第71話 白い港へ
あれからまた数日。俺達はメイズの街を出て、トレーラーでホワイトポートへと向かっていた。
荷台には着替えなどの荷物と、念のための武装。お色直しをされた舞踏号。そしてテトラ達3機。運転席ではミルファがハンドルを握り、俺は車窓を眺めている。俺とミルファの間にはシルベーヌが座り、彼女はミルファとにこやかに話しつつ道路地図を見ていた。
向かう先はホワイトポートの街だが、正確な目的地はホワイトポートの南側。郊外にあるエリーゼさんの実家だ。エリーゼさんの申し出を受ける事にしたのは色々と事情がある。
時間を少し前に戻す――
当初俺達はエリーゼさんの申し出を受ける事に戸惑っていた。とてもありがたいし、エリーゼさんの父親からは色々な話も聞けそうではあったけれど、先に騎士団からの誘いに応じているのだ。流石にすぐ予定変更とはいかない。
俺達用の宿などが手配されつつあったのは間違いなく。それに対して『予定が変わったんでその辺の準備はもういいです』なんて事を言う勇気が無かったのもある。加えて新聞に載ったりと、妙に注目を集めつつあるのは確かだったので、騎士団に悪い印象を持たれないようにもしたかったのだ。
それでもエリーゼさんの是非という強い希望を受け、半ば押し切られる形でこの事は保留にされて、その日は家に帰った。
ところが次の日の朝。ザクビー中尉の部下のアランさんが家に来て、申し訳なさそうに告げる。
「すみません。宿などが取れなくなってしまいまして……もう少しだけ時間が掛かると思います」
「取れなくなった? ……なんていうか、何かあった感じがしますね」
さっぱり訳が分からないという風に俺が聞き返すと、アランさんは気まずそうに頷いて教えてくれる。
「ええ、変なんですよね。皆さん3人分の部屋と、そちらの。あー、ネピリムでしたか? ロボットをトレーラーで停めておける場所ってなると、それなりに限られてきます。なのである程度目星も付けやすかったんですが……」
アランさんは分厚いファイルから、十数件の宿の住所と電話番号などが書かれた紙を取り出した。その全てに、黒いペンで横線が引かれている。
「どこも最初は歓迎ムードだったんですけど、お客さんが探索者3人と人型ロボットだと言うと、途端に声が曇るんです。ああでも。ホワイトポートじゃ探索者自体が傭兵みたいなものだと思われる事も多いですし、別に珍しい事じゃ無いんですよ」
出会った頃にエリーゼさんが言っていた『探索者は、銃を握って傭兵紛いの事をしている人達だとばかり』なんて言葉が思い出された。実態とは少し違うけれど、それは色々な面から見ても分かる事実であるし、特に目立つ姿が武装した状態なのもあるはずだ。
そういうちょっと危なそうな人達を泊めるとなると、二の足を踏む施設は少なからずあるだろう。ましてや話を聞く限り、ホワイトポートはこっちの街よりも平和そうなのだ。
「まだ舞踏会までは日数もありますから、宿は探してみます。もしもの場合は騎士団の官舎という手も考えられたんですが、えっとですね。向こうが言った言葉を要約すると、『下っ端の探索者なら道端でも良いだろう?』と芳しくなくてですね……」
アランさんの顔が曇り、こちらが申し訳なくなる程にやつれて見える。
「一応自分の所属する組織の事をフォローさせてもらうと。向こうは他の招待客の対応でも色々あって忙しく、皆さんが急な呼び出しだというのもあるんです。倉庫の隅なら貸すなんて事を言われたり……」
「アランさんがかしこまらなくていいんですよ! しかしまあ、倉庫の隅かぁ……」
シルベーヌが色々な事を察した様子で頷き、すまなそうにたどたどしく告げるアランさんに、気にしないでくれと念を押して微笑んだ。
この寒い時期だ。倉庫みたいな所だと俺の部屋のように冷えるだろうし、暖房設備だって芳しくは無いはずである。流石に風邪を引くのは避けたい。
