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第75話 〃

「オーライ、オーライ。ストップ! で、ございます!」


 たぬき顔の可愛らしいメイドさんの誘導に従い、駐車場にトレーラーが停まった。

 駐車場と言ってもここは車庫であり、屋根の有る大き目の倉庫と言った方が良い。周りを見れば、何だか高そうな車が何台も停めてあり。普段使いらしい車はもちろん。バイクや自転車、馴染みのある軽トラも停まっていた。


 エリーゼさんの家。ウーアシュプルング家の御屋敷は、規模がちょっとした城くらいあるのだ。今居る車庫だって規模としては結構な物で、中身が空なら車庫の中でサッカーが出来るだろう。

 しかし屋敷はもっと大きく立派で、ついでに屋敷の裏に同規模の離れもあるという具合だ。元物置で寝起きする俺としては、居住空間の格差に目が回りそうである。


 ともかくトレーラーから俺達が降りると、目的地に着いたのを察したテトラ達も荷台から飛び降りた。3機の四角い箱達は地面を滑るように動いたあと、その場でグルグル回って周りを見渡す。


「どうしたの皆?」


 シルベーヌが足元のテトラ達を見て聞くと、正方形のテトラ。ペテロが小さなビープ音を鳴らして何かを喋った。

 生身の俺とシルベーヌにはその”機械語”は分からないが、アンドロイドのミルファとメイドさんは合点がいった様子である。

 メイドさんはスカートを抑えてしゃがみ、3機の四角い箱達に言う。


「なるほど。お荷物の整備の為と、皆さまの充電。で、ございますか。でしたらそこに見える運転手の待機所にどうぞ! 色々な道具もありますし、コンセントもございます!」


 3機の四角い箱は嬉しそうにその場で回転し、メイドさんの先導に従って車庫の隅にある小さな部屋に向かって行った。中には何人か居るらしく、メイドさんは明るい顔で少しだけ話してから、こちらに小走りで戻って来た。

 小走りだとメイドさんのロングスカートの端が足先に纏わりつくので、ほんの少しスカートを掴んで持つという仕草を自然としている。


「文化の趣を感じるな」

「ブラン何言ってんの?」

「いやらしい気配を感じますね」

「酷いな2人共!?」


 俺の呟きが探索者シーカー2人に抹殺された後。メイドさんの案内でエリーゼさんとアルさんの待つ玄関に回った。アルさんが爽やかに笑って来訪を喜び、エリーゼさんは心底嬉しそうに俺達を迎えてくれ、屋敷の中へと案内してくれる。この玄関がまた大きい。


 木で出来た厚い両開きの扉を開くと、一軒家のリビング程の空間があり、その奥にまた木の扉がある。

 もう1枚の扉を開くとようやく正式に家の中で、今度は吹き抜けの広間だ。正面には大きな階段があり、2階と3階へと踊り場を介して繋がっていた。天井には巨大なシャンデリアがあり、それが決して嫌味にならない程度に煌びやかなのが、奥ゆかしさと家の財政の豊かさを雄弁に物語っている。

 メイドさんは一礼して屋敷の奥へと消えてしまったが、入れ替わりに何処からか、清潔感のあるベストとスラックス姿の男性が静かに表れた。女性がメイドなら、男性はバトラーとでも言った方が良いのだろうか。

 そして男性は和やかな態度で、俺達3人の安くて実用的な上着を預かった。まさか上着を預かられるなど初めての経験で、俺が慌ててペコペコしてしまうと、男性は微笑んでから恭しく下がって行く。


「ほへー……」

「ほあー……」


 次いで俺とシルベーヌの田舎者2人は、改めてシャンデリアのある高い天井を見上げて口を開けてしまう。何というか。生活の格が違うのを、玄関と広間だけでも感じてしまったのだ。正直俺は、寝袋さえあれば玄関でも寝れるだろう。

 ただ、俺とシルベーヌに比べてミルファは落ち着いた様子で、決してきょろきょろはしていない。不思議と余裕があり、彼女の纏う深窓の令嬢といった雰囲気にも合っている。


 そしてエリーゼさんに案内されるまま。足裏が沈む絨毯の敷かれた廊下を歩き、また大きな扉をくぐって広い部屋に通された。いわゆる応接間なのだろうが、なんと暖炉があり、そこでは本物の火が焚かれて薪が小さく音を立てている。暖炉の前には背の低いテーブルと、分厚くふわふわしたクッションの置かれた、高級そうな長いソファが2つ。

