第74話 ホワイトポート
「おおー、これが!」
「ええ! ホワイトポートよ!」
トレーラーの中で眼前の俺が感嘆の声を上げると、隣に座るシルベーヌが明るく返してくれた。
抜けるような青い空。その下には雲のように白い壮麗な都が広がっていた。建物の多くが白い外壁と青い屋根のようで、窓ガラスの輝くビルが何本も建っている。その中でも一本だけ立つ、朱く塗られた大きな鉄塔が、白と青の都にアクセントを加えていた。それが白亜の港町、ホワイトポートの遠景だ。
そんな白い港街は、緩い丘の合間にある街のようだった。丘の合間と言ってもその間隔は非常に広く、俺達が普段いるメイズの街がそっくりそのまま入るほどの規模がある。丘の斜面には、旗のように並び立つ中小のビル群。反して平地の建物は皆低く収まっており、整備された都市計画の片鱗を見せていた。
そして街の奥。進行方向の真正面には、光の反射が少しだけ揺らめいている。ゆらゆらと形を変え続けるその光の反射の正体は、まず間違い無い。
「海。だよな」
「はい。起伏と建物の関係でこちらからは見えませんが、港には多数の船舶も停泊しているはずです」
ハンドルを握るミルファの声が心なしか弾んだ。
類似した近代的な都市であるメイズの街の中心部とは、桁が違うと言って良いだろう。もちろん。旧市街のような錆と埃と土にまみれた場所とは全く無縁だ。
統一された白と青の色彩と、整然としていて壮麗な都市の外観は、街全体が現代都市版の宮殿とでも言えそうな雰囲気である。しかし白い宮殿の手前には、灰色の壁がそびえていた。
壁の前には適度な間隔を置いて戦車や装甲車が停まっており、この美しい街もまた、様々な外敵に備えた戦後の都市であるのを否応なしに実感させる。
それでも今まで見た事の無い規模の都市に俺がワクワクしていると、シルベーヌが笑いつつも注意してくれる。
「街の中をグッと曲がって、南に抜けて行くとエリーゼさんの家に行ける道に出るみたいなの。で、街中は道が複雑でちょっと大変なのよね。一方通行とか迂回路とか多すぎるし、道路工事されてたら迷う事間違いなし!」
「つまり、油断せずに道路標識とかを見てないと駄目って事だな?」
「その通り! 割と真面目に死活問題だから、3人全員で協力しないと街から出られない事も有り得るわよ」
「そんなに!?」
俺は驚いたが、すぐにその言葉の意味を理解する事になった。
街はまるで碁盤の目のように整えられ、建物は一様に白い壁と青い屋根で統一感がある。道路は艶やかに整備されていて、車も人もかなり多い。歩道や一部の道路に至っては白い石畳という麗しさ。街を歩く人々の格好は、皆どこか垢抜けている。
しかしこの壮麗な街並みは、整えられているのにまるで迷路のようだった。何故かと言えば、一方通行はもちろん、左折禁止に右折禁止。停止も禁止だったり、大型車は進入禁止、今の時間は進入禁止などなど。道路標識がやたらめったら多い。交通ルールでがんじがらめなのだ。
行きたい方向は見えているのにそちらに行けず、あっちが合ってるこっちが合ってると3人で言い合いながら、街の中をグルグル走り回ってしまう。
結局。ひとまず行けるとこまで行って止まってから休憩し、落ち着いて経路を再確認しようという事になった。道のままにトレーラーを走らせ、辿り着いたのは港の見える小さな公園である。
公園と言っても子供向けの遊具があるような場所では無く、景色の良い展望台に近い。トレーラーを隅に停めて降り。公園の端に立てば、ホワイトポートの街が一望できる。
視界の半分は紺碧の海。今日の海は穏やかだが冷たげで、手を浸せば骨までその紺碧に染まりそうな気がする。海上には無数の白い航跡が見え。寒々とした海に白い絵の具を落としてかき混ぜたようだ。
視界のもう半分は月白の港。白い岸壁からはまるで櫛のように桟橋が伸び、大小様々な船舶が停泊している。港を行き交う人々の姿や、車両の走る低い音が少しだけ耳をくすぐり、人間の精気を感じさせる。
「そこの売店でコーヒー買って来たよ。良い豆使ってる本物だってさ」
小走りで戻って来た俺はそう言うと、運転とナビゲーションで疲弊し、2人並んで海を見つめるミルファとシルベーヌに暖かいコーヒーを渡した。