しかし。俺達は一応、舞踏会に招かれた”お客さん”だと思っていたけれど、どうも向こうはそう考えていないようだ。良ければ賑やかしか、箔付けか面子の為か。何にせよあまり良い応対を期待しない方が良いのが察せられる。
そこで思い出されたのがエリーゼさんのお誘いだ。今言われたような事情があるのなら、知り合いがホワイトポートに居るのでなんとかしますと言っても、それほど白い目で見られはすまい。
俺からシルベーヌとミルファの2人にちょっとだけ相談した後、アランさんに泊る所なら俺達でも当てがあると言うと、パッと彼の顔は明るくなる。
「そうでしたか! お知り合いがいらっしゃるなら、そちらの方が良いでしょう! 私もザクビー中尉にどやされずに済みます!」
アランさんはそう言い、随分ホッとした様子で胸を撫でおろした。
そう言えば、アランさんがやつれているのは前からだが、前回会った時よりも少し血色が好い気がする。良い事があった感じがするというか、何だか生気があると言った方が良いだろう。
次いで、ザクビー中尉の名前を聞いたシルベーヌが明るく笑った。
「オッサンはすぐ小言言いますからね! それじゃあちょっと知り合いに聞いて来ます! 連絡方法どうしましょう?」
「えっとですね。こちらの住所に騎士団の詰所がありますから――」
そうやって後の連絡方法を確認し合うと、仕事の話は一段落だ。大きく安堵のため息を吐いたアランさんは、分厚いファイルを閉じる。
「色んなところに知り合いが居るのは、探索者さん達ならではですね。正直羨ましいです。私は騎士団で働くので精いっぱいですよ」
「仕事柄ってやつなんでしょうね。アランさんは騎士団に入って長いんですか?」
「そろそろ1年ですかね。まあ私も色々あって、行く当てが無いので騎士団が雇ってくれて。昔勉強していた事も全然使えない職場で、食事も合わなくて大変ですよ。ちょっと前まではもう辛くて辛くて……」
俺の問いかけにアランさんが答え、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうに笑う。
「けど、人間単純ですね。良い事があると頑張れちゃいます」
「良い事って何です?」
「いやあ、ちょっとだけです! あんまり惚気ちゃうといけませんし、仕事に戻ります。皆さんに神のお恵みがありますように」
シルベーヌがいたずらっぽく聞いたが、アランさんははぐらかし、最後に右手で十字を画いて微笑んだ。その後、彼が再び車に乗り込む後ろ姿には、どこか足取りの軽さを感じられる。言いにくい事を俺達に伝えて、俺達が特に不平も言わずになんとか出来るのが分かったからであろうか。
「良い事があると頑張れる。かあ」
アランさんの乗った車が見えなくなるまで見送った後、俺は何となく呟いた。それを聞いたシルベーヌが俺に微笑みかける。
「どしたのブラン?」
「いや。まあ真理だよなあって思って」
「なによ真理って。まーた小難しい事考えてるの?」
微笑みから一変。邪悪に笑うと、彼女は俺の腕にぎゅっと抱き付いた。
服越しにでもシルベーヌの体温が分かる気がするし、その身体の柔らかい感覚が頭をふわりとさせ、俺は自分の体温が少しだけ上がるのを感じる。
「ブランは最近。何かにつけて考えすぎてるのよ。考えるのは大事だけど、もうちょっと単純で良いの!」
「そういうもんかなぁ……」
「はい。シルベーヌの言う通りです。今みたいに鼻の下を伸ばしているくらいが良いですよ」
シルベーヌと俺に続いてミルファがいじわるに言うと、ミルファは俺の腕に抱き付くシルベーヌにぎゅっと抱き付いた。シルベーヌが嬉しそうに笑い、ミルファも同じく幸せそうに笑う。彼女達の笑顔を見ていると、俺も嬉しくてつい笑ってしまう。
ともあれ。だらしない顔をしていてはいけないので、俺は鼻の下に気合を入れたのだった。
そしてエリーゼさんのお誘いを一時は断りかけた俺達だったが、再び会いに行っておずおずと事情を話すと、彼女はとても喜んでくれた。