 その暖炉に向けて緩く斜めに配置されたソファに促され、俺はおっかなびっくり腰を下ろす。柔らかすぎず、かと言って固くもないソファに身体が沈み込み。その未体験の座り心地に緊張して、座っているのに中腰のような姿勢で固まってしまう。


「なにその格好」

「いや、尻が落ち着かなくて……」


 座った状態で両手を軽く開き、『待った』をかけているような姿勢で硬直する俺を、俺と同じソファに並んで座るシルベーヌとミルファが見て笑った。対面のソファに腰かけたエリーゼさんにも笑われてしまい、田舎者丸出し過ぎて恥ずかしい。

 だが。少なくともシルベーヌは俺を見て緊張がほぐれたらしかった。いつもの明るい笑顔になり、にこやかにミルファを交え、エリーゼさんと華やかな会話を始める。


 程なくして、アルさんが銀のトレイに紅茶を乗せて持ってきてくれた。白磁のティーポットには保温のためのキルトのカバーが掛けられており、エリーゼさんの手作りだとアルさんが自慢げに教えてくれる。

 カップに注がれた紅茶はまさしく紅色で、ふわりとした茶葉の薫りが部屋を満たす。紅茶を一口飲めば、その口当たりの良さと旨味が、緊張していた心を解きほぐしてくれた。

 砂糖の入っていない紅茶のはずだが、どこか甘みがある気がする程だ。ついゴクゴクと喉を鳴らしてカップを空にしてしまう。

 空いたカップを一旦置くと、アルさんが爽やかに笑って俺のカップに紅茶を注いでくれる。


「御嬢様と旦那様から、一番良い物を出すように言われています。それに、この茶葉は今の温度が一番美味しいんですよ。遠慮はしないで下さい」

「あ、ありがとうございます」


 俺は作法を知らぬ田舎者だけど、アルさんもエリーゼさんも全く気にしていないようだ。その余裕からは、この暮らしに慣れているのが良く分かる。だが、子供が美味しい物をたくさん食べているのを見るような、そういう微笑ましい視線で見られているのが少々恥ずかしい。


 とりあえず一通り次元の違いに驚愕した後。俺は節度を持って背筋を伸ばし、せめて失礼があってはいけないと顔を引き締めた。

 すると。エリーゼさんが淑やかに微笑んで言う。


「そんなに緊張しなくても良いんですよ。自分の家だと思ってリラックスしてください。私は皆さんをお迎え出来て、とても嬉しいんですから」

「いえそんな! お招きいただいて、本当にありがとうございます。しかしまさかこんな凄いお家だとは思わず……何だか俺達、場違いなような気もしてしまいます」

「割と真面目に、私達の今の格好じゃ場に合わないわよね。……ドレスでも買って、着た方が良いかしら?」


 俺がエリーゼさんに礼を述べた後には、シルベーヌが自分の格好を見ながら恐縮した。

 探索者シーカー3人は一様に、上下の繋がった作業着なのだ。ましてやシルベーヌに至っては、長い間着ているから裾が擦り切れたりもしている。

 対してエリーゼさんは丈の長い仕立ての良いスカートと、スラリとしたシャツを着ており、肩には大き目のストールを羽織っていた。暖かそうで手触りもよさそうで、多分材料も化繊とは違うのだろう。

 そんなシルベーヌの不安そうな言葉にも、エリーゼさんは再び淑やかに微笑んでくれる。


「お気になさらず。この屋敷で一番偉い人は格好をあまり気にしませんし、普段から皆さんよりも大雑把な格好をしていますから」

「それって、ひょっとして」

「ええ。私の父親です。ガナッシュという名前で。書斎に居たはずですから、そろそろ来る頃合いだと思いますよ」


 言うや否や、俺の身体は小さな振動を感じた。それはまるで巨大な獣が大股に歩いて来るような感触を持った振動で、屋敷の壁やいくつもある部屋を突き抜けて、確かな足取りの『人』が近づいて来るが分かる。