公園にあった売店は、緑色のロゴマークが描かれたコーヒーショップというやつで、紙カップに蓋が付けられたり、店舗自体も何だか洒落ているというハイカラな店だ。サイズの表記が呪文のようで良く分からず、レジで『普通のサイズのコレを3つ下さい』と、格好悪くメニューを指さしながら言ったのは秘密にしておく。
シルベーヌとミルファは礼と共に熱いコーヒーを受け取り、一口飲んで白い息を吐いた。
「道路標識も信号も無い、メイズの街が私には合ってるわね」
シルベーヌがぼさぼさの金髪を掻きながら言うと、ミルファはくすくすと笑う。
「大きな事故さえ起きなければ、多少車を擦ったりしても誰も気にしませんしね。逆走だって何だって出来てしまいます」
「それはそれでどうなんだよ……」
俺も笑いつつ返すと、視界の隅にちらりと写る人々が居た。
その人達は別に俺達を気にしている訳ではない。ただ景色を見に来た一組の男女だ。年は俺達とそう変わらない感じだったが、明確な違いが1つある。その服装だ。
男女はデザインの似通ったブレザーを着ており。ネクタイやリボン、ズボンかスカートという違いこそあれ、それが制服なのが察せる。男女はいわゆる、学生というやつなのだ。
「良いなあ」
俺の視線に気づいたシルベーヌも、学生2人を見てぽつりと言った。その声には、何だかショーケースの向こうのケーキを見るような気持ちが籠っていた。
冷たい海風が髪を撫で、冷えた空気が肌を刺す。俺はコーヒーの入った紙コップで手を暖めつつ、シルベーヌに聞いてみる。
「あの制服が?」
「ううん。学校行けてるのが。私、ちゃんと行けて無いからさ」
意外な言葉だった。機械の塊である人型機械を整備したり、電化製品や車だって直せるシルベーヌが、そういう境遇だとは思わなかったのだ。
シルベーヌは隣に立つミルファに身を寄せると、ハッとして俺にはにかんだ。
「あ、専門知識は学生さんに負けないわよ? けど、学校生活にはちょっと憧れてるってだけ」
「そういう、もんなのか」
「うん? あー、そっか。ブランはその辺の事情分かんないんだ」
俺の反応が奇妙だったのか、シルベーヌは怪訝な顔をしてから合点がいった様子で指をパチンと鳴らす。そしてコーヒーを一口飲むと、ミルファに背を預けつつも、ホワイトポートの景色を見つつ教えてくれる。
「メイズの教育制度ってやつ。昔なりの言い方をしたら義務教育? かな?」
「なるほど。その辺ちゃんとしてないと、世の中回らないもんな」
「一般的な子供は、街の公民館みたいなとこで、とりあえず読み書き計算を叩き込まれるの。物を盗んじゃいけないとかの常識含む、ホントに最低限の教育だけで、1年も居たら長すぎるくらい。無料の給食が出るから色んな子が来るわ。貧乏な子とか、私みたいな孤児になった子とか」
自嘲するように言うと、シルベーヌは俺の方をちらりと見て微笑んだ。
「子供はちゃんと保護される法律とか制度も騎士団が作ってるから、騎士団の目が届く所なら、飢えて死ぬ子が居たりとかはまず無いはず。世界中で戦争ばっかりやってたから、その反省で子供の保護は基本みたいなものだって、オッサンが教えてくれた事もあったわね」
「あれだ。社会福祉ってやつ?」
「まあそんな感じかな。でも、子供を食い物にする悪ーい大人もいっぱいいるわ。怖いのよー、私だってタムとかティムくらいの時に、本物の変態に襲われた事あってさ。股間蹴って逃げたから無事だったけど」
シルベーヌが苦笑いをするが、一瞬だけ俺の股間もヒュンとしてしまう。
しかし本人は軽く言っているのものの、相当恐ろしい経験だったのは間違いない。
「私は親から読み書き計算と、ちょっとした機械の事は教えられてたから、給食食べに行ってた感じ。親が死んじゃってからはオッサンが保護者になってくれたけど、誰も居ない家に居ると気が滅入っちゃってたし」
「ちらっと、昔の話は聞いたな」
「うん。ちょっとだけ話したかも。そういう形の乱暴な教育を受けて来たのが普通の子達。後は自由にしろで放り出されちゃう。でも裕福な子とかは、ちゃんとした学校に行かせて貰える事が多いの。大体の学校じゃ必要最低限の知識だけじゃなくて、語学とか数学とか、歴史とか化学とか、社会制度とか。生きてくだけなら必要無い事だっていっぱい教えてくれる」
