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第69話 〃

「どうなんですかブラン。こういった女性が好きなんですか」

「いえその。特別好きという訳では無く……」

「では、どうしてこんな特集を組まれた本を持っているんですか」

「えっとですねぇ……」


 俺はベッドの上に正座し、向かいではミルファも正座をしていた。

 間には『球体関節特集』と書かれたセクシーな写真集。まるで尋問でも受けているかのようであり、そして尋問の内容が内容なので、恥ずかしさで死にたくなる。

 ミルファはそんな俺を見つめた後、セクシーな本を手に取ってページを開いた。1枚。また1枚とページを検め、何やら色々な事を納得していく。彼女は、気まずい視線で本とミルファを交互に見ている俺に気付くと、少しばつの悪い顔をして謝り、気の抜けた笑顔で微笑んだ。


「別に怒っていたりする訳ではありませんよ。むしろアンドロイドの私としては、ブランが私と似たような人に興味を持っているのが分かって嬉しいのです」

「……そうなの?」

「はい。それに私もこういった事には、とても興味があります。どうして一緒に読もうと言ってくれないんですか?」

「言える訳無いだろ!?」


 いじわるに。けれど萎縮していた俺を元気づけるようにミルファは言い、彼女は更に何枚かページをめくって俺に見せつけた。グラマーな女性が、悩まし気に胸の谷間を強調しているページだ。

 ミルファはもこもこした服の上から、どこか寂し気に自分の慎ましい胸を触って俺に聞く。


「やはり男性からすれば、胸はあった方が良いのでしょうか」

「全員が全員、胸が好きって訳でもないと思うけど」

「では、ブランはどうですか?」

「……俺は、胸のサイズは重要な要素では無いと考えますでございますです」

「なるほど。ですがあった方が嬉しいのでしょう? ページに何度も開かれた跡があります」


 冷静な観察にぐうの音も出ない。

 そしてミルファは、本を開いたまま俺の隣に身体を動かした。互いにもこもこした格好のままなので、普段通りの距離でも袖が触れ合うし。否応なしに隣に座るミルファの事を意識してしまう。

 夜中に2人きり。ベッドの上。手元にはセクシーな本。そして恐らく、誰かが部屋に来たりはしない。状況としては色っぽいのだろうけれど、こういう本の所持がバレたという要素があるため、居心地は良くない。

 それに俺は、ここで仲が良い女性を押し倒す程の度量も無い。いわばヘタレである。いつぞやのように、後でもったいない事をしたと後悔するだろうが――。


「生物の体構造。特に人間の体。あるいは人型というものは、とても興味深く、美しいものだと私は思うのです」

「あ、真面目な話?」

「当然です。いやらしいお話ばかりではありませんよ?」


 ミルファは再びいじわるに言い、本の中でポーズを取っている人を指さした。

 そこでは球体関節をしたアンドロイドの女性が露出の多い水着を着て、悩まし気に身体を反らしている。生身の人と変わらない顔には妖艶な笑みを湛えており、球体関節が趣味かどうかはともかく、健全な男子ならばその笑顔にどきりとしてしまうだろう。


「例えばこうして身体を反らす動作。背の筋肉が収縮し、骨格がしなり、腹部や胸部の皮膚が突っ張るという複雑な現象が起こっています。この方はアンドロイドですから、これらの動き一つにも、幾千幾万の科学技術が使われています。人間が長い歴史の中で培った、英知の結晶と言っていいでしょう」


 彼女は嬉しそうに言葉を続ける。


「しかし生身のヒトはそうではありません。髪の毛1本に至るまで、全てを自然に授かっています。ヒトが長い歴史の果てに進化したのか、それとも見えざる何かの手で突然現れたのか。どちらの理論であろうと関係ありません。生身の肉体というものは、とにかく美しく価値のあるものだと私は思います」

