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第60話 〃

 屈強な男はメアと名乗った。髪を短く刈り、側頭部には勇ましい反り込みが。鋭い眼光に厚い唇。しっかりとした顎。それに良く鍛えられた大きな体躯と腕に掘られた大仰な刺青が特長で、パッと見れば誰しもが近寄りがたく、粗暴そうな印象を受けるだろう。しかし、その『ガラの悪そうな』見た目、服装、雰囲気に似合わず。優しい声をした男性でもある。

 他の2人はボンとタンと言い、メアの友人達なのだとか。2人も『ガラの悪そうな』見た目と雰囲気をしているが、やはりメアと同じく。その外見からは予想もつかない程謙虚であった。


 3人はドルセス劇団という、弱小かつ知名度も皆無な劇団に所属する役者だと言い、まずは自分達の事を話してくれる。


「劇団なんて言っても、それは名ばかりです。自前の劇場も無いですから、芝居の稽古は外でやるのが常。それでも皆、稽古は真剣にやってます。仕上げた演劇は、凄く小さい貸し店舗や体育館でやってるんですよ。これ、この前演った芝居のチラシなんですが」

「タイトルが”壊れやすい愛の破損”……ですか。はぁ」


 演劇の事は全然分からないので、何とも言えない。けれど、どうも100年や300年では無いレベルで昔の古典というやつらしい。かなりの偉人が書き上げたシナリオで、これはその1つなのだとメアは嬉しそうに語った。渡されたチラシに本人の顔写真も載っているし、どうやら劇団員だというのは本当らしい。

 更にメアはコップの水を少し指に取り、腕の刺青を強く擦った。すると、腕の刺青がインクのように滲んで消えていく。聞けばこの髪型や刺青は、『悪漢』を演じるための役作りなのだとか。優しい声は生来のものだが、低く粗野そうな声も出せるし、もっと高い少年のような声も出せると、実演を交えて教えてくれた。その特技も、彼らを役者だと確信させるには十分だ。


 しかし、メアの厳つい顔が曇る。


「けど、こんなご時世。演劇を公開する機会があっても、お客さんなんてほとんど来ません。映画なんかも新しいのは滅多に撮られませんし、テレビは大事な情報を伝えるので手一杯ですから、ドラマとかも流す余裕は無いでしょう? 他の娯楽の方が手軽で刺激的ってのもありますしね」

「それはなんとなく分かる気がします。本とか漫画はいつでも読めますし、ホワイトポートのラジオは聞き流すだけでも良いですから。こういうお芝居ってのは、腰を落ち着けてゆっくり見るんですよね?」

「そうですね。俺は堅苦しく観て貰わなくとも良いと思ってるんですが、どうしてもそうはいかない雰囲気があったりするのも分かりますし」


 俺が答えると、メアは大きな体を揺すった。相当落ち着かない様子なのが感じ取れる動きだが、娯楽に関しての言は分かる部分が多い。


 この世界では、1人で暇をつぶせる手軽な娯楽と言えば書籍。そしてラジオなどが基本となっている。街に出かければビリヤードやダーツなんかの遊技場もあるし、チェスや将棋のようなボードゲームだって見かけた事はある。ゲーム機のような物も見た事はあるが、ブロック崩しだけしか出来ないような代物だ。なのでやはり、手軽にいつでもとなると本などが基本になって来る。

 テレビもあるけれど、先ほど言われたようにニュースなどが基本だ。急激な天気の変化を報道したり、危険な生体兵器モンスターがうろついている場所の情報など、命や生活に関わる事が優先される。

 記録媒体に納められた動画なんかもあるけれど、レンタルビデオのような物は無い。盗難や紛失を気にしているようで、飲食店など人が集まる場所に備えられたモニタで写されている動画をよく見る位だ。街頭に置かれたモニタの周りに人が集まったりしているのも見た事がある。

 科学が発展しているのに、どこか昔じみているのだ。戦後の歪みと言うやつなのだろう。


 そしてメアは、おずおずとした様子のまま話を続ける。


「今の時代に合ってないってのもありますけど。今渡したチラシの古典演劇に興味がある人なら、どうしたって金持ちお抱えの有名な劇団とかがやってるのを見に行くでしょう? うちみたいな弱小劇団のものより、よっぽど信用がありますし」