シルベーヌは羨ましそうに学生達を見た後、寂し気に目を落とす。そしてコーヒーの入った紙コップを両手の中でゆっくりと回し始めた。
「まあ勉強の内容はともかくさ。同年代と一緒に生活して、机並べて勉強して。学校終わったら一緒に遊びに行ったりとか。帰ったら親とかが居て、一緒にご飯食べたりとか。そういう生活は、私からしたら良いなぁって思うの。……実際学校行った事ないから、漫画とか本の知識だけど! ごめんね! 何か変な話しちゃった!」
最後に明るく言うと、シルベーヌはコーヒーを飲んで大きく白い息を吐いた。
それを見たミルファが優しく微笑み。同じくコーヒーを片手に、シルベーヌの身体に優しく腕を回す。
俺の意識の奥底にある”一般常識”として、大抵学校には行っているものだという考えがあった。しかしこれは、戦後の世界において”普通”では無いのだ。義務教育の内容も期間も、思っていたのとは大違いである。
子供も重要な労働力だと、どこかで聞いたことがある。ただ庇護されるだけの存在ではなく、安くて従順で、重要な働き手になり得る存在であると。
この世界というか、メイズ島の労働力とその年齢層がどうなっているかは正確に分からないが。子供に最低限度の教育を施して終わりというのは、いささか無責任に思えてしまう。一種の異邦人である俺からすれば、それは”変”なのだ。意識の差と言ってもいい。
あまり気にした事が無かったが、シルベーヌは見たところ十代半ばか後半。俺の常識の”普通”としては、まだまだ学生の身分の年だ。そんな少女が、探索者なんて言う銃を持って遺跡を巡る物騒な仕事で生計を立てている。それも確か3年程前からだったか。ミルファと一緒に始めた仕事らしいから、もっと年若い頃からという事になる。
その境遇に。一方的で失礼極まりないけれど、憐憫にも似た複雑な想いが胸に湧いてしまう。
だがシルベーヌ本人からすれば、俺の訳の分からない同情など得たくも無いはずだ。
彼女は前を向いている。過去がどうあれ、自分なりに噛み砕いて納得して、自分を良い方向へと動かそうとしている。
それに彼女の言葉を借りれば『面白く無くて地味ーな話』ばかりの過去を、わざわざ思い返したくもあるまい。
ああしたかった、こうしたかったと過去を思い返すのはよくある事だ。けれど、それに意識を囚われていては、現在と未来の楽しい事を見落としてしまうに違いないのだ。
俺はぬるくなってきたコーヒーをグッと呷ると、白い息を吐いてから胸を張り、シルベーヌに明るく言う。
「んじゃ、今度一緒に遊びに行くか!」
「なーに急に? ひょっとしてブラン。私を元気付けようとしてる?」
くすくす笑いながら俺の方を見て、シルベーヌが返した。一瞬で俺の思惑を看破され、なんとなく頬を掻いてしまう。
「ありがと。でも、私は今の生活が楽しいの。ミルファとブランと一緒に、色んな事をする毎日がね。ちょっと派手で危ないけど」
「私もですよ。シルベーヌと出会ってからも、ブランと出会ってからも。色々な事が起こりっぱなしですからとても新鮮で。不謹慎かもしれませんが、とても楽しいのです」
ミルファが続けて言い。俺の方に微笑んでから、自分に背を預けるシルベーヌの頭に優しく頬ずりをした。
生体兵器と銃弾。廃墟の遺跡と錆の街。人型の機械と戦争の香り。俺達の周りは危険が多く、”普通”では無いかもしれない。けれど、それがどうしたと胸を張るべきだろう。楽しい事だっていっぱいあるし、これからも沢山あるに違いない。
「俺も楽しい。とっても。でもタイミングがあれば、3人一緒に遊びには行こう?」
「そうね! なんだかんだ、そういう事してない気がするし」
「はい。一仕事済んだら、ちょっとだけホワイトポートの街を観光してもいいでしょう」
3人で笑い合い、眼下に広がる白い港街を見る。街の商業施設や楽しそうな所、景色が良さそうな所を指差しながら行ってみたい場所を話しだす。
(そういえば。俺も本来は学校に行っている年齢なのか?)
