を踏む音だけではなく、戦争の足音が聞こえるかもしれないのだ。気を引き締めねばならない。




