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第50話 なにはともあれ休むべし

 無事に公園まで帰りついた後。俺達探索者シーカーは、真っ先に全員でシェイプス先生の所へと向かった。当然話したのは地下であった事。そして内密にゴブリンの事なども告げると、先生の顔色が変わる。


「……にわかには信じられませんが……」

「はい。俺とミルファも信じられません。でも喋った事や、ミルファの様子が変だったのは事実なんです」


 俺が必死に告げるとシェイプス先生は腕を組み、顎髭を触りつつ考え込んだ。しばらくそうした後、猛禽のような眼で俺を睨む。


「……話から察するに、生体兵器モンスターが南に集まっていたのは『冠』も少なからず関わっているようですな」

「ええ。恐らくは」

「そして原理と作用はどうあれ、旧市街に集まっていた生体兵器モンスターは離散した。結果としては十分ですが、その過程が不明瞭。とりあえずはタムとティムの手から『冠』を取り上げておきましょう。これからどうするかという部分は少し時間を頂けますか。明日には結論を出します」

「はい。すみません。新しく厄介事を持ち込んだような形になって……」


 俺はそう答え、沈痛な思いで頭を下げた。隣に立つシルベーヌやミルファも同じ様に頭を下げると、シェイプス先生が優しく頭を上げるように言う。


「むしろ、きちんと話して下さって感謝しております。黙っておられたら、私は御三方に悩みを押し付けた間抜けになっていたでしょうから。私を信頼して話してくれた事、ありがとうございます」

「いえそんな!」

「ケレンの民への事情の説明には、なるべく穏便な形で理解してもらえるよう私が取り計らいます。ご安心ください。誤解なく話し合う為には時間が掛かるかもしれませんが、皆古い本の教えに集っている者達です。信教を共にする私が言えばこそ、理解もされやすいはずですから」

「すみません。お手数かけます」


 再び頭を下げる探索者シーカー達に、シェイプス先生は微笑む。


「いずれにせよ、ひとまず御三方の仕事は終わりです。探索者シーカー協会の任務だったかもしれませんが、私達も共に闘い、その恩恵を受けたのです。今日は普段よりも豪勢な食事を用意させましょう。ゆっくりと食べて飲み、英気を養って下さい」


 厳つい外見に似合わず優しい言葉と態度で言われ、俺はふっと気が抜けていき、疲れがどっと出て来た。



 ここ数日の気の張りようと体力気力の消耗具合。それは余所者アウトランダー達のおかげで安心して寝れる場所があるとはいえ、回復しても回復しきれるものではない。気が抜けた今、ギリギリの状態だと言って良いだろう。

 特に、生身の俺とシルベーヌの消耗が酷い。俺は戦闘や警戒で消耗し、シルベーヌは情報処理や関係者との調整で消耗している。もちろんミルファも憔悴していた。身体はまだ大丈夫なようだが、精神面での摩耗が酷いのが察せる。

 俺はふらふらしながらも、同じくふらつきそうなミルファに言う。


「ミルファ、大丈夫か?」

「はい。私は――正直ちょっと、一旦引いた気持ちの波が、返って来ています……」

「無理しちゃだめよミルファ。折角だし、2人とも私が貸してもらってるテントに来てよ」


 シルベーヌが若干やつれた顔で言い、俺とミルファをテントに誘った。中は俺が貸してもらっているものと大して変わらない。テントの隅に、シルベーヌの私物が入った鞄があるくらいだ。

 3人で靴を脱いでテントに入り、皆ぐったりした様子で座って足を伸ばしていると、シルベーヌが鞄をごそごそと探り出す。


「あー、あったあった」


 シルベーヌは疲れているものの、嬉しそうな音色がある声で言った。同時に取り出したのは板チョコだ。普段見る安い板チョコでは無く、あまり見ない高そうな包装紙に包まれている。シルベーヌはその板チョコの包装紙を剥くと、綺麗に三等分して俺とミルファに手渡した。