 俺に向けてそう言うと、反り込みの入った頭をガリガリと掻いた。


「それでも、俺達はいわゆる芝居ってもの全部が好きで。例え弱小の劇団でも、色々な役を演じれるのが楽しいし嬉しいんです。そりゃいつかはでっかい舞台で公演したいですが――っと。ここは今関係無いですね、ごめんなさい」

「いえ。いいんです。けど、その劇団員さん達がどうしてあんな恐喝紛いな事を?」

「それはもちろん食べていくためです。三度の飯より舞台が好きって言っても、ホントに食べ物も買えなくなったらいけません。かといって一攫千金目指して、探索者シーカーさん達のような事をする勇気も無い。騎士団に入れるような学も無い。そもそも稽古があるから、あんまり根を詰めて働く事も出来ない。どうしたって日雇いだとかが主になります。そこで芝居の稽古兼仕事ってのが、さっき言った”サクラ”です」


 全く知らない人間の葬式で、その死を悼んで大泣きする。結婚式で初対面の新郎新婦へ祝福の言葉を送り、心の篭った万雷の拍手をする。あるいは酔っ払いの歩く夜の街で、近寄りがたい風貌の用心棒となる。

 それらは決して疑われてはならず、本当にその役になり切らねばならない。バレた時点で仕事は失敗であるし、演技もダメだという事になる。ある意味真剣勝負の、相当緊張感ある芝居の練習とはなりそうだった。

 少々変わっている事は事実だが、俺の周りに居る探索者シーカーや騎士団員とはまた違う。普通の人の生活の一面を垣間見たような気もする。


「皆さんのお仕事は理解しました。劇団員と言う事も、本当なのだと感じられます」


 ミルファが未だに警戒したまま口を開き、ちらりと俺の顔を伺った。

 俺の身体というか、勘や感覚も、メア達が嘘を吐いているとは感じていない。俺が小さく頷くと、ミルファは一度息を吸ってから言う。


「それでは本題に入りましょう。何故私達を探していたのですか?」

「ええ。少し話してますが、あのホットドッグ屋さんに因縁を付けたのも仕事です。最初は内容を詳しく聞かされずに、まとまった金額が貰えるとだけ聞いてたんです。で、俺達が乗り気になると『これ以上聞くと後戻りできないぞ』なんて、芝居みたいな事言いだして。正直そういうノリは嫌いじゃないので、俺達も乗り気でしたよ。けど……」


 メアが俯き、一瞬言い淀んでから話を続ける。


「話されたのは、あのホットドッグ屋さんが店を畳みたくなる位に嫌がらせをしろ。って依頼でした。何度か強そうな用心棒の演技フリをした事があると言っても、実際はただの役者です。しかも見知らぬ人に実害を与えるなんて、俺は嫌でした」

「一応聞いておきましょう。嫌ならば、何故断らなかったのですか?」

「単純に脅されたんです。探索者シーカーさん達は情けないってお思いかもしれませんが、躊躇わずに片手で俺達の首を締め上げたり、拳銃突きつけられたら萎縮します。あれは絶対、本物のヤバイ人でしたよ。俺の両親とか劇団の皆とか。色んな人の事も知ってましたし……」


 そう言うとメアは自分の太い首をさすり、襟で隠れていた部分を俺達に見せた。締め上げられた痕がキッチリと残っており、その痕からは相当な力と、命を奪う事への躊躇いの無さが感じ取れた。

 横に座るボンとタンも同様で、よく見ればいたる所に殴打の痕や青あざがある。中でも一番酷いのは、肩に残った弾痕だ。薄く肉を削ぐような痕で、明らかに痛めつける目的で発砲されているのが察せた。