 その振動の主は応接室の前まで来ると一度足を止め、扉の向こうで身だしなみを整えたようだった。そして応接室の気圧がほんの少し下がる程に息を吸い――


「エリーゼ!! 件のお客様が来たと聞いたが!!」


 遠慮の無い大きな声と共に、勢いよく扉が開かれた。その大きな音と声に、俺達探索者シーカー3人の尻が浮いた。その声の主こそ、ガナッシュ・ウーアシュプルングその人である。

 身長は190cm無い位だろうか。しっかりした骨格と、溌溂とした体躯をしている年配の紳士的な男性だ。見た感じの年齢は60才程。年齢を感じさせる皺と口ひげこそあるものの、若い頃は美丈夫だったのが分かる顔立ちだ。

 そして親子の徴と言うべきか、ガナッシュさんもエリーゼさんのルビーのように紅い髪と似た髪色をしている。全体を乱暴に後ろに流した髪は、年齢からか少し色が抜けているが、その色落ちによって髪色は紅から鮮烈な緋色になっていた。本人の雰囲気もだが、その揺らめく炎にも似た髪色によって、人を惹き付ける灯りのようだ。

 そしてこの大商会の会長の格好は、上下セットの大特価で販売されているような、質素で簡素なジャージ姿であった。袖を肘まで捲りあげていて、日に焼けた腕が良く見える。


「おお、話に違わぬ少年少女達! 話は聞いているぞ! 娘の為に尽力してくれてありがとう! 本当にありがとう!」


 俺達3人が浮き上がった尻のままに立ち上がり、自己紹介をする間も無い。ガナッシュさんは大股にこちらに近寄ると、その体躯に違わぬ大きな手で、順番に俺達の手を取って礼を述べた。

 大きな両手でこちらの手を取り、人懐っこい顔で笑い、力強くも優しくこちらの手を握りしめる。その分厚い手からは生気と英気が伝わってきて、まるで焚き火の側に居るようだ。

 ガナッシュさんは俺達一人一人と握手を交わした後、白い歯を見せて満面の笑みを浮かべる。


「少年少女達のおかげで娘は無事! いや何度お礼を言っても足りはしない! ついでにアルフォートも助けてくれてありがとう!」


 ついで。という言葉には何だかトゲはあるけれど、決して毒のあるものでは無い。


「ほれアルフォート! お前の焼いた茶菓子があったろう! 持って来んか!」

「はい旦那様。しかし、宜しいのですか? あれは旦那様の好物で――」

「良い! ほれ早く持ってこい阿呆!」

「は、はい!」


 ガナッシュさんの大きく明朗な声に圧されるように、アルさんはふら付きながら応接室から一度姿を消した。次いでこの父親は、娘に向かって優しく言う。


「全くアルフォートの奴め。料理の腕は一流だが、どうも他の部分に気が回らん。エリーゼ。奴がへまをせんように見に行ってやってくれんか?」

「はい、お父様」


 エリーゼさんは微笑むと、ソファから立ち上がって淑やかに応接室を出て行った。


 アルさんは『旦那様に殴られに行く』と言っていたが、今の言葉や態度からは、そこまでの苛烈さを想像出来ない。一人娘の想い人に父親が抱く、なんとも言えない嫌な気持ち位しか見えないのだ。



 だが応接室に俺達とガナッシュさんだけになると、この耳順う年の男性は、ガラリと雰囲気を変えた。


「さて。これで話しやすくなったな探索者シーカー諸君。まあ座りたまえ」

「あの、ガナッシュさん――」

「分かっている。色々と聞きたい事があるのだろう? だがその前に、こちらも聞きたい事がある」


 俺が口を開きかけたが、ガナッシュさんはそれを手で制した。同時に暖炉に近寄り、ちょっとした雑貨が置かれている棚に手を伸ばす。その大きな手に取ったのは、厚みと幅のある玉紐付きの封筒だ。


探索者シーカー諸君の事は、ある程度調べさせてもらった。メイズ出身の娘に、島の外で製造されたアンドロイド。それに『幸運の旅人』の男。互いになんの関係も無く、また因縁がある訳でもない。奇妙な組み合わせだな?」


