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第43話 メイズ旧市街地下 侵入者

 爽やかな朝日が降り注いでいた。冷たくも澄んだ空気が頬を撫で、自然と気合が入る。


「準備良し。だよな」


 俺はそう言うと、改めて自分の姿を確認した。

 四肢にいくらか装甲を取り付けた戦闘服バトルドレスの上から、袖無しで襟のある防弾チョッキを着込む。腰には自分の9mm拳銃と大型のナイフ。それと色々な探索道具の入ったポーチ。ロープや水筒なんて物もある。後はフルフェイスのヘルメットを被り、いつもの5.56mmライフルを握れば文句無し。今回ライフルの先にはライトが付けられている。


「ブランも準備は良いようですね」


 俺の隣でミルファがたおやかに微笑んだ。

 彼女の格好もほぼ俺と変わらず、戦闘服バトルドレスと防弾チョッキ。腰には私物の拳銃と、超硬度マチェット。それとポーチ。地下探索用のマッピング機器などもあり、俺よりも少しだけ荷物は多い。12.7mmの重機関銃は屋内では取り回しにくいだろうと言う事で、俺と同じくライト付きの5.56mmライフルだ。ヘルメットは被らず、耳元に無線があるくらい。もちろん。長い銀髪は後ろでまとめている。


 そしてバックアップ。

 直接はシルベーヌが地上からナビゲーションなどを担当。俺達が先駆けという形で地下に入り、余所者アウトランダーの皆さんも、順次安全を確認次第地下に入る。そして照明を設置したり詳細を調査、後方の安全を確保していくという段取りだ。何かあっても、とりあえず後ろに逃げれば味方がいる。これほど心強い物は無い。


 シルベーヌがぼさぼさの金髪を揺らし、マッピング用の端末を触りつつ言う。


「こっちも準備良し! ジャマーは薄いし通信良好、いつでも行けるわよ」

「それじゃあ行こうか。リベンジマッチだ」


 俺が明るく答えると、シルベーヌとミルファも頷いた。

 高台の上にある公園。その高台の斜面にある、地下に続く扉の前に立ったところで、上から子供の声が聞こえた。

 ふと見上げると、タムとティムが兎耳を揺らしてこちらを見ている。双子の後ろには、シェイプス先生が背筋を伸ばして立っていた。


「ブラン兄ちゃん達も、中に入る皆も。怪我すんなよ!」

「戻ったら、昨日みたいに皆でご飯を食べよう」


 タムが大声を張り、ティムが優しい声で続けた。

 不思議なもので、子供に応援されるだけで何だか力が湧いて来る気がする。双子が貴くも凛とした様子で立っているのも、無意識に何か感じるものがあったのだろうか。


 俺は左手の拳を上げて返事とすると、双子も同じ様に力強く返してくれた。

 深呼吸をもう1度。意識を切り替え、隣に立つミルファを見る。彼女も真剣な表情で頷くと、俺に向かって言う。


「では、私が先頭に立ちます。ブランは私の後ろをついて来て下さい」

「了解っ」


 返事の後、俺はヘルメットを被った。次に、赤い文字が書かれた灰色の扉に手を掛ける。鍵は既に外側から解除してあるのでグッと力を込めて引くと、重々しい金属音と共に、地の底へと続く暗い入口が口を開けた。空気が奥へ向かって流れて行く。

 ミルファがライフルを構え、奥へと進んで行った。俺もその背を、いくらか間隔を空けてついて行く。ライフルを握る手に力が篭った。


 中はまず、天井に非常灯がぼんやりと光る廊下だった。入口は扉1枚だったのに、廊下の幅は大人が5人並んで歩ける程広い。素材はコンクリートが剥き出しで、壁面にはヒビがいくらか。壁の奥に排水管があるのか、水が染み出している部分もあった。50mほど奥には、古ぼけたシャッターが下りているのが見える。


 横道や窓なども無いけれど、一応は警戒しつつ奥へと進む。ミルファはシャッターまで歩みを進めると、いくらか周りを調べる。その後。腰からマチェットを引き抜いて、シャッターの下へと力任せに差し込んだ。

 ギシッという音の後。シャッターの下に指が入る隙間が作られる。彼女はそこに指を差し入れると、力任せにシャッターを上へと上げた。錆と経年劣化で凄まじい音が響き、音は逃げ場が無いようで、いくらか反響していた。

