第6話 戦後の食糧事情
服や毛布。マットレス。歯ブラシからパンツに至るまで、俺用の様々な日用品を買い込んだ後。俺達は髭のおじ様が看板の飲食店で晩御飯にありついていた。
この店舗は地球発のチェーン店で、何でも火星の辺りまで進出している大企業なのだそうだ。
「買い物ありがとう。俺、せめて買ってもらった分は頑張って働くよ」
「いいのいいの! 折角ブランと出会えたんだしね!」
そう言って胸を張るシルベーヌの前には、山盛りのフライドチキンが鎮座している。カラッと揚がった衣からはスパイスの香りのする湯気が漂い、その奥にある鳥の脂の芳香が胃と鼻をくすぐる。
他には同じく山盛りのフライドポテト。山盛りのコールスロー。そして飲み物は大ジョッキのようなサイズのコーラという、とってもジャンクな食卓だ。
「ここは安いですし、シルベーヌがこういう料理が好きだからよく来るんです」
ミルファがにこやかに言い、俺とシルベーヌにおしぼりをまわしてくれた。
「良いじゃないジャンクフード! 美味しいしお腹いっぱいになるし!」
「私は有機転換炉のおかげで何でも大丈夫ですけれど、シルベーヌは生身なんですから、食生活は気を付けないと駄目ですよ?」
「心配性ねーミルファは。食べた分は消費してるし、ビタミン剤だってたまに飲んでるし」
「生身の人は、油断していると後から来るんです。でも、今日はブランの歓迎です」
「うんうん!」
2人が俺を見て微笑み、飲み物を手に取った。俺も同じようにすると、シルベーヌが明るい声で言う。
「かんぱーい!」
それから皆で熱いフライドチキンにかぶり付いた。山盛りなのでちょっと驚いていたが、確かに美味い。衣はサクサクだし、鳥の身は脂が乗っていてふんわりとしている。
「旨い!」
「でしょ! 科学さまさまだよねー」
「鳥肉にも何かあるのかい?」
俺は脂の乗ったモモにかぶり付きつつ、同じく少年のように豪快にフライドチキンにかぶり付いているシルベーヌに聞いた。
「そりゃもう! 特に生体工学の発展の影響って言うの? 人型戦車の人工筋肉を作る過程の技術とか、サイボーグとかアンドロイドの人向けの生体パーツとか、こういう食卓のお肉とか。直接関係は無くても、技術的には応用みたいなものなの」
「戦争で色々な技術が失われていますが、今までの人達が必死に保護してきた技術も多数あります。特に医療など、生命に直結するもの。サイボーグやアンドロイドの人達を支える生体技術系は、連綿と受け継がれている部分が多いですね。食料に関してもそうです。植物の品種改良などは凄いですよ」
ミルファもそう言い、片腕でフライドチキンにかぶりつく。所作は上品だが、美味しそうに微笑む表情が可愛らしい。
「なるほどなあ。じゃあ例えば、人工筋肉も味付けしたら食べれたりするのか?」
俺が冗談めかして言うと、シルベーヌは骨までしゃぶった鳥の骨で俺を指さし、ニヤリとして俺を見る。
「食べれなくも無い。とだけ言っておくわよ。昔話で、革靴を食べた人の話があるの知ってる? あんな感じ。それに製造過程には色々とあるの」
「……何か含みがあるな」
「戦後の食糧事情の裏には、屠殺の現場とかみたいな、聞いていてあんまり気持ちの良くない話もあるって事よ。『鳥のモモ肉工場』とか」
「……聞かなかった事にしとくか……」
「それが良いわよ! 安くて美味しい物が食べられなくなったらもったいないしね!」
そう言うとシルベーヌは笑い、塩と胡椒の効いたフライドポテトを頬張り――視線を俺の後ろにやって怪訝な顔をした。
何かと思って俺も振り向けば、レジの前に店員と何やら話し込む黒い巨漢が居た。
比喩では無く、本当に黒いのだ。全身がプラスチックか金属に似た質感で、ヘルメットのようにつるりとした頭には目や鼻は無く、顎だけが角ばっている。身長は2m近い上に、胸板は分厚く腕も太い。
