第73話 白い港へ 戦いの後
グリフォンとの戦いの後。事後処理にやってきた騎士団員達とも合流し、細々した話も滞りなく終わった。
人々は怪我もしておらず、誰かが死んだという事も無い。村落の被害は、グリフォンが破壊した食肉の倉庫。加えていくらか吹き飛んだ瓦礫で、周りの建物の窓ガラス2枚にヒビが入ったそうだ。
無論。偶然居合わせただけとはいえ、何故武装した探索者がここに居るのか? そう言った事も聞かれたけれど、騎士団主催の舞踏会の招待状や、赤の他人である村人の皆さんの証言もあり。幸いにも特に問題とはされなかった。
「こんなとこにグリフォンなんて、どうも最近は変だねえ」
探索者協会の身分証を検め、丁寧に俺達に返却した若い騎士団員が言った。
世間話の一つなのだろうけれど、俺は気になって聞き返す。
「生体兵器がこっちまで来るのは珍しいんですか?」
「そりゃまあね。そこの道路や鉄道はメイズの命綱みたいなもんだし、そもそもこんな場所でも防衛線の内側さ。さては警備の連中、被害が出なきゃ無視しようとサボってやがったな」
騎士団員が苦々し気に言ってちらりと見た先には、俺達も通っていた道路と、その向こうに線路が見えている。
グリフォンのような生体兵器が跳梁跋扈する世界において、大きな都市同士を結ぶ道路の重要性は良く分かる。人の移動に物資の運搬。そして社会を形成している関係上。交通網の安全というものは、何気なく見えてもかなり重要に違いない。
ついでに聞くと、今回は俺達がグリフォンを少し攻撃していたおかげで、あの戦闘ヘリ2機は相当やりやすい状態だったという。
万全の状態のグリフォンの前では、ヘリなど足止めにしかならないらしい。個体差こそあるが、多くのグリフォンは戦闘機にだって追いつき、電波妨害の嵐にも負けないようにした高級品のミサイルすら悠々とかわすのだとも聞かされた。更に生体兵器特有の耐久力もあり、正直出会いたくない相手の1つであるらしい。
「タイミングも悪すぎるんだよなあ。編成替えとか別件で忙しくて、丁度穴が空いてたとこにあんなでっかいグリフォンなんて。あのヘリだって、別任務に出てたのを慌てて引き返させたチームらしいしね。本部も何やってんだか……」
つらつらと恨み言を言うと、若い騎士団員はハッとした顔になった。
「っと、今の愚痴は内緒で。では、探索者達のご協力に感謝いたします。後は我々の仕事です。舞踏会の招待客なんて引き留めたら、何されるか分かったもんじゃありませんし」
半ば冗談めかして笑い、騎士団員は緩い敬礼をして仕事に戻って行く。
その場に残された俺達探索者は、騎士団員の背に向けて礼をした後、一様に首を傾げた。しばらくの沈黙の後、シルベーヌが怪訝な顔をして口を開く。
「さっきの騎士さんも言ってたけど、こんなとこで偶然。ねえ」
「やっぱり違和感はあるよな。グリフォンの腹が減ってたからあの倉庫を襲ったとしても、動きが妙な感じもした」
俺が同意した後、ミルファも首を縦に振ってから言う。
「戦前のジャマーが生きており、レーダーなどがあまり使えないとはいえ。シルベーヌが無線で通報出来たように、この辺りのジャマーは薄いものです。そして対空設備の隙間を縫って、主要な道路のすぐ側までグリフォンがやって来た。自然にとは考えにくいでしょう」
「誘導されてたって事……も、可能性の一つかしら。ねえミルファ。ノイズはまだ聞こえる?」
「いいえ。もう聞こえませんよシルベーヌ。舞踏号がグリフォンと接敵するまでは聞こえていたように思いますが、どのタイミングで聞こえなくなったかは分かりません」
「憶測でしかないけど。ノイズの正体が、生体兵器を呼び寄せる何かの影響……って事もあるのかな? 何にしても――」
再びシルベーヌが考え込み、ミルファを心配そうに見て、更に後ろのトレーラーを見た。
トレーラーの荷台には装甲に深い傷の入った舞踏号が座り込んでおり、グリフォンの返り血や土埃を、3機の四角いテトラ達が綺麗にしてくれている真っ最中だ。雑巾などを握り、上辺から展開された2本の四角い腕を器用に使う姿は何だか愛嬌がある。