しかしエリーゼさんとアルさんは、以前アルさんが言っていた『旦那様に殴られに行く』日程がもう決まっていたので、ホワイトポートまでの道のりを共に行く事は出来ないらしい。代わりに、家に向かうまでの道のりを教えてくれたりと、色々な便宜を図ってくれる。
「家で待っています。皆さんは私の呼んだお客さんなのですから、胸を張っていらして下さい」
そう言ったエリーゼさんの淑やかな笑顔からは、大歓迎だという明るい気持ちしか感じられなかった。
――そして現在。
そんなこんなで用意は万端。東にある豊かな街、白い港へと俺達は向かっているのだ。
今までメイズの街から出る時は、全て寂れた場所へと向かうようなものだった。けれど、今回は違う。いわば田舎から都会に向かうようなもので、それは周囲の風景からも察せられる。
まず、道路が違う。使い込まれてはいるけれどキッチリと整備された、太く車線も多い道路で、地面の表示や車線を区切る白線がハッキリと見える。アスファルトがめくれていたりもしないし、道路標識もしっかりと見える。
道路を走る車は、トラックなどはもちろんだけれど、いわゆる家庭用の一般車両も多いのが目新しかった。実用的な作りと色味の車だけでは無く、鮮やかで形も凝っているような車が居る。それはつまり、探索者や騎士団のような組織の人間だけでは無く、普通の生活を営んでいる人たちも行き来しているのを指しているのだ。
そして道路から少し離れた場所には線路がある。四角い列車が行き来しているのがたまに見え、客車や貨物車は数多い。海辺の街と内陸の街を繋ぐ、島の大動脈というやつだろう。
エリーゼさんとアルさんも、寝台付きの列車に乗ってホワイトポートへ向かうと言っていた。もしかしたら時折見える列車に乗った事があるかもしれない。
次いで道の左右を遠く見れば、そこにはまばらな木々と緩い丘。広大な農場や牧草地が見えたりもしていて、気温は低いけれども、その光景は牧歌的でどこか心安らぐ。
青々とした草原の中には、人が生活しているのが感じられる家屋もぽつぽつとあり、時には遠くに小さな集落が見えたり、道路脇にちょっとした村が出現する。
空には綿菓子を千切ったような雲がまばらで、太陽の光を和らげてくれていて何だか目に優しい。ここ一帯は自然豊かだけれど、確かな文明の息があるのだ。
「メイズの街からホワイトポートの間。この都市に挟まれた一帯では、農業や畜産などが行われています。メイズの食糧庫とでも言ったらいいでしょうか」
ハンドルを握るミルファが、景色を興味深げに眺める俺に気付いて教えてくれた。
「規模も相当なものですが、島内で消費して、それでも余剰があり、輸出される程度には収穫高もあるはずですよ。ホワイトポートまでの日程は3日程ですので、ゆっくり行くしかありません。どうぞじっくりご覧になって下さい」
「ここからじゃ見えないけど、食料系の生産施設は地下にも色々あるわよ。まあ戦前の施設の再利用が多いんだろうけど、新造されたって話もたまに聞くわね」
ミルファに続いてシルベーヌも地図から顔を上げ、ぐっと背筋を伸ばしてから教えてくれた。
普段自分達が食べている食料の生産場所。こういう場所が無ければ、俺達は手軽にファーストフードを食べる事など叶わないのだ。そう考えると何だか感慨深くもあるし、この風景も大事にしないといけないと思ってしまう。
広大な農場とまばらな人家という光景は、旧市街や遺跡に比べれば地味なのだろうけれど、人間の基礎部分である『食』を支える大切な土地だ。そして食べる事を考えると、何だかお腹が減ってしまう。
時間は昼過ぎ。道中道路沿いの飲食店でお昼を食べたけれど、俺は窓から視線を外して、シルベーヌとミルファの2人に聞く。
「食料の話で、何かちょっと小腹空いたな。食べる物あったっけ?」
「さっき食べたばっかりでしょ」
シルベーヌに笑われるが、全くその通りである。しかし、彼女はごそごそと隅に置いてあった鞄を触り、分厚い手帳サイズの缶を取り出した。色とりどり、味も様々な飴玉の入った缶だ。数度缶を振ると、缶の中で飴玉が踊ってコロコロと小気味よい音が鳴る。
