第77話 Radio calisthenics
目覚ましが鳴っている。
騒音と号令の丁度中間の音量が、夢現の心地良い微睡みから意識を連れ戻そうとしていた。
目を閉じたまま、音のする方へと手を伸ばす。しかし手に触れる物は無く、柔らかい寝具の海が手に触れる感覚しかない。這って移動出来る程に大きなベッドの上。まるでふわふわとした大きな雲の上に居るようだ。
「ぬ、おおっ……?」
流石に違和感を感じて目を開けるが、ぼんやりとした意識と同じく、ぼんやりした視界しかない。
ランニングに行かないと。朝御飯はどうしよう。パンあったかな。洗濯の当番は俺だったか――。
「ぐっ」
毎日の朝を思い返して雲の上を這いずっていると、不意に雲から身体が落ちた。
いつもなら冷たい床に肘を打って頭をぶつけたはずだが、何と適度に柔らかい絨毯の上で心地よい程だ。しかし、意識は落下の痛みでハッキリした。
ここはウーアシュプルング家の屋敷の一室。まるで一軒家のリビングのように広い個室の中。高そうな調度品に囲まれた、キングサイズの巨大なベッド。その隅から落ちたのである。
「……ベッドがデカすぎる……」
ベッドの端から上半身だけ落ちた姿勢のまま俺が呟くと、部屋の隅から正方形の四角い箱が近づいて来た。人間の四角い友達。汎用作業機械群のテトラだ。
「おはよう、ペテロ」
正方形の黒い箱に向かって挨拶と個体名を俺が言うと。ペテロはどこか呆れたようなビープ音を鳴らし、また部屋の隅に行ってしまった。
俺も広いベッドの上に座り直し、寝ぐせの酷い髪を掻きつつ記憶を整理する。
昨日はガナッシュさんとの話の後。ガナッシュさんはもちろんエリーゼさんやアルさん、屋敷で働く皆さんと一緒に夕食を食べたはずだ。夕食だけは、その時屋敷で集まれる人々が一堂に会し、皆で食べるのが文化らしい。
俺達の歓迎会も兼ねているのか、見た事も無いくらい豪華で美味い飯を食い、まるで水のようにすいすい飲める美味しい酒を飲み、楽しい会話をした。
会話は当然、客である俺達3人が話題になる。
エリーゼさんやアルさんが俺達の事を褒めちぎってくれていたのと、新聞記事の誇張で、相当スゴイ人物達という誤解があったが、話しているうちにすぐに誤解は解けていった。
そしてシルベーヌとミルファは想像通り、あるいは想像以上の美人であると褒められていたが、俺はそうでは無い。『美形の天才パイロット』という皆さんの頭の中に出来上がっていた像が強すぎて、実際の俺がしぼんで見えていたのである。
当然。実際の俺を見て落胆する人は少なからずいた。特に、男前だと聞いて期待していた女性陣からは『もう少し背が高いと思っていた』『ちょっとイメージの美形と違う』『細い』『使用人仲間っぽい』などなど散々である。ちょっとだけ落ち込んだのは内緒だ。
しかしまあ、今までもよく言われている『何だかぽややんとしていて話しやすい』というのは皆の共通見解のようで、先ほどの忌憚のない意見はその一端だろう。皆すぐに打ち解けてくれたのはありがたかった。
屋敷の住人は探索者と実際に話す事は少ないらしく。地下坑道の話や騎士団での訓練の話などを俺達がすると、皆心底興味深そうに話を聞いてくれて、非常に盛り上がった。
の、だけれど――
「……途中から記憶が無いな……」
とりあえず現状を見るに、格好は肌着とパンツ1枚だが、清潔なものに着替えている。脱ぎ散らかした服が床に転がっていたので、何とかシャワーを浴びて着替えて、ベッドにダイブしたのだろう。体の異常と言えば、アルコールのせいで水分が抜けている感じがする位だ。
現状安全なのを理解すると思考が乱れ。柔らかく暖かいベッドの上で、再びぼうっとしてしまう。
すると、部屋の扉がノックされた。俺が寝ぼけた声で返事をすると、元気一杯の様子でメイド服の女性が姿を現す。たぬき顔で少しだけ背の低い、球体関節のアンドロイドなメイドさん。シャルロッテさんだ。