 無線の向こうでシルベーヌが苦笑いする。


「……耳がキンキンするわね……」

「労災ってやつ?」


 俺がそう返すと、無線の奥で鼻で笑われた気がした。ミルファも俺を一瞥し、ふふんと鼻を鳴らす。いまいちなジョークだったようで、反省せねばなるまい。


 シャッターの奥は四角い縦穴だ。壁に沿って急な階段があり、階段が角に当たると踊り場が。そこからまた階段が伸び、角でまた踊り場が。という形だった。今居る場所が頂上のようで、下へ向かって縦穴は続いている。相変わらず非常灯でぼんやりと明るいものの、奥底は真っ暗だ。空気は淀んでいるけれど、呼吸に問題はない。


「こりゃあ、ちょっと怖いな」


 俺は錆と劣化で心許ない鉄パイプの手すりを触らないよう、そっと縦穴の奥底を覗き込みながら言った。

 隣でミルファが同じ様に下を覗きつつ答える。


「深いですね。100m程でしょうか。ブランは怖かったら、外に戻っても良いんですよ?」

「まさか。怖いよりワクワクする」


 そう返すと、ミルファは満足げに微笑んだ。

 再びミルファを先頭に、ゆっくりと階段を下りていく。階段は軋んだりもするけれど、いきなり外れるような強度ではないようで一安心だ。壁面は相変わらずコンクリートだが、何かの配管類がじわじわと増えていく。

 階段を降りつつ、俺はミルファになんとなく聞いてみる。


「タムとティムが言うには、ここは防空壕だったよな」

「はい。老人や子供には不親切な階段ですから、民間向けでは無いのでしょう。入口が土で塞がっていたのも、何か理由があるんでしょうね」

「まあこの階段は辛そうだもんな……でも、民間向けじゃない。か。軍隊とか、偉い人の秘密通路?」

「かもしれません。造り自体は堅牢ですし、整然としています」


 そんな話の後、俺達は縦穴の最下部に到着した。ライトを付けて周りを見回すと、横に向けてまたシャッターがある。今度は重そうで、しかも分厚そうだった。

 ミルファが耳元の無線を気にしつつ言う。


「シルベーヌ。こちらの位置などは把握できていますか?」

「聞こえてるし把握もしてるわよー。今2人は私達の丁度真下位。でもちょっと通信状態悪いわね。流石に地下と地上だと仕方ないか」

「了解です。それと、縦穴の奥までは生体兵器モンスター等もいませんでした」

「了解! 余所者アウトランダーの皆さんにも伝えとく」


 通信を終えると、ミルファと俺の2人でシャッターを開ける装置が無いかを調べ始める。しかし、それらしい物は見つからない。

 2人で顔を見合わせると、ミルファはマチェットをシャッターの下に。俺はナイフを思い切りシャッターの下に差し込んだ。

 戦闘服バトルドレスの筋力サポートがあってなお硬く、10分ほどガリガリとシャッターの下部を抉ってから、ようやくシャッターの下に刃がめり込む。


「行きますよ」

「おう!」

「せーのっ」


 思い切り力を込め、てこの原理でナイフとマチェットを動かす。ガリっとした音と手触りが響き、ほんの少しだけシャッターの下に隙間が出来た。そこに両手の指を滑りいれ、息を止めて全身全霊でシャッターを持ち上げる。


「ぬっ……おおおおっ!!」

「んっ……!!」


 気合の叫びを上げる俺の横で、流石のミルファも力が要る様で、初めて聞く声を漏らした。

 素の筋力に戦闘服バトルドレスの筋力サポートが全力でバイアスをかけ、普通の人間では発揮できないような力が発揮される。

 2人の足裏が床にヒビを入れ、足が数mm床にめり込むが、シャッターは少しずつ上がって行く。金属の鈍い音と共に、錆と埃がシャッターの可動部分からバラバラと落ちると、ガチンと何かが引っかかる音がして、シャッターは止まった。そこからは持ち上げようにもうんともすんともだが、同時に下がりもしなかった。

