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第7話 人型機械整備要綱 その1

 あれから10日程。生活サイクルというか、色々な事にも慣れて来た頃。

 俺は狭くとも立派な自分の元物置(部屋)で目が覚めると、まず洗面所に行って顔を洗ったりする。壁に張られた鏡に写るのは、黒髪と黒目の自分の姿。シルベーヌやミルファ曰く『10代後半か20代らへん。線が細くて弱そうで、ふにゃっとしていて何だか話しやすい雰囲気の顔』らしい。

 話しやすい雰囲気というのは嬉しいが、線が細くて弱そうというのはあまり嬉しくない。俺はワイルドで頼りがいのあるナイスガイに憧れる。

 顔を拭きつつ、さっき髭を剃った顔を撫でる。


「髭でも生やすかなあ……」

「もみあげから顎先まで無精髭。とかですか?」

「そうそう。ワイルドな感じで……ってミルファ!?」

「おはようございます。でも、ブランはそのままで素敵だと思いますよ」


 いつの間にかミルファが傍に立っており、にっこりと微笑みかけてくれた。俺も挨拶を返すと、ミルファはトイレに向かう。


 アンドロイドとはいえ、ミルファも生身の人と同じ様に眠り、食べ、排泄もする。曰く、眠るのはAI()に負荷がかかり過ぎないよう、一度休止させる大切な時間。食べるのは人間という大多数と同じ方法で燃料を補給出来るコストの概念から。排泄は生体パーツの新陳代謝で出る不要物などと、ろ過の限界が来た水分を出す為。……らしい。

 踏み入った話をする時に『ブランは私の身体に興味があるのですね?』などいじわるに言われたのは記憶に新しい。


 顔を拭いて洗面所から出たところで、シルベーヌに会う。ぼさぼさの金髪が寝ぐせなどで更に無造作になっており、物凄く怠そうな顔で猫背になっている。


「おはようシルベーヌ」

「う”ー……」


 シルベーヌは朝に弱い。返事をするのも辛いのか、彼女はうめき声を上げるだけだった。そして寝起きはいつも下着だけなのが目に毒だ。

 全く色気の無い下着ではあるが、普段見えない物には自然と視線が吸い寄せられてしまうのが男の性。俺は本能を振り切って理性にバイアスをかけ、視線を逸らす。


「前々から言ってるけど。そういう格好は、その、目のやり場に困る」

「だいじょぶよー……ブランなら変な事しない気がするし……それに楽だし……」


 弱々しく答え、シルベーヌは洗面所に入って行った。

 信頼されているのだか、全く異性として見られていないのか。ともかく俺はこの場から逃げるようにキッチンに向かって行った。


 電気ポットのスイッチを入れてお湯を沸かしつつ、パンを3枚トースターに放り込む。

 朝ごはんは物凄く簡単。トーストが1枚に統合栄養食レーションジャムを塗った一品だ。それに代用コーヒーという『コーヒー豆以外の何か』で出来た不味い飲み物が付く。

 統合栄養食レーションジャムは見た目こそチョコレートのようだが、全く甘くない豆料理のような味がする。しかし栄養はある。代用コーヒーは微かな旨味すら苦さが覆いつくすという代物で、まあ目は覚めるのだ。そしてどちらも物凄く安い。

 朝は毎日変わらずこのメニューだが、シルベーヌもミルファも文句は無いらしい。というか、あまり料理などはしないようだった。


 お湯が沸くのとパンが焼き上がるのを待つ間。俺は1階に降りてシャッターを開く。朝の清々しい空気が身を引き締め、朝日が1階の隅に座り込む人型機械ネフィリムを照らし出した。

 あれから人型機械ネフィリムはシルベーヌに検められ、ボロすぎて売り物にならないと判を押された。人型機械ネフィリムは珍しいがゆえに、せめて購入後即使用できる状態でないと、屑鉄以下の値段で買い叩かれるという。

 なので修理して使うべく装甲や外装を全て外され、鉄色の人工筋肉や錆の浮いた骨格フレームが剥き出しだ。頭部に至っては、各種のセンサを取り付ける基盤や骨格フレームしか残っていないという有様である。


(まるでガイコツみたいだ)


 そう思って苦笑し、またキッチンへと戻って行った。

 既にシルベーヌやミルファも居て、思い思いに席につき、キッチンの隅に置かれたモニタに写るニュースを見たりしている。ニュースの映像は飛び飛びだが、音声は一応聞こえてくるという状態だ。内容は近辺の都市が豊作だったや、最近起こった殺人事件の事など、どこにでもある様な事を告げていた。

