第58話 〃
307の整備班有志達が到着してから、舞踏号は何度目とも分からない改修作業に入っていた。今は上半身の装甲と皮膚を引っぺがされ、人工筋肉と一部の骨格が剥き出しの状態で、床に正座をしていた。そしてコンテナや鉄板で作った、人型機械サイズの即席の机に、まるで勉強でもするかのように手を置いている。
これはずっと半端な状態で放置されていた指周りを修理するためだ。何人もの整備員が舞踏号の手の周りで動いており、同時に上半身全体も、再度のチェックが行われている真っ最中である。
ダースさん含む残った整備員達は、舞踏号から離れた場所にシルベーヌと一緒に集まり。机に広げた図面を見つめて顔を突き合わせていた。
「――で、今までの被弾面積を考えると、こことここの部分は削れると思うんです。逆にこの辺のは増やすか分厚くして――」
「――膝関節はメニスカスの強化もだけど、炭素素材の外殻構造で補強する手もあるよ。307でも使われてる補強の仕方で――」
シルベーヌとダースさんの言葉に続き、他の整備員達も活発に意見を発している。
喧々諤々とはこの事だろう。シルベーヌの書いた改修案を骨子としつつも、もっとこうすれば良くなる。あるいは別の技法もあると、色々な案を出していた。若い技術者達がああでもないこうでもないと、理論と実体験を練り合わせて熱い議論を交わしているのは不思議な熱がある。全員が真剣な表情で、でもどこか嬉しそうで楽しそうでもあるのが印象的だった。
ミルファが追加腕と自分の腕で舞踏号の装甲板を持ち上げたまま、同じく舞踏号の指の装甲を握る俺に言う。
「シルベーヌが嬉しそうで、何だか私も嬉しくなります。けれど。専門知識の差で、話に入れないのが少し寂しいですね」
「ちょっと分かるかも。俺も先にパイロットとしての意見は出し終わったけど、もっと勉強しないとな」
そう返すと、俺はガレージの隅に置かれた茶色い紙袋を見た。ダースさんのお土産。例の雑誌はともかく。その下に入っていた分厚い本は、オススメだという整備の教本だったのだ。
本のタイトルは『整備のススメ』という物で、初歩も初歩の概論的な内容だ。ネジの頭を潰すなと言った初歩的な事から、どうして歯車で力が伝わるのかといった話。そして身近な機械の仕組みなどが図解やイラスト多めで書かれている。最後に手順の明記された基礎的な整備方法が示されており、中々に分かりやすい。
「いきなり人型機械の整備を考えるのも良いけど、まずはもっと身近な。車とか自転車から始めると良いよ。トラックくらい整備出来ると、探索者の人は便利でしょ?」
ダースさんがそう言い、軽い口調ながらも柔らかい声で言ったのが印象的だった。
いきなり高度な事をする必要は無いから、じわじわと頑張れ。と応援してくれているのだろう。例の本に関してはともかく。こちらに関してはきちんと礼を述べ、頭を下げたものだ。
ともあれ。技術者達が改修案の具体的な部分を決めるまでは、いつも通り人工筋肉のマッサージをする位しかない。他の整備員達と歓談しつつも、俺とミルファは細々した事をしていった。
そろそろ昼飯時も終わりそうな時間になると、技術者達の意見がまとまったらしい。この場に居る全員がガレージの一角に集められる。
307整備班の代表としてダースさんが、壁に張られた、何度も追記と調整のされた改修案の図を差して言う。
「307整備班有志の諸君! 改修の全容を頭に叩き込んでおけ! 言うまでも無い事だが、各員の担当部署ももちろん、横の繋がりを意識する事だ! 307でも同様だが、舞踏号は特に気を付けるように! 言うなればワンオフの人型機械を作り上げる事になるんだからな!」
「「「応!」」」
「昼飯の後は部品の買い出しだ! 予算は探索者3人が出しているが、無駄遣いはするな! 良い物を安く買えた奴には、オレから金一封送ってやるぞ! 全員励むように!」
「「「応!」」」
整備班達はダースさんの言葉に、声を揃えて明るく返した。この人達独特のノリというやつなのだろう。ワッと盛り上がった後、真剣に改修案を確認する整備班員達は、オンオフの切り替えが上手いような感じがした。
俺とミルファには、シルベーヌが微笑んで教えてくれる。
「舞踏号の改修は、前から言っていた関節の補強はもちろんだけど、装甲を取り替えたりもするから少し見た目が変わるわよ。例えばグリップの上昇を目的にした爪先の分割。膝と肘の装甲板の強化。拳部分の装甲も取り替えるし、肩装甲もね。顔と頭もちょっと変える感じ。他にも色々で……あ。頭部の冷却用に開けてたスリットは結構効果があったから継続よ」
「つまり。重装甲になるって感じか?」
「ううん。逆ねブラン。少し軽くなる予定よ。今までの戦闘とかを鑑みて、必要ない部分の装甲だったりを薄くするか削る感じね。逆に必要な部分……ブランなら防御に腕を使う事が多いから、その辺は分厚くしたりするわよ」