そしてシルベーヌは蓋を開けて手の平に飴玉を取り出した。出て来たのは白い飴玉で、それを見て彼女は渋い顔をし、俺に白い飴玉を手渡す。
「ありがと」
「私、ハッカ味はあんまり好みじゃないのよね」
「そう? 結構美味いけどなあ」
そんな事を話しつつ俺は飴玉を口に入れ、シルベーヌは再び缶を振って飴玉を取り出した。出て来たのは赤い飴玉と黄色い飴玉。リンゴ味とレモン味といったところだろう。彼女はレモン味を自分の口に含み、運転しているミルファにリンゴ味を渡してあげた。
車内にわざとらしい程の果物の匂いが立ち込めるが、これがこういうお菓子の趣に違いない。俺はハッカのスーッとする甘みを味わいつつ、再び外を眺める時間が過ぎていく。
そうやって飴玉が口の中で消える頃。外を見ていた俺は、奇妙な違和感を感じた。何がおかしいかはハッキリと掴めないが、何だか空が変なのだ。
雲の有る空に、黒く見える鳥の群れがぽつぽつと。鳥達はゆっくりと羽ばたいていて、その翼が空気を掴んで軽やかに体を持ち上げているのが感じられるようだ。その鳥と雲の流れからは、ある程度速い気流が察せるが、それとて奇妙な程では無い。
違和感の正体を掴むために、車の窓に目を凝らす。窓に顔を近づけたので、それなりの速度で走る車の振動を感じていた時だった。
背後で何かが当たる音がして、ビープ音が何かを警告するように断続的に響いた。
「テトラ達?」
「どうしたのかしら?」
俺とシルベーヌは疑問の声を上げるが、ミルファの顔は険しくなり、彼女のハンドルを握る手に力が篭る。
「どうしたミルファ?」
「ブラン。生体兵器が近いとペテロが言っています。こちらに来るか分からないそうですが、上からだと」
「上って……空からって事か?」
「はい。車を停めます」
幸い後ろを走る車は遠かったので、ミルファはトレーラーを路肩に寄せてブレーキを掛けた。急な速度の変化に、車両はもちろん荷台のテトラ達も微かな悲鳴を上げるが、すぐに車のドアを開いてミルファが荷台に問いかける。
「どっちからです?」
甲高いビープ音が響き、正方形のペテロが四角い腕を展開して、空の一点を指さした。
全員が車から降り、ペテロが指さした方向を見る。そこには鳥の群れが緩やかに飛んでいるだけだが、その鳥の群れの奥、まばらな雲と青空の隙間に、鳥ではない点が1つある。距離はあるはずなのに、鳥と同じくらいの大きさで、それはぐんぐん加速しているように見えるのだ。
シルベーヌが双眼鏡を取り出し、その点を見極めつつ言う。
「空の生体兵器って言うと、まさかドラゴン?」
「こんな人里に近い場所にですか? 竜はもっと辺鄙な場所に居るはずですが……」
「他にはハーピーとか、ワイバーン……爬虫類系じゃないみたい。羽毛っぽいのが見える気がする。ミルファはどう?」
「距離がありすぎて、私の目でもまだはっきりとは」
2人の会話を聞きつつ俺も目を凝らすが、多少は空の点が大きくなってきているけれど分からない。ただどうも。こちらに敵意を持ってはいないようなのが感じられた。もっと別の方向に気を取られているような、俺達には気づいていないような雰囲気だ。
だが変化は空では無く、俺達の隣で起こった。ミルファが顔をしかめ、テトラ達が警告音を発したのだ。
「大丈夫ミルファ? ペテロ達も一体?」
「……っ……シルベーヌ、ブラン。例のノイズです……! 微かにですが聞こえます。そしてこれは、テトラ達にも聞こえています」
「あの音か!」
旧市街の地下で聞いた、ザラりとした小さなノイズ。生身には聞こえない、ミルファや舞踏号に乗っている時にしか聞こえない音だ。
テトラ達が怯えるように声を上げ、彼ら3機がミルファを気遣うように彼女の足元に動く。そして正方形のペテロがこめかみを抑えるミルファを見上げ、四角い腕を伸ばすと、心配そうに彼女の足を掴んだ。
それに対して、ミルファは少しだけ苦しそうな顔をしつつも微笑み返す。