 そして相変わらず下着姿のまま机に突っ伏していたシルベーヌが、ふと顔を上げる。


「……そういえば。今日ミルファは」

「はい。病院で腕の換装をしてきます。待つ時間もありますし、夕方には帰ってこれるかと」

「あいあい。気を付けてね。移動は軽トラ使っていいから」


 ミルファの左腕は、今までずっと無いままだった。本人が言うには痛みや違和感などは無いし平気だと言っていたが、やはり腕1本では生活や仕事にも不便そうであった。

 俺を助けた結果不自由させていると思うと、心配かつ申し訳なかったが、直るというのなら喜ばしい。


「ブラン。何度も言う様に、そんな心配そうな顔しなくてもいいんです。元々腕は変える予定でしたから」

「おっと。ごめん」

「ですが。心配していただけるのは嬉しいです。シルベーヌはこういう事に慣れていますから、なんだか新鮮で」


 ミルファはそう言うと、俺を見てにっこり微笑んだ。

 俺も笑い返し、丁度湧いたお湯を3人分のカップに注ぐ。お湯の温度と勢いで粉末が溶け、代用コーヒーの出来上がりだ。

 机の上にカップを置いたところで、再びシルベーヌが顔を上げる。


「そうだミルファ。街の真ん中らへんに行くなら、帰りにブラン用のアレ。よろしくね」

「了解ですシルベーヌ」

「俺用の?」

「秘密よー。まあ楽しみにしてなさい! コーヒーありがと!」


 気合を入れるためか、明るくそう言ってグッとカップに口を付け――


「アッツァツァツァッ!?」

 

 ああやっぱりな。という顔でミルファが笑い、俺も笑った。


 それからミルファを送り出し、俺とシルベーヌは2人きりになる。彼女はいつもの作業着を着てすっかり仕事モード。俺もサイズの合った自分の作業着を着て、上半身部分を腰に巻いている。


「さて! 今日は細々した小銭稼ぎの仕事も無いから、私も人型戦車ネフィリムをガンガン整備するわよ!」

「いっつも別の機械の修理とかしてたもんな。今日俺がやる事は?」

「ブランはいつも通り、人工筋肉の修復リハビリよろしく! 私は足回りを見るわ! 人型戦車ネフィリムは膝とか股関節とか、足の関節周りは特に消耗しやすいからねー」


 シルベーヌはそう言うと、嬉々として人型戦車ネフィリムの方へと歩いていった。俺もその背を追い、毎日している人型戦車ネフィリムの整備に向かった。



 整備と言っても、俺に専門知識等は無い。ゆえにシルベーヌに言われた事を黙々としているのだが、これが中々奇妙だ。人型戦車ネフィリムの全身の人工筋肉をマッサージしたりするのである。


 まずは人型戦車ネフィリム骨格フレームに張り付いている人工筋肉を外す。それを一度床のビニールシートの上に置き、ゴミなどが付いていないか掃除。それから合成タンパク燃料と呼ばれる、白く着色された『補修剤』を人工筋肉にぶっかけるのだ。そして人工筋肉を揉む。ひたすらに揉む。

 タンパク燃料が人工筋肉全体に染みわたってほぐれたら、今度は人工筋肉を『コ』の字型の機械から伸びるケーブルに繋ぎ、電気マッサージを行う。きちんと収縮して、どこか断裂していないか確認したら再びタンパク燃料。今度はぶっかけるのではなく、大きな桶などに溜めたタンパク燃料に人工筋肉を放り込むのだ。

 あとは1日待って、再びのマッサージの後に人型戦車ネフィリム骨格フレームに人工筋肉を取り付けるのである。


 人工筋肉部分は以上の通りで、骨格フレームに関しては、とりあえず浮いている錆びを取って、タンパク燃料を多めにかけておいてくれと言われただけだった。なんでも、骨格フレームは自己再生するのに任せるのだそうだ。


 人間には、おおよそ1000種類の筋肉があるという。身体を動かす筋肉と内臓を動かす筋肉に大別しても、身体を動かす筋肉が約400種類ほど。人を模しているとはいえ、人型戦車ネフィリムを構成する人工筋肉はもう少し数が少ないが、それでも一朝一夕で終わるものではない。

 ここに各種センサの機械的な整備と、無数にある関節の可動部分などの整備が加わる。更にその他諸々も合わせると、まあ手間がかかりすぎる。


 シルベーヌ曰く。ここまでするのは、今の段階が『衰弱した人間の介護をするようなもの』だかららしい。栄養を補給し、身体をマッサージして筋肉に刺激を与える。あとは安静に。そうすればじわじわと回復していくのだという。

 予備があれば腕ごとや脚ごと取り換える事も出来るとも言うが、まあ即稼働する腕1本でも結構な高額なので今は買えないとか。


 これを10日の間、毎日続けている。俺は人型戦車ネフィリムにかかりっきりだが、ミルファやシルベーヌも色々と別の事をしつつ、積極的に手伝ってくれていた。

 最初こそタンパク燃料の独特の匂いと、厚さも形状も様々な人工筋肉のマッサージ。そして結構な重量で疲労していたが、慣れてくると意外と楽しい。しっかりマッサージして1日経った人工筋肉は、心なしか逞しくなっているようにも見えるのだ。


