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第44話 メイズ旧市街地下 逃亡者

 非常灯で薄暗い地下通路。その一角を、俺とミルファは全速力で走っていた。


 俺は前へとこけそうな程に身を傾け、肩にライフルを背負って大きく腕を振る、不格好ながら必死な走りだ。

 戦闘服バトルドレスの筋力サポートが、一歩一歩の間隔を大幅に増やして速度を底上げしているものの、中身は俺の生身の肉体なのだ。足がもつれれば即転倒だし、肺が酸素を求めて痛いくらいに収縮する。心臓も狂ったように跳ねまわり、全身に血液を送り込んでいた。


 対してミルファは同じくライフルを肩に背負ってはいるものの、上体を真っすぐに固め、まるでアスリートの様な体捌きで走っている。

 顔色一つ変えないという訳では無いが、フルフェイスのヘルメットの奥で脂汗を垂らしている俺と違い、相当に冷静な横顔なのは確かだった。


 そして背後からは人間など数人は同時に人のみ出来そうな大蛇が、通路の壁や天井に身体をぶつけながら追ってきている。

 ミルファ曰く。大蛇はワームと言う生体兵器モンスターで、地下を縄張りとする習性を持つらしい。食欲旺盛で『有機物なら何でも消化する』と言われる程に何でも食らう。とはいえ本来は全長4mほど、太さは40cmほどにしか成長しない。

 つまり。今俺達を追ってきているワームは、例外中の例外なのだ。そして捕まれば丸呑みにされて、皮膚からじわじわと消化され、死ぬよりも酷い目に遭う。



 そんな脅威から逃げるため、そしてこの地下から脱出するために全速力で通路を走っていると、正面に十字路が見えて来た。真っすぐ進めれば良いのだが、生憎正面は瓦礫で塞がっている。

 上がる息を堪えながら、俺は隣を走るミルファに叫ぶ。


「どっち!?」

「右です!」


 速度を殺さないように、上体を傾けて何とか通路を曲がり切り、再び真っすぐ加速する。

 背後ではワームが瓦礫に身体を叩き付け、無理矢理に角を曲がって俺達を追ってきていた。大蛇の粘ついた呼吸音が耳に届き、縦に裂けた赤い目が背筋に冷たいものを走らせる。


「これ、出る所あるんだよな!?」

「あるはずです! 無いと困ります! ブラン! グレネードを!」

「よ、よし!」


 ミルファが焦って答え、俺も焦りつつポーチからグレネードを1つ取り出した。2人でピンを抜いてすぐ後ろに投げた数秒の後。爆風と閃光が背中を押した。

 走りながらも後ろを振り向けば、壁や天井がいくらか崩れてバリケードになっていた。これで時間が――稼げるはずもない。

 大蛇はそんなもの意に介さず。瓦礫を頭で弾き飛ばしながら、ずるずると床を這って俺達を追ってくる。


「やっぱりか!」

「膂力が違い過ぎます!」


 2人で落胆しつつも通路を駆ける足は止めず、再び道なりに通路を曲がる。


「ミノタウロスの時みたいに、口の中にグレネードは!?」

「今、繊細な事が出来るとお思いですか! あれは舞踏号が居たからこそです! あんな大きな生き物を抑え付ける余裕などありません!」

「だよね!」

「足を止めれば追いつかれて口の中です! 次! 左に!」


 言われるままに分岐路を左に曲がり、全速力で通路を走る。

 しかしどうにも違和感がある。この地下空間もだが、ミルファの様子がちょっと変な感じがするのだ。俺は彼女について、冷静沈着。声を荒げる事はあっても、きちんと対応を考えている優秀な探索者シーカーだと言う印象を持っていたが、どうにも今回は違う。というのも――


