第55話 〃
田舎者には畏れ多いコース料理を堪能させてもらい、アルさんの料理の腕は一流であることを再確認した後。依頼をこなして美味しい食事に満足し、家に帰ってそのまま風呂にでも入ってぐっすり安眠。とはいかない。家では色々な事を調べなくてはならないのだ。
「う”ー……んー……? これは……出力回路? うわっ、こっちは真空管とか……逆にこのチップ何これ……? 新旧技術の混ぜすぎでしょ……」
机に広げた残骸を工具で触りつつ、うんうん唸りを上げるているのはシルベーヌである。簡単に『機械の解析』とは言うものの。それは何に使うのかも分からない機械を、砕け散った残骸から設計図も無しに復元するに等しく、難航するのも致し方ない。しかもパッと見たところ、証拠隠滅のためなのか、基盤などが一部燃えている、あるいは燃やされているとの事なのでなおさらだ。
絵も完成図も無しに、一部が灰になった何千ピースものパズルを組み上げる。とでも言えばいいのだろうか。少なくとも、眉間に皺が寄る作業なのは明白である。
その隣で俺は報告書の写しを読み込んで、何か気付けないかを探っていた。
報告書の写しからまず読み取れるのは、多くがメイズ島の西に広がる森に向かった依頼だという事。喋る生体兵器に出会った事が隠蔽されているとすれば、西部の森に何かがあるのだろう。依頼に赴いた地点を地図に記していくと、森の中央付近の遺跡に手がかりがありそうだった。
ミルファは古い新聞やラジオに耳を澄まし、世の中の大まかな動きを調べているが、彼女はハッとして俺の隣に来ると、古新聞の記事を指さして言う。
「ブラン。見て下さいこれ」
「……北部地下坑道の第14次大規模調査が行われ、未踏査区画の一部が騎士団に制圧された。報道官の発表によると、今回制圧された区画は巨大な空間で、埃や塵で空気が悪く、都市か村落がそのまま収容されているような場所だと言う……」
どこかで聞いた事のあるような言葉に、俺は頭を過去に向けながらも更に読み進める。
「内部に居た生体兵器は、先遣調査に赴いた探索者によって大部分が討伐されており。戦闘はあったものの、騎士団員に被害は出ていない……これってひょっとして」
「はい。私達も赴いた、未踏査区画152の事でしょうね。発掘品のいくつかも記載されていますが、攻撃的な兵器などは無いようです。報道官によると、あの区画は200年は前の物で、密閉も出来る居住区だとか。特に戦争が激しかった頃の物らしいですね。カール少佐のコメントもありますよ」
「あのオッサンの?」
ミルファが指さす場所を見ると、カール少佐が怠そうな顔で手元の資料を読み上げている写真が載っていて、その下にはコメントとして、『今回の大規模調査は有意義な物でありました。発掘品の一部は払い下げられる予定です。探索者協会に代表される、協力してくれた民間団体にも、山岳司令として厚くお礼を申し上げたい』という、俺の知っているカール少佐からは想像しにくい言葉が並んでいる。
「オッサン。ちゃんと仕事してるんだなあ」
車酔いしてぐったりしてたのに。と、何だか懐かしくなって俺は笑ってしまった。意外と近いところでも、世の中は動きはあったのだ。
ミルファと話しているとシルベーヌもこちらが気になったらしく、休憩がてら背筋を伸ばし、古新聞を覗き込んだ。再びミルファが記事を指さし、シルベーヌと話始めたのを見て、俺は3人分のコーヒーを淹れにキッチンに向かいつつ考える。
手がかりはまだまだある。真実は完全に隠されていない。アルさんの依頼をある程度こなしてひと段落したら、西部の森に向かうと良いのかもしれないと分かっただけでも大きな収穫だ。眼を凝らし、耳を澄まして世の中を見れば、他にも色々な事が見えてくるかもしれない。
(本屋で専門書でも探そうかな。そういう本があるのか分かんないけど)
そう思ってから、俺は自分の知識や考えの浅さに気付いて自嘲する。解決策というか、とりあえず思いつくのが『本屋に行く』という何とも地味な事なのだ。ここで何か画期的な手を思いつかないのが、俺の頭の限界に違いない。
さて。数日の後。アルさんのお店は、宣伝と料理の美味しさが相まってか、お客さんが増えて来るばかりである。ある程度お客さんを呼び込んだら、舞踏号は膝を着いて座らせ、俺も調理などを手伝わないと回らない程だ。