「おはようございますブランさん! 天気予報によると今日は一日中晴れ! で、ございます!」
「おはようございます……」
元気な声を響かせつつ、シャルロッテさんはカーテンの引かれた巨大な窓に近寄って、大きくカーテンを開いた。窓と言ってもガラスのはめ込まれた壁に近く、窓の向こうは広いバルコニーがある豪奢ぶり。
更に東向きの部屋ゆえに、壁一面から柔らかい朝日が部屋になだれ込んで来て、俺の視覚は日光に痺れてしまう。
「目、目が……っ」
「朝食はご用意しております! お部屋にお持ちするので、少々お待ちくださいね! 先に洗濯物だけ回収させて頂きますよ!」
朝日に悶え苦しむ俺を尻目に、シャルロッテさんはテキパキとカーテンをまとめた。そして脱ぎ散らかされていた俺の服を拾い上げて洗濯籠へと放り込んでから、ベッドに座る俺を見て明るく笑う。
「昨晩もでしたが、本当にイメージと違うぽやんとした方ですね。ですが私は素敵だと思いますよ! 特にその黒い髪が素敵。で、ございます!」
「……ありがとうございまっす……」
急に照れる事を言われるが、頭がぼんやりしたままなので何か上手い返しが言える訳もない。
頬を掻きつつぼんやりシャルロッテさんを眺めていると、彼女は一度部屋を出た後、真っ白に洗濯されたタオルを抱えて部屋の隅にあるバスルームに消えた。中では、俺が昨日使ったタオルなどを交換しているのだろう。
身の回りの事をしてくれるというのは、本当にありがたい。けれどどこか申し訳無くもなってしまうのは、俺が根っからの小市民だからであろうか。特に家事は自分も何かしていないと、何だか罪の意識にさいなまれてしまう。
ベッドから降りて立ち上がり、とりあえず目を醒まそうと背伸びを一度。全身が伸びる心地良さを目を閉じて堪能していると、安心する気配が2つ部屋に入って来たのが察せた。
「おはようブラン!」
「おはようございます」
聞きなれた声に返事をして目を開ける。そこにはいつもの格好のシルベーヌとミルファが立っていた。2人は俺に微笑み、背伸びをして立ち尽くす俺の横を通って、大きなベッドの端に座る。
広大なベッドは1人では持て余すが、それこそ2人や3人ならば丁度良いだろう。それこそシルベーヌとミルファと一緒にベッドに入れば――朝から馬鹿か俺は!
「本当に身の回りの事全部してもらえちゃうから、なんか落ち着かなくってさ」
「私達は自分達で何とかする生活をしていましたから、戸惑うばかりですね」
俺のやましい考えなどどこ吹く風。シルベーヌに続いてミルファが言い、2人は恥ずかしそうに笑い合った。そしてシルベーヌが俺に言う。
「ここまでやってもらわなくても良いですよって言っても、私達はお客さんだからそうはいかないみたい。朝ごはんも部屋でゆっくり食べて貰うのが礼儀なんだってさ」
「そういや、さっき言ってたな。ちょっと申し訳ないな……」
「でしょ? で、そうしてもらうしか無いなら、3人一緒の部屋で食べようよ。一斉になら用意も片付けとかも、ちょっとは楽になるんじゃないかなって」
効果があるかどうかはともかく、せめてもの気遣いだ。俺が快諾すると、丁度シャルロッテさんがバスルームから洗濯物を抱えて出て来た。その旨を伝えると、こちらも快く了承してもらえた。
そしてシャルロッテさんはテキパキとした様子で些事をこなすと、45分後に朝食を部屋に持って来ると言い、俺に明るく笑いかける。
「目を醒ますには、朝からお風呂も良いですよ! タオルなどは本当に山ほどあるので、遠慮せず使って下さいね! では後ほど!」
そう言うと彼女は洗濯籠を抱え、静かに扉を閉めた。
シャルロッテさんの声は目覚まし時計よりも目覚ましになるというか、動きも含めて、見て聞いているとすっかり意識が覚醒してしまう雰囲気を持っている。健気というか、何だか一生懸命さが伝わって微笑ましいのだ。
俺がぼんやりそう思っていると、シルベーヌが邪悪に言う。
「なーにニヤニヤしてるのよ。女の子に弱いわねーブランは。それより、ちょっと昨日の事とかを確認するわよ」