 シャッターの下に出来た隙間は50cm程。這えば通れない事も無いので十分だ。


 俺が息を吐いて両手をぶらぶらさせていると、ミルファが再び無線に言う。


「シルベーヌ。厚めのシャッターの奥に行きます」

「あいあい! 気を付けてね」


 無線から聞こえるシルベーヌの言葉からは、明るいけれど心配しているのが察せた。

 その後。2人で床を這ってシャッターをくぐる。


「地下に居る間は這ったりとか埃まみれとか。こういう事ばっかりしてるよな」


 ずりずりと地面を這いながら、俺はミルファに笑いかけた。


「そうですね。探索者シーカーらしくて、私は好きです」


 同じくミルファもずりずりと地面を這って笑った後、ゆっくりと立ち上がる。

 相変わらず2人共、埃などが全身に付いたのを見て笑い合う――瞬間。断頭台のようにシャッターが落ちた。物凄い重量の金属音と床を揺らす衝撃に、流石に心臓が飛び上がる。

 無論。この音は地下全体に響き渡り、無線にも響いた。


「な、なに!? 凄い音したけど!?」

「あーいや、大丈夫だシルベーヌ」

「はい。帰り道が閉ざされただけです」

「大問題でしょ2人共!!」


 無線の奥から、心配した声で叱責が飛んだ。


 だが逆に考えれば、入口からこの分厚いシャッターまでは安全のはずだ。それを伝えると、余所者アウトランダー達がそこまで進出して、シャッターをこじ開ける算段を立ててくれると伝えられた。

 いずれにしろ。俺とミルファは地下の探索を進める以外無い。



 シャッターの向こうは非常灯でぼんやりと明るく、広い通路だった。半円上の筒のような、壁と天井の丸い通路だ。天井の一番高い部分までは15m程あるだろうか。天井も壁も今までの打ちっぱなしのコンクリートでは無く、白い塗料で塗られている。もっとも。白い塗料は経年劣化でクリーム色になっていたが。そして意外と、通路の大きな部分は埃が積もっていない。何かに大雑把に拭われたように綺麗だ。

 しかし何よりも目を惹くのは、通路の左右に飾り気の無い金属製の四角いコンテナが積まれていた事だ。埃を被ってはいるが、開けられたりもしていない。


「何の箱だろう」

「少し見てみましょうか」


 俺がライフルの先に付いたライトでコンテナを照らすと、ミルファがコンテナの一つに指を掛けた。鍵がされている訳でも無かったので、軽い音がしてコンテナの一面が開く。

 どことなく生臭いような中から現れたのは、缶詰やレトルトパウチに入った軍用食糧レーションの山だ。だがその全てが見るも無残に引き裂かれていたりして、中身をまき散らされていた。それらに加え、可燃不燃を問わず、色々なゴミが転がり出てくる。


「……まさしく、ゴミ箱って事?」


 ミルファが他のコンテナも少しだけ開けてみる。そして開けたコンテナ全てが、同様のゴミ箱であった。彼女は少しだけ小首を傾げて言う。


「防空壕のゴミ置き場。と言う事でしょうか」

「かもしれない。ゴミを集めてあるって事は、それなりに長い時間住んでたんだろうな。それにわざわざ集めて置いてあるって事は、この場所はあんまり必要ない場所って事……かな?」

「そう考えるのであれば。あの長い縦穴は非常用でも無ければ、まず使う事を想定されていない箇所だったのでしょうか?」


 2人で首を捻るが、あるのはここがゴミ箱置き場になっているという事実だけだ。想像の翼を羽ばたかせるのは、地上に戻ってからでも遅くは無い。


 気を取り直して通路の奥へと進んで行くが、左右に乱雑にコンテナが置いてあるばかりで、特に珍しい物でも無い。それでもしばらく行くと、十字路に出た。

 右手は上から崩れており通行不可能。左手も同様で、天井近くに僅かな隙間があるものの、瓦礫の雪崩に潰されていた。結局、真っすぐに道を進むしかない。


「あー、地下の2人。聞こえる? そこの左右も道があるけど、先は結構入り組んでるみたい。送られてくるデータを見るに、左右対称の幾何学的な感じ。ちなみに今2人は、旧市街の北ブロックの地下よ」


 無線からシルベーヌが、俺達の目では見えない情報を補足してくれた。そして結構歩いた気はしていたが、徒歩でそこまで進んでいるとは思いもよらなかった。何だかんだで集中していたからだろう。