お客さん達の話を少し耳にすると、どうも『ロボットのホットドッグ屋さん』という事で、中々の知名度を得ているらしい。まあ実際ロボットはホットドッグとは無関係なのだけど。なんて言うのは無粋であろう。
戦闘のような昼食時の忙しさが終わり、お客さんが少なくなって来た頃。俺は手を洗ってから少し背伸びをした。ずっとロールパンに切れ目を入れ、トースターで軽く炙って野菜を盛るという仕事をしていたのだ。流石に肩が凝る。シルベーヌも注文を聞いてレジを打ち続け、ミルファも商品を包んだり机に運んだりと大忙しだった。
出会った頃よりも随分顔色の良くなったアルさんが、俺達に爽やかに言う。
「ちょっと休憩にしましょうか。お客さんも落ち着いてきましたし、自分が店番をするので、皆さんは休んでも大丈夫ですよ!」
断る理由も無い。お言葉に甘え、コーヒーを淹れてからトレーラーの裏に回って椅子に座ると、大きく息を吐いた。
「昼時は本当に、遺跡の中に居るより忙しいかもしれないな」
「人の波って凄いわよねー。お腹空いてるからか、お客さんは余裕無かったりするし。飲食店で働いてる人、本当に尊敬しちゃう」
俺の呟きに、シャツとスカートの制服を着たシルベーヌが答えて笑う。
全く彼女の言う通りで、これを生業とする人々は凄まじいバイタリティを持っていると言わざるを得ない。美味しい物を作り、提供してくれる全ての人々に感謝したくなる思いだった。
続いて制服を着込んだミルファも、コーヒーを飲んでからホッと一息つく。
「見知らぬ人と沢山接するので、私はとても緊張します。失礼が無ければいいのですが」
「大丈夫よーミルファ。見た感じ全然問題なし!」
シルベーヌがそう言い、明るい笑顔でミルファの不安を払った――瞬間。大きな声が俺を鞭打つ。
「パイロット!! 気を付け!!」
頭で理解するより早く、身体が動いた。俺の身体はコーヒーの入っていた空の紙コップを手で握りつぶして立ち上がると、背筋を伸ばして顎を引き、鉄の棒を飲みこんだように真っすぐに立った。その後、今の声に聞き覚えがある事を思い出してハッとする。
声のした方を見ると、懐かしい顔が2つあった。濡羽色の長い黒髪に、鼻筋の通った褐色の美人。茶色の髪を短く切った、精悍で禁欲的な青年の2人組――。
「ラミータ隊長! ベイクも!」
「ははは! 訓練の成果が沁みついてるようで何よりだよ!」
「久しぶりだな」
久しぶりに見る、騎士団307小隊のパイロット2人だ。懐かしい顔に、俺やミルファ、シルベーヌの顔もパッと明るくなる。
2人は騎士団の青い制服を着ていない。ラミータ隊長は相変わらずサンダルに短パン、丈の短いタンクトップという、この時期寒そうな出で立ち。ベイクはシンプルな長袖と長ズボンという格好で、どちらも私服なのだろう。
シルベーヌがラミータ隊長に聞く。
「お久しぶりです隊長さん! でも、どうしてこんな所に?」
「最近街中で人型機械が立って、ホットドッグを売ってるって噂を聞いたからね! 同じく人型機械を使う部隊の隊長として、どんなものかこっそり視察に来たんだよ!」
「なるほど。でも、実はデートだったり?」
「ははは! バレちゃったか!」
シルベーヌのいじわるな返しに、ラミータ隊長は臆面も無く答えて笑った。
いつの間にそんな関係になっていたのかと、俺が驚いた顔でベイクを見ると、彼は大きくため息をついてから眉間を抑えて言う。
「そんな訳ないだろうブラン。隊長の冗談だ。これは民間の人型機械運用についての調査、仕事だぞ。それより、舞踏号のあの格好は何だ」
「なにって、広告効果抜群だろ?」
「目立つのは確かだが、何かもうちょっと無かったのか。騎士団と共に戦った人型機械があれでは……」
ベイクはいささか残念そうな目で、トレーラーから少し離れた場所に座り込む、広告まみれの舞踏号を見た。
ああ。ベイクも人型機械は格好良い方が好ましいと思っているのだ。仲間が居て嬉しい。なんて思っていると、ベイクはふっと鼻で笑う。
「舞踏号は牙を抜かれたような感じがするな。最初に戦った時は、もっと無骨でギラギラしていた」
「なっ。舞踏号は広告外したらいつも通りだから!」