「ノイズが聞こえたミルファとテトラ達に、変な悪影響とかあったら怖い。気分が悪かったりしたらすぐ言ってね。私は、皆が元気でいてくれないとイヤだからね」
「はい。大丈夫ですよシルベーヌ」
ミルファが微笑み、そっとシルベーヌの手を取って握った。舞踏号の汚れを吹いていたテトラ達も、雑巾を握る手を止め、こちらに向かって手を振る。そして心配するなと言いたげにビープ音を鳴らした。
ノイズの発信源が特定できれば良いけれど、どんな物から出ているかも分からない上に、まさか今から村中を家探しする訳にもいくまい。俺達には、他人の家のタンスを漁る大義名分など無いのだ。
俺は若干不安げなシルベーヌを元気づけるように、努めて明るく言う。
「ミルファのいう通り、大丈夫だよ。俺も居るし、今は頼りになるテトラ達も居るんだしさ」
「うん。ありがとブラン」
シルベーヌが微笑み、少し服の汚れたミルファの腰にぎゅっと抱き付いた。抱き付かれたミルファは嬉しそうにシルベーヌを抱きしめ返し、慈しむようにその背を撫でる。
そんな2人をぽややんと見る俺だったが、俺以外にも嬉しそうに抱き合う2人を見る目があった。視線を感じて振り向いた所には年配の男性と、同じくらいの年の女性。そして2人の子供が立っていた。男女は夫婦のようで、子供は2人とも年齢が一桁にも見える姉妹だ。4人は家族らしく、男性はミルファが担いで走った人物に間違いない。
何か言いたげな一家を見て、俺はなるべく爽やかに見える笑顔をして言う。
「お騒がせしてすみません。でも、皆さんが無事で良かったです……窓ガラスは、その。ごめんなさい」
「ああいや、探索者さん達が居なかったら、あのグリフォンに何されたか分かったもんじゃないんだ。そんな風に恐縮しなくても」
年配の男性は、俺が一礼しつつ言った言葉に当惑している様子だった。想像していた態度と違う。といった、予想を裏切られた様子なのが感じられる。
シルベーヌとミルファも抱き付き合うのをやめ、少しだけ気恥ずかしそうに一家に向き直る。すると、小さな姉妹がミルファの近くまで歩みより、尊敬の眼差しでミルファを見上げた。
見上げられたミルファは、すぐにたおやかに微笑んでしゃがみ、姉妹と視線の高さを合わせる。
「どうしました?」
「お姉ちゃん。お父さんを助けてくれてありがとう」
僅かに背の高い姉が言って頭を下げ、続いて妹が頭を下げた。どこかで聞いた声。戦闘中に無線の向こうで聞こえた子供の声だ。
ミルファは優しく微笑んで姉妹の頭を上げさせると、柔らかい声色で言う。
「私は後から来ただけにすぎません。一番に褒められるべきは、真っ先に戦う事を選んだ貴方達の父親です」
「お父さんが?」
「はい。家族と村を守る為に、単身巨大なグリフォンに立ち向かったのです。私ではなく父親を、沢山褒めてあげてください」
ミルファはそう言うと、姉妹の身体の向きを変えさせて、そっと父親の方へと姉妹の背を押した。
姉妹は少しだけ困惑した様子だったが、すぐに小走りで父親の足に近寄ると、その足に抱き付いて父親を褒めだす。
父親はいささか困った様子だったが、嬉しさが身体の内から染み出しているのが手に取るように分かる。それでも顔を上げると、はにかんだまま俺達に言う。
「ありがとうございます。探索者さん。お礼は必ずそれなりの額を包みますから、お名前などをお教え頂けますか」
「いえそんな! 報酬目当てじゃないですし!」
俺が慌てて断ったが、一家の方はそうもいかないようだった。実際報酬を得ようとした訳ではなく、良くない事が起きているから止めようとしただけの、言わば一方的な善意に過ぎないのだ。
それでも向こうはお礼をしなければ気が済まない様子で、このままでは堂々巡りな上に無理矢理現金を押し付けられる可能性もある。そこで名案を思い付き、俺は指を1本立ててはにかむ。