「そういうもんかな?」

「はい。ブランの身体も、私は好きですよ」


 そう言った後ハッとして、恥ずかしそうに『変な意味ではありませんからね』。と、ミルファは補足した。


「ですが、そうですね。私は生身の方が好きです。もっと遠慮なく言えば、羨ましいと言った方が良いでしょう」

「羨ましがられるとは、あんまり思えないけどなぁ。サイボーグの人とかアンドロイドの人とか、俺は逆に羨ましいし」


 隣の芝生は青く見えると言うが、それとは少し違う気がする思いだ。


 分かりやすいのはフルサイボーグのザクビー中尉。そしてアンドロイドのミルファ。少し拡大すれば、余所者アウトランダーのティムやタムもだ。細かい所は生身と違うのだろうけれど、皆の身体は強靭で利点に満ちている。

 ザクビー中尉は装甲車を殴ってひっくり返したと言うし、ミルファの活躍は今まで何度も目にした。兎耳の生えたティムとタムの双子は、音だけを頼りに地面の下を探っていた。

 しかし生身の俺は、身体一つではその全員に劣っていると言っていいだろう。いくら筋肉を鍛えたところで、ザクビー中尉やミルファのように凄まじい戦闘力を発揮できる訳でも無い。多少は勘が良いのかもしれないが、ティムやタムのように音で正確に地下を探れる訳でもない。

 

 機械的であれ生物的であれ、身体が優れているというのは、俺からすれば羨ましい事この上ないのだ。短絡的に見れば日々の筋トレなどをしなくて済むし、身体が強いという事や、特殊な事が出来るのは大きな自信になるに違いない。

 だが、当のミルファはそうではないらしい。


「意識の違いというものでしょうね。機械ベースの私からは、生身はとても羨ましいのです」

「実感湧かないけどなぁ」

「そうですね……。例えば生身の特権として、唯一無二の、自分だけのものという事が上げられます。そして生身の肉体は日々成長していきます。例え老いようとも、その成長は止まる事がありません。私はそれが羨ましいのです」


 そう言うと、ミルファは自分の手を見つめた。

 何度か指が取れたり指先の皮膚が削れたりもしたけれど、今はまったく生身と変わらない見た目をしている指だ。細くしなやかで、どこか優美でもある。薄暗いこの部屋の中では、その手は不思議と艶めかしくも見えた。


「少し私の、いえ。私とシルベーヌのお話をしましょう」


 ミルファが俺の方を向いて微笑む。


「私が出会った頃。シルベーヌはもっと背の低い女の子でした。ともすれば男の子とも思うような背格好で、毎日機械の油と錆に汚れて、暇さえあれば古本屋で買った専門書を読んでいるような。目の下にはクマのある子供です。そして格好こそ汚れていたかもしれませんが、その目は生気に満ちている子でした」

「想像つくような、つかないような」

「そんな子供は、日々成長していきました。何の変哲もない子供の背が少し伸び、身体がより丸みを帯び、胸が膨らんで、子供から女性になっていく。鬱陶しいからと、鋼線を切れるハサミで髪を切るような豪放な子がです」


 ミルファがくすくすと笑い、羨望の眼差しで天井を見つめた。

 家の建材の向こうでは、シルベーヌがまだまだテトラを起動させようとモニタを見つめ、キーボードを触っているだろう。


「気付けば、あの子はとても女性的な身体付きになっていました。そしてよく食べ、よく眠り、よく働く。人としても素晴らしい姿です。私は彼女の心身が成長して行く様を、数年だけですが見ていたのです。私の身体は交換する事こそ出来ても、成長する事は無い。とても。そうです。とても羨ましかった」


 嬉しさの中にどこか切なさのある声が、薄暗くほんのり暖かい部屋に響いた。彼女はちらりと俺を見て、ほんの少しだけ諦めの篭った笑みを浮かべる。


「私の身体は、姿こそ生身に近しいでしょう? これは私も、シルベーヌのように成長する生身になりたい。という思いがあるからです。けれど中身は、まだまだ機械部品の多いアンドロイドです。アルさんの義肢のような生体パーツは非常に高価で、裕福な方でなければ持てませんから」


 そう言うと、ミルファは自分の胸に手を当てた。


「それに私の身体は、全てを生体パーツに変えたとしても、正確には生物学的なヒトとは違います。『それもあり』だと、人間の定義が広まった現在でも、覆せないものがある典型ですね。人として生きていける社会と、人として生きれる土台こそあれ、人では無い事もある。私は自分を人間であると信じています。けれどその覆せない部分には、人として生きる場合どうしても違和感が残るのです」