「どうだかな」
俺の反論に、ベイクは腕を組んでから口元に微かな笑みを浮かべた。しかし、そんなベイクの隣でラミータ隊長が笑う。
「何を偉そうにしてるんだいベイク。最近自分の機体に『武烈号』なんてニックネームを付けた癖に」
「中尉!?」
「武烈号?」
俺が聞きかえすと、ラミータ隊長が抑えるベイクを無視して俺に教えてくれる。
「君達との任務の後、ベイクも影響されたらしくてね。整備班と相談して、自分に合うように細かい調整をしてもらってるんだ。人工筋肉のマッサージとかも自分から進んでやるようになったし、整備班ともぐっと距離が近くなってるね! 熱心なのは良い事だよ!」
隊長の、まるで学校の先生が生徒を褒めるような言い方に、余裕たっぷりだったベイクの顔が焦りと恥ずかしさに満ちていく。
しかし武烈号か。確実に舞踏号に影響されているのは明らかだ。正直悪い気はしないし、影響された名前をベイクが付けていると分かって、妙な親近感が湧かざるを得ない。
ラミータ隊長が俺に目配せをしたので、同じく俺も目で礼を送り返してから、ベイクに親しみを込めた笑顔で言う。
「武烈号か。勇ましくて良いんじゃないか? 舞踏号よりは優雅さに欠けるけどな」
「……隊長の話は聞かなかった事にしろ」
「何でだよ、人型機械に名前付けるのは良いだろ。あ、でも武勇とか武断とかも良かったんじゃないか? 武闘って線もある」
「うるさい。忘れろ。大体武闘は被るだろう」
俺とベイクの会話を聞いてか、シルベーヌとミルファが「男の人って分かんないわね」と笑いあっていた。
騎士団の2人は、折角なので俺達に色々と聞きたい事があるらしいが、今は休憩中とはいえまだ仕事の最中だ。後々どこかで食事でもしながら話を。と言う事になり、俺達は仕事に戻る。
そして騎士団員2人は、どうせなら売り上げに貢献すると言ってエビロールを注文してくれた。2人は商品を受け取ると、舞踏号の側に立って何かを話し始める。嬉しそうな顔でエビロールにかぶりつくラミータ隊長に対し、ベイクは眉一つ動かさず食べ進めていた。
「制服を着てないから、傍から見れば寒そうな格好をした彼女と、不愛想な彼氏にしか見えないわよね」
そうシルベーヌがこっそり俺とミルファに耳打ちしてくれ、そういう風にも見えると全員で微笑んだ。
再びおやつ頃過ぎまで働いた後。
テキパキとした様子で後片付けをして撤退の準備をしていたトレーラーに近づく、優雅な人影があった。つばのある帽子で顔は見えないが、仕立ての良い上着とふわりとしたスカートを履いた女性だ。服の色味は地味なはずなのに、不思議と明るく見える何かがある。
レジ周りを掃除していたアルさんが、手を停めずともその人影がカウンターの前まで来たのを察して言う。
「すみませんお客様。今日はもう店じまいで――」
爽やかな笑顔で、それでも申し訳なさそうに顔を上げた瞬間。人影の顔を見たアルさんの顔が驚愕に満ちた。
「お嬢様……!?」
「久しぶりねアルフォート。屋敷から消えて2か月ほどかしら」
凛としたハープのように、上品な声が優しく答えた。そして女性は帽子を取らず、ほんの少し顔を上げる。
透き通るような白い肌。長いまつ毛に彩られた二重の目蓋に、濃いアクアマリンのように麗しい瞳。形の良い唇。どこか幼さの残る美しい顔立ちは、まるで御伽噺から抜け出たお姫様のようで、恐らくは20代の女性だ。
アルさんが手を止めたまま、口をぱくぱくさせて言う。
「何故ここが……!? ホワイトポートからこちらまで、おひとりでですか!? どうやって……!?」
「メイド達がこの場所を調べてくれました。場所さえ分かれば、公共の交通機関だってあります」
「いえしかし……旦那様が許すはずが……」
そこまで言いかけ、アルさんは何事かと驚いている俺達に気付いてハッとした。
「ああ! すみません! この方は、この方はその……エリザベト様です。自分の働いていたお屋敷の、旦那様のご息女で――」
「エリザベト・ウーアシュプルングと申します。どうぞエリーゼとお呼びになって下さい。我が家で働いていたアルフォートが、お世話になっています」
慌ててどもるアルさんを、優美な動きで軽く手で抑え、エリーゼさんは自分から名乗った。微笑みを湛えて少しだけ頭を下げると、再びアルさんに視線を戻して言う。