「右腕は終わったんだっけ?」


 人型戦車ネフィリムの膝にスパナやドライバーを差し込みつつ、シルベーヌが聞いて来た。


「おう。左腕も肩までは。今日は上腕二頭筋から」

「おおー早いね。どうどう? 人型戦車ネフィリム、結構かわいいでしょ?」


 嬉しそうな声でシルベーヌが笑う。

 俺も笑い返しつつ、脚立を動かして人工筋肉を外しにかかる


「可愛いというか、俺としては頼りになるって感じかな。でも手間がかかる子っていうのは、ここ数日で分かったよ」

「そうね。手間がかかる子。それが人型戦車ネフィリムの特長でもあり、欠点でもあるわね!」

「やっぱ欠点なのか」

「そりゃそうよー。車とかみたいにシンプルで力強くて便利だったら、もっと普及してるはずだもの。人体を模した時点で構造は複雑怪奇。パーツをいくらかブロック化したり、すっぽり変えれる様にしたって、整備性は最悪よ」


 こき下ろす割りには嬉しそうに、シルベーヌは手を止めずに続ける。


「遺跡で戦前の記録とかたまに見つかるんだけど、当時も人型については色々想う所があったみたい。人型戦車ネフィリム部隊を編成した場合、部隊の7割以上を整備員が占めるのはおかしいって愚痴があったりね。出撃の度に何処か壊して始末書だったり、腕が千切れて整備員が徹夜だったりで、もう滅茶苦茶だったみたい」

「色々酷いなあ。そんな代物なのに、どうしてシルベーヌはこいつを売らずに手元に置くって決めたんだ?」

「それはもちろん! 私が人型戦車ネフィリムを好きだからよ!」


 一際嬉しそうな声で言い、シルベーヌは顔を上げた。


「機械なのに人の形をしているって時点で、何かドキドキするじゃない。それに私、人型戦車ネフィリムを整備するが夢の一つだったの」

「乗るんじゃなくて整備が?」

「うん! 私は人型戦車ネフィリムの面倒を見て、私の整備した人型戦車ネフィリムが活躍するのを見たいの。それで、あれは何処のだ? って質問が上がった時に声高に言うの。私が直した人型戦車ネフィリムだぞ! って」


 ふと人工筋肉を外す手を止めて、俺はシルベーヌを見た。満天の星空のように目を輝かせ、彼女は俯く人型戦車ネフィリムを見ていた。

 その純真な眼差しに自然と微笑みが漏れ、俺は言う。


「良いじゃないか。じゃあ頑張って整備しないとな。まだ足の人工筋肉も触れてないし」

「もちろんよ! パイロットはブランがやってね!」

「俺で良いの?」

「他に誰が居るのよー。それにブランなら、何かやってくれそうな感じするし。ね?」


 シルベーヌが満面の笑みを俺に向けた。

 一応期待されているのか。そう思って俺は肩をすくめると、気合を入れ直して人工筋肉を外した。肩に担ぐようにしていたが、まるで大人の身体みたいな重量が掛かって一瞬息が止まる。そっと脚立を下りると、マッサージ用の作業スペースまで辛い思いで担いで行った。


「それでさブラン! この人型戦車ネフィリムの名前とか、装甲の色を決めようよ!」

「色ォ?」

「うん! 私は胴を赤と青と黄色のトリコロールにして、後は白とか良いと思う! ついでに額にツノも付けてさ」

「それは何だか色々マズイ気がする!」

「えー。じゃあ何色がいい?」

「そうだなあ……」


 悩みつつも手は止めず、タンパク燃料の入った大きなドラム缶から、これもまた大きなバケツで燃料を汲みだして人工筋肉にかける。白い飛沫がパタパタと顔や作業着にかかるが、まあ気にしない。

 タンパク燃料は人体にも無害で、推奨はされないが緊急時には飲む事も出来るらしいからだ。ただし、胃腸が弱いとあっという間にお腹を壊すと言われた。

 ふとカラーリングを思いつき、俺は声を上げる。


「やっぱり渋く、緑一色とかどうだ?」

「渋めも良いわね……でも私は、もうちょっと目立つのがいい!」

「なら真っ赤にでも染めるか? 名前はローテンシュトルムとかどうだ」

「うーん、いまいち! カクカクしてそうで可愛くないもん」


 可愛くない。その一言で人工筋肉を揉む手から、ガックリと力が抜ける。


「可愛いロボがいいのか!?」

「うん。爽やかで、踊るような人型戦車ネフィリムにしたいもん!」

「もん! じゃないよ、もん! じゃ」

「なによー、女のロマンが分かって無いわね!」

「分かるかよ!」


 そうやって互いに色々とくだらない話をしつつ、しばらく人型戦車ネフィリムを整備が続いた。


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