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第48話 メイズ旧市街 南ブロック

「もう少し行けば、旧市街の南ブロックの端だよ!」


 トレーラーの助手席の窓から、タムが明るい声で叫んだ。

 荷台で余所者アウトランダー達と雑談をしていた俺は、痛む身体を我慢して動かし、荷台に立ち上がる。

 雲一つない晴れ渡った空の下、遠くに見える風景は、更地と言うに相応しかった。


 今までの旧市街は、錆と瓦礫にまみれた廃墟の集合体だった。けれど今目の前にあるのは灰色の砂場だ。なにせ瓦礫と焼け跡のせいで、地面の色すら今までと違うのだ。

 建物は大半が根元だけを残して抉られたようになっており、僅かに残る壁がぽつぽつと、枯れた木のように立っている。地面は大小様々なクレーターでデコボコで、そのクレーターの中には、水道管や地下通路、地下鉄らしい物の断面が口を開けていた。

 その多すぎるクレーターからは、凄まじい爆撃があった事を想像できる。絨毯爆撃と言っても足りない程に攻撃が為されたのだろう。大きなクレーターに至っては優に300mはあり、深さもそれに相応しいもので、底に雨水や瓦礫が溜まって池のようになっている所もあった。


 戦争の爪痕と言うに相応しい惨状を見て息を呑む俺に、余所者アウトランダーの1人が注意を喚起する。指さした方向に小さく見えるのは、中型の生体兵器モンスターの影だ。50体程いるそれらはクレーターの中に集まって、ゆらゆらと身体を揺らしている。サイクロプスとミノタウロスの群れのようだが、何かするわけでも無く、ただ呆然と立ち尽くしているという表現が似合う姿で、その顔は足元のクレーターに向けられていた。


 確かにこれは妙だと思う。まるで何かを待っているような、あるいは戸惑っているような。そういう感じがした。



 あれは何だろうという話をしつつもう少し進んで行くと、L字に壁の残る廃墟の陰にトレーラーが止まった。運転席からシルベーヌとミルファ、そして双子が飛び降りる。荷台に居る余所者アウトランダー達も飛び降りて、ライフルを握ると素早く周りを警戒しはじめた。


 なだらかな土の斜面の端にポツンと立つL字の壁。それが建物の名残なのは察せたが、どんな建物なのかは分からなかった。表と裏で色が違うくらいである。だがじっと周りを見ると、ポツポツと瓦礫の転がるこの斜面は緩い弧を描いているのが分かり、その弧は円を描く一部なのだとも分かった。

 つまり俺達は今、巨大なクレーターの外縁に来ているのだ。まず間違いなく、爆弾で作られたクレーターに違いない。

 そうやって周囲の確認などをした後。シルベーヌが双子に言う。


「それじゃあ双子には働いてもらうわよ! アンタ達を全面的に信用するから、期待に応えてね?」

「任せろシル姉ちゃん! でも、ちょっと手伝って欲しいのがさ、小さい穴掘って欲しいんだ。2人分。距離を置いてさ」


 タムがそう答えると、荷台に立つ俺をちらりと見た。


「そういう事なら、舞踏号を動かそう。ちょっと待っててくれよ」

「うん。ありがとうブラン兄さん」


 ティムのお礼を受けつつ、荷台で座り込む舞踏号の背中に回り、痛む身体をコクピットに滑り込ませた。意識が途切れ、いつもの幻聴が聞こえる。

 

 

 まだ大丈夫



 鼓舞するような幻聴と共に、(舞踏号)は意識を取り戻した。

 身体の痛み(エラー)は昨日より増えているけれど、まあ問題は無い。ゆっくり立ち上がって深呼吸をすると、温い空気が全身のダクトから漏れだした。中でも口元のスリットから漏れる空気は、ちょっとしたため息を漏らしたように感じざるを得ない。

 昨日の大蛇退治もあってか、心なしか余所者アウトランダー達が(舞踏号)を見上げる目線に畏敬の念があるのが察せた。


 とにもかくにも。(舞踏号)は言われた通りに2つ穴を掘った。指を使って軽く地面を掘るだけで済む。2つの穴の距離は100m前後。護衛が見守る中、双子はそれぞれ穴の中で身を横たえて耳を澄まし、(舞踏号)はその穴の中間地点に佇んでいた。