 ミルファは全員の怪我を検めた後、何かを少しだけ悩んだ。それから顔を上げると、先ほどよりも優しい声で、再びメアに話しかける。


「貴方達を情けないと思ったりはしません。理不尽な暴力によって脅迫され、自分や友人に危害が及ぶのであれば、正義や信条に反する事でも行ってしまうのが人間です。直接的な痛みを伴う脅迫であったのなら、本能的に危険から逃れるため、本心でなくとも脅迫に頷く事も理解できます。しかし――」


 ミルファが一度言葉を区切り、顔と声を引き締めた。


「まだ、何故そんな事を私達に話したのか。そこを聞けていません。身に危険が及ぶような事態なら、市民の安全を守る騎士団を頼るのが常でしょう」

「そこなんです。皆さんといざこざがあった後、俺達は逃げたでしょう? けど、後から物凄い勢いで追ってきた若い騎士団員に取っ捕まって、そのまま最寄りの騎士団の詰所に連行されました」


 すげえ怖かったよな。と、ボンとタンが身を震わせた。

 あの後ベイクが猟犬のように走って行ったのが、昨日の事のように思い出される。


「捕まった時は怖かったですけど、同時にちょっと安心もしましたよ。事情聴取もされたから、全部話しました。これで脅しなんてしなくて済むし、あの乱暴な人も捕まるだろうって。けど――」


 メアの顔が曇り、左右にいるボンとタンの顔も曇る。それでも顔を上げ、メアはゆっくりと語る。


「俺達は何の御咎めも無しで解放されたんです。詰所の牢に居たのだって1日くらいで、理由を聞いたら上の指示で『不問に処す』の一言だって。さっきも言いましたが、俺達は弱小劇団の役者です。騎士団の偉い人と面識なんて無いです」

「それは確かに妙ですね……」

「経緯はどうあれ、俺達は悪い事をしました。ちゃんと処罰はされるべきだって思ってます。あの店主さんと俺達には何の関係も無いのに因縁付けて……。それに詰所の人だって俺達を不審な目で見て、いくら積んだんだだとか、悪知恵の回る連中だとか。色々な事言われて。噂が広まって劇団にも居辛いですし、演劇だってやり辛くなって、もうどうしたら……」


 そこまで言うと、メアはその目に涙を溜め、大きな体を僅かに震わせた。


「罪を犯したはずなのに、即座に無罪放免。それは色々な視線で見られますね。統治機構である騎士団を頼る事も出来ず、劇団にも居れず。せめてもの希望として、僅かでも事情を知っていそうな探索者シーカーの私達を探していたと」


 ミルファの言に、メアは目元を抑えたまま頷く。左右に座るボンとタンは、励ますようにメアの肩に手を置いた。

 俺は今までの話を頭の中で整理しつつ、隣に座るミルファに言う。


「絶対変だな。裏に何かある。しかも関係しているのはアルさんとエリーゼさん。あの2人を取り巻く事情か」

「間違いないですね。黒幕がこの方達を使ったのは、使い捨ての駒に出来ると踏んだからでしょう。そして騎士団の上層部とも関係する人間が、アルさんという個人に対して恨みじみた嫌がらせをさせていた」

「ってなると。パッと思いつくのは、やっぱりエリーゼさん関係だよな。父親はアルさんとの仲に反対だって言ってたし、アルさんを解雇した後、更に人生を滅茶苦茶にしようと? ……流石に趣味が悪すぎるよな」

「そこまでは分かりませんが……少なくともあの2人には注意を喚起した方が良いでしょうね。良くない何かが渦巻いています。メアさんと言いましたね、顔を上げて下さい」


 ミルファが凛として言うと、メアは目元に溜まった涙を拭いて、赤くなった目のまま顔を上げた。


「貴方達を全面的に信頼した訳ではありません。役者だと言うのなら、その涙すらも演技の可能性はあります」

「演技をそんな事に使う事は――!」

「その矜持は立派ですが、既に脅迫されて、演技を”そんな事”に使っています。それに、確たる証拠が欲しいのは理解なさってください。なので。今話してくれた全てをアルさん……貴方達が営業妨害をしていた店主にも、全てを話して頂けますか? そして私達は、店主が望むならば貴方達に報復をします。言われるならば指を落とし鼻を削ぎ、その命も奪います」