途中からは邪悪さから一変。真面目な声色になったシルベーヌを、俺も意識を覚醒させて真っすぐに見た。
「まず、エリーゼさん関連。アルさんのお店に嫌がらせをさせていたのは、表沙汰に出来ない事をしてる組織か個人。これは便宜上、そのまま『組織』って言っておくわよ。で、その『組織』の正体は良く分かんない」
シルベーヌが一旦言葉を区切ったので、俺とミルファはしっかりと頷いた。シルベーヌも話しながら頭を整理しているようで、頷きかえしてから口を開く。
「でも、『組織』に嫌がらせを依頼した人物は分かる。それが騎士団の重役の家族。理由はエリーゼさんの父親に、自分が運営する団体への資金援助を断られた私怨。個人名とかは後でガナッシュさんに聞くとして、こっちの人も便宜上『代表』って呼んでおくわよ」
何だか暗号みたいだが、まあ他に適切な表現も思いつかないのだ。そのままでも問題はあるまい。
「ここで気になる事がひとつ。『代表』さんは、どうやって『組織』の事を知ったのか?」
「なんか、そういう裏ルートみたいなのあるんじゃないか?」
「ブランの言う通りでしょうね。でも、なんだか変よ。ガナッシュさんはさらっと言ったけど、劇団員の皆さんを捕まえて、自白を聞いてすぐ、後ろに居るのが正体の分からない『組織』の仕業だって分かると思う? しかも依頼人が『代表』だってのだけは判明って」
「まあ、早すぎるし変な気はする」
俺が腕を組んで顎を触ると、ミルファも小首を傾げてから、顔だけは俺に向けて独白するように口を開く。
「確か劇団員のメアさんは、牢に居たのは1日程度と言っていましたね」
「あー、確かチラッと言ってた」
「ガナッシュさんの情報網は強大です。ここに来るまで私達の通った道全てを具体的に知り、3人の身の上も調べられる程に。そんな情報網をもってしても正体が分からない『組織』の仕事なのに、依頼人の事だけが分かるとは思えません。更に騎士団は、たった1日で劇団員達を解放しました」
「……対応に違和感もある。な」
「変でしょ? 『代表』の親とか、真っ黒かもしれないわね」
シルベーヌが最後に言い、肩をすくめて苦笑いした。そして息を吸うと、再び俺とミルファに言う。
「次に生体兵器の話! グリフォンの行動が変だったのと、ミルファとテトラ達にだけ聞こえるノイズ。これが生体兵器を呼び寄せる何かの影響かも? っていう仮説は話したわよね」
「おう。それはしっかり覚えてる」
俺も実際戦闘をしたからこそ、その辺りの記憶は鮮烈だ。
「そこで気になる事があるの。オッサンの部下のアランさんの噂話、覚えてる? ホワイトポートの周りで、生体兵器をよく見かけるようになったってやつ」
ミルファが再び小首を傾げ、隣に座るシルベーヌを見た。
「ありましたね。それが何か?」
「うん。噂がグリフォンとノイズの2つと関係しているなら、ホワイトポートに生体兵器が呼び寄せられている事にならない? ホワイトポートではノイズを聞いてないけど、何かの拍子にノイズが聞こえて生体兵器が現れた場合。ほぼ確定って言っても良いんじゃないかしら」
シルベーヌの仮説に少しだけミルファが悩み、呟くように言う。
「……憶測と不確定の事由が多いですね。しかし、可能性としては無くもないでしょう」
「こりゃまた根深そうだなあ……。騎士団の事と、生体兵器の事。まず解決出来そうなのは騎士団の事か。呼ばれてるのは舞踏会って名前だけど、実態は陰謀策謀に踊らされてる感じがしちゃうな」
爽やかな朝に似つかわしくないドロドロとした話が続き、俺は寝ぐせだらけの髪を掻く。
同様に、シルベーヌとミルファも苦い顔で笑う。
「まあ。単純に考えていきましょ! どうせやれる事なんて少ないんだし! とりあえず舞踏会までは少し日にちがあるから、舞踏号と武装の整備よ!」
そんなドロドロした空気を吹き飛ばすように、シルベーヌが明るく笑った。朝日にも負けない柔らかさと暖かみの笑顔に、俺とミルファは自然と頬が緩む。