 しばらくの後。無線でミルファが言う。


「ブラン。タムが1回ジャンプしてみてくれと」

『ジャンプ?』

「はい。反響音を探るそうです」


 言われるままに軽く真上に跳ぶ。装甲や骨格フレームが軋んで鳴るが、地面を揺らす程の音は出なかった。それでも、双子には十分だったらしい。離れた穴から同時に兎耳が飛び出すと、揃った動きで同じ方向を指さした。

 そちらに進んでまた穴を2つ掘ってくれと言うので言う通りにすると、しばらくの後、再び1回跳ぶように言われた。すると今度も勢いよく兎耳が穴から飛び出し、確信を持った動きで地面を指さした。頭に無線が響く。


「見つけたらしいです。入口は小さいかもしれないけれど、相当大きな空洞だそうです」


 ミルファはそう言うと双子を合流させて、双子を先頭に歩き出す。その周りを余所者アウトランダー達が続き、最後にシルベーヌの運転するトレーラーと(舞踏号)がゆっくり続いた。そうやってしばらく歩くと双子が兎耳をピクピクさせ、地面に額を付けるように伏せる。少しの間そうするとまた歩き、何も無い地面で止まって叫ぶ。


「ブラン兄ちゃん! ここの下!」

「斜め下に向かって、通路があるみたい!」


 タムに続いてティムが(舞踏号)に叫んだ。


『よーしじゃあ掘ってみよう。危ないから離れててくれよ』


 (舞踏号)はそう答えて、近くに転がっていたひしゃげた鉄板をスコップ代わりに地面を掘りだす。人型機械ネフィリムは人型であるのに馬力は段違いだから、こういう作業は非常にやりやすい。

 みるみるうちに地面を3mほど掘り進めると、鉄板の先が何か硬い物に当たった。覗き込んでみると灰色のコンクリートが見える。再び掘り進めると、先ほどのコンクリートは何かの屋根だというのが分かった。どんどん周りを掘って行くとその全容が露わになり、地下へと続く入口なのが判明する。

 (舞踏号)が身を屈めて通れるサイズの入口にはシャッターと、掠れた看板が掛かっていた。その看板からは地名が分からず、ただ『地下鉄』という文字だけが残っている。


「地下鉄ですか。先がどうなっているかが不安ですが……」


 一旦手を止めている(舞踏号)に近寄ったミルファが穴を覗き込んで言った。

 周りをある程度ならした後、(舞踏号)はシャッターをこじ開ける。数十年ぶりに開いたと思われる入口で膝を付く舞踏号の肌には、確かな空気の流れを感じられた。空気が抜けると言う事は、どこかに外へ繋がる部分があると言う事だろう。

 (舞踏号)は入口の奥を覗き込みつつ、隣で訝し気に地下鉄の入口を見るミルファに言う。


『どこかへ繋がってるのは確かみたいだ』

「かび臭いのと埃の香りがしますね。空気が通ったと言う事は、それ程遠くない位置に出口か空気が通る部分があるのでしょう」

『中は……非常灯が生きてるみたいだな』

「地面が抉れる程のクレーターばかりなのに、生きている電源のある地下ですか……。しかも看板があるような地下鉄ですから、市民向けの物。官民共同の何かが作ったのでしょうか?」


 ミルファと2人で首を捻っていると、きちんと安全な距離を取った位置からタムの叫びが響く。


「ミル姉ちゃん! ワタシ達もちょっと調べていいか!」

「危険な要素も無さそうですし、入口までなら平気でしょう。ゆっくり来てください」


 ミルファがそう言って手招きすると、双子は掘ったばかりの穴の縁からぴょんと跳んで駆け降りて来た。地下鉄の入口まで来ると、瓦礫の破片を拾い上げて壁をコツコツと叩く。そして目を瞑って兎耳をピクピクさせた後、ティムが静かに言う。