 ほんの少しだけ沈黙が部屋を満たしたが、ミルファはハッとすると、どこか悲し気に微笑みを湛える。


「すみません。せっかく2人きりなのに、私はあまり面白くない事を」

「いや、俺にはとっても興味深いよ。なんていうか、自分の身体とか他人の身体を、そういう風に考えた事は無かった。けど、ミルファの身体も成長してると思う。えっと、物理的に成長って訳じゃなくて、経験的に? 精神的って訳でも無いな……上手い言葉が見つからないけど、最初にあった頃より、ずっと魅力的だと思う」

「……そうでしょうか」

「うん。なんていうか、全然成長してないって事は無い。そう思うし、そう感じる。実際、俺は前よりもミルファを見るとドキドキするしさ」


 俺がすぐに返すと、彼女がどこか安心した様子になった。


 こういうのは、この世界独特の悩みなのだろうか。機械の身体に人の心を乗せた場合の違和感と言うべきか、機械ベースのヒトが生きる上での命題と言うべきか。

 心と体の繋がり。あるいは自分自身の存在そのものについて考える。そういう事なのだろうけれど、これはかなり小難しい。考えれば考える程、どつぼに嵌って行きそうである。

 そもそも『人間とは一体何か』という疑問ですら、長い歴史の中で全ての人間が納得する答えは出ていないはずなのだ。恐らく十数年しか生きていない俺達が、これだという答えを適切な言葉で表現できるはずもない。


 俺は自分の両手を広げ、じっと手の平を見た。少しは筋肉の付いてきている。けれども強靭な拳でも無い。半端な手の平だ。


「しかしまあ。自分の身体、かぁ」

「はい。ですから私は、ブランが私のようなアンドロイド。しかも球体関節という、自然そのままの人間からすれば明確に違う部分を持つ人に興味を持っているのが、何だか嬉しいのです。性愛と愛情は違うのかもしれませんが、少なくとも妙な目で見られてはいないという確信を得られた。と言ったらいいでしょうか」

「ミルファの事を変な目で見るなんて絶対無いよ! 綺麗な人だと思ってるし、強いし。頼りになるし。可愛いし。……まあドキドキするから、”そういう”意味での変な意味では、たまに見ちゃうけどさ」

「そう言って頂けると、何だか恥ずかしくもありますが嬉しいです。私に魅力を感じてくれているのですから」


 自分が言った事を反芻して、ちょっとクサい台詞だったかなと頬を掻いていると、ミルファがずいっと俺に顔を近づけた。

 シャンプーの香りなのか、彼女自身の薫りなのか。いい匂いがして、堪えていた感情が自然と身体を反応させる。そしてもこもこした服に包まれた暖かい身体を感じられ、否応なしに彼女の体温を意識せざるを得ない。

 そして彼女は一瞬だけ目を落とすと、おずおずと口を開く。


「そう言えば、その。状況から察すればですが、ご自分でなさる直前なのでしたよね? でしたら、その。私がご協力しましょうか?」

「なっ――」


 唐突過ぎ、そしてとんでもない提案に思わず声を上げたが、彼女はそっと俺の手を取って両手で包んだ。ほんのり熱を持った手の平が、俺のじわっと汗ばんだ手を優しく撫でる。


「”それ用の”機能はまだ搭載されていませんが。ブランがスッキリするだけなら、方法は沢山あります。……ありますよね?」

「俺に聞かれても困るぞ!?」

「こういった事は男性の方が詳しいと、漫画や本で読みましたが……」


 頬を赤らめて微笑み、彼女はいそいそとベッドの上を動いた。座り込んだままの俺の正面に回ると、もう既にいつもの余裕のある姿ではない。こういった事に興味はあるけれど恥ずかしく感じてしまう、思春期の女の子の姿がそこにはある。


「け、経験はありませんが。多少の知識はありまう」


 緊張からか盛大に噛み、ミルファの顔が薄暗い中でもハッキリ分かるくらいに赤くなっていく。いつもの余裕など無くなったその顔は可愛らしく、少なくとも今はその表情を独り占め出来ている嬉しさに、何だか笑ってしまう。