 ミルファと2人で「了解」と返して更に先に進む。靴の裏がコツコツと床を叩く音が反響し、ヘルメットの中では自分のくぐもった呼吸音も軽く聞こえるばかりだ。

 地下の薄闇の中。前を躊躇わず進む銀色の髪を目印に、じっくりと歩を進んで行く時間が過ぎていく。


 そこでふと。ミルファが足を止め、ハンドサインで止まれと俺に言った。

 その通りに足を止め、俺は左右と背後を警戒する。通路の端に相変わらず金属製のコンテナがあるだけで、特に変わった物は無い。


「左前方。扉です」


 周辺の警戒の後、ミルファが小さく言った。そちらに目をやると、頑丈そうな鉄扉が壁に設けられていた。2人でそっと近寄り、扉の両側に立って確認する。

 取っ手は1つ。鍵穴も1つ。シンプルな外開きのドアらしい。密閉されているような様子もない。


「鍵はかかっていそうですが……」

「触ってみるよ」

「はい」


 ミルファと短く会話し、俺はそっとドアの取っ手に手を掛けた。ばねの軋む感じが手に伝わり、ゆっくりと取っ手が回る。そしてゆっくりと取っ手を引くと――


「開いてる」


 俺が言うと、ミルファが若干警戒したのが分かる。

 顔を見合わせて一呼吸。俺は思い切りドアを開き、ほぼ同時にミルファがライフルを構えて中に入った。

 一瞬の静寂の後、無線からミルファの声が響く。


「安全です。ブランも中へ」


 俺は少しだけホッとし、いそいそと扉の奥へと入った。


 中は何かの機械と棚のある、管理室のような部屋だ。見た事も無い機械は大小様々で、それらは全て、壁の奥から続く太い配線に繋がれているのが察せた。しかしこの部屋。非常灯が付いておらず真っ暗だ。

 流石に光が無いと目も働かないので、壁を探って明かりのスイッチを探す。それらしい物はあったけれど、何回押しても照明は付かない。こればっかりはしょうがない。

 ライフルに付けたライトと、ポーチから出した懐中電灯の二刀流で部屋を照らすと、この部屋は相当荒れているのが察せた。まるで強盗にでもあったかのような状態だ。棚は全て開かれていて、中にあった備品やら色褪せた書類やらが散乱していた。


「酷いな……」

「急いで放棄せざるを得ない事態があったのでしょうね」

「何かの管理室っぽいし。周りの機械でこの地下の地図とか分かるかな?」

「どうでしょうか。少々お待ちください」


 ミルファはそう言うとライフルを肩に背負い直し、周りの機械を一つ一つ調べ出した。

 機械の知識も乏しい俺が手伝える事はあまり無いだろう。なので扉の外に立ち、周りを警戒してそれを待つ。

 しばらくすると、ヴン。という低い音が響いた。


「ブラン。当たりですよ」


 ミルファが嬉しそうな声で俺に言い、部屋の中から手招きした。下からぼんやり照らされるミルファの顔を見て、何かの機械が稼働したのを察せる。

 近づいて彼女の指さす物を見ると、やたらと分厚い箱のような物が光っていた。画質も荒い上にぼやけているけれど、確かにモニターだ。


「ブラウン管です。昨今の薄いディスプレイ以前に使われていた物です」

「大仰だなあ。で、写ってるこれが」

「はい。施設の俯瞰図ですね。全体では無く、この辺りが表示されるだけです」

「今居るこの部屋が、北部施設副管理室……?」


 ブラウン管に写っていたのは、北を上辺とした避難図だ。俺達が通って来た公園の扉らしい場所に『北端通用口』と書かれており、縦穴は『521番通路』らしい。そして今まで通って来た通路は『8番通路』だ。あの十字路の左右の先は『〇〇番倉庫』『〇〇番食料工場』『汚水処理施設』『浄水施設』『浄化区画』などなど、地下で暮らす事を想定しているような名前がいくらか並んでいた。