「疲れた時には甘い物! 秘蔵のお菓子よ? 本物のカカオとか使ってある天然物なんだから」


 シルベーヌはそう言って笑うと、一口大にチョコを割って口に含んだ。美味しそうに頬を綻ばせる笑顔に、俺とミルファも釣られて笑う。そして渡されたチョコを口に含む。

 優しい甘さだ。ジワリと染み入るようなチョコの風味に、身体が日常に帰って来る気がして、舌と脳が痺れた。


「……美味い」


 俺はぽつりと言う。シルベーヌが優しく笑い、隣のミルファを見てそっと近寄る。

 俺もそちらを見れば、ミルファはチョコを口に含み、滝のように涙を流していた。静かに。嗚咽を漏らす事も無く、口を動かしながらさめざめと泣いている。


「大丈夫よミルファ。大丈夫。私が居るから」


 驚く俺を尻目に、シルベーヌはそう言うと膝立ちになり、何も言わないミルファをそっと胸に抱きしめた。優しい声を掛けて頭を撫で、結ばれている銀色の髪を解いてやる姿は母親のようだ。


「もう大丈夫。安心して」

「わ、わたしは。わたしは……! やりたくなくて……!」

「大丈夫。何があっても私はミルファの味方。貴方は優しい子よ」


 ミルファが震える腕でシルベーヌに抱き付き、くぐもった嗚咽を漏らし始める。子供が母親に泣き付くような、ただ庇護を求めて縋りつく姿だ。そしてしばらく嗚咽を上げた後、ミルファは動きを止めて力を抜いた。すぐに小さな寝息が聞こえだす。

 唖然としたまま座り込む俺をちらりと見て、シルベーヌは小さな声で慈しむように言う。


「ブラン。変に思わないであげてね。ミルファは生まれてからまだ5年なの」

「……起動して5年っていうのは、会った頃に聞いた気がする」

「あんまりこういう話は好きじゃないけど、生身の人とアンドロイドが違うのは身体だけじゃないわ。精神。特に心っていう部分が根本から違うの」


 シルベーヌは胸に抱いたミルファを、大きなクッションを枕代わりにして寝かせながら言う。


「大体は起動時点で10代後半相当の精神がある。けど、それから獲得していく思考や経験は個体毎に大きく違うわ。特に生身と違うのは、知識や常識、倫理感だけが最初から刷り込まれた状態ってとこ。そして本当の奥底にある心ってやつは、見た目よりもずっと幼いの」

「心が幼い?」

「ええ。特にミルファは、鉄のカバーをされたガラスのハートみたいな感じ。普段は大人びてるかもしれないけど、根っこの部分は10才くらいだと思う。そんな子が話を聞く限り、訳の分からない何かに、比喩でも無く本当に心を掻き回されてパニックになった。今までは抑えてたみたいだけど、気が抜けちゃったらこうなるのも。ね」


 そう言ってシルベーヌは脱力した笑顔で笑う。


「ごめん。私も疲れてヤバイかも。ブランには私の事もミルファの事も知っておいて欲しいけど、今はちょっと、眠気が」


 そしてそのまま、力なくミルファの頭も乗っているクッションに倒れ込み、頭を乗せた。


「今度、色々話すから……今は、あとで……起きたらブランも一緒に……3人で……」


 どんどん消え入るようになっていく声が途切れると、シルベーヌも目を閉じて寝息を立て始めた。枕の上で金色の髪と銀色の髪が広がって溶けあい、2人の寝息が混ざり合う。

 無防備な姿に俺も気が抜け、2人に毛布を掛けてからよろよろとテントを後にした。そして自分のテントに戻ると、泥のように眠りこむ。夢を見る事も無く、身じろぎすらしない程に深く。ただ深く。




 目が覚めてテントの外に出た時には陽が沈みそうで、夜の帳がすぐそこまで迫って来ていた。しっかりと眠りはしたものの、それ程時間は経っていないようだ。

 横になってぼんやりしたまま、寝ぐせの付いた頭を掻く。何処からかいい匂いが漂って来ていたし、テント越しにでもランタンの灯りや焚き火の光が察せる。誰かの明るい話声なども聞こえてきて、ちょっとした目覚ましのようだった。


(そうか。晩飯)