「アルフォート。何故私がここに来たのか、貴方はお分かりになるでしょう。どうか屋敷に戻って来てください」
「お嬢様……しかし、自分は旦那様から直接解雇をされた身です。それに、店がようやく軌道に乗り始めたので――」
「お父様は私が説得します。だから戻って来て。お願いよ。アル」
エリーゼさんが両手を胸元に当て、懇願するような顔でアルさんを見上げた。宝石のように青い瞳が微かに潤み、その美しい瞳をより一層魅力的にしている。そしてその言葉と視線には、嘘偽りの無い澄んだものがあった。
アルさんもだが、エリーゼさんは凄く画になる人だ。今の状況だって、派手な広告まみれのレジ越しに、爽やかな男性と麗しい女性が見つめ合うという、少し奇妙な状態である。それでも写真になるような、そういう雰囲気を2人は持っているのだ。
アルさんが少しだけ躊躇った後、真剣な表情でエリーゼさんを見る。
「お話は後です、お嬢様。まずは片付けと、明日の支度などをしなければいけませんから。少しだけ待っていて下さ――」
「アル。私はもう待ちません」
エリーゼさんが、アルさん以上に真剣な顔で言った。そして上品な手つきで帽子を取った。
帽子に押し込められていたのは、光を映したルビーのように赤い髪だ。その背中の真ん中まで届く艶やかな赤髪は、エリーゼさんが少し首を振ると炎のように揺らめき、手も触れないのに美しくまとまった。
この近くに居る人の目が、一斉にその赤い髪に向いたのが分かり、舞踏号すらも微かに動いた気がする。赤い髪と青い瞳。相反する色合いのはずが、不思議と調和を保っており、美しい姫君のような姿のエリーゼさんには、まさしく目を奪われるものがある。
「……アル。貴方が屋敷から消えて、私は寂しかったのよ。ずっと……」
「お嬢様……」
「そんな他人行儀な言い方はやめて」
「……エリーゼ様、自分は……」
「アル……」
美男子と美女が、互いの名前を呼び合って見つめ合う。それは物凄く画になる様子だったけれど、唐突な展開に俺達探索者は、ただただ困惑するばかりである。
「ねえねえねえねえ! これってあれよね! お嬢様と料理人の恋よね! 絶対そうよね! そっかー! そういう事でアルさんは!」
「あの雰囲気は間違いなくそういうものですね。そして何かあって屋敷を辞めざるを得なかったのでしょう」
小声でシルベーヌとミルファが言葉を交わし、目を輝かせてアルさんとエリーゼさんを見ていた。
盛り上がる探索者2人はさておき。熱っぽい視線の美男美女2人から発せられる空気に、俺は何だか恥ずかしくなって頬を掻くしかない。
しかし、そんなイイ雰囲気をぶち壊す低い声が響く。
「何だァ? マズそうな屋台だな」
今日は人が多いな。と思いつつもその失礼な言葉の方を見ると、大きな体躯で威圧するような男が3人。どこか下品な笑いを薄く浮かべて立っていた。3人の腕には刺青が。そして側頭部には反り込みが入っていたり、腰には見せびらかすように、鞘に入ったナイフがある。いかにもガラの悪そうな3人組で、ここまで『それっぽい』のも珍しいと感心するほどである。
「こんなゴミみたいなモンを高く売ってんのか」
「小汚いホットドッグだな。オレの方が良いもん作れるぜ」
「生ごみくせえ」
矢継ぎ早に、仕舞いかけていた看板などを見て言う男達。その勝気な口調には確かなトゲがあり、特にアルさんの美味しい料理を小汚いだとかゴミだと言う言葉には、横で聞いている俺達も気分が悪くなる。
思わず言い返してやろうと俺が口を開くよりも早く。エリーゼさんがキッと男達を睨みつけた。
「店の前で、しかも店主や店員がいる中。よくそんな事を大きな声で言えますね」
意外そうな顔をした男達だったが、その言葉を発したのがエリーゼさんだと分かると、男達は大きな声で笑った。
そんな状況で色々な事を察したのか、ミルファがこっそりと俺に耳打ちする。
「”臨機応変”に動きましょう。アルさんの言っていた、妙な連中に違いありません。もしもの場合でも、拳銃やナイフは無しです」
「……マジでやるの?」
「マジです」
そう言うとミルファは微笑み、トレーラーからゆっくりと出たのだった。