彼女の言う通り、どうせやれる事など少ないのだ。今はこの豪華な生活を堪能しつつ、次の荒事に備えるしかあるまい。
やる事が決まった後。俺は酷い寝ぐせやシャツとパンツだけの格好を2人に指摘されて、シャワーを浴びに行ったのだった。
そしてこれまた豪華な朝食を頂いた後。
午前中。気温は低いが柔らかく温かい日差しの下、シャルロッテさんの明るい声が響く。
「では! 腕を大きく上げて背伸びの運動ー! で、ございます!」
屋敷の巨大すぎる庭の真ん中で、地面に置かれたラジオから軽やかな朝らしいメロディが響き出す。ラジオの横にはメイド服姿のシャルロッテさんが立っており、メロディに乗せて、今言った通りに背伸びの運動を始めた。
彼女の声に従って身体を動かすのは、動きやすい格好に着替えたシルベーヌとミルファ。そして傷だらけの白い鎧を着た、おおよそ身長5mの巨人の俺である。俺達はシャルロッテさんの対面に立ち、彼女の動きを真似て体操をしているのだ。
少女達の金色の髪が揺れ、銀色の髪が流れ、黒色の髪が跳ねる。シルベーヌとミルファの足元には3機の四角く黒い箱達も居て、彼らテトラも手足を展開し、それらしい動きを懸命に真似ていた。
更に後ろに立つ白い巨人も体操をしているので、否応なしに屋敷の内外から好奇の視線に晒されている。
「次は手足の運動! で、ございます! まず腕を回します!」
ラジオから流れるメロディの変化に伴い、シャルロッテさんから新たな指示が飛ぶ。3人の少女達と1人の巨人。そして3機の箱達が、大きくゆったりした動きで肩甲骨から腕を回す。
午前の爽やかな空気の下。巨人の装甲が干渉して擦れる金属音と、少女達の衣擦れの音が響く。それは異様すぎる光景ではあったが、同時に不思議な位にのほほんともしていた。
ホワイトポートのラジオ局考案のラジオ体操。というやつらしいのだが。俺が生身でなく、わざわざ舞踏号に乗りこんでラジオ体操をやるのは、決してふざけている訳では無い。
グリフォンとの戦い以後、テトラ達がちょくちょくと整備をしてくれていたものの、やはりきちんとした整備を行わなければ万全とは言えないからだ。
度重なる改修で大分頑丈になっているとはいえ、人型という構造上、相変わらず膝は痛むし腰も痛む。しかも全身を使って白兵戦などやるものだから、肩や肘も痛むし、繊細な指先など言うまでもない。人工筋肉は微細な断裂を起こし、電装品が戦闘の衝撃で不調を訴えるのは必然だ。
だが全体を分解整備するには設備も無いので、異常のある個所を見定めるエラーチェックの為の全身運動である。
当初はエラーチェックに、少しだけ庭を走らせて貰うつもりだったのだが、シャルロッテさんに聞けば、体を動かすなら体操でございます! との事で、押し切られる形でラジオ体操になったのだ。
ついでに言えば。これは最近感じ始めている、舞踏号との一体感についての調査でもある。
シルベーヌは語る。
人型機械の場合は操縦系統が独特だ。まるで自分自身が機械の巨人となっているような、人機一体の感覚的な操縦方法。そのため操縦時の五感や体感覚は、完全に生身と一致するのが理想である。しかし痛覚のようなネガティブなフィードバックは、ある程度遮断される状態が望ましい。
ここで難しいのが、感覚の出力と入力のバランスだ。片方は潤沢に、片方はある程度絞る。それは感覚の不一致に他ならなず、大きな矛盾でもある。
例えるなら、体はしっかりと動くけれど、全身が痺れている状態になってしまうのは避けねばならない。あるいは逆に、体が満足に動かないのに、全身の肌だけが敏感過ぎてもいけないのだ。
その微細な調整には今よりも、もっともっと舞踏号と俺の繋がりに関するデータが要る。そもそも解析されきっていない謎の技術の塊である操縦系統、それらに関する数値を弄る際には、相当慎重にならねばならないのだ。
そして体操によって普段あまり使わない部分を意識して動かす事は、この種のデータ取りには最適に違いない。