「じゃあその。お礼はいらない代わりに、1つ教えて頂きたい事があるんですが」
「なんでしょう?」
「俺達、ホワイトポートに向かってる途中なんです。道中のご飯が美味しいお店を教えて下さい。そういう情報ってのは、凄まじい価値がありますから」
「……そんな事で良いんですか?」
「はい! それに、これは探索者なりの流儀ってやつです。それに、えっとですね。実際のとこ、壊れた建物直したりでお金は入用になるでしょう? 俺達になんてかまけずに、皆さんの為に使って下さい。美味しいもの食べたりとか、お子さんが喜ぶような事に、とか?」
今まで色んな人に聞いてきた事をごちゃまぜにした事を、俺が言葉に詰まりながら言うと。隣に立っていたミルファが口元を抑えてくすくすと微笑み、シルベーヌが笑いを噛み殺した笑顔で笑う。どうもスマートに言えず、格好が付かない。
けれど、そのたどたどしい態度などが功を奏したのか。姉妹の父親は困惑しつつも、ふっと雰囲気が柔らかくなる。
「……なんというか、変わった人だなあ兄ちゃん。こういう時は、丁寧な態度でも強欲になったりする奴がいるのに。ぽややんとしてるのに、あの白いのに乗ってたってのも驚くよ」
父親が軽い声色でそう言うと、隣で今まで黙っていた奥さんがその背を勢いよく叩いた。そして烈火の如く旦那を怒る。
「ちょっとアンタ! 失礼でしょ!」
「ああ! す、すいません!」
「ごめんなさいねえ。でも、ハッキリお金じゃなくて良いって言われると、正直助かります。うちも貧乏でねー! 美味しいお店ならたくさんありますよ! ちょっとまってて下さいね、メモとか雑誌があったかしら」
奥さんはハキハキと喋り、年配の女性特有の逞しさのまま、小走りで自分の家に戻っていった。
その後はページの角が折られた雑誌や、奥さんお手製のメモなど。話を聞きつけた他の村人達からも雑誌や地図、クーポン券などをもらい。途中からは逃げるように俺達は村落を後にしたのだった。出発する際には村人総出で俺達を見送ってくれ、荷台の隅にテトラ達が並び、俺達もドアの窓越しに手を振り返した。
助手席に座って深呼吸を一度。大きくため息を吐くと、ハンドルを握るシルベーヌが笑いだす。
「ブラン。いまいち格好付かなかったわね」
「まあなあ……なんとも言えない半端な事言った気がするし、締まりがないな」
俺は何だか痒い腕を掻きつつ、シルベーヌに返した。
すると、俺とシルベーヌの間に座るミルファが微笑んで言う。
「ブランの言いたい事はキチンと伝わっていたと思いますよ。それにホワイトポートまでの道中で、美味しい店舗には事欠かなくなりました。これは私達にとって、非常に大きな進展です」
そう言い終わると、ミルファは再び口元を抑えてくすくすと笑ったのだった。
その後も和やかな雰囲気のままドライブを続け。ホワイトポートまでの道中、予定していた通りの走行距離を走り終えると、今日は早めに宿を取って休む事に決まった。
都市間を結ぶ人通りの多い道路。そしてかなりの距離があるという都合上、太い道路から外れて脇に入ると、移動する人々向けの宿泊施設や飲食店はそれなりにある。いわば、高速道路のサービスエリアの規模を何倍かに拡大したような場所が点々と存在するのだ。小さな村か町とも言えるだろう。
そんな場所の一つに目を付け、トレーラーを乗り入れる。今日泊るのは比較的簡素なホテルで、長距離ドライバー向けの宿という雰囲気が強い。2階の無い平屋のような形で、部屋に入るドアが外に直接あるという形だ。そして経費削減の為にもツインルームを3人で使う事に決まった。
ミルファがテトラ達も部屋に来るよう言ったが、テトラ達は荷台の上、雨除けのカバーが掛かった舞踏号の下で、相変わらず装甲を拭いたりちょっとした故障個所を整備すると言う。意気揚々とビープ音を鳴らして手を振る3機の四角い箱達は、妙に張り切っているのが言葉の分からない俺でも分かった。