「……奥は広いみたい。ここからずっと先の、生体兵器モンスターが居るところの下にも続いてる……かも」

『詳しくは分かんないか?』

「うん、ブラン兄さん。でもこの先は、大きい横穴が並んで走ってる感じ。パイプみたいな……でも、所々穴が開いてるパイプ」


 ティムがそう言って(舞踏号)を見上げ、今度はタムが言う。


「元々は相当デカイみたいだけど、そのパイプが詰まって狭くなってる感じがする。途中途中で切られてる感じだ。色々崩れたりしてるんだと思う」

『ありがとう2人とも。ミルファ。このままゆっくり奥まで行くのはどうだ』

「了解です。では、準備をして潜入しましょう」


 (舞踏号)の提案にミルファはしっかりと頷くが、双子が(舞踏号)を見上げて何か言いたげだった。(舞踏号)は口元のスリットからため息を吐くと、双子を装甲板で覆われた指で指す。


『流石にダメだぞ。2人はトレーラーで大人しくしてなさい』

「……なんだろう。その姿のブラン兄ちゃんに言われると、言う通りにするしかないって気がする」

「生身の時はふにゃっとしてるのにね」


 タムが不可解だと言う表情で(舞踏号)に言い、ティムも続けてくすくすと笑った。ミルファも微笑んで言う。


「人の見た目は、中々大きな心理効果がありますからね。普段のブランは柔らかいですし」

『皆してもう……ほら! 俺も動くし、危ないから下がって!』


 (舞踏号)はそう答え、双子を足元から払ったのだった。




 その後。(舞踏号)とミルファは装備の準備を終わらせた。ミルファの格好は昨日地下に潜った時とほぼ変わり無いが、手に持つのは12.7mmの重機関銃だ。(舞踏号)は回収した手斧を握るだけで準備は完了だ。

 トレーラーの荷台で、マッピング用の機材を叩きつつシルベーヌが真剣な声で言う。


「この辺はジャマーが濃いから、多分すぐ連絡がつかなくなると思う。だから今回は時間制限を設けておくわよ、制限は3時間。それまでにブランとミルファが戻って来なかったら、2人は『行方不明』と判断するわ」

『3時間で行方不明か……了解』

「それと、ミルファには照明弾も渡しておくわね。地下が暗かったらぶっ放せばいいし。上げれるならだけど、空に照明弾が上がったら『緊急事態』だと私は判断するから」


 シルベーヌはそう言うと、顔を上げて荷台から飛び降りた。そして彼女は(舞踏号)とミルファを見つめると、深呼吸の後に口を開く。


「良い? 今回はバックアップも薄いから、絶対に無理はしない事。危険だと感じたらすぐに引き返しなさい。満足な結果が得られなかったとしても、当初の目的の事前調査としては十分だと、私は思ってるから」

「はい。了解ですシルベーヌ。きちんと帰ってきます」

「前もだけど、怪我せずに帰って来てね。それが一番なんだから」

「はい」


 ミルファはそう言うと、防弾チョッキ姿でシルベーヌを抱きしめた。シルベーヌはギュっと抱き付くような形でミルファに応える。いつぞや見たような光景に、この2人の間には友人よりも家族に近い何かがあるのを感じられた。

 そしてシルベーヌはパッと身を離すと、今度は(舞踏号)に言う。


「ブランも帰って来てね。絶対だよ」

『任せろ! 何かあっても、地面掘って出て来てやるからさ』


 (舞踏号)はそう返し、そっとテーピングでまとめられた右手の人差し指と中指を差し出した。シルベーヌは指に抱き付くと、ぎゅっと力を込めて抱きしめる。装甲越しでも割とある胸の柔らかさが分かるような気がして、俺は身悶えした。

 シルベーヌはパッと身を離して顔を上げる。


「頼りにしてるからね。ブラン」

『おう!』


 これで出発――かと思いきや、ティムが(舞踏号)に走り寄って来て顔を見上げ、一瞬言い淀んでから言う。


「ブラン兄さん。戻ったらひと段落でしょ。終わったらみんなで美味しい物たべようね」


 そしてこの子は兎耳を揺らし、(舞踏号)の指をおずおずと触った。それに負けじと思ったのか、タムも飛び出してきて(舞踏号)の指を小突いて叫ぶ。


「ブラン兄ちゃんもミル姉ちゃんも、戻ったらシル姉ちゃんと一緒に色んな話を聞かせてくれよな! 街の話とか!」

『分かったよ2人共。楽しみにしててくれ』


 (舞踏号)は笑って答えるとミルファに目配せした。彼女は機関銃を背に担ぐと、軽い足取りで(舞踏号)の右肩に上ってしゃがみ込む。そして(舞踏号)がグッと背筋を伸ばすように立ち上がると、この場に居る全員の視線が戦化粧をした巨人と、肩に佇む銀髪の少女に集まった。