そう言うとシルベーヌは、手持無沙汰なのか追加腕の手をわきわきさせているミルファの方を向く。
「もちろん。ミルファ用の手すりとかは付くわよ。今回は舞踏号がメインだけど、整備班の人達に追加腕を貰えたから、それを活用できるような何かも考えるつもり。試作品の追加腕自体も改修出来そうだしね」
「ありがとうございます。使い心地や改良してほしい点については、分かり次第報告します」
ミルファは微笑んで返すと、追加腕でシルベーヌを捕まえて持ち上げた。俺の時よりも手慣れたもので、シルベーヌが抵抗する間もない。そして持ち上げられたシルベーヌも、わざとらしい悲鳴を上げる余裕があるほどだ。
「これ、ちょっと楽しいかも」
「ふふふ。私も楽しいです」
そう言うシルベーヌの笑顔にミルファも笑って返し、シルベーヌを追加腕で持ち上げたままくるくると回る。慣れる為という意味合いもあるだろうが、ミルファは本当に追加腕を気に入ってるようだ。
戦闘になるとどうなるかはまだ未知数であるが、少なくとも人型機械の整備の際。特に重い物を動かしたり、2人以上の人手がいる場合でも、まさしく2人分の手で作業を出来るというのは便利そうだった。
昼食の後は買い出しだ。向かうのはメイズの街の中にある商店街。食品や医薬品はもちろん。銃器やフライパン。サイボーグやアンドロイド用のパーツ。はたまた車や服まで、様々な物が売られている場所である。
旧市街に向かう前に寄ったスーパーとは違い。個人経営の商店や露店が多く集まるのだとか。商店の一部は探索者協会とも提携しており、遺跡の発掘品や中古の車両、銃器なども置かれている。そういった事情から、商店街はジャンク市やバザールとも呼ばれてた。
商店街にほど近い、古びた駐車場にワゴン車と軽トラが並んで停まり、車の間に俺達と整備員達が一度集まる。
「よし! それじゃあ各員、自分の探す物は分かっているな! 3時間後に再集合!」
ダースさんがそう言うと、整備員達は何人かづつで固まってジャンク市へと向かって行った。
この場に残ったのは、シルベーヌと追加腕を外して作業着に戻ったミルファ。そして俺の3人。無論ただ待っているだけではなく、俺達もいくらか部品を調達せねばならない。
シルベーヌが手元のメモを見つつ、俺とミルファに再確認するように言う。
「整備の人達が大きな物は任せてくれって言ってたから、私達が探すのは舞踏号のセンサの細かいパーツね。それとついでに、ミルファの追加腕用に使えそうなものがあったらって感じ」
「全身のセンサネットワーク用の神経繊維にカメラ部分の保護部材。聴覚用の物品……その他諸々か。俺はまだまだ、部品の何が何やらなのが悔しいな」
「大体はジャンク市の隅で集まりそうですね。では行きましょう。はぐれたらだめですよ」
そう言ってミルファとシルベーヌが並んで歩き出し、俺はその後ろを付いて行く。
ジャンク市は、大雑把に言えば十字の道路を中心とした商店街だ。大きな道路の上にはアーチ状の屋根がかかり、オレンジ色の光を放つ電灯が鈴生りに並んでいる。
その下。道路の左右に並ぶ商店の壁面には広告もだが、色鮮やかな絨毯や布地が掛けられていた。他にも鍋やヤカン、服や銃、絵画や本などが所狭しと掛けられている。それらは店舗が何を売っているのかを示す看板にもなっているようだが、雑多で活気のある雰囲気を醸し出し、見る人がつい店を覗くのにも一役買っていた。
そして大通りから1本裏の道に入ると、そこは露店やテントのひしめく商店の迷路である。ざわざわした声と雑踏が一層増え、ジャンク市の空気という物を直接感じられる。
壁やテントの柱には、大通りと同じく商品が掛けられているが、その雑多さは大通りの比では無い。怪しいアクセサリーや、いかにもニセモノ臭い物品。値札や商品名すら付いていない何かが、机の上には並んだりもしていた。
しかし、上を見ている余裕は無い。人通りは多い上にたまに車も通るし、周りを見ていないと誰かにぶつかったり何かにぶつかったりするのは自明の理だ。
なによりも、目当てのパーツを探さなければいけない。様々な機械が店先に並べてある店舗を見て回り、商品名が書かれている札に目を凝らす。
色々な品が跳梁跋扈しているが、中でも目に付くのは物の値段である。特に個人経営故なのか、ごく僅かに武器弾薬、それらに関係する品などの価格が高い気がする事だ。しかし物は良いようで、色々なアフターサービスも付くと明記されていたり、大きなスーパーなどとは別の方向性で勝負しているのが察せた。
(そう言えば。戦争が起きそうなら、物価の変動もあるのか? でも、今はまだ起こるかもって段階なんだ。そもそも攻めて来るなら生体兵器側からだろうし。気付いて無いとすれば、人間側の対応は始まってからに――?)