ドアを開けると、部屋の中は質素だが良い感じだ。柄の入った壁紙に絨毯。清潔なシングルベッドが2つ。そしてベッドにもなるソファが1つに、ちょっとした机と椅子があるという具合だ。入口のすぐ隣にはバスルームへ続く扉がある。
もちろん。唯一の男である俺がソファで寝るのは疑いようが無い。見栄もあるけれど、ベッドになるソファというのは、何だか自分の胸の中にある男の子な部分をくすぐるのである。変形って、何だかワクワクしてしまう。
寝る場所を確保したのでひと段落。食事にも行きたいが、戦いで少々汚れたままだったミルファがシャワーを浴びたいと言ったので、休憩がてら少し待つ事になった。俺は舞踏号の中に居たけれど、彼女は戦闘服も着ずに外でひと暴れしたのだ。さっぱりしたくなるのも当然だろう。
ミルファがシャワーを浴びる間、俺とシルベーヌは机の上に出された地図や、村人に渡された雑誌を見つつ時間を潰していた。
明日の朝は俺が運転するので、道路地図を見ていた俺の隣にシルベーヌが座り、嬉しそうに雑誌を見ながら話しかけて来る。
「ここは、すぐ手前にあったダイナーのご飯が美味しいらしいわね。デザートにはアップルパイがオススメなんだってさ。色んなものの産地が近いから、派手じゃない料理でも美味しいみたい」
「アップルパイか。良いなあ。俺は何か最近、甘い物が美味しいんだよな」
「今度家でも焼いてみる? 私は食べる係やったげる」
シルベーヌが笑い、俺もその旺盛な食欲に笑い返した。しかし微笑む彼女は、俺の腕に視線を落とす。視線の先には、掻き過ぎてほんの少し赤くなった俺の右腕があった。手首から肘の間全体だ。
「そこ。どうしたの?」
「ああいや。何か気になっちゃって、痒いような気がするだけなんだ」
俺が感じている事を素直に答えると、シルベーヌはそっと俺の腕に触れる。暖かく柔らかい指が、スッと肌を滑った。何度か腕を往復した後、彼女はハッとして言う。
「確か、舞踏号の腕にもおんなじ傷があったわよね。グリフォンに付けられた傷」
「そういえば」
戦闘後に被害状況を検めたが、言われた通り舞踏号の腕にも傷があった。右の手首から肘の間。関節の装甲を掠めて、一本の傷が刻まれていたはずだ。
これが意味する事は心当たりがある。舞踏号が赤錆色の人型機械に右眼を抉られ、脇腹から内臓を掻き回された際にあった、舞踏号のダメージが俺に伝播している可能性だ。前回も物理的な怪我は無くとも、俺は気分が悪くなって座り込むほどだったのだ。可能性は十分ある。
それを察したシルベーヌは真面目な顔になり、俺の腕を撫でながら口を開く。
「フィードバックが大きくなりすぎてるのかしら。内部の数値は全然弄ってないのに」
「技術的な問題ってやつ?」
「うーん……かもしれない。で濁しとくわね。そもそも人型機械の操縦系統自体、戦前の技術の塊でブラックボックスなんだもの。何か変な事が起きてもおかしくは無いわ。……これ、前にも言った気がするわね」
シルベーヌは少しだけ恥ずかしそうに笑った後、顔を引き締めた。
「舞踏号の損傷が、ブランの身体にもあるような幻覚。これは良く言えば、舞踏号と一体化してるって事を指してるわ。でも同時に危険な事も多いはず」
「一体化ねえ。例えば?」
「舞踏号の左腕がもげた事覚えてる? あれ位の損傷や、あれ以上の損傷を舞踏号が受けた時よ。その幻覚がブランを襲った場合、どうなるか想像したくも無いわね」
「あー……確かに」
左腕がもげた時は、別に今のような幻痛は無かったはずだ。一瞬だけ違和感があったかもしれないが、少なくともここまでの事は無い。それが今再び起きたら、どうなるかは火を見るよりも明らかだろう。
彼女が俺の腕を撫でる手が止まり、申し訳なさそうな表情になった。
「正直、そのフィードバック部分含む操縦系統は、どうにも手が出せないとこでもあるの。私がもっと勉強してれば分かるのかもしれないけど、今は全然。ごめんねブラン。私は技術屋なのに、何にも分かんない事があって」
「何を急に……」