 もちろん。そんな俺の笑顔を見たミルファはむっとした。


「……もう! どうして笑うのですか、ブランのばか!」

「ぐおっ!?」


 半ば突き飛ばされるように肩を押され、勢いよくベッドに倒れ込んだ。視界の急激な動きが収まってから、ミルファが手と膝をベッドに着き、俺の上に覆いかぶさるように動く。銀色の長い髪が僅かに垂れ、俺の頬を撫でた。

 そしてミルファは、若干むきになって言う。


「そもそもです! ブランは奥手すぎるんです。私とシルベーヌの共通見解として『ブランは絶対、自分から一線を超えないだろう』という安心感があります。しかしそれは、裏を返せば手を出せないヘタレと思われているという事なのですよ! パイロットがそんなヘタレで良いのですか!」

「そんな事言われましても!?」

「何もかも受け手なのは、流石に甲斐性が無さ過ぎますよ! どうせなら私とシルベーヌを同時に落とすくらいの気概が無くてなんとしますか!」


 英雄色を好むと言うが、確かに男子ならばそれくらいの野望があってしかるべきだ。

 ごもっともな主張に改めて自分の情けなさを再確認するが、ミルファはハッとして我に返った。その表情を見て、俺も今の状況にハッとする。

 夜中に男の部屋で、男女がベッドの上。しかも折り重なっているような状態だ。互いに非常にまずい事してると理解した――瞬間。上の階から叫び声が響く。


「動いたぁぁぁッ!!」


 2人で慌てて顔を上げ、姿勢を戻した。間違いなくシルベーヌの声だ。次いで甲高いビープ音が鳴り響き、それが何事かを言い合うように響き始める。


「な、なんだぁ?」

「この電子音は……機械の声? 行ってみましょうかブラン」


 耳の先まで赤くしたミルファだったが、パッと気持ちを切り替えて立ち上がった。次いでそそくさと着衣の乱れを直し、部屋を出て階段を上がっていく。

 俺も部屋を出ると、猛り始めていた身体を落ち着かせるべく深呼吸を数度した。何となく視線を感じて顔を上げると、車庫の隅に座る舞踏号がこちらを見ている気がする。そして舞踏号は俺に言っているのだ。『このヘタレ』と。


「……そんな目で見るなよ……」


 押し黙ったままの舞踏号に向けて言い訳がましく言うと頭を掻き、俺も階段を上ったのだった。




 すぐにシルベーヌの部屋に向かうと、そこには何とも奇妙な光景が広がっていた。

 3個の黒い立方体が、椅子に座るシルベーヌの足元でぐるぐると回っているのだ。それを見るミルファは感心した様子で、シルベーヌは一仕事やり遂げて自慢げである。

 もちろん。この光景を瞬時に理解できない俺は呟く。


「なんじゃこりゃあ……」

「いやー何とかなって良かったわよ! テトラ達は元気一杯! ソフトウェアにあった不具合はもう大丈夫! ハードウェアもとりあえずは安心よ!」


 シルベーヌが嬉しそうに言い、凝り固まっているであろう肩を軽く回す。

 そしてその足元でグルグル回っていたテトラの1体が、不意に俺の方まで来て動きを止めた。まるで地面を滑るような動きに驚いていると、甲高いビープ音が、まるで動物の鳴き声のように響く。