話をしつつもふと疑問が湧いた。自分の具体的な事はほとんど分からない。俺は男で、記憶が無くて、可愛い子に弱い、軟弱な生身の人間。それ位だ。
頭の片隅でそんな事を少しだけ考えようとしていると、俺達に近づく影があった。その影は隠れる様子も無いが、どこか緊張した雰囲気を纏ったまま、じわりと俺達の近くに立つ。
「ご歓談の所申し訳ありません。突然ではございますが、もしやメイズの探索者の方々。で、ございましょうか?」
「はいぃ?」
銀色の鈴が鳴るような声。そのやたらと丁寧すぎる言葉遣いに戸惑った俺が振り向くと、俺達の後ろには大人しそうな少女が立っていた。
整えられた短めの黒髪と、くりくりした大きな瞳。たぬき顔、というのだろうか。小動物のような可愛らしい雰囲気を併せ持つ、シルベーヌと同じくらいの背の少女である。手には茶色い紙袋を抱えていた。
しかし、最も目を惹いたのは彼女の格好だ。白と黒で上品に彩られた、歴史と伝統あるゆったりめの服。いわゆるメイドさんの格好そのものなのだ。足首まである長いスカートに白いエプロンだが、袖は長くは無い。肘の見える半袖で、半袖から覗く彼女の肘は、丸く艶やかな球体関節である。このメイドさんもミルファと同じ、アンドロイドに違い無い。
「黒い髪の男性と、金色の髪の女性と、銀色の髪の女性。華美でない服の3人組。皆さんはメイズの探索者さん。で、ございますよね?」
「え、ええ。まあ……」
上品な仕草で改めて聞かれ。3人それぞれ、自分の前髪をなんとなく触ってしまう。別に珍しい髪色でも無いと思うのだけれど、3人一緒になると違うのだろうか。
だが困惑しつつも肯定した俺達を見て、メイドさんの顔がパッと明るくなった。尻尾でもあれば、千切れんばかりに振っているであろう様子である。
「やっぱり! 私はウーアシュプルング家の使用人。で、ございます! エリザベト様から、世話になった方々のお話を聞いていたのです! 話の通りの外見にもしやと思いましたが、やっぱり!」
「エリーゼさんの所の人でしたか!」
「はい! 旦那様の所で、雑用や庭の手入れなどをさせて頂いております。私は買い出しの帰りでしたが、こんな所で会ったのも何かの縁でしょう。お屋敷にはもう行かれましたか?」
「それが。恥ずかしながらちょっと道に迷ってまして……」
俺が頭を掻きながら事情を話すと、メイドさんは真剣に話を聞いてくれ、それならばと道案内を買って出てくれた。
それとなく話を聞くに、エリーゼさんの家で働いている人だというのは確かなようだ。家までの道のりは詳しく教えてくれるし、生活しているからこそ分かる道の込み具合なども詳細に話してくれる。
ミルファとシルベーヌも同様の事は心配していたようだったが、メイドさんが道路地図に目を落としている際にちらりと2人を見ると『何の問題も無し』という視線を俺に送ってくれた。
頼りになる道案内を得たけれど、流石に車内に4人は入れないので、俺は荷台に移る事になる。騎士団員に見つかると怒られるどころか法律違反で面倒らしいので、荷台では身を潜める。
荷台には、俯いたまま膝を伸ばして座り込む舞踏号。埃避けと人目を避けるためのカバーに覆われたこの白い巨人の足の間には、3機の四角い先客が居座っていた。
「よう。ちょっと入れてくれよ」
俺が姿勢を低くしたまま先客のテトラ達に言うと、3機の四角い箱達は、ビープ音を鳴らして渋々と言った様子で場所を開けてくれる。
すぐにエンジンが掛かってトレーラーが動き出したが、テトラ3機の『なんでお前がこっちに来てるんだ』と言いたげな音と動きに、俺は再び口を開く。
「しょうがないだろ? あっちは狭いんだよ」
縦長の長方形のテトラ。ヨハネが鼻を鳴らすように小さく区切ったビープ音を鳴らす。