「私は舞踏号が好き。私だけじゃなくて、色んな人の手が入ってるあの人型機械が好き。けど、ブランもす……てきだと思う。舞踏号はパーツを組みかえれば直るかもしれないけど、生身のブランはそうはいかない。ひょっとしたら危ない物にブランを乗せてるかと思うと、私は怖い」
そうなのだ。俺達は舞踏号と一緒に居て感覚が麻痺しているが、人型機械は戦前の技術の塊だ。何故開発され、どうやって使われていたのかも資料の少ない謎の物。人型という不合理な機械を形作る、未知の技術と理解の範疇を超えた機材達。
戦後に再発見され、307小隊のようにそれなりに確立された使い方はあるけれど、それが正規の運用方法かどうかは疑問が残る。
俺達はあの巨人を人型の兵器として使っているけれど、それも本当に正しい使い方かは分からない。言わば錆びた剣の刃を握って、柄で敵を殴り殺しているかもしれないのだ。知らず知らずのうちに自分達を傷つけている事だって、可能性はゼロじゃない。
でも――
「大丈夫だよこの位。単純な解決方法はちゃんとあるだろ?」
「あるの?」
シルベーヌがきょとんとして俺を見る。
今から言うのは見栄と虚勢だが、落ち込む彼女を元気付けるために、この位の事は言ってもいいだろう。椅子に座ったまま胸を張り、自分の胸を叩く。
「要は舞踏号を怪我させなきゃ良いんだ。戦う時は俺が頑張って、無傷で帰ってくれば問題ない。この幻覚だって起こらない。万事解決! 問題なし! オールクリア!」
「……ほんと、単純ね。でも、その通りかも。出来るかどうかは別としても、それも一つの解決法だもんね」
一瞬呆れた様子だったが、シルベーヌはじわじわと笑顔になる。
「ねえ。ソファに行って、ちょっと膝に座らせて」
「なんだよ急に」
「良いから良いから。ほら、ソファに行く!」
笑顔のシルベーヌに急かされ、俺は今晩の寝床に変形する予定のソファに座った。すぐさまシルベーヌが俺の膝に乗り、身体を預けてもたれかかった。
まだシャワーを浴びていないからか、薄っすら汗が薫り、彼女本来の匂いもする。なんとなく石鹸の香りもするような気がして胸が高鳴るけれど、ぐっと堪えて身体をコントロールした。
「やっぱり落ち着く」
シルベーヌが膝の上で明るい声で呟いて身をよじる。少しだけバランスを崩しそうだったので、俺はパッと両手で彼女の腰を抱え込んだ。
「ひゃあっ!?」
「おおうっ!? ご、ごめんよ!」
シルベーヌが声を上げ、びくりと身を震わせる。
今まで聞いた事も無いくらい”女の子”な声と、そのビックリした反応に、俺も驚いてすぐさま謝った。けれどシルベーヌは、再び俺にもたれ掛かり、甘えるような声色で言う。
「ううん。ちょっとくすぐったかっただけ。それに、そうされると暖かくて好き。ビックリしないから、もうちょっとやって」
「そ、そう?」
彼女は慌てて離した俺の手を取ると、そっと自分の腰に巻きつけるようにした。されるがままにおずおずと緩く腕を回すと、シルベーヌはくすりと笑った。
「ブランは気にしてるみたいだけど。嫌だったら、私はこんな事しないわよ」
「ならいいけど……」
「なーに? いやらしい事我慢できなくなっちゃう?」
「そ、そんな事は無いぞ!」
「ホントにー?」
邪悪に聞き返されるが、即座に否定できずにシルベーヌに笑われてしまう。
そんな事をしていると、ミルファがバスルームからゆっくりと出て来た。髪は乾かされ、きちんと着替えて綺麗さっぱり。とても満足そうな顔である。そして彼女は、俺とシルベーヌがソファに座っているのを見るとくすくすと笑う。
「ブランはやはりヘタレですね。そこはもう胸を揉んで押し倒すくらいの勢いが必要ですよ」
「んな事しないって!」
「ヘンタイの膝は怖いわね? んじゃミルファもさっぱりしたし、ご飯食べに行きましょ!」
シルベーヌがひょいと俺の膝から立ち上がった。そして部屋の鍵や財布を確認しつつ外に向かう。
俺も彼女の確かな重みと体温が無くなって寂しく感じつつ、立ちあがって身支度を整えたのだった。