「大丈夫ですよペテロ。ブランもシルベーヌも居ます」
それを聞いたペテロはミルファから手を離すと、今度は俺に近寄ってズボンを掴み、荷台の方へと引っ張った。そして甲高いビープ音を上げるが、生憎俺にはペテロの言葉は分からない。けれど、何をさせようとしているかは理解できる。
「ブラン! ミルファ! こっちに来る!」
シルベーヌが叫び、再び全員の視線が空を向いた。
空の中にあった点は、ぐんぐん加速して大きくなる。彼我の距離が縮む事で、その姿は肉眼でもハッキリと分かるようになった。
鋭く黄色い嘴に、威厳のある赤い目。その頭には白い羽毛が生えそろい、背には体の倍はある一対の太く力強い翼。前足には鋭い爪と、獲物の肉を深く抉るかぎ爪が鈍く光っている。
しかしそれは身体の前半分だけだ。後ろ半分は砂色の体毛をした、筋骨隆々で力強い後ろ足。その足先には地を駆ける肉食獣の爪があり、尾は短くも鞭のように強靭である。
そう。鷲の身体に翼と、獅子の身体に爪を持つ生体兵器――
「グリフォンよ! なんであんなのがこんな場所に!?」
シルベーヌがその名を呼んだ瞬間。グリフォンは空中で身を翻し、真っすぐに地面に急降下した。その機動は、人間の飛行機などと言う偽りの翼では決して獲得出来ない機敏さと鋭角さを持っており、まるで雲から放たれた矢のように地面に突き刺さった。
そうやってグリフォンが着地した場所は、緩く低い丘の上にある小さな村落のど真ん中。親指の爪程の大きさに見えるその村は、唐突に飛来した鷲獅子によって、建物の一つが叩き潰される。
「俺は行くよ!」
「もちろん! 見過ごす訳無いでしょ!」
荷台に駆け上りながら叫ぶと、シルベーヌも叫び返してくれた。テトラ達も声を上げて素早く動き、荷台に掛かっていた防水シートを捲る。
そこに座り込んでいた舞踏号は、今までの鈍色の巨人ではない。全身の装甲は白く塗られ、そこに所々に主張し過ぎない程度に山吹色の彩りと鮮やかな朱色が入った、溌溂とした印象を与える姿に塗り替えられていた。顔の戦化粧も塗り直されていたが、黒い皮膚はそのままだ。肩や肘、膝の頑丈で大きな作りも相まって、その姿はまるでヒーローのようでもある。
この明るく生気溢れる色味の塗装がされた背に、俺は思い切り足の裏で土を付けて駆け上がった。脊髄に抱き付くような形のコクピットに身を滑り込ませると、ハッチを閉じて意識を失う。
まけるきはしないよ
どこか自信ありげな舞踏号の声が聞こえ、俺自身がこの溌溂とした巨人になった感覚が帰って来る。
座り込んだまま頭を駆け巡る、全身のエラーチェックは問題なし。幾度もの戦いと改修を経て、俺の身体は頑強で逞しくなっているのだ。もうちょっとやそっとじゃ、膝も足腰も壊れやしない。
急遽ヘッドセットを付けたシルベーヌが、マイクに向かって力強く言う。
「ブラン! 準備良いわね!」
『いつでも!』
「待ってください! 私も行きます!」
ミルファが言い、作業着姿のまま荷台でケースに厳重にしまっていた12.7mmの機関銃を担ぐと、弾倉をひっつかんでから俺の肩に駆け登った。
俺は肩に上った銀髪の少女に聞く。
『ミルファの体調は大丈夫?』
「もちろんです。前回は戸惑いましたが、2回目ならば慣れたものです。それに舞踏号だけでは、上空への攻撃方法が限られます」
『分かった! 頼りにしてるよ!』
「はい!」
ミルファが力強く答えると、俺は荷台から降りて荷台に半ば縫い付けるように置かれていた手斧を拘束ごと引っぺがす。手斧は腰の後ろに新造されたラックへ固定し、俺は地面でクラウチングスタートの姿勢を取った。
すぐ側では、テトラ達に囲まれたシルベーヌも身を屈め、周りを確認してから叫ぶ。
「目標はグリフォンの撃破! 空の敵との戦いなんて初めてだから注意して!」
『了解!』
「了解です!」
「進路よし! 安全確認良し――!」
シルベーヌが一度溜め、力強く叫ぶ。
「舞踏号!! 出撃!!」
俺は地面を蹴り飛ばし、緩い丘を猛然と駆けあがり始めた。