しかし一番目を惹いたのは、巨漢が鎧を纏っている事だった。作りや見た目自体はボディアーマーのような物だが、艶の消された灰色の金属鎧だ。ご丁寧に腰から膝を覆う腰布まで付いている。
「なあ。あれって」
「騎士団よ。いわゆる治安維持組織。あーなんだっけ、半分軍隊で警察みたいなもの」
シルベーヌが眉間に皺を刻んで答えてくれた。
そして巨漢は店員に向けて額に手をかざす形の敬礼をしてから店を一望し、俺達の方に目を止めた。そのつるりとした顔に目は付いていないが、ハッキリと視線を感じる。
シルベーヌがゲッ……と嫌そうな声を上げるが、巨漢はそんな事はお構いなしに大股で近づいて来た。
肩からは紐で下げられたライフルが。腰には短めの剣が下げられている鎧の巨漢が近づいて来るのは、嫌な威圧感があった。そして俺達の机の横まで来ると、渋く低い声を出す。
「お前達か。また妙な事をしてないだろうな」
「してませーん」
「私達は善良な市民ですよ。ザクビー中尉」
不貞腐れた顔で言うシルベーヌに対し、ミルファは折り目正しくにこやかに答えた。しかし、鋭い叱責の視線がシルベーヌに投げかけられる。
「善良な市民は、ショベルカーを修理ついでに懸垂できるように改造はしない」
「あれは……まあ、悪ノリというか……」
「節度と倫理を持て」
「へーい……」
ばつの悪そうな顔でフライドポテトを頬張るシルベーヌ。
次に巨漢はミルファを見る。
「腕はどうした?」
「遺跡の探索中に少し」
「修理の目処は?」
「ありますよ。数日中に新しい腕に取り換える予定でしたから」
「なら良い」
そしてザクビーと呼ばれた巨漢は腕を組むと、今度は俺を見た。肩から下げられたライフルと腰の剣がカチャリと鳴る。
「お前は?」
「あ、その。俺は、ブランと言います」
「あまり見ない顔な上に生身だな。こいつらの友人か?」
「ええ。そうです」
「身綺麗だが妙に緊張しているし、視線が泳いでいて好奇に満ちている。この辺りに最近来た人間だな」
尋問するような声色と表情の無い顔に見つめられ、俺は緊張してしまう。一寸の間沈黙があると、ザクビーは腕を組むのをやめた。
「あらかじめ言っておくが、探索者はあまり薦められた職では無いぞ。もっと安定した職を探すべきだ」
「え? は、はあ……」
「何言ってんのよオッサン! 今の時代どこ行ったって薄給でしょ!」
「シルベーヌ。お前は安定した収入がどれだけ貴重か分かっていない」
「はいはい。ほら、向こう行ってよー。アサルトライフルとかセラミック刀チラつかされてたんじゃ、ご飯が美味しくなくなるでしょ!」
シルベーヌがフライドポテトの脂の付いた手でザクビーの身体を押した。
ザクビーはやれやれと言った風に首を振り、離れようとしたしたところで一度足を止めて振り向く。
「そういえば。どこからか人型戦車を回収したそうだな」
「げっ……情報早いわね……」
「分解して売らずに運用するなら、きちんと探索者協会に届け出を出せ。ブランと言ったな。お前も探索者をやるならきちんと探索者協会に届け出を出せ。安定した生活と法の庇護を求めるなら、市民権を得れるよう誠実に働け。いいな」
相変わらず低く渋い声でぶっきらぼうだが、どこか老婆心のような物を感じられる言葉だ。見た目は悪のサイボーグみたいだが、案外悪い人では無いのかもしれない。
それを聞いたミルファがおしぼりを取り、席を立ってザクビーの近くに行く。
「もちろんですよ。ザクビー中尉。忠告ありがとうございます」
ミルファはそう言うと、シルベーヌが鎧に付けたフライドポテトの脂を拭きとって微笑んだ。ザクビーはため息と共に首を振り、大股で店の外へと出ていく。
店の窓ガラス越しに見える外には無骨な車が停まっており、そこにザクビーと似た鎧を着た若い男が立っていた。男はザクビーを見ると慣れない様子で敬礼をし、車に乗りこむ。