 淡々と告げられる、ミルファのおどろおどろしい言葉。しかし俺は、不思議と驚くことは無かった。これは”演技”なのだ。彼女は物騒な言葉を口にするものの、決してやろうとは考えていない。アルさんが血みどろの報復を望まないような人柄であるのも、そう思えるだけの材料になった。

 それでも、こちらの内情を知らないメアは一瞬狼狽した。探索者シーカーと言っても、その実態は銃を握ったならず者なのだ。しかもミルファは一度自分の拳を止め、捩じりあげた相手である。

 しかし。メアはその狼狽した顔をすぐさま真剣にすると、真っすぐにミルファを見て真摯に返す。


「やります。やらせて下さい。贖罪もせずに生きるくらいなら、俺は死んだって構いません。もし存在するなら、舞台の神さまにだって誓います。もし店主さんが望むなら、俺は役者だって辞めます」

「いい返事です。では今から参りましょう。ブラン。残念ですが、テトラの購入はまた今度に」

「大丈夫。今はアルさんとエリーゼさんの事が優先だ。急ごう」



 その後。俺達は出された紅茶やパフェにも手を付けずに店を出る。そして軽トラに戻り、荷台にメア達3人を乗せ、アルさんの家へと向かうのだ。いつもの検問で荷台の3人を咎められたが、流石に大柄な男3人は助手席に入れないので、厳重注意と共に通される。

 道中ハンドルを握る俺に、ミルファが足元の箱から拳銃を2丁出した。予備としてシートの下に置いていた9mm口径の拳銃だ。

 弾倉を確認し、拳銃のスライドを引きつつミルファが呟く。


「嫌な予感がします」


 俺はミルファが渡してくれた拳銃を腰の後ろに挟み込み、弾倉をいくつかポケットに仕舞う。次いで、心なしかアクセルを踏む足に力が篭めた。




 時間はおやつ頃も過ぎた位。曇天である。

 久しぶりに到着したアルさんの家は、いつも通り物静かなものだった。前来た時と違うのは、玄関周りに植木鉢で花が育てられている事や、窓にピッタリとかかるカーテンが、細やかで綺麗な柄に変わっている事くらいだ。一緒に暮らすエリーゼさんが色々としたのだろう。


 そして駐車場に軽トラを停め、エンジンを止めて運転席から降りようとした時。俺の身体は妙な感覚を告げた。

 ドロッとした何か、ぬるりとした見えない力の流れ。どこかで経験した事のあるザラりとした感覚に、思わず体の動きが止まってしまう。


「ブラン?」


 そんな俺を、ミルファが助手席から降りる前に心配した。荷台に居る3人もまた、俺とミルファの様子が変なのに気付き、大柄な体を寄せ合って運転席を覗き込んだ。

 俺は窓辺の綺麗なカーテンを見つめつつ、感じた事をそのまま言う。


「何だ……? 変な感じがする。家の中で何か……」

「……ブランが妙な気配を感じると言う事は、穏やかでは無いですね。荷台の3人はそのまま。ブラン。銃を握って下さい」


 ミルファは躊躇いなく拳銃を抜くと、セイフティを下げ、影のように静かにアルさんの家の玄関に近寄った。

 俺も拳銃を構え、ミルファと玄関の扉を挟むように立つと、ミルファがハンドサインで俺に扉を開けるように指示する。そっと扉の取っ手に触れる――直前に。耳が誰かの呻き声を聞き取った。

 そして考えるよりも早く。俺は取っ手に触れようとした手で、そのまま扉をノックをして叫ぶ。


「アルさん! 探索者シーカーのブランです! いらっしゃいますか!?」


 返事は無い。しかし耳の先が、中で誰かが動く音を確かに拾った。それは驚いた様子であり、家具が倒れたりする音も響き、誰かが来ることを察しては居なかった様子だ。

 アルさんとエリーゼさんの声は聞こえないし、中にいるとしたら返事をしてくれないはずは無い。つまりは――そう思った瞬間だった。


 家の中から小さな銃声が響く。次に聞こえて来たのは、鈍い音と苦悶の声だ。


 ミルファがその音を聞くや否や、玄関のドアを蹴り破って中に押し入った。拳銃を構えて中を警戒し、素早く家の中へと進んで行く。俺も同様に警戒をしながら、ミルファの背を守る様に進んだ。