『じゃあ、行ってきます!』


 手斧を持ち直してそう言い、軽く手を挙げて地下へと歩みを進める。背中にはその場に居た全員の声援を受けつつなので、自然と気合が入るというものだ。

 今回俺とミルファの帰りを待ってくれているのは、シルベーヌだけではない。タムとティム。シェイプス先生。余所者アウトランダー達。307(サンマルナナ)整備班の皆。そして探索者シーカー協会。

 色々な人の期待と信頼を背負って俺はここに立ち、今からまた進もうとしているのだ。それは重いかもしれないけれど、グッと俺の背中を押してくれる力があるのは確かだった。




 地下鉄の奥へと続く階段。身長ギリギリと言った具合の狭い通路を身を屈めて進んでいると、肩のミルファが不思議そうに言う。


「ブラン。舞踏号が何だか嬉しそうに見えます」

『そう? こいつも色んな人に想われて嬉しいのか?』

「そういうものなのでしょうか。負傷は増えているはずなのに、妙に元気にも見えます」

『人型だからかもしれないな』


 (舞踏号)がそう言って笑うと、階段が終わって広い空間に出た。非常灯で薄く明るいので周りが見えるが、駅の構内のようだ。壊れた改札があり、すぐに先に線路が見えるという作りである。

 ミルファが気を取り直して無線に言う。


「シルベーヌ、まだ聞こえてますか?」

「大丈……よー。まだ……か。でも……どいわ……レ」


 一応声が聞こえるには聞こえるが、ザラザラした音で飛び飛びにしか聞こえない。ほんの少し地下に入っただけでこれだ。このジャマー自体にも戦前の技術の英知が使われているのだろうけど、今はただひたすらに鬱陶しい。


『こりゃあキツイな』

「仕方ありませんね。聞こえているかは分かりませんが、今から奥へと進みます。また後程。通信終わり」

「了……気を……てね! こっ……入口を見……てお……ら!」


 再び帰って来たザラザラした音からは、帰りを待ってくれているのだけが察せた。


 深呼吸を一度。(舞踏号)は全身のダクトから温い息を吐き、改札を跨いで歩くと、線路に飛び降りた。線路が2本敷かれた地下鉄。その奥は薄暗いけれど、一定間隔ごとに小さな照明が付いていて、周りが見えない事は無い。曇りの日の夕方位の暗さである。線路の敷かれた一方は天井が崩れており通行止め。進むは方向は自ずと決まった。


 ゆっくりと静かに線路を歩いて行くと、色々な事が分かる。まず、線路が比較的無事な事。錆びたり経年劣化はあるが、千切れ飛んだりはしていないのだ。周りの壁や天井も、時折ひびが入っていたり土や瓦礫が漏れている部分はあるけれど無事。そして公園の地下と違って、生体兵器モンスターの気配が無い事だ。

 それをミルファに告げると、彼女は周りを懐中電灯で照らしつつ、少し悩んでから答える。


「当然と言えば当然かもしれませんね。地上があの有様ですし、地下を何かに利用するまでも無く人々が逃げ出したのでしょう。ましてや入口は土に埋まっていたのですから、この辺りは未発見の遺跡です。見たところ完全に民間向けの施設のようですし、危険な罠などは無いでしょう」

『それは安心!』


 いささか歩幅が大きくなりつつ線路を進んで行くと、緩いカーブを描いた先に赤い光が見えた。思わず身構えるが、赤い光は決して動いたりしない。それどころかよく見ると、壁に設置された照明なのが分かる。

 ちょっとビビって損したと思いつつその明かりに近寄ると、赤い光の下には扉があり、扉には『資材置き場』と書かれていた。

 ミルファが肩から飛び降りて扉を触るが、鍵が掛かっているらしい。


『俺が壊そうか?』


 なんていう間もなく、ミルファは前蹴りで扉を蹴り破った。金属の折れる音が地下鉄の中を響いていく。そして中を検めたミルファは、何か手帳サイズの物を握って嬉しそうに出て来た。何かの機械製品らしく、車のバッテリーにも似た物である。