「なあミルファ!」

「何です!? 名案が!?」

「いや、ごめん! 蛇が嫌いかなって!」

「はい! 苦手です!」


 やっぱりか。一目見た時に体が固まっていたのは、そういう事だったのだ。蛇が苦手なアンドロイドってのは何だか妙な感じがするけども。

 なんて事を思う間も無く。背後でワームの動きが激しくなったのを感じ取る。天井や壁に当たるその巨体の音が、より大きく乱暴になったのだ。いよいよ背筋が冷たくなる。


「次! 右に行ってすぐ左です!」

「了解!」


 言われた通り右に行き、壁に手を着きつつも無理矢理左に曲がって加速する。

 正面に見えるのは薄暗く長い通路。道幅や天井の高さは変わらないが、薄闇の中で無数の赤い目が俺とミルファを見た。

 赤い目をぎらつかせているのは、濃淡のある緑色の小人。ゴブリンの群れだ。2、30体は居るだろうか。その全部が俺とミルファを見てニヤリと笑う。

 

「げえっ!?」

「予想はしていましたが……!」


 走る足を弱めつつ、ライフルを構える俺とミルファ。

 しかし。背後で壁にぶち当たって大きな音を鳴らし、真っ赤な舌をチラつかせて忌々し気にするワームを見て、ゴブリン達は怯え竦んだ。これを逃さない手は無い!


「どけぇぇぇ!!」


 俺は弱めつつあった足を全速力に戻し。腰だめにライフルを撃ちまくりながら突進する。

 ミルファも一瞬遅れて俺の意図に気付き、同じ様に突進しながらライフルを片手で撃ち、左手でマチェットを抜き放った。

 狭く薄暗い通路の中。大蛇に追われる人間2人が、銃を撃ちまくりながら突進してくる。しかも一人は片手に鉈を握り、冷たい表情で走って来るのだから、ちょっとしたホラー映画よりも恐ろしいかもしれない。


 ゴブリン達は慌てふためき、背に銃弾を受けたりミルファにマチェットで叩き切られながら逃げ始める。

 俺もライフルの連射に加え、加速度の乗った前蹴りでゴブリンの頭蓋を割った。蹴りでバランスが崩れたが、全力で近くにいるゴブリンの頭を殴りつけて無理矢理身を捩じる。西瓜のように頭蓋は砕け、その血霧の中で足を踏みしめ、再び走り出した。

 戦闘服バトルドレスの筋力サポートがあればこその芸当だ。しかし。それを制御するのはソフトウェアである自分の身体に違いはない。騎士団での訓練にはこんな項目無かったけれど、色々な経験が無茶を押し通させてくれているのが感じられた。

 

 俺達はゴブリンの群れを駆け抜けて、更に地下通路を走り始める。

 一瞬遅れて、背後から肉や骨が弾けたり砕ける音が通路に響き出す。それで動きが止まるかと思いきや、ちょっとしたおやつを堪能しながらも、ワームは俺達を追ってきていた。

 口の端にさっきまでピンピンしていたゴブリンの腕や足が引っかかっていて凄惨な状態になっており、突撃での高揚が無ければ、足がもつれて倒れたかもしれない光景だ。


 再び前に視線を戻していくらか角を曲がり、金属製のコンテナを飛び越えた後、俺の身体は地形の違和感に気付き、ミルファに叫ぶ。


「これ、どんどん下に行ってないか!?」

「はい! 足が、足が勝手に前に行きます!」

「大丈夫なの!?」

「施設の図は平面でしたから! こういう坂があるのは考えていませんでした!」


 俺達の身体は重力でどんどん加速していた。上体を逸らして指先までピンとしたまま全速力で走る姿は短距離走の選手のようだ。何個目とも分からない角を曲がると、いよいよ傾斜が坂となる。

 足の筋肉がいよいよ疲労で悲鳴を上げ、僅かに痙攣し始めるのが察せた。


「ヤバイ! 足攣りそう!」

「堪えてください! もう少しで出口に!」


 言うや否や坂が終わり、正面に明るい空間が見えた。非常灯のぼんやりした明かりでは無く、暖かくもハッキリした太陽の光だ。

 そして頭上と言うよりも地上に人の気配が感じられ、耳元の無線に明るい声が入る。


「ブラン! ミルファ! まだ生きてるわね!」

「シルベーヌ!」


 ミルファの嬉しそうな声が返した。


「よく聞いて! 出た所は外まで繋がる大きい縦穴になってるの! 一番下までは50mくらいあるから、飛び出したらまず助からないわよ!」

「はァ!? 出口のエレベーターって跡地かよ!?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「ええ! だからロープを垂らしてあるわ! それに飛びついて!」