何となく緊張しっぱなしだった俺は、息を吐いて聞く。
「……でっけえ人だったなあ。あの人は一体?」
「ザクビー中尉という方で、騎士団の中でも治安の維持。犯罪の捜査などを担当している方ですね。とても真面目な方で、フルサイボーグの強者ですよ」
「お仕事なんだろうけど、小言が多いのよねー。やれ探索者はあたしとミルファに向いてないだの、もっとまじめに働けだの。頭の中までチタンで出来てんじゃないの?」
ミルファが席に戻ってにこやかに言うのに対し、シルベーヌは机に肘をついてコールスローを頬張った。
「確かにザクビー中尉はお堅い方ですが、決して悪い人ではないはずですよ」
「まあそうかもしれないけどさあ」
「それに。頭の中はクロムかモリブデン鋼のあたりでしょう」
ミルファがにっこり笑ってそう言うと、シルベーヌは一呼吸おいて大笑いした。
ともあれ。鎧を着たサイボーグの騎士とは、中々に威圧感のある出で立ちだった。しかもライフルと剣を持っているとは。それに騎士団というのが警察ならば、多少混乱もしそうだ。
俺の知っている警察とは、もっと軽装だった。持っている者と言えば警棒と拳銃くらいの――『俺の知っている?』
「どしたのブラン?」
シルベーヌがきょとんとした表情で俺に聞いた。
頭を振って意識をはっきりさせ、俺は笑って答える。
「ああいや。何でも無いよ」
「寝起きで掃除させたり、連れ回したから疲れちゃったのかな。ごめんね。私も何かテンション上がっちゃってて」
元気な態度はどこへやら、ちょっとだけ申し訳なさそうにいうシルベーヌが、上目遣いで俺を見た。
「いやいや! 良いんだよ別に! 俺も楽しいしさ!」
「そう? だったらいいけど、嫌な時はちゃんと言ってね」
「シルベーヌは突っ走るところがありますからね。はい。どうぞブラン」
ミルファがにこやかに言い、ケチャップを付けたフライドポテトを俺に差し出す。お礼を言って手で受取ろうとすると、ミルファがポテトをひっこめて首を横に振った。
「こういう時は口で受け取るんですよブラン。本に書いてありました」
「いや、それは恥ずかしいというか……」
「なあにブラン。このくらい別にねえ? 頂戴ミルファ」
「はい。どうぞシルベーヌ」
俺が頬を掻いていると、ミルファがパッと明るい表情に戻ったシルベーヌの口に、そっとポテトを差し入れた。親鳥が雛にエサをやる様な、微笑ましい雰囲気だ。
ミルファが新しくフライドポテトをつまみ。また俺に差し出してくる。
「さあ。どうぞ」
「ほらほら! 早く!」
荷台で見た、2人のいじわるな顔だ。2人にからかわれているのだろう。色々な葛藤が胸をかき乱したが、覚悟を決めてポテトに食いついた。
ミルファが満足げに微笑むが、その笑顔で俺は頬が赤くなる。
「ふふ。男性の友人はいませんでしたから新鮮です」
「そういやそうね。それにそうやって恥ずかしがってくれるから、からかい甲斐があるわね?」
シルベーヌはニヤリと笑ってそう言うと、フライドチキンを1本掴みとって俺の顔に突きつける。
「さあ!」
「それは何か違う!」
「えー、ミルファと何が違うのよ」
「情緒というか、風情が無いんだよ!」
そんなこんなで和やかな夕食を終えると、また荷台に乗せられて帰路へとつく。
折角なので、カバーに包まれたままのマットレスに大の字に寝ると心地よい。視界の上から下へとすっ飛んでいく電線の向こうで、丸いお月さまが夜の世界へ微笑んでいた。
月は見た事がある。ぼんやりした記憶の中でも、変わらない姿をしている丸い月。
幾度もの大戦争があったという戦後の世界。変わったのは世界なのか。それとも人間達なのか。
小難しい事を考えていると、すぐに俺は荷台の振動でウトウトし始めた。