 鋭い視線が俺達3人を見た。ガナッシュさんの薄墨色の瞳には、確かな疑いが満ちている。


「こちらに来る道中、グリフォンと戦った事も知っている。街の中で迷っていた事もな。公園のコーヒーは美味かっただろう? あの売店も商会と関係があってな」

「……はい。とても美味しいコーヒーでした。眺めも良くて、良い所でしたね」


 シルベーヌとミルファが少しだけ固まる中、俺は背筋を伸ばして返事をした。

 ガナッシュさんの片眉が上がり、唯一答えた俺に、鋭く力強い視線が注がれる。


「そこで聞きたい。娘を助けたのは、それより以前にアルフォートの依頼を受けていたという関連があるから理解できる。だがグリフォンと戦ったのは何故だ? 探索者シーカー諸君には何の関係も無いだろう? もっと言えば、利益の無い事に何故首を突っ込んだ? 動機が分からん」


 ガナッシュさんはそう言うと、封筒から書類を取り出した。

 机の上に丁寧に広げられたその書類には、俺達がメイズの街を出てから通ったルートや、道中宿泊した場所。寄った店。その全ての日時と前後の状況が、第三者の視点で具体的に書かれている。知らず知らずのうちに、俺達は見張られていたのだ。


「あの村の位置は、道路を走っている途中、遠目に見ながら通り過ぎるだけのもののはずだ。グリフォンの飛来も唐突すぎた。その方向を注視していないと分かるものではなく、普通は無視するだろう?」

「グリフォンに気付いたのは、ブランの勘です。でも正確には、テトラ達が警告してくれたのが決め手です。で。戦った理由は単純です。あのままだと、村に被害が出ていたからです。私達はその被害を食い止めれる装備を持っていましたし」


 シルベーヌが背筋を伸ばし、小さく息を吸った後に割とある胸を張って、自信に満ちた声で答えた。

 だが、ガナッシュさんは不服と言った様子である。


「少女よ。理由はそれだけか?」

「はい。ガナッシュさん。それだけです。報酬や名誉が目的だった訳ではありません。ただ、あのままだとグリフォンによる被害が広がっていた事は確かで、それを食い止めたかっただけです」


 今度はミルファが自信を持って答え、柔らかい笑みを浮かべた。

 ガナッシュさんがシルベーヌをちらりと見る。彼女はソファに座ったまま、その通りだと言わんばかりに胸を張って頷いた。続いてガナッシュさんはミルファをちらりと見る。彼女もソファに座ったまま、顔に曇りの無い微笑みを湛えて頷いた。


「いや、すまない探索者シーカー諸君。調べた印象だと、もう少し聡い人物達と思っていたが……。流石に動機が青臭すぎるのでは無いかね?」

「はい! でも、理由なんてそんなものです! 大仰な事なんてありません!」


 最後に俺が明朗闊達に答えて胸を張る。大義名分や社会全体の利益がどうのこうのとかでは無い。ただ、自分達が嫌なだけ。本当にそれだけなのだ。別に隠す事も無い。

 胸の内にある本心をそのまま綴っただけだが、ガナッシュさんは困惑した表情になり、張り詰めていた気が抜けていくのを感じられた。大きな体躯が1割程縮んだようにも見え、よろめくようにソファに背を預ける。

 俺が不安げに聞く。


「あの、すみません。失礼な物言いをして……」

「まあ、言葉遣いこそ丁寧でも多少はな……。それにそこまでハッキリ言い切られると、君達の胸の内に何があるのか警戒していたこちらが阿呆みたいでもあってな……」


 ガナッシュさんが広い応接室全体に響く程大きなため息を一つ。そしてソファで足を組んで猫背になり、自分の膝に肘を着いて俺を見た。先ほどまでの疑いに満ちた目と違い、心的な距離がぐっと近づいているのが感じられる目だった。


「少年よ。どうも君と話していると気が抜ける。ハッキリ言うと変な奴だ。よく言われんか?」

「仰る通り、よく言われます。すいません気の抜けた顔で」

「いや、それは君という人物の特長なのだろう。大事にしなさい」


 ガナッシュさんは俺に優しく言って破顔する。


「しかし、小賢しい裏がある思っていたら……本当に無いのか? これを機にウーアシュプルング商会に取り入るだとか、エリーゼをアルフォートから奪おうと狙っているとか、誰かの依頼でワシを殺しに来たとか」