 そして食卓のある部屋に向かった瞬間。そこの光景に俺とミルファの背筋が凍った。


 アルさんが血だまりの中に倒れていたのだ。太ももの辺りから大量の血を流し、弱々しい息を吐いて、まるで死にかけの虫のように蠢いている。

 机や椅子は倒れ、とっておきだと言っていたテーブルクロスは血に染まり、鉄くさい血の香りと、人が死に迫る空気が部屋に満ちていた。


「アルさん――!!」


 俺が声を上げて走り寄ろうとした刹那、ミルファが腕で俺の身体を押しとどめた。食卓から家の裏に繋がる通路の方から乾いた銃声が響き、近くの壁に穴が開いて冷たい汗が背筋を伝う。間違いなく、俺達を殺そうと狙った銃撃だ。


「ブラン! 敵を追って下さい! 私はアルさんの応急手当を!」

「っ……! 分かった!」


 ミルファの言う通り。血だまりのアルさんの飛び越え、屋内で身を屈めつつも家の裏へと進む。廊下と部屋を抜け、開け放たれた裏口から飛び出そうとする直前。再び数発の銃声がして俺の進路を塞いだ。

 壁に背を預け、そっと裏口から外を覗く。すると頑強そうな車が1台エンジンを唸らせ、今にも走り出そうとする直前だった。

 その車に乗り込もうとしているのは、素顔を隠した戦闘服バトルドレス姿の男達。そして布で猿轡をされ、後ろ手に縛られたまま、男達の肩に担がれたエリーゼさんの姿だ。赤い髪を振り乱し、青い瞳に涙を溜め。必死にもがいている。


「エリーゼさん!!」


 俺が叫んで飛び出すより早く、1人の男が俺に向けて引き金を引きまくった。狙いはズレているが、銃声と共に周りを銃弾が跳ね、防具を何も来ていない俺は身を縮める以外無い。

 涙を目に貯めたエリーゼさんが、俺へ助けを乞うように呻き。身をよじって暴れる。しかし、すぐに車に押し込められ、エンジンが唸りを上げた。


 俺は逃げ去っていく車へ向けて拳銃を向けた。しかし、引き金を引くのを躊躇う。

 車にはエリーゼさんが乗っているのだ。危険すぎる。車輪だけを狙う? 事故が起こればまたエリーゼさんが危険に――なにより俺の腕では、そんな映画みたいな芸当は無理だ!


「……くそっ!」


 1秒より短い逡巡の後に銃を下ろし、遠ざかっていく黒いワゴン車の姿を目に焼き付ける。少しでも今後の追跡に役立てられる何かを得るため、今できる精いっぱいの事だった。


 車の姿が見えなくなると、俺は銃を仕舞ってアルさんの所へと戻る。

 血だまりの中で、ミルファも血に染まりながら、アルさんの太ももを布で強く縛って止血していた。


「エリーゼが……エリーゼが……自分が、しっかりしていれば……!」

「大丈夫です。アルさんは助かります。大丈夫です。気をしっかり保ってください」


 うわ言のようにエリーゼさんの名前を呼ぶアルさんは、意識が今にも途切れそうなのが察せる。

 そんなアルさんを、ミルファは必死に励ましながら処置していた。それでもなお流れ続けるアルさんの血に、ミルファの服や手が真っ赤に染まっていく。


 次いで、玄関側から慌てた様子で走って来る足音を聞き取った俺は、一度仕舞った拳銃を即座に抜いて叫ぶ。


「誰だ!!」

「ま、待ってください! 俺です! メアです! ミルファさんに言われて、今、ボンとタンが騎士団と医者を呼びに行きました!」

「では、メアは次に、家の中から医薬品を探してください。たしかリビングの棚に救急箱が。ブランは私と一緒に止血を。このままではアルさんは死にます。2人共急いで下さい!」

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