次いで残りの2機のテトラも同じようにビープ音を鳴らして身じろぎすると、正方形のペテロと横長のヤコブの2機が腕や足を展開して、段ボールのように重なった。そして上に乗ったペテロが『ピッ』と、短く音を鳴らす。
どうも『狭い? 重なればいいだろ?』という雰囲気を感じざるを得ない。食事についての時もそうだったが、意識の差というか、人間はそうはいかないのだという事が理解しにくいらしい。
「あれだよ3人とも。こう、それには倫理的な問題があるんだよ。体の構造的な問題もあってだな」
3機に向けて俺がもっともらしい事を言ったけれど、否定的なビープ音を鳴らされる。やはり理解を得られないようで、意識の差と言葉って難しい。
その後は荷台でテトラ達と舞踏号と共に揺られつつ、こっそりと荷台のカバーの下から外を眺めていた。段々と郊外に出て来たのか、歩道は無くなって、左右には緑の木々が見えるだけになってくる。
もう顔出しても大丈夫だろうと思い。揺れる荷台で舞踏号の足の間をもそもそと這って、カバーの脇から身を乗り出す。
風景は白く壮麗な港街とは打って変わって、常緑樹の森の中になっていた。頬に当たる空気が薄っすら水気を含んでいる事から、それなりに広さと規模の有る森なのが感じられる。
街の名残は道路の古く白い石畳と、間隔を空けて立っている街灯くらいだ。道自体はある程度整備されているけれど、それ以外は自然そのままのようだった。ちらほら太くてしなやかな大木が見えたりもし、戦禍を免れた古い森なのが分かる。あれだけ発展した街の近くにこういった古い森があるのは、何となく意外でもあった。
そしてまたしばらく道なりにトレーラーが進んで行くと、不意に開けた場所に出る。白い石畳の道はそのままに、辺りには手入れされた芝生。進行方向には古めかしい石の壁と、簡素に見えて豪勢な鉄柵の門。そして門の奥には、白い壁と青い屋根の大きな屋敷が建っていた。
門の手前でトレーラーが停まったので、俺は荷台から飛び降りる。
メイドさんもドアを開けて車から降りる所だった。あまり大きなトレーラーに乗り慣れていないようで、地面までの落差におっかなびっくりという様子が察せる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。で、ございます!」
俺が心配して聞いたが、メイドさんはそうは言いつつもフラフラしていた。それでも勢いよくぴょんと車から飛び降りると、その勢いを殺しきれずによろめいてこけそうになる。
慌ててその少し小さい身体を支えると、メイドさんは恥ずかしそうにすみませんと一言謝ってから門の側へと走って行った。インターホンのような物があるらしく、俺達の来訪を伝えているのが察せる。
そしてドアの空いた車の中から、ミルファがいじわるに微笑んで俺に言う。
「球体関節の方。ですね?」
「……何だよミルファ。別に、そういうのじゃないからな!」
「おや、何の事でしょう? 私にはさっぱり」
ミルファは小首を傾げていじわるな顔で笑った。
分かっているくせに。とは言えない。運転席でシルベーヌの頭に疑問符が浮かんでいるのだ。どういうことかを追及されれば、俺は再びからかわれるのが想像に難くない。
程なくして門が開き、メイドさんが道なりに進んでくれと俺達に言った。
屋敷の方をちらりと見れば、玄関から目に鮮やかな赤い髪の女性が出てきているのが、遠目にでもハッキリと分かった。隣には感じの良さそうな青年が寄り添っているし、手を振ってくれているからエリーゼさんとアルさんに違いない。
俺が再びトレーラーに飛び乗ると、シルベーヌはゆっくりとアクセルを踏んだのだった。