などと、小難しい事を考えつつも目当ての部品を見つけた後。部品がシルベーヌとミルファのお眼鏡に適えば、シルベーヌが人懐っこい笑顔で店主に声を掛ける。
「これとこれを買いたいんですけど、ついでにレジの奥に見えてるそっちの部品見せて下さいませんか? そうです、端子の規格とかを確認したくて――」
そう言って部品を確認する姿は真剣そのものだ。確認が済めば部品を包んでもらい、荷物持ちはもちろん俺がやる。最初は片手で済む量だったが、すぐに両手になり、次に軽く抱える程になって行く。
シルベーヌは手元のメモを見つつ、次はどこに向かうか。そして予算との兼ね合いを真剣に悩みつつジャンク市の人波を先導していた。その背を荷物抱えて進む俺を見て、ミルファが少しだけ心配してくれる。
「大丈夫ですかブラン? やはり私も持ちますよ」
「大丈夫大丈夫! むしろこの位はさせてくれよ。部品の細かいとこは俺には分かんないし、これは筋トレになるしな!」
俺がなるべく軽く返し、余裕を見せるためにも笑顔になると、ミルファは安心したようだった。それでも辛かったら言ってくれと、俺を心配してくれた。
更に部品を買い込みつつジャンク市を進んで行くと、少し雰囲気の違う場所に出る。中古の乗用車やトラックにバイク。果ては古ぼけた戦車や、メインローターの無いヘリに、前輪の無い自転車まで停められている。汚れ具合やボロ具合も千差万別。どこか探索者協会に似ている場所だ。
シルベーヌとミルファに聞いてみると、ジャンク市の中でも、まさしく探索者協会の息が掛かっている区画らしい。つまりは発掘品などもあるという訳で――
「おおっ。人型機械の手が置いてある」
ビニールシートの上に無造作に置いてある、錆びた金属で出来た大きな手を見て、俺は歓喜の声を上げた。
周りを見渡せば、先ほどの場所にあった物よりも、更によく分からないし汚い機械ばかりである。中には誰も触っても居ないのに自壊していく程痛んだ機械もあり。ジャンク市と言うよりも、世界の訳の分からない物展覧会と言った雰囲気になっていた。
大通りでよく見た、両手に買い物袋を抱えたおばちゃんなどはおらず。腰に拳銃を差した探索者や、古びた作業着を着た技術者。ライフルを担いで鎧を着た騎士団員がパトロールしていたりもする。
もちろん。舞踏号用のパーツを探している最中の整備員達と会ったりもした。満面の笑みで彼らが言うには、騎士団の放出品が出ていたりして、中々に良い物が手に入っているらしい。加えて。シルベーヌがまだ調達出来ていない品についても、どこで見かけたかなどを教えてくれる。
俺達が教えて貰えた通りの店に行くと、そこは家一軒ほどもある大きさのテントで囲まれたジャンク屋だった。所狭しとビニールシートの上に機械や部品が転がしてある。テントの奥、机で区切ってあるレジ部分では、愛想の良い店員が事務仕事をしていた。
シルベーヌが真っ先に必要なパーツを見つけ、ミルファと共に検めだす。俺も隅に荷物を置いて一息つき、何とはなしに機械などを眺めていると、ふと目に留まる物があった。
1辺が50cm程の大きさの、真っ黒で真四角な立方体である。プラスチックのような質感ではあるが、どこか金属らしくも見える素材で出来ており。埃は拭かれているが大きな傷と微細なへこみに加えて、いくらか錆が浮いている。よく見れば表面に直線の隙間や小さな穴がいくつかあり、そこから分割したりできるような感じがした。
何だか目を惹くその黒い真四角を撫でていると、買う物が決まったシルベーヌがこちらに来て、少しだけ驚いた顔で言う。
「珍しい物置いてるわね。これ、宇宙とかで働いてくれる『テトラ』じゃない」
「テトラ?」
「えっとね。正式名称が、たしか汎用作業機械群? まあ人が入れない場所とか、危ない所で働いてくれる機械なんだけど、作業用のロボットって言ったらいいかな。大体の場所じゃ真四角の四角形だから、テトラって呼ばれてるの。この子は正方形だけど、長方形の子とかもいたはずよ」
シルベーヌがそう言いつつも俺の隣にしゃがみ、この黒い立方体。テトラを触って、何やら色々な事を確かめだした。