 横になったままぼうっと思う。喉が渇いた。腹も減った。でも体が痛い。心臓や肺も痛い。立つのすら億劫だ。

 痛む身体を動かして寝がえりを打つと、ずっと同じ姿勢で固まっていたからか全身が鳴り、重力で留まっていた体液がずるりと動く気もした。


「お”ぁー……」


 情けない声を上げ、横になったまま大きく背伸びをする。すると、誰かの軽い足音がテントの入口に近寄って来た。その足音は入口で止まると、いささか恭しく言う。


「ブラン兄さん? 起きた?」

「……ティム?」

「そうだよ。入ってもいい?」

「あー……うん。大丈夫」


 気怠くそう返すと遠慮がちにテントの入口が開かれ、兎耳がぴょんと入口の端を揺らした。テントに入って来たティムはいつもの小汚いコートを脱いでおり、袖の無い肌着のような物と、ゆったりしたパンツ1枚のような恰好だった。右手には水筒のような物が握られている。

 兎耳の少年の始めて見る姿と、日に焼けていない白い手足が艶めかしくも見え、相手は子供だし男の子だぞと、反応しかけた欲望を内心で嗤った。

 ティムはぐったりと横になる俺の隣に正座をして心配そうに聞く。


「大丈夫? 起きれる? 喉乾いてない?」

「身体がすっげえ痛い……喉は乾いた」

「お茶淹れてあるよ! ボクの摘んだ薬草で淹れたんだ!」


 自慢げにティムが言うと、水筒のフタをコップに、心地よい香りのする暖かいお茶を注いでくれた。御礼と共に身体を起こしてお茶を飲むと、微かに香る草木の香りと共に、血管中をほんのり暖かいものが歩いて回り、身体を芯から暖めてくれる。


「……美味いっ」

「良かった! シルベーヌ姉さんとミルファ姉さんも、ついさっき起きたってタムが言ってた。元気みたいだよ」

「そうか。良かった……」

「もうちょっとしたらご飯だよ。ヤギを捌いたんだ。あ、えっと。ボク達にとってはごちそうだよ!」


 ティムが嬉しそうに告げ、空になったコップを俺から受け取ると、すぐさまなみなみと注いでくれる。神子様にお茶くみをさせるなんて、なんとまあ畏れ多いのだろうと自嘲し、ティムの頭を撫でた。

 兎耳と栗色の髪が揺れ、この兎耳の少年は嬉しそうに、けれどどこか気恥ずかしそうに笑ってくれた。



 しばらくティムと他愛のない話をしてから、少年に支えられるようにテントを出る。所用を済ましてから戻ると、ティムにすぐさま焚き火の方へと案内された。

 近づいてみると、焚き火の周りにはシェイプス先生。余所者アウトランダーの皆さん。タム。そしてミルファとシルベーヌが椅子に座ったり地面に直に座ったりしている。

 そして俺を見るや否や、余所者アウトランダーの1人が笑って口笛を吹いた。他の皆も次々に口笛を吹き、爽やかな鳥の鳴き声のような大合唱が始まる。そこにティムとタムの指笛も加わり、合唱は合奏へと変わる。

 人が出す音とは思えない程美しい音色の合奏に、思わず体の痛みを忘れ、全員の口元に大小様々な笛が見えるような気すらした。

 どこか牧歌的な、それでいて威勢が良く元気の湧いて来る口笛と指笛の合奏が終わると、俺とシルベーヌ、ミルファは力強い拍手を惜しみなく送った。

 この場に居る余所者アウトランダー――ケレンの民全員が笑い、タムが俺達探索者シーカーの方を向いて言う。


「兄ちゃん姉ちゃん達、お疲れ様! 3人のおかげでワタシ達は助かった! 愛してる!」


 最後の言葉に若干驚くが、タムはすぐさまケレンの民の方を向き直って叫ぶ。


「皆もありがとな! 今回は苦しい事が色々あったと思う! けど、皆頑張ったんだ! ワタシは皆が大好きだ! 愛してる!」


 わっとケレンの民達から歓声が上がり、口笛が至る所から鳴り響く。今度のは合唱では無く、ただ囃し立てるものだ。これが神子様からの言葉だからなのか、タム自身の人気によるものかは分からなかったけど、全員がただ嬉しそうなのだけは察せた。


「そういう訳で! 今日はよく食べてよく飲んで、よく笑ってよく泣いてくれよな! 神々の加護があらん事を!」


 タムの締めの言葉を合図に、再び周りから歓声が上がる。それからは色々な料理が運ばれてきて、ケレンの民式の宴会が始まった。



 新たな問題は数多い。心配事だって多々あるけれど、そういった新しい事柄に取り組んでいくためにも、休養や美味しい食事は大事に違いない。休むことは悪ではないのだ。大事な事や重要な事があるからこそ、心身を休めて気を緩めねばならない。