「無茶言うなよ!? そんなんまず無理――!」

「やって見せなさい! 『幸運の旅人』でしょ!」


 明るくも必死な声が、俺を叱咤して胸を打つ。

 ラストスパートの直線は300m程。もう心臓が張り裂けそうだし、全身の筋肉が痛い。それでもただ死にたくないからこそ、光に向けて走る足を止めなかった。

 外の光に目が眩み、瞳が痛い程収縮して外の光景が目に入る。そしてぶっつり途切れた出口の少し先に、細い糸のような物が見えた。


「先に行きます!」


 ミルファがそう言い、ぐっと加速して俺の先に走った。アスリートもかくやと言う姿勢で走る彼女の動きは凄まじいものがある

 対して、返事をする体力も走る方へと回す俺は息も切れ切れだ。後ろからはワームが迫り、背中をあの長く赤い舌が舐めたような気がした。

 ミルファが出口で足を踏み切り、細い糸へと捕まった。長い銀髪と共に身体も前後左右に揺れるが、彼女の身体が飛びつく目安になっている。そして身を捩じり、俺の方へ向いて手を伸ばす。


「ブラン!!」


 出口まで全速力で駆け、ギリギリの所で思い切り跳んだ。ロープは右手の指先をすり抜け、もう一度と伸ばした左手の指先も救いの糸を掴めない。横方向へのベクトルが弱まり、重力という悪魔が身体を真下へと引っ張る。身体がガクンと下に向かい、視界がスローモーションになった。

 目が否応なしに下を見る。落下する先には鋭角な瓦礫。ぶつかれば生身の身体は無残な肉塊へとなるのがハッキリと想像でき、足の裏が冷たくなる。

 このまま諦め――


「――られるかよ!!」


 叫びと共に、俺はもう一度だけ左手を振るう。指先がロープに触れ、ほんの少しだけ摩擦が生まれた。力任せに拳を握り、左腕に全ての自重が掛かる。体重と戦闘服バトルドレスの重量。装備の重さ。その全てが掛かって腕が痛み、反射的に手が開かれた。


(ああヤバっ……!)


 一瞬だけ掛かった摩擦すら手放した俺は、再び重力に引かれて落下を始める――直前に、ミルファの手が俺の左手をグッと掴んだ。再び左腕に自重が掛かるが、今度は離さないし、離せない。

 ミルファの腕から伝わる確かな力強さが俺の胸を救ってくれたが、彼女は油断せず叫ぶ。


「ブラン! ワームが!」


 2人の人間が飛びついた勢いで揺れるロープは、振り子のようになっていた。身をよじって出口の方を見ると、土と瓦礫と配管の壁に開いた通路が目に入る。そしてそこから顔を出す巨大な大蛇。ワームの姿も。

 ワームは大きな口を開け、赤い粘膜の口中と並んだ牙を露わにした。そしてそこに、俺とミルファの取り付いたロープが反動で向かう。


「待て待て待て!?」


 肩から何とかライフルを下ろして右腕で握り、片手で乱射した。照準は滅茶苦茶だが、数発がワームの口の中に飛び込む。微かな痛みにワームは口を閉じ、俺とミルファは閉じられた口にぶつかった。

 

「この!」


 せめてもの仕返しに、ミルファと同時に足の裏でワームの顔を蹴って離れる。妙に熱のある肉塊を蹴り飛ばす感覚が薄気味悪い。

 そんな思いを吹き飛ばすように、頭上から大声が響く。


「よし!! 引っ張りあげろ!!」


 シェイプス先生の大声だ。同時に俺とミルファの握るロープが凄まじい勢いで上に登って行く。

 ほんの数十秒で俺とミルファは地上に引っ張り上げられ、ほうほうの体でひび割れたアスファルトの上に張り付いた。

 地上にはロープを握ったシェイプス先生。同じくロープを掴む余所者アウトランダーの皆さん。そしてトレーラーが居た。周りを見ると、ここは旧市街の巨大な道路の交差点らしいのが察せる。