「では、上体を反らす運動! で、ございます!」
体操もクライマックスなのか、シャルロッテさんが腰を基点にぐるりと上体を大きく反らしつつ回したのを見て、俺とシルベーヌとミルファが同様に体を動かす。
だが、パッチの当ててある脇腹の古傷に若干の痛みを感じ、俺は身体を戻して脇腹をさすった。すると、同じく上体を反らしていたシルベーヌが俺の動きに気付いて聞く。
「そこ、痛い?」
『ちょっとだけ。頭に来るエラーの感じから見ると、人工筋肉の繋がりが、傷の無い部分より薄い感じだな』
「うん。了解っ」
そう言うと彼女は笑顔を見せ、再びぐるりと上体を回し始めた。爽やかな汗が額に輝き、健康的な肉体が生の輝きを放っているのが良く分かる。身体を動かす事を楽しんでいるのだ。
シルベーヌがいつもの余裕のある作業着では無く動きやすい格好なので、下着できっちり固定された、割とある胸と密度のある下半身が良く分かり、つい視線が行ってしまう。
すると、ミルファが体操をしつつもいじわるに言う。
「ブラン。視線が泳いでいますよ。舞踏号に乗っていると顔や目が大きい分、とても良く分かりますね」
『うぐっ』
「中身がブランとは言え、人型機械にいやらしい目で見られてるみたいで変な気分」
シルベーヌも体操をしつつころころと笑い、俺を見た。
舞踏号に乗っている時は姿勢に気を付けていたけれど、これは今度から視線にも気を付けねば、いやらしい巨人だと思われてしまうだろう。そんな不名誉は避けなくては。
その後も体操を続け、ラジオから軽やかなメロディが聞こえなくなると同時に、シャルロッテさんが終了を宣言した。彼女は大き目の籠に入っていたタオルやスポーツドリンクをシルベーヌとミルファに手渡して、ちらりを俺を見上げた。
「失礼かもしれませんが、ブランさんが乗っていると思うと、変な感じがしますね」
意外そうな顔で言い、どこか嬉しそうな視線が俺に注がれる。
俺は腰に手を当て、リラックスした立ち姿で足元のシャルロッテさんに言う。
『まあ、よく言われてますね。中に居るのはもっとゴツイ奴だろうって』
「でも、ブランさんは素敵! で、ございますよ! 生身の方なのに、なんだか私に近い気がして親近感が湧いて、話しやすいのです!」
『ありがとうございます。弱そうって言われる、良いとこなのかもしれませんね』
健気な笑顔で言われ、俺は思わず頬を掻く。オフロードバイクのヘルメットのようにゴツゴツした顎のラインや装甲板が指先に当たり、金属同士が擦れる音を立てた。可愛らしい人に褒められて、悪い気がする男はそうはいまい。
そうやって頬を掻く舞踏号を見て、シルベーヌとミルファは汗を拭きつつ何かを得心した様子だった。
俺は何だか気まずいというか、肩身の狭い視線を感じて話題を振る
『えっと。次はどうしようか。エラーの出力もあるし、一旦トレーラーに戻る?』
「あ。もうちょっと動かして欲しいかな。長距離移動の時の負荷とか知っときたい」
シルベーヌの顔がパッと変わり、真面目な顔で整備の話をした。空気も変わったのが分かる。
そこでミルファが、ふと思いついた様子で言う。
「でしたら私も、戦闘服に追加腕を付けた状態で舞踏号の肩に乗って慣れておきたいですね」
「そうね。丁度良いし、私もたまには肩に乗せてもらおうかな。ねえシャルロッテさん。長い距離歩ける場所ってある?」
「お散歩。という事でしたら、森の中を歩くコースがございますよ! 歩きだと片道3時間はかかる長大なもの。で、ございます!」
『じゃあ、舞踏号なら丁度良いか』
俺が頷いて言うと、シルベーヌとミルファも頷いてこちらを見上げて微笑んだ。
そこでシャルロッテさんがハッとして、尻尾があるなら千切れんばかりに振りまくる様子で口を開く。
「でしたら時間も丁度良いですし、お弁当を準備いたします! 少々お待ちを!」
彼女はそう言うと、ラジオやタオルを抱えて屋敷の方へ飛んで行ったのだった。