そしてシルベーヌと反対側にしゃがんだミルファが、優し気な口調で俺に教えてくれる。
「実物を見るのは私も初めてですが、その職場は海底から恒星の近く、あるいはデブリひしめく衛星軌道まで。人間よりも活動範囲が広い『四角い友達』だと聞きます。様々な状況に対応するために思考するAIが積まれているはずですが、自律思考を獲得してなお『自分はロボットだ』という矜持を持った子達だとも聞きますね」
「そりゃまた凄いな……でも、この四角いのが作業をねえ。街でも全然見かけないけど……」
「高価なはずですし、そもそも危険な場所で働く子達ですから、メイズ島のような比較的安全な場所では見る事は無かったのでしょう」
そんな話をしていると、俺達に気付いた店員がこちらに歩み寄り、愛想よくこのテトラの来歴について教えてくれた。
なんでもこのテトラは発掘品で、騎士団からの払い下げの品だという。珍しいはずだが格安なのでこれ幸いと購入したが、実態は中のソフトウェアがエラーまみれで、まともに動くような物では無かったのだ。修理しようにも手に負えず、このまま溶鉱炉に放り込んで鉄にするよりは、誰かに売って少しでも元を取ろうと考えているらしい。
その赤裸々な話を聞いたシルベーヌが、一度テトラから手を離して考え込む。真剣な顔でひたすらに悩み、眼が泳ぎまくり、頭の中で色々な思いがせめぎ合っているのが良く分かった。
「……欲しいのか?」
「……うん。でも、貯金するって言った手前それは……。しかも私、テトラのソフトウェアとか弄った事無いし……」
俺が聞くと、シルベーヌはおずおずと答えた。
店員さんにも聞いてみると、シルベーヌの真剣な顔に笑いつつも値段を教えてくれる。ビックリするほどでもないが、衝動買いするには高い値段だ。そしてそれは。俺のポケットマネーでギリギリ買える値段でもある。ただし。買うと俺は一切の無駄遣いが出来なくなるが――
「よし。俺が買う。俺が自由にしていいお金から出すなら良いだろ?」
「本当に!? いや、でも、ブランに悪いよそれは……あんまり甘えちゃいけないし……」
シルベーヌの顔がパッと明るくなったが、すぐに顔が暗くなった。自分の我が儘を通す訳にはいかないという精神が働いているのだろう。
それでも俺は、爽やかな笑顔に努めて返す。
「平気平気。そもそも俺は、そんなにお金の使い道が見つかんないしさ。それこそ食材か本買うくらいしか無いだろ?」
「でも……」
「良いから良いから。店員さん、支払いお願いします」
「……ううん。やっぱりダメ。締めるとこはしっかり締めないと! 店員さんもダメです! 部品だけ!」
勢いよくシルベーヌが立ち上がり、続けて立ち上がろうとする俺の頭をグッと抑えて店員と会計を始めた。まさしく上から押し付けるような行動である。
レジの方まで店員とシルベーヌが行ったのを見た後。気風の良い所を見せようとして押し切れず、何だか恥ずかしい気分の俺の隣で、ミルファがくすくすと笑った。そして彼女は微笑み、俺にそっと耳打ちしてくる。
「私もお金を出します。私と2人で代金は折半しましょう。私もこのテトラには何だか気を惹かれる部分がありますし、テトラが居れば、シルベーヌの負担も減るかもしれません」
「良いの?」
「はい。もちろん今では無く、また後日ここに来て、まだ売っていたらですが。その時は2人だけで、デートもしてくれないと駄目ですよ? それが条件です」
「……頑張りますっ」
唐突なお誘いに頬を掻きつつ、俺は何だかもやっとした返事をしてしまった。こういう所が、いまいち決まらない由縁なのだろう。男前なら、ここで爽やかに笑って返すはずだ。
その後は荷物を抱えて軽トラに戻り。笑顔で戻って来た整備員達とも合流すると、全員で買い忘れが無いかを確認する。そしてワゴン車のバックドアが閉まらない程に部品や装甲板を詰め込み、軽トラの荷台にも山ほど荷物が詰まれた。
俺はそんな軽トラの荷台で荷物の山にしがみつき、半ば箱乗りしたままで家に戻ったのだった。