「滅相も無い! そんな事する度胸なんてありませんよ!」


 俺が慌てて否定すると、ガナッシュさんは頬杖を着いたまま低い声で笑った。


「そもそも。屋敷に入る時に武器も持っていなかったしな。上着を預かった使用人が言っていたが、作業着の内にナイフも無く、暗器を隠している訳でもない。全く変だな! 少年少女達よ!」


 ガナッシュさんが明朗に言い切ると、低く唸るような声で笑いを噛み殺してから立ち上がり、俺達の事が書かれた書類と封筒を鷲掴みにした。そして乱暴に暖炉へ書類と封筒を投げ込むと、火にくべられた紙はあっという間に黒く燃え尽き、灰に変わって行く。


「少年少女達よ、すまない。痛くもない腹を探られて気分が悪かっただろう。今燃えた物以外には、君らの身辺を記した物は無い。ウーアシュプルング商会の会長の肩書にかけて、それは保証する」

「いえ。エリーゼさんが危険な目に遭いましたし、警戒するのは当然の事です。むしろ、今のように直接こちらの話を聞いて下さるのは、温情に満ちた対応だと思います」


 ミルファがたおやかに言い、しっとりとした笑顔でガナッシュさんを見た。


「少女よ、そう思うかね? 今の行動もこの態度も、全て演技かもしれないぞ?」

「無理矢理私達を拘束する事も、ウーアシュプルング商会の会長ともなれば、当然出来る力をお持ちのはずでしょう? それに、ガナッシュさんの態度が演技という事はありえません。私達は本物の名優を知っていますから、その違いは分かります」


 聞き返したガナッシュさんに、再びミルファが微笑んだ。


 そうなのだ。唐突な質問に面食らっていたが、ガナッシュさんは何かを探ろうとはしていても、自分を偽って演技をしている様子は無いのである。誠意があるというか、ともかく嘘偽りは無い。そう感じられる。

 ガナッシュさんはガリガリと頭を掻くと、独白するように言う。


「やはり妙な少年少女だ。横柄でも無いが、豪胆という訳ではない。かと言って礼儀正しく澄ましている訳でもなく、中途半端で不完全だ。ワシが疑りすぎていたのかもな」


 ガナッシュさんがソファに座りつつ言い、俺達に好奇心に満ちた眼差しを向けた。

 そんな中。応接室の扉が再び開かれた。和やかな雰囲気で入ってきたのは、アルさんとエリーゼさんの2人組だ。アルさんの手には銀のトレイが握られ、白磁の皿の上に、甘い香りを放つマドレーヌのような物が山のように鎮座している。

 そして和やかだったエリーゼさんの表情が、ガナッシュさんと俺達を見て何かを察し、険しくなる。


「お父様。変な事を皆さんに言いましたね?」

「なあに。ちょっとした世間話をしていただけだ。しかしエリーゼ、お前は変わった人々に助けられたな。こんな時代に珍しい、善い子達だ」


 ガナッシュさんが嘘偽りない声でさらりと言いのけ、俺達に年齢の差を感じさせない人懐っこい笑顔を向けた。


「君達の来訪を歓迎しよう。探索者シーカーの少年少女達。舞踏会までと言わず、何日でも滞在して構わん。青臭い理由を恥ずかしげもなく告白し、見知らぬ人々を助ける善い子達だ。元より娘の恩人でもあるしな」


 そう言うと、この屋敷の主は一度ソファから立ち上がり、胸に手を当てて深々と頭を下げた。次いでちらりとアルさんを見て、子供が拗ねるように言う。


「それと一応……一応の! 娘の恋人を助けた恩人でもあったな。そちらについても改めて礼を言う」

「もう。お父様は……」

「そう言うなエリーゼ。さて、アルフォート! 夕食は少年少女達の為に腕を振るうように! とびきりの出来でなければワシが許さんぞ!」

「はい! 旦那様!」


 アルさんの爽やかな返事が応接室に響き、暖炉の暖かい炎が少しだけ揺れた。

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