 なにせ俺達人間は、ずっと気を張りっぱなしで生きていける程丈夫じゃない。身体が生身だろうと機械だろうと、獣耳が生えていようと。心が強かろうと弱かろうと。老若男女問わず、どんな人間でもそれは変わらない。



 さて。料理は捌いたヤギの肉や臓物を煮込んだものや焼いたもの。焼いたパンや野菜などもあったが、ヤギ肉入りの炊き込みご飯が出て来たのに驚いた。巨大な鍋をそのまま持って来ると言う豪快な姿で、食べてみると味が濃くて美味いし、おこげは取り合いになるほどの逸品だ。美味だが多少時間が経っても死ぬほど熱い為、皆で熱い熱いと言いながら笑い合う。不思議な一体感があった。

 もちろん。少しだけお酒も出された。この酒。品名は分からない上に量は少しだが物凄くキツイ。優しい香りがしたのでグッといった瞬間、喉が焼けるようでむせたほどだ。もちろん。ミルファやシルベーヌに笑われた。


 食事の話題は俺達の事が多かった。山岳地下でのミノタウロスとの戦いの話などは、皆が興味津々で聞いてくれて何だか嬉しい。武勇伝と言う訳でもないが、ライフルを握って実際戦う人々の冒険心を刺激するには十分だったようだ。

 そして都市での生活の話は、タムとティムが熱心かつ新鮮な驚きを交えて聞いてくれている。焚き火の側に敷物を敷き、その上に俺、シルベーヌ、ミルファが円を描いて座り、俺の隣に座るタムとティムが座っていた。

 タムが驚いた顔で言う。


「じゃあ、あれかブラン兄ちゃん。お金さえあれば、いつでもその店で鳥肉食わせてもらえるの? ふ、フライドちきん? だっけ?」

「そうだよ。ああいうファーストフードの店は、店員が交代しながらずっとやってる事が多いな」

「ずっと? 朝も夜も?」

「おう。それこそ深夜でも食える」

「すっげえなあ……ワタシとか、夜中に何か食べようとしたら怒られるのに……」


 それは子供の健康を考えての事なんじゃ? という言葉は飲み込んでおく。しかしまあ、お金があればとりあえず何でも買ったりできる都市の生活というのは、確かに驚くべきものだろう。蛇口をひねれば水が出て、スイッチを入れれば電灯が点くというのも、巨大な資本とインフラの恩恵なのだ。

 俺は一口酒を飲み、喉を潤してから言う。


「もしタムとティムがメイズの街に来ることがあったら、皆で案内するよ」

「良いわね! その時はウチに泊まりなさい!」

「ファーストフードだけでなく、他にも色々ありますからね」


 シルベーヌが続いて笑い、ぐっと呷ってコップの飲み物を空にした。ミルファも優しく双子に微笑み、上品な手つきで料理を口に運ぶ。

 双子は嬉しそうに笑い。タムがシルベーヌのコップが空なのに気付き、おかわりを貰って来ると言ってコップを取ってすっ飛んでいく。脱兎の如く。というのはちょっと違うかもしれないけど、嬉しそうにせわしなかった。


「慕われてるなシルベーヌ」


 俺が言うと、シルベーヌは恥ずかしそうにぼさぼさの金髪を掻いた。


「悪い気はしないけどね。それよかブランも慕われてるじゃない?」

「俺かあ?」

「ほら、隣の」


 微笑んで指さす方向には、ティムが気恥ずかしそうに座っていた。俺の少し後ろに控えているような感じで、視線が合うと恥ずかし気に目を伏せ、兎耳を前に垂らした。

 ミルファがそれを見て何かを察し、口元を抑えてほくそ笑む。


「なるほど……罪作りな方ですねブランは」

「なんだよ。何にもしてないぞ」

「膝に乗せてあげるくらいの積極性が必要だと、私は判断しますね」


 ミルファとシルベーヌがくすくすと笑って俺とティムを見た。

 深呼吸を一度。ぐっとキツイ酒を呷ってからアルコールの力を借り、胡坐を組み直すと、ティムに腕を広げて言う。


「よし来い!」

「で、でも……」

「良いから良いから!」


 頬を染めたティムに明るく笑うと、おずおずと言った様子で俺の膝にティムが座った。子供の体温が暖かく、柔らかい感触が心地よい。顎の下に入る位の背丈なので、ティムの頭の天辺にある兎耳の間から顔を出せるのも、何だか可笑しかった。