「ブラン。その子はブランに挨拶をしているんです」


 部屋の中に立ったミルファが、微笑んで教えてくれた。


「有り体に言えば機械語ですね。アンドロイドの私はテトラの言葉が分かりますが、生身の方はそうそう分からないでしょう」

「そうなのか……あー、こんばんは? で良いのかな? こっちの言葉は分かるの?」


 俺がたどたどしく言うと、正方形のテトラはぐるぐるとその場で回り、甲高いビープ音を一つ鳴らした。


「『もちろんだ』と、彼は言っています」

「こりゃまた凄いなあ……よろしくテトラ。俺はブラン」


 続いて俺がしゃがんで名乗ると、テトラは少しだけ後退し――思い切り俺の膝に衝突した。


「結構痛い!? え!? 何で!?」


 テトラは俺から少し離れると、再びその場でぐるぐると回り、抗議するようにビープ音を鳴らす。

 ミルファが納得した様子で頷き、俺に教えてくれる。


「なるほど……。『自分にはペテロと言う個体名がある』と言っています」

「ああそういう……ごめんよペテロ」


 膝をさすりながら言うと、”ペテロ”はゆっくりと俺の周りを1週回った。地面を滑るような動きは、まるでカーリングに使う氷上の石のようである。

 次いで、少し横長のテトラと、少し縦長のテトラもビープ音を鳴らした。それを聞いたミルファが、俺とシルベーヌに通訳してくれる。


「こちらの横長の子がヤコブ。縦長の子がヨハネというそうです。各々初対面だそうですが、どうも他人の気がしないとも」


 横長の”ヤコブ”はゆっくりとその場で回り、縦長の”ヨハネ”はせわしなく床を動く。全部。いや、全員と言った方が良いのだろうか。真四角で黒い箱なのに、妙に愛嬌がある動きで、どことなく微笑ましい。


「ペテロにヤコブにヨハネね! よろしく! 私はシルベーヌ!」


 椅子から降り、シルベーヌが嬉しそうに笑って近くに居たヤコブとヨハネを撫でた。ペテロもシルベーヌの方に滑って行くと、彼女に撫でられて嬉しそうである。

 シルベーヌがテトラ達を撫で終わると、立ち上がって腕を組む。


「明日色分けでもしようかしらねー。見た目はもうちょっと分かりやすい方が良いだろうし。もちろん、皆が良ければだけど。どう?」


 3個の四角い箱は、もちろんだと言わんばかりにグルグルとその場で回った。

 意思疎通が出来ているのは確かなようで、俺はただただ感心する以外無い。


「んじゃ明日考えましょ! とりあえず今日は私も限界! 眠くてもう大変! ブランとミルファは、起こしちゃったみたいでごめんね。テンション上がっちゃってさ」


 そう言って笑うと、シルベーヌはフラフラした足取りでベッドに向かい、ぐったりと倒れ込む。大丈夫かとこちらが問うよりも早く、どこか嬉しそうな寝息が聞こえ始めた。


「本当に、子供みたいなところがあるんですから」


 ミルファがそう言って笑い、シルベーヌに布団を掛けて微笑んだ。彼女の寝顔はとても幸せそうで、見ているこっちまで暖かい気持ちになってしまう。

 そしてミルファは、足元で所在なさげにしているテトラ達を見てしゃがみ、語り掛ける。


「良いですか? 睡眠は非常に重要です。夜は静かにする事。特に今晩はシルベーヌを起こしてはいけませんよ。家の中なら歩き回って構いませんが、誰かの部屋に無断で入ってはいけません。良いですね?」


 返事とばかりに、テトラ達が静かにその場でグルグルと回った。そしてテトラ達はすぐさま開け放たれた扉からシルベーヌの部屋を出て、廊下へと滑り出していく。この四角い友達たちはそれなり以上に賢いのが察せ、俺はただ感心するばかりだ。

 次にミルファが、今度は俺に向けて言う。


「では、私達も寝ましょうか。明日の朝はまた忙しくなりそうですし」


 そう言ってミルファは俺に抱き付ける程に近寄ると、そっと耳打ちする。


「今度。雰囲気がある時に続きをしましょう。その時はブランから、私を誘ってくださいね?」


 彼女はそう言うとたおやかに微笑み、足早に自分の部屋に戻って行ったのだった。右手と右足が同時に出ていた事から、彼女の動揺も十分以上に伝わった。

 俺も廊下に出て扉を閉めると、先ほど耳をくすぐった甘い吐息と甘い言葉、その名残に自分の頬へ手を当ててぼうっとしてしまう。

 そんな俺の足元に、先に廊下に出ていたテトラ達が寄って来る。そして縦長のヨハネが僅かに後退し――勢いよく器用に俺の脛にぶつかった。


「ぐおおっ!? なんで!?」


 正方形のペテロが『大声を出すな』と言わんばかりに小さく音を発し、次いでヤコブとヨハネも同意するように小さく音を発したのだった。

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