 しかし。中でも目を惹いたのは、向かって左側にあった『緊急装備培養区画』だ。


「なあミルファ。装備って培養するものなの?」

「厳密に言えば、人型機械ネフィリムの人工筋肉なども培養とは思いますが……培養するという言葉が似合う物ではないですね」

「そうだよな……」

「培養と言う言葉が適用されるのはやはり――」


 ミルファと顔を見合わせる。


「生き物だよな」

「生き物ですね」


 同時に答えを口にし、背筋に嫌な汗が伝った。

 若干顔色の変わったミルファが、腰に備え付けていた端末から何かの端子を伸ばし、機械へと繋ぐ。そして備え付けられていたボロボロのキーボードを叩きつつ、俺に指示を出す。


「ブラン。周辺の警戒を。ブランの感覚に全幅の信頼を寄せます。何か察知したらすぐ」

「了解っ!」

「シルベーヌ。無線はまだ通じていますか?」

「もちろん! 図のデータか、画像だけでも送れる?」

「少々お待ちください。今、端末からそちらに」

「よし来た……うへえジャマーでガタガタね。でも十分! それと、ちょっと時間頂戴。そこから行けそうな出口を探すから」


 無線からシルベーヌの声が聞こえ、ついでにざわざわとした声も聞こえ始めた。ほんの1分程の沈黙の後、再びシルベーヌの声を出す。


「……そのまま南に真っすぐ進めば。進めれば。『資材搬入エレベーター2番』ってのがあるみたい」

「了解です」

「あれ、でもこの場所確か……」

「シルベーヌ?」


 2人の会話の最中。周りの気配に神経を研ぎ澄ませていた俺の肌に、ビリっとしたものが走った。同時に何か大きな物が、瓦礫をどけるような音が通路の奥に広がる闇から響く。加えて、妙に粘つく視線を感じた。まるで自分の部屋を荒らされて憤慨しているような――そんな事言ってる場合じゃない!


「ミルファ!」

「はい! シルベーヌ。移動を開始します」

「了解! こっちも動く!」


 俺の叫びに、ミルファが冷静に返して部屋から飛び出した。その間にも、通路全体から地鳴りのような音が響き始めている。

 何かが蠢いているというよりも、何かが這いずり回っているのだ。この地下の主のような何かが。


「行きましょうブラン。行ければ真っすぐ南に――!?」


 ミルファが今まで来た道の方を見て絶句した。

 俺も素早くそちらに振り向くと、闇の奥に赤い目玉が2つ浮かび上がる。その赤い眼は巨大で、人の頭程のサイズがある。縦に裂けた瞳孔が妙にギラギラしていて、まさに射止められたように動けなかった。

 その赤い両目は、ずるずると音を立てながらこちらにゆっくりと近寄ってきている。移動したせいで非常灯で照らされ、全容がハッキリした。


 大人が両手を広げた程のサイズの蛇の頭。それに赤い目。大きく横に裂けた口には、細かく鋭い歯が櫛のように並んでいる。その口の奥には二股に別れた紅い舌が。口の周りにはいくらか孔が開いており、そこからぬめった呼気がシュルシュルと漏れているのが察せた。


 赤い目に見つめられた瞬間動けなかったし、その全容を見て更に足が竦む。だが、恐怖が恐怖を塗り替える一瞬の間。俺は正気を取り戻し、当てずっぽうでライフルの引き金を引いた。

 乾いた音と共に銃弾が放たれ、その巨大な蛇の鱗にめり込んだ。傷にもならないような攻撃だったが、銃声でミルファが正気を取り戻す。


「――ブラン! 目を瞑って下さい!」


 言うや否や、腰のポーチから円筒状の手榴弾を取り出し、思い切り巨大な蛇に投げつけた。手榴弾は蛇に当たる前に空中で炸裂し、真昼のような閃光と耳をつんざく爆裂音を響かせた。

 大蛇はジュッと威嚇音を慣らし、数m後ろに身を下げる。目が眩んだようで、通路の壁や天井にぶつかりながらのたうち回っているようにも見えた。

 そして同じく俺も。閃光で目はやられていないものの、強烈な音で耳がキンキンして動けない。しかし。ミルファが俺の手を取って、大蛇とは真反対に走り出す。


「み、耳が!」

「音はすぐ戻ります!」

「アレは何だよ!? 蛇か!?」

「ワームです! 地下を縄張りにする中型の生体兵器モンスター! それも異常に成長した個体です!」


 背後で忌々し気な呼吸音と、金属製のコンテナがひしゃげる音が聞こえる。

 薄暗い地下の迷宮で、大蛇との命を懸けた追いかけっこが始まった。

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