『それは?』

「戦前の電源です。これ1個で車が1台買えるくらいの値段が付きますよ」

『おお!』

「このお土産を持って帰る為にも、きちんと帰りましょう」

『もちろん』


 そうやって笑い合い、再び肩にミルファを乗せて線路を歩いて行く。あまり変化の無い線路に少しだけ緊張の糸が解けかけた頃、何かが薄闇の中で動いたような気がした。

 正面の闇には線路が続く。左右には壁。天井も不審な点は無し。ならばサイクロプスかとも思ったが、そう言った感じはしない。

 ミルファも(舞踏号)の動きで何か居るのを察知したらしいが、何も見つけられない。彼女は後ろを見てもくれたけれど、何かが追ってきている様子も無い。

 でも、何かが居る。小さい何かだ。そしてそれは敵意を持っているのではなく、興味深そうにこっちを見ている感じがするのだ。


『……何だ?』


 思わず呟いて手斧を握りしめる。肩のミルファも機関銃を構えて目を凝らすが、何も見えない。

 そうやって立ち止まっていると、頭にノイズが走っているのに気付いた。シルベーヌが喋りかけているのかとも思ったが、どうもそうではない感じがする。


『ミルファ、変な音が聞こえないか?』

「音ですか? ……通信ノイズ? いえ、これは……?」


 ミルファがハッとして、耳にいつも付けていた通信機を外した。そして目を閉じて耳を澄まし――眉間に皺を寄せて嫌な顔をした。

 (舞踏号)の頭に走るノイズも大きくなる。


「……何ですこれ……?」

『聞こえるか。ジャマーのせい?』

「……いえ、そういう感じは……でもこれは、気持ち悪い……」


 何が何だか分からないという顔でミルファはこめかみを抑え、少しだけふら付いた。


『大丈夫か!?』

「平気です……」

『いや。ちょっと休もう。肩から降りて壁に』

「はい……」 


 (舞踏号)は肩からミルファを下ろすと、彼女を守る様に膝を着いて座り、コクピットから飛び出した。ミルファは壁にもたれ掛かって座っており、立ち眩みにでもあった様な状態だ。


「すいませんブラン……でも、これは……」

「音のせい?」

「はい。意識して聞こうとすると急に。今は大丈夫です」


 ミルファはそう言って微笑むと、機関銃を一度地面に下ろした。

 ノイズを聞こうと俺は再び耳を澄ましてみるが、今度は聞こえない。


「ミルファ。まだ聞こえる?」

「はい。ブランは聞こえないのですか?」

「今は聞こえない。……俺の耳が弱いのか?」


 もう一度耳を澄ますが、やはり俺には聞こえない。


「ごめん。通信機を貸してくれる?」

「……? はい。どうぞ」


 ミルファの手から通信機を借り、自分の耳に当てる。しかしノイズは聞こえない。


「……なんだ? なにか変だ」

「ブラン?」

「ああいや、ごめん。俺は舞踏号に乗っておくから、もう少し休んでて」

「はい。すみません」


 ミルファが返すのも程々に、俺は舞踏号の背に駆けあがってコクピットに戻った。コクピットを閉じると意識が途絶え、幻聴が聞こえる。



 いやだ



 いつもの幻聴。舞踏号の声がハッキリと拒絶を口にした。

 (舞踏号)は意識を取り戻すと、すぐさま耳を澄ます。ざらっとした小さなノイズが、(舞踏号)(音系センサ)ではなく頭に響いているのが分かった。


(生身には聞こえない音?)


 これまでの事を思い返した頭が結論を出した瞬間。小さな何かが闇の中から身体を起こした。

 (舞踏号)は手斧を握ってそちらを睨み、ミルファも機関銃を握って銃口を向ける。しかし、闇の中からよろよろとこちらに歩いて来るモノからは、生体兵器モンスター特有の敵意を感じられない。


「ブラン。変です」

『分かってる』


 短く会話した後、俺とミルファは相手を見極めようと動きを止めた。

 闇からよろよろと這い出てきた何かは、見慣れた生体兵器モンスターの一種類。ゴブリンだ。だが緑色の肌は色素が抜けて灰色になっており、四肢は萎びて老人のようだ。顔もやせ細っているし、恐ろしいはずの顔にどこか柔和な雰囲気を感じる。

 そしてこの灰色の老ゴブリンは、鉄色のシンプルな冠を被っていた。

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