「御二方! 御無事ですか!」

「なんとかっ……!」


 シェイプス先生が俺とミルファの身体をグッと支えてくれて言い、ミルファが冷や汗を垂らしながら答えた。周りの余所者アウトランダー達は俺とミルファが無事なのを確認すると、すぐに周辺を警戒し始める。もう少し目線を上げれば、荷台に舞踏号を乗せたトレーラーから飛び降りたシルベーヌの姿があった。


「おかえり2人共!」

「ランニング、してて、ホント、良かったよ……!」


 俺が息も絶え絶えに答えると、シルベーヌは笑顔になり――すぐさま顔色を変えた。その視線は俺の後ろ。今しがた引っ張り上げてもらった、元エレベーターのあった縦穴に向けられている。

 ヘルメットを脱ぎつつ振り返ると、俺も心臓が止まりそうになった。


 太く巨大な大蛇。ワームがずるずると地下から這い出し、その巨体で縦穴を這いだそうと四苦八苦しているのだ。

 改めて見ると縦穴は非常に大きい。直径が70mほどの歪な丸い穴だ。その縦穴の壁面に身体を擦り付け、何とか身体が引っかかる場所を見つけ、そこを支点に確実に地上へと向かっていた。

 太陽の下に出て来たワームは、まさしく大蛇というに相応しい。長さは10mを優に超え、身体の直径は太い所で3mはあるだろう。ぬめついた暗い鱗には赤黒い血が沁みついて、斑模様のようになっていた。


「これは……!」


 シェイプス先生も流石に冷や汗を垂らして目を見張った。この大蛇が地上に出れば、廃墟を縦横無尽に動き回り、倒す事が非常に難しくなるだろう。地下通路で見た動きを考えると、広い場所や入り組んだ場所であれば、相当に素早いのは間違いない。

 そしてワームが、今この周りに居る余所者アウトランダー達にどれだけ被害をもたらすのかも容易に想像できた。

 

 深呼吸を一度。呼吸を整え。心を落ち着ける。

 俺が出来る事。俺がやれる事。俺がするべき事!


「あの子の準備は万端よ!」


 バッと顔を上げた俺に、シルベーヌは待ってましたと言わんばかりの笑顔で返す。

 隣を見るとミルファも力強く頷き、たおやかな笑顔で立ち上がった。

 俺はヘルメットやライフル、腰のポーチを地面に置きつつトレーラーに走り、荷台に座る舞踏号の背に駆け上がる。コクピットに身体を滑り込ませてハッチを閉めると意識が途切れ、舞踏号の声が響く。



 やってやろう



 心なしかやる気に満ち溢れた幻聴の後、(舞踏号)の意識は回復した。

 エラーチェック。(光学センサ)良し。(音系センサ)良し。(化学センサ)良し。(外部スピーカー)良し。両手の指と手首に痛み(エラー)が無数に。足腰は問題なし。腕も肩も同様に正常。人工筋肉には軽い痛み(エラー)有り。


 そして最後に、珍しい表示が視界に現れた。


 <パイロットチェック・エラー無し>

 <ニューロンリンク ・エラー無し>

 <リフレックスリンク・ 最適化 >


 明るい色で視線をよぎった3つの表示はすぐに消えた。それらがどんな効果を示しているのかは分からなかったけど、舞踏号と俺との距離が、いつもよりぐっと近づいたような気がした。


『よし! 行けるぞ!』


 (舞踏号)はそう言うと、荷台から軽く起き上がる。踵を少し上げて爪先で地面に立つと、高くなった視界にワームの動きが良く見える。その赤い目が、戦化粧をした(舞踏号)を捉えたのも察せた。

 足元で12.7mmの重機関銃を握ったミルファが叫ぶ。 


「こちらも行けます!」

「我らも微力ながら援護をいたしましょう。もちろん。邪魔にならない範囲でです」


 シェイプス先生が言い、周りの余所者アウトランダー達も頷いた。

 ミルファとシルベーヌがそれを見て少し驚いた顔をし、(舞踏号)を見上げて嬉しそうに言う。


「古典の竜狩りには劣りますが、大蛇狩りでも武勲は十分です」

「第二ラウンドね! 頼むわよブラン!」

『おう!』


 手斧を持ち、(舞踏号)は口元のスリットから熱い息を吐いた。


『反撃開始だ!!』

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