 そしてその耳が緊張でピンと伸びているのを見て、俺は後ろから軽く抱き付くような形で言う。


「ティムもありがとな。流石男の子! 俺の小さい頃は……記憶が無かった! まあでも、俺がティムくらいの頃は、もっとアホだったと思うな」

「ボクはただ、タムみたいにグイグイいけないだけで……」

「冷静なのはカッコイイじゃないか。俺なんて戦いの度に何か叫ぶようなうるさい奴なんだから」


 肩をすくめると、シルベーヌとミルファがその通りだと笑ってくれた。ティムも釣られて笑い、緊張が解けていくのを、前に倒れていく目の前の兎耳で察せた。

 冷静に。そう。冷静に考えれば、今も割と大胆な事をしている気がする。だがまあ、膝の上のティムは男の子だ。多少距離が近いのも問題は無い。そんな風に思ったが。ふと、栗色の癖毛から立ち上がる、ミルクのような薫りを感じた。ごく僅かに身体が反応したのを察せたが、気合で押し戻す。


(おいおいマジかよ)


 自分の身体の見境無さについ笑いが出てしまうが、ティムの様子が変だった。僅かに身じろぎして俺を見上げる顔は、焚き火やランタンの灯りに照らされてなお朱色に染まっているのが察せる。困惑しているような、でも嫌ではないような。そういう何かを感じ取った。

 バレたのか? そう思って冷や汗をかきつつティムを見ると、おずおずとティムが言う。


「ブラン兄さんは、ボクの事好き?」

「へ? そりゃもちろん」

「そう……」


 予想外の質問に素っ頓狂な声を上げて答えると、ティムは顔をより赤くして目を伏せた。だが、俺の膝からいそいそと降りると、膝立ちになって俺を振り返る。


「どうした?」

「おまじないしてあげる。ブラン兄さんに、これからも良い事がありますようにって」


 恥ずかしそうに頬を染め、兎耳をピンと立てたティムはそう言うと。そっと俺の肩に手を置いて俺の顔に自分の顔を近づけた。突然の事に反応できないまま、一瞬だけ唇に柔らかいものが触れ、離れた。

 ティムが兎耳をぴくぴくさせ、目を伏せて気恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに呟く。


「……お酒の味がする」


 いや待て。今のは? おまじない? いやいや絶対違うだろう! 軽くだが接吻では無いか! そういう文化か!? あれでも初めてじゃないか俺!? 男の子相手だぞ!? でもそう言えば男同士も普通とか昔言われたような? いやそこじゃなくて!


「ボ、ボク。みんなとも色々話してくるね」


 ティムはそう言うと立ち上がり、ぎこちない動きで俺達から離れて行った。

 残された俺をシルベーヌとミルファが見つめ、おずおずとシルベーヌが俺に問う。


「……やったの?」

「……されましたね……」


 今度はミルファが興味津々に俺に聞く。


「どのくらいです?」

「……一瞬、当たるか当たって無いかみたいな……」

「舌を入れたりは?」

「何言ってんの!?」


 俺が驚いて返すと、シルベーヌとミルファが同時にいじわるな笑顔になった。2人は身を寄せ合って大袈裟に怯える。


「こわーい。知らない間にそんな関係になってたのね? 子供をたぶらかすヘンタイとかこわーい」

「いやいやいや!? 違う!」

「恐ろしい人です。ブランは男児が趣味だったのですね。私としては少々残念ですが止めませんよ」

「待て待て待て!? 違う! 大体そういう素振りっていうか雰囲気とか、今まで無かっただろ!? 向こうも急すぎる! そんな目で見るなって! だから俺は――!」


 拳を握り締めて天に叫ぶ。


「俺はノーマルなんだよぉぉお!!」


読んでくださっている皆さま。本当にありがとうございます。ブックマークや評価などでも大変励まされております。

次回の更新は年が明けてからになりそうです。


それでは良